『土着神、祟り神の頂点の破片』
男の袈裟の隙間から、真黒の蛇が這いずり落ちる。
『更にその残穢ですら、恐怖を糧にする妖怪にとっても劇物過ぎる』
『へ〜?そのちっさい蛇が例のヤツ?』
『そうだよ真人、くれぐれも触れないように』
『…
『後者かな、それが意味する事も分かるだろ?』
『…いいね!なら狡猾にいこう、呪いらしく人間らしく、妖怪退治の始まりだ』
■
「「特級呪霊」か…?」
「「……」」
「…チッ、妹紅は何しとんねん」
更に、直哉と虎杖の視界に映り込んでくるのは……空から段々と降りてきている帳。
どう考えても異常事態であり、五条と妹紅が居る中、生半可な計画で襲ってくるとは思えない、相当な相手を予感していた。
帳を下ろせるのはあくまで人間、天元が支えている日本自体への結界術サポートは呪霊に適用されていない、つまりは呪詛師も相手側に居る。
特級呪霊に加え、命知らずの呪詛師、そしてあの二人を相手に帳を張るという無謀から直哉は展開されている帳の条件にまで察しがついた。
(…全人類とあの二人…じゃ釣り合いとれてへんな、+α何か結界術の縛りの条件に混ぜとる)
もしくは呪具で補強してあるか……ともかく、あの二人さえ抑えておけば達成できる何かしらの『目標』がある筈。
「……」
あの鴉が狙っていたのは虎杖悠仁、妹紅が殺せと言った幻想郷の鴉と猫の狙いが恐らく虎杖悠仁であるならば、無茶苦茶な命令を出したのも理解出来る。
示し合わせたかのように、あの猫が姿をくらまして全員がぶつかり合ってから帳が下ろされているから、関連性を疑わずには居られないが…。
「………」
ここまで思考をこの雑魚の為に使ってるのが腹立つ、死ぬも生きるも強さが決める。
「ほなさいなら」
「は!?おい、今離れ離れになんのは…」
「知らんよ、俺は問題無いし」
「ーー人の心配をこけにすんのも大概にしろよ…!?」
イライラピキピキ、音が鳴る様な腹立ち方をしながら準備体操をしている直哉の肩を掴もうとする。
……ーーその為に、手を伸ばした時の事。
「『初めまして』」
「…!」
地中から声が聞こえた、聞こえた…というよりは、脳に直接語り掛けてくるような感覚。
それと同時に、地面が隆起しボコボコと木の根が二人の足を搦めとる。
「『虎杖悠仁、貴方とは話が…ーーッ』」
その全容を現す直前、地中から蠢き出していた木の根が全て粉砕され、声の主も動揺する。
術式のシーン分けとコマ割りによる相手への強制スタンは、相手の全身が見えていなければ発動出来ない。
地中から現れようとしていた声の主の無機物の様な見た目、自然呪霊の一体である花御の顔面に直哉の拳が迫った。
「とろくっさいな、戦場は先手必勝やで?」
「『ええ、貴方にはソレが良さそうです』」
(…!コイツ、ハナから手印を…)
「『領域展開 朶頤光海』」
一瞬の暗転。
その後に襲ってくるのは鼻をくすぐる甘い匂いと、目が痛くなるほどに咲き誇った一面の花畑。
呪霊である、という前提が抜ければ余りにも爽やかな青空が戦意を削いでくる、そしてあちらこちらに捻れて咲く一本木が白い花弁を風で送ってきた。
美しくも穏やかな光景が、二人の目の前に広がる。
ーー『秘伝 落花の情』
即座に発動される直哉の御三家伝授、落花の情。簡易領域を持たぬ直哉は、この領域の効果を見極める為に構える。
妹紅から結界術の手解きは受けている直哉は、対領域対策としての落花の情は不完全だと考え、工夫を試みた事があるのだが惨敗。
術式の焼き切れは、数十秒耐えれば元に戻る。
物理攻撃か、精神干渉か、それともこの甘ったるい匂いか、日差しか、どれかでも対応してみせると意識を深く深海の底へ送り、無意識下の反射を意図的に発動した。
対して虎杖は……ーー簡易領域を展開する。
「…は」
意識が引き戻され、『縛りはどうしてん』と叫びたくなるのを抑える。どうせ妹紅が何かしたのだと無理矢理納得。
推測は正しく、宿儺によるレベリングを行っていた際、妹紅は魂の観測でシン陰の当主を捕捉し、己の生命力を担保に虎杖へ使用権を借り入れしていた。
「『一筋縄ではいかなさそうですね』」
「俺と話をしたいっつってたよな、話し合う前にする事がコレか?」
「『いえ、そこの御仁が中々に恐ろしい方ですから』」
「なにペちゃこら話しとんねん、簡易領域剥がされる前に動けや、呪霊!お前もお前で気持ち悪い話し方して…」
何も仕掛けてこないのを不気味に思いながら、術式の回復までの体感秒数を心の中で数え上げる。
領域持ちならばこの対面、優先すべきは簡易領域の破壊だ、アレを剥がしきらない限り直哉を自由に行動させる事と同意義。
ーーだが、花御は虎杖悠仁を見つめるのみ。
「『…私は貴方達を憐れんでいます…星の悲鳴、星を汚す愚者の貴方達は、星の死を目撃する事になる』」
「『死して賢者となるのも良いでしょう、ですが虎杖悠仁、貴方を一目見れて良かった』」
「……何言ってんだ」
「『人間の業、人という存在が用いれる業を超えてしまった貴方は……』」
「『
「『あの藤原妹紅がそうであるように』」
虎杖悠仁に訪れる、数秒のフリーズ。
受け入れられる情報の限度を超えたセリフの数々は、虎杖悠仁の行動を止めさせる。
「ーーチンタラ喋り過ぎや」
その間に、術式の焼き切れから直哉が復帰を果たす。会話内容がどれほど重大なものであれ、彼が与えられたチャンスを逃すことはない。
花御も先程の速さで詰められては対応が出来ないと術式を発動させようとするも、全くもって動かない身体に理解が追い付いていない。
領域展開中に直哉に行動を許した時点で花御の敗北は決まっていた。
(これで仕舞い…)
「直哉」
相手が一人であった場合、の話だが。
「ーー妹紅」
有り得ない、直哉の中で結論は出ている、帳の影響でこの場に妹紅は来れな…ーー。
「止まっちゃったね♡」
ーー発動する術式のデメリット。
直哉の身体を硬直させた理由はただ一つ、妹紅の姿をした何かが腕に赤ん坊を抱えていた事。
妹紅だった女は一瞬にして姿を変え、その正体を現す、矢尻のような形をした青色の尻尾、赤い鎌の様な羽をそれぞれ三対携えた少女だ。
そのまま、直哉の心の臓目掛けて尻尾を突き出した。
「《私の方に来て下さーーーーい!!!》」
■
「さて、事情だったね」
普段は酔っ払っていて、おくびにも出さない感情を発露させる様子を見せる伊吹。
「ウチに幻想郷……ーー多分、幻想郷の勢力が襲撃してきたんだ、私以外にも悠仁が行く覚えのある場所、妹紅の家もさっき爆破されてた」
「え!?」
「襲撃っていっても私の所に一人、私の友人の所に一人、妹紅の家に一人で計三人だけど」
「Mrs.妹紅の幻想郷資料によれば、襲ってきた相手の特徴から大体を割り出せる、相手の特徴や能力は?」
「私の所は…青髪の女だね、羽衣も着てた、会社で昼寝してたらビルにまん丸い穴開けやがって!…ーーんと、急いで来たからそれ以外には分からんけど、友人の所には虫が大量に、助けて貰おうと妹紅の家に行った時はデッカイ幽霊船みたいなのが辺り一辺押し潰してたよ、変な水バッシャバッシャしてね〜アハハ」
「………もしかして酔ってます?」
「あ、あ〜その、軽くね?会社で呑んでたからさ」
明るく振舞ってはいるが、目に見えないダメージがあるのか右半身を庇いながら走っているのを見て、早苗が己の呪力で形成した腕を使い持ち上げて走り出す。
ありがとう、等と感謝の言葉を伝えるより前に、加速する早苗の速さに舌を噛まないよう軽く口を閉じる、弱り続けたとはいえあの程度の襲撃をいなし切れなかった事に肩を落としながらも、並走する東堂へと話しかけた。
「アンタの名前を聞いてなかった!」
「東堂葵だ、好きな女のタイプはタッパとケツがデカイ女、高田ちゃんのファンでもある」
「そ、そうか、(さっきも自分からタイプ暴露してたな……癖なのか?) えっと…悩んでた顔をしていたけど、相手について何か分かったのかい?」
「ふむ…」
(……青髪の女は恐らく、先刻の事件に関わっていた者だろう、それ以外は初見だな、虫の妖怪は候補が多すぎる、だが幽霊船の方は…船幽霊か?底の抜けた柄杓の話、日本古来の妖怪で船となると候補は絞れる)
「ある程度は、だがまだ話していない事があるだろう?マイシスターの拳を受け止められる実力で、その負傷の仕方は説明が出来ない、虎杖悠仁との関連性もだ」
「……ま〜ちょっと、見覚えのある嫌〜な奴も居たからね、端的に言うと呪霊が襲ってきた、低級ばかりだったけど統率力もあって大変だったよ、多分他の所には居ない、私を狙ってかな?」
「それと悠仁が危ないっていうのは私の判断じゃなくて私の友人の判断だ、電話で『悠仁を頼む』って言われたからには来ない訳にはいかない」
「妹紅から悠仁の話は色々聞いてる、だから本当は今日妹紅の力を借りて参観させて貰おうと思ってたんだけど……皆んなドンパチやってんのは予定調和って訳でも無さそうだし〜」
「…ーー呪詛師の襲撃ですね、あの帳、私がぶっ壊してきましょうか?」
「辞めておけマイシスター、既に帳の外側と内側で戦闘が起きている状況、なのに未だ帳が破壊されていないという事は、Mrs.妹紅と五条悟が破壊出来ない帳だという事情、無駄な消耗は控えておくべきだ」
「なるほど…なら今は…ーーあ!帳を作ってる人を倒しちゃえば良いじゃないですか?」
「良い案だが相手の居場所が分かっていない、この森をくまなく探すのは手間だぞ?件の虎杖悠仁とも合流を急がねばならない」
「ふっふっふ、その程度の問題、マイブラザーと私が居て解決出来ない筈がありません!ーーと言っておいてなんですが私じゃアイデアが思い付かないので!マイブラザーは何かありませんか?」
可愛らしい仕草をして、東堂に頼り出す早苗、その頭をポコンと伊吹が叩いてちゃんとしろ、とツッコミを入れる。
今は古めかしいてへぺろポーズをして、悩みながら走ること数十秒……。
ーー唐突に、大きな呪力が弾ける感覚に襲われる。
「今のは…」
「「領域…!」」
かなり遠い場所にだが、その強烈な反応を嗅ぎとった二人は外殻が形成され始めている領域を遠目に目にする。
火急の事態、方法に悩んでいる暇は無い。
「先程のアイデアだが!あるぞ!」
「マジですか!?それでそのアイデアは…」
「行くぞマイシスター!まずはこの状況を虎杖悠仁に伝えてこい!!」
「え?あ、あの!ちょ、だからそのアイデアは……」
急いでかがみ、足元の石に呪力を込める東堂。摘まれている伊吹も早苗も何をしようとしているのか分かっていないが、『何とかする』気概を感じ、集中を高めた。
ーー剛腕により空高く投げ飛ばされる石には呪力が篭っている。
「不義遊戯!!」
「「!?」」
地に足が着いていた状況から一転、世界が移り変わり帳が間近に見える程空高く舞い上がった二人。
一瞬混乱したが、瞬時に東堂の術式だと理解して姿勢を立て直す、東堂が期待していた通りマイシスターとは以心伝心の仲。
つまり、何をすればいいのかも直感で分かる、神のお告げ以外に心で理解出来る初の体験を挟み、呪力を練り始める。
東堂が早苗に感じていたのは、特級過呪怨霊祈本里香解呪前、以前の乙骨憂太が発していた変幻自在、底なしの呪力だ。
ならば彼が出来ることも、きっとマイシスターならやり遂げられると信じている。
静かな動作で、耳を塞いだ。
「『呪言』だ!やれるか!!」
そして、早苗にそう叫ぶ。
「なるほど…!早苗!イメージイメージ!妹紅が太鼓判押した実力見せてやれ!」
「分かりました!行きますよ…!…ーーすーっ…」
呪力でイメージするのは、巨大なメガホン。形を練り、具現化させずとも呪力は己の身体の一部という実感が、己の声を通す拡声器となって機能する。
「《私の方に来て下さーーーーい!!!》」
ーーと言っても、それだけで呪言として機能できるものでは無い。
早苗の呪力ならばある程度の効能はあるが、乙骨憂太の様にはいかない。
そこにあったのは、偶然と奇跡の産物、巫女としての役割である祝詞を幼い頃から述べていた早苗にとって、言葉とは神の御業、神の力そのもの。
そして、お告げとは神から人に与えるものだ。
「……ふー…ぅ、うん?あれ?」
東風谷早苗は、現人神である。
付け加えておくと、初めての呪言の使用のせいか、正確に呪力の方向性を決められていた訳では無い。
ーー故に、絶大な効力をもった『自身への集合命令』が周囲全域に広がることになる。
「おわァァァァァァ!!???」
「うぎゃぁぁぁ!?!?!?」
背中に背負われた伊吹に関しては、酷い目に合うだろうが………特に言うことは無い。