ーー呪詛師襲撃前。
観戦席に座る面々は、それぞれの生徒の対決を楽しみながら……妹紅が持ち込んだビール缶を握り、賭けをしていた。
「加茂ーー!何やっとんじゃい!!」
「FOooーー〜!ナイス狗巻っ!やっぱりウチの子最強だろ、歌姫もう2万負けだけど大丈夫そーかぁ?」
「黙らっしゃい!!」
「……僕が言うのもなんだけどさ、本当に二人とも先生なの?」
「「あぁん?」」
冥冥もクスクスと笑いながら、一応賭けには参加していた。目の前で一万二万の押し引き勝負をしている所、妹紅とは四桁程金額を増やして『虎杖が勝つか直哉が勝つか』の賭けをしている。
勿論妹紅は虎杖、冥冥は直哉。妹紅は…正直願掛けで賭けている所もあり、冥冥も今まで培った観察眼で両者の実力差を理解していた。
次に目を向けたテレビが映し出す画面は、メカ丸を三人が奇襲をかけた場面。
「おぉ!アンタらの子もやるじゃん!」
「メカ丸だっけか、三対一で勝てる兵器は持ってきてるか?」
「いや〜…パンダだけでも大分キツイと思うわ、真希と釘崎が居たら無理ね」
「ふーん……お、今のよく反撃できたな、体力作りの成果か」
「…
「ん?そりゃな、術師は身体作ってなんぼだろ」
「ひっどいよね〜、僕でも昔耐えられない位のシゴキなのにさ、本当によくやってるよ」
昔の事を思い出しつつ、皆が更に注目しているのは…三人の奇襲を防いだメカ丸のドローンだ。
歌姫でさえ覚えの無い新武装、唯のドローンだと評するには少し高性能過ぎる、ドローンが高圧のウォーターカッターを噴射して三人を押し始めた時には『意外』の表情を顔に浮かべる。
「「「「……」」」」
「何よアレ、あんなものがあるのならハナから教えておきなさいよアイツ…!」
「まぁあの子も秘密は多く抱えておくタイプだ、責めないであげて欲しいな」
「…冥さんそのフォロー…もしかしなくても知ってました?」
「はは、どうだろうねぇ?」
「むー」
もやもやの発散をあの馬鹿二人に向けようと視線を向けた時、妙に硬直した表情を見せる妹紅と、珍妙な顔をする五条が視界に入った。
「…アレってさぁ、多分『そう』だよね?妹紅」
「多分な、少し術式使うから離れとけ」
「は!?おい!ちょ、妹紅!?」
「安心しろ、直哉にちょっと連絡するだけだから」
「連絡って……」
テレビの画面に映る、何故か
誰も居ない空間に向けてグチグチと何か言った後……カメラの視野角から直哉が消え失せる。
歌姫は慌てて何処へ行ったのかと、画面を見渡すと…今の一瞬、一秒にも満たない間に、メカ丸を打倒していたパンダ、真希、釘崎の元へ辿り着いていた。
「…ーー化け物ね、アイツも」
「はぁ…それで、何を連絡し……て……」
その後の一瞬、またもや歌姫の瞬きの間の一秒未満の時間の中で、画面から直哉が居なくなりテレビ画面の内、全体を見渡せるルール上の天井からの視点が消えた。
「ふーん?やるじゃん、やっぱり妹紅と修行してるとあんな感じになるよね」
「肉弾戦至上主義最高、術式に戦闘スタイルを頼ってる内はあまちゃんって奴だ、鍛え上げた身体に術式を乗せるから強いんだよ」
「ア・ン・タ・ら・さぁ!!二人だけの世界で分かってる感出すの辞めな!?何やったのか正直に言いなさい!!!」
「「知らな〜い」」
「こんのガキ共!!!」
何も分かってない歌姫を差し置き、冥冥と楽巌寺はあの天狗が死んだ事に気付く。
楽巌寺は拘束具として首にまきつけておいた死刑用の呪具、その反応消失。
冥冥は共有された鴉からの視界で土塊へと消えていった射命丸文をその目に捉えていた。
(やはり…)
(ある程度の推察は当たってたって所かな?五条くん)
実の所…。
(ドローンへの反応、そして射命丸文の殺害、想定通りって所かな、五条くんの言う通り彼女が何を避けているのか分かったよ)
(虎杖悠仁だ、恐らく彼女の泣き所は彼にある)
五条の言葉を鵜呑みにしている訳ではない、妹紅には金の縁もあるし任務での恩も積み重ねてきた。
だといって、彼の言葉を冗談だとも受け流す訳にはいかない。金とは、金で守れないものを守る為にあるのだからね。
私達が出来ることは、彼女が行動を起こしてから…その企みを全て叩き潰すことしか出来ない。
何せ本人が裏切りを隠していないのにも関わらず、『何をしているのか』が一切分かってないんだ。
誰を裏切っているのか、個人か?組織か?少なくとも高専からは離れると聞いているらしいが、今の所彼女は幻想郷の対処に尽力していた。
(理由が無いんだよ、それこそ彼女が幻想郷侵入の主犯だとすれば有り得る話かもしれないが、彼女ならコソコソこんな事をする必要は無い)
(再生によるほぼ不老の術式、五条悟を超える戦闘技術、天元が侵入を許した結界術の技量)
(その全てを万全に振るえば、如何に領域展開を有していずとも私達を殺し尽くせる)
ウチの子……ーー霖之助に情報を求めに来た時もそうだ、彼が明かしていた、秘密裏に現世へと侵入した六名の刺客の情報を高専に渡していない、それを渡さない理由が無い。
ふわふわしているんだよねぇ、立ち位置というか、目的が見えてこないというか……。
(なら、彼女が最も忌避している事を見つければいい)
五条くんも予見してた事だけど、やはり虎杖悠仁には宿儺の器以上の何かがある、それも幻想郷絡みの何かが。
あのドローン、アレは幸吉くんが用意した『幻想郷協力者』開発のモノ、霖之助と同じ様に、個々に侵入した刺客は己の欲望を優先しているのが殆ど。
「五条くん」
「……ーーオッケ〜」
「クソっ、もう行け!やっちゃいな直哉!本当にアンタの事応援なんかしたくは無いけどウチが勝てるのならそれでいい!!」
「プライド捨てすぎじゃないか?流石にアイツ応援すんのは辞めとけよ…?」
「うっさいわね!そもそも妹紅、アンタが何も言ってくれないのが悪い!!」
「……ーーはは、確かにな!」
火焔猫燐、現世の視察と主への情報伝達。
射命丸文、姿勢は現世への定住と新聞屋としての発足。
北海道の三人組は消息が掴めていない、最終的に確認されたのは動物園で、それ以降は多分妹紅くんが揉み消してると思う。
霖之助は私の所で飼い殺しにしてもいいと言われている、こっちで商売出来ればいいとね。
最後、沖縄の妖怪… 高麗野あうんは窓が監視している中で、目立った事はしていない。
それぞれ目的は不明だが、ある共通点があった。それは…。
『虎杖悠仁』
この単語への反応だ。
五条くんと飛び回って聞きに行ってね、他に何かを言った訳じゃない、ただこの単語を言っただけで一様に反応を示した。
勿論『浄界』とも言ってみたが、こっちは反応がマチマチ、知っている者も居れば興味が無さそうにしているのも居る、挙句には本当に知らない奴も居た。
その時点で、妹紅くんが対策本部で掲げている浄界の絶対守護に必須の意味がある訳じゃ無いって事が分かった。
(まぁでも、世界一の結界術を使える彼女が言うのだからある程度占領はしておかないといけないんだろうけど)
(つまりは裏切りなんてどうでもいい、彼女がせざるを得ない『何か』を見つけて確保する旗取りゲームさ)
(それと…ーーもう事態は起き始めているよ?妹紅)
共有される視界の中、別室に置いてある鴉の瞳、テレビ画面から中継される各地の窓からの報告には幻想郷勢力の侵攻が起きている。
円形にくり抜かれ、呪霊に集られて崩壊したビル。
見るもおぞましい量の虫達がたった一つの屋敷に集合し、そこにある全てを平らげていく光景。
ある地点を境に周回の山々すら水の底に沈みかけている地方。
その光景を眺めながら、冥冥が思考を深める中……。
ーー部屋の中に貼られてある、脱落者と生存者を示す札。それらが全てボウッ、と強い炎を立て燃えカスとなる。
「…なぬ?」
「これは……」
「「!!」」
特級呪霊の、反応。
「……っ五条!妹紅!」
「急に全部燃えたな」
「ね」
「何淡白な反応してんの!?特級呪霊よ、生徒達が危ないっつってんの!」
「分かってるよ、行こうか」
「直哉と悠仁が居るからある程度は大丈夫だ、てかアイツらだけで払える気もする」
各々席から跳ね起きて現地へと赴く、但し冥冥は講師でも何でも無いが『この後』の妹紅を視る事で何かしらの情報を得るために武器を取りに行く。
楽巌寺も己の術式を最大限活かす為のエレキギターの入れ物を背負って、既に部屋の外へ一歩出ている五条の後を追おうと走る。
再びその時だ、全員が部屋の外へ出る、その時。
楽巌寺が部屋を出て、妹紅が部屋の横開けの扉に手をかけた時。
「『《「わたし゛…』》」」
「きれい?」
忘れない、忘れるはずも無い。
「ーーお前」
五条悟の脳裏によぎる、『彼』の愛用していた呪霊の声。
全員の動きが止まる、空白になった部屋、妹紅の背後に空いた黒い穴……空間から声が聞こえる。
互いに問答が終了するまで無干渉を強制させる領域が展開されたのを防いだのは二人、五条と妹紅。
だが、同時に別の声が聞こえる。
「貴方の身体 ちょぅだい」
「ーーすぐ戻る、悠仁を頼んだ」
「妹紅!」
背後の暗黒から伸びた手が妹紅を掴み、その中へと連れ去って行った。
時間にして僅か三秒、一瞬で起こされた誘拐劇を目の前に……。
ーー五条と冥冥が歯噛みをする。
((……やられた))
「チッ!新手…五条!どうする!」
「……妹紅は負けないでしょ、連れ去った方が殺されてんじゃない?」
「ーーそれもそうね、って、ちょ、持ち上げんなバカ!ぉわぁー〜!?」
「先行っとく、後は冥さん頼むよ」
「見つけれるか分からないけどね、最善は尽くす」
五条は実体験で、あの程度では妹紅が先に相手を殺せる事を理解している、冥冥は推察でこの場から離れて行う事があると判断した。
表面上的には連れ去られたようにしか見えず、ここで何かしらの情報を彼女から得る事は出来なくなってしまった。
■
ーー京都 天ヶ瀬ダム地下
暗く、暗く、更に暗く。
陽の光も指さない暗い地下に一人の男と女が居る、治乱といった様子は無い、光も指さない場所に居る者は大抵邪な想いや行動をするものだが。
ーーもしくは、陽の光に嫌われているのか。
「おぃ…だい、げホッ…大丈夫か?」
「これが大丈夫に見えるかな!?盟友!!!」
「……共鳴り、鄒霊呪法の技の一部だ、魂を直接攻撃する術式でもある…退去はせずに済みそうか?」
しわがれたダミ声で優しく話しかける、彼にとって言葉を発する事は拷問にも等しい苦痛がある。
身体を動かすのもそうだ、小さな檻の中、彼にとっての世界は溶液に浸したバスタブの中で終わっていた。
ーー陽の光では無く、人工的な光で視界を確保しているも、それすら肌を焼いてくる。
泥沼に浸かり続けている様な身体の重さ、全身の皮が剥かれた様な痛み、代わりに得たモノは全て自分を助けるものでは無かった。
ーー視界に映るだけで友愛が染みでる友とは、いつも
「も、もも勿論だよ、これ位気合いで……ーーゴハァッ…」
「死にかけじゃねぇか」
「あぁ…三途の川を…泳いで戻って来れるのが河童さ!!舐めないでよね!ゲボォ…」
「……死にかけじゃねぇか!」
泥濘の底の底、陽の光を払って消えた暗闇の底で、彼は再び差し込んできた光を味わう。
ーー暖かい、陽の光。痛みの無い、己の無価値を晒さずに居てくれる陽の光。
何もかもを拒絶した筈の心の泥濘が通した光は、己に苦痛を与えなかった、初めて……『暖かさ』を知った。
故に乞い願う、箱入りの乙女よりもか弱い手と、純情の少女よりも初々しい心で願う。
『触れさせてくれ』
『
ーーその願いを聞きとどけたのは。
同じ暗闇から現れた悪魔だった。
彼はその手を取った。
「む、昔ながらの術式か…そりゃ痛いし効くよ…」
「妖怪だからか?」
「この身体だからだよ!も〜…視察がとんだ痛手になっちゃった」
「戦闘データは取れたから別にいいだろ」
「あのドローン作るのにどれだけ時間掛かったのか忘れたのかい!?盟友と毎日毎日、傀儡をこねくり回して頑張ってさぁ!」
「魂の輪郭を保護して、呪骸の様に相互観測させる事で元の形を自動復元しようとする作用……ーー全部無駄になったな」
「壊れるって何さ、全く…盟友が対抗戦に出る奴の術式を教えてくれればこんな事には…」
「あの三人相手に、あの機体で大立ち回り出来たこと自体が成果だ、それに初見の相手を攻略するのも楽しかっだろ」
「ーーふふん!まぁ、そうだな!わた、イテテ……私の操縦も中々のものだろう?」
「あぁ、良かっ…けほっ…良かったよ」
ある日突如現れた少女は、己を河童と名乗った。
名前は教えてくれなかったが、後々になって彼女が幻想郷と呼ばれる場所からやってきた存在である事を知る。
名は互いに知らない、河童、盟友、そう呼び合うだけだが、それで十分であるという事。
「盟友とも結構な日を過ごしてきたけれど…とても良い、人生の中でも五本の指に入る毎日だったよ」
「…1ヶ月そこいらだろ、大袈裟な」
「いんや?思い出なんていうものは日数だけで価値が決まる訳じゃない、勿論共にいる日にちが長ければ長い程友愛は深まるけれど…」
「たった一日、一時間、一分、一秒が人生を変える思い出に成りうる」
「だから
「…ーーそれも、そうだな、河童」
「そこは盟友って言い返してくれる所だと思うんだけど」
「……」
「か〜!これだから意中の女の子に一声も掛けられない肝なし尻子玉無しは!うんともすんともさ、彼女にも何か言ったらいいのに……ここで練習しとくべきだと私は思うんだけど?」
「…ーー俺は…」
そんな資格は無い。
なんて、言葉を吐く権利も無い。弱さを見せつける事は今の俺には罪で、許されたいと思う事を口に出し手はいけない。
あの手を取った俺には、もう契約の履行日を生き延びるしか道は無い。
「…………」
「河童、お前が帰る日…幻想郷の侵攻が始まる日よりは前に、早めに帰っておけ、出来るだけ早めに、今日でもいい、無理なら今俺がお前を殺して無理矢理帰す」
「なんで?と、聞きたい所だけど盟友が言うんだからそうしておくよ」
「幻想郷の賢者はいざ知らず、私達普通の妖怪は人間の共存を強く望んでる、侵攻といっても私本体が来る時には君の味方をしよう、ここにまたすっ飛んで来るから……」
「ーーまた、一緒にカラクリを作ろうじゃないか」
「…………」
「あぁ」
「盟友、君は素晴らしい技術者だ!確か、天与呪縛、天から与えられた力と呪いに振り回されてきた君にとっては忌々しいモノかもしれない」
「だがその知識と技術は天からのものなんかじゃない、君が培ってきたものならば……」
「君が、君自身の為に使いなよ」
「分かった?」
「……あぁ」
彼女と過ごした日々は短い。
絶対秘匿の存在であり、外の世界を見るのも全て傀儡の視界からで、この地下から離れた事は無い。
ーー俺の身体は酷いもので、右腕と膝からの下の肉体が無い。
腰から下の感覚も無いし、太陽どころか月明かりでも肌が焼かれる。
常に全身の毛穴から針を刺されたような痛みがある、寝る事すら難しい、ましてや会話等、無縁にしたい痛みが襲う。
(……)
俺は、京都校の皆と会話をする。傀儡に取り付けた声帯を呪力で操ればいいだけだが、己の喉を使って話す。
動かせない筈の身体を動かせる、共鳴りで倒れた河童の為に、俺は溶液から飛び起きた。
……はは。
「十分だ」
「ん?」
「何でもない、帰り方は何がいい」
「あ〜…実はこの身体結構特殊だからさ、せっかくなら盟友に研究資料として残しておくよ、帰り方は……ーーん……?」
しかし。
「こんにちは、与幸吉」
ーー彼はまだ、暗闇の手を振り払えてはいない。