どうやら、私は死に戻れるようになったらしい   作:ホッシー@VTuber

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どうやら、絶対絶命らしい

 ずっと前の記憶。まだ私は子供で、アイリも小さくて生まれたあの懐かしい村で暮らしていた時の思い出。

 

「ユーリ」

 

 子供たちが教会の庭で楽しそうに遊んでいる子供たちを何となく眺めていると隣にシスターが座った。

 

「こんなところでどうしたの? 一緒に遊ばないの?」

 

「ううん、何でもないよ」

 

 そう、本当に何でもない。ただ、今日はアイリが家の用事で協会に来られなかったのであまり遊ぶ気になれなかったのだ。

 

「そっか」

 

 シスターは一つ頷くだけでそれ以降は何も言わず、私と一緒に遊ぶ子供たちを眺めていた。

 

 温かい日差し。心地よい風。子供たちの楽しそうな声。

 

 そんな光景を見つめ、子供ながら私は平和だな、とそんな感想を抱いた。

 

「ねぇ、ユーリ」

 

「なに、シスター?」

 

 その時、不意にシスターが話しかけてくる。少し眠そうだったが、その声で目が覚めた私は子供たちから隣に座る彼女を見上げた。

 

「アイリのことはどう思う?」

 

「アイリ? 友達だよ?」

 

「ほかには?」

 

「ほか?」

 

 そう言われても困る。生まれた時からずっと一緒にいた幼馴染。それ以下でもそれ以上でもない。

 

「んー?」

 

「そうだなー……たとえば、他の子と少し違うところがあるとか」

 

「えー? 違うところかー」

 

 確かにアイリは他の子どもたちよりずっと大人っぽいような気がする。運動神経も抜群――というより、体の動かし方を知っているような感じ。勉強もこの国に関する歴史はともかく算数はずば抜けていい。

 

 運動ができて、賢くて、大人っぽい。それがアイリだった。

 

「たくさんあるよ、違うところ」

 

「へぇ、それってどんな――」

 

「――でも。皆も違うよ?」

 

 子供だった私は話すことに夢中になっていたのか、シスターの言葉を遮ってそう言った。

 

 違うのはアイリだけじゃない。私も、シスターも、子供たちも、大人たちも。全員、違う。同じところなんてない。

 

「……ふふっ、それもそうだね。皆、違うよね」

 

 くすくすと笑うシスターだったがすぐに空を見上げる。私もつられるように上を見たがそこには青い空と流れる白い雲しかない。

 

「皆、違うんだよね……」

 

 多分、私に向かって言った言葉じゃない。幼かった私でもわかるほどその言葉を漏らした時のシスターの様子は悲しげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 目が覚める。体を起こして周囲を見渡せば魔王城の前にある森の中の小さな広場だった。10体目の魔王を倒すために一夜をここで明かそうという話になったことを思い出す。

 

「……はぁ」

 

 私たちの冒険は順調だ。強くなったおかげでダンジョンの罠に引っ掛かってもほとんど死ななくなり、ここ半年は【死に戻り】が起こっていない。

 

 しかし、アイリとの関係も進展はゼロ。あのお風呂での一件があってもアイリは特に言ってこなかった。私もアレのことを蒸し返すのが怖くて聞けずにいるのである。

 

 あのお風呂での出来事はなかったことにしたくなかったのでミリーとコールは私の気持ちを知っている。だが、二人は傍観に徹することにしたらしい。さすがにあれだけ言われたのでアイリとよそよそしくならないように普段通りに接しているので文句はなくなった、ということだろう。

 

(まぁ、コールは気になるのかたまにちらちら見てくるけど……)

 

 私とアイリが話しているとこそこそ隠れて様子を見ていることがあるのだが、隠れていても高確率で長い耳が丸見えだった。斥候している時は完璧に気配を消せるのに私たちを見ている時はポンコツになってしまうらしい。

 

 さて、そろそろ皆も起きる頃だ。今のうちに身支度を済ませてしまおう。

 

 そう考え、もぞもぞと簡易的に作った寝床から抜け出して空を見上げる。深い森の中だが、木々の隙間から少しずつ明るくなり始めている空が顔を覗かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ――」

 

 人など簡単に黒焦げにしてしまうほどの熱を持った火球が私の右頬を掠る。何度もマグマに落ちた身だが、熱耐性というものはなかったようで掠った拍子に髪の一部が燃えてしまったらしく、僅かに焦げた匂いが鼻腔をくすぐった。

 

 それでも私の足は止まらない。止めない。死に対する恐怖はもう感じなくなった。たとえ、あの火球に飲み込まれたとしてもどうせやり直せるし、仲間が死んでしまうぐらいなら私が死んだ方がマシだ。

 

「ふっ」

 

 右、上、真正面から三つの火球。右や上はともかく、さすがに正面から火球に突っ込むのは無謀なので手に持った聖杖をその場で軽く振るう。たったそれだけで凄まじい風圧が生じ、正面の火球が打ち消された。【死に戻り】によって向上した腕力によるゴリ押し。だが、利用できる手を全て使わなければ目の前に立つ魔王は倒せない。

 

「どっこいしょー!」

 

 その時、後方からミリーの声が聞こえ、私に影がかかる。おそらく、私を守るように岩壁を作ってくれたのだ。普通では持ち上げられないような大きな岩でもミリーの魔法であれば動かせる。その証拠に右と上から迫っていた火球は岩壁に激突し、大爆発を起こした。

 

 しかし、それを黙ってみている魔王ではない。すかさず、二本の赤熱する槍を出現させて岩壁に向かって投げる。魔法で生み出したとはいえただの岩なのでそれらは魔王の槍によって破壊されてしまった。火球から守ってくれた壁が岩の雨になって私に降り注ぐ。

 

(それでもッ!)

 

 足は止めない。止める必要がない。床が砕けるほどの脚力で駆ける私はただ真っ直ぐ魔王へと向かう。

 

「―――――」

 

 誰かの息を吐く音が聞こえたような気がした。すると、私に落ちてきた岩の一つが何かに弾かれる。そして、一歩先へ進んだところでも二つの岩の軌道が逸れた。コールが私に当たりそうな岩を正確に撃ち抜いてくれているのだ。

 

 聖杖に魔力を込める。全力で注げば魔王だけでなく、アイリたちも巻き込まれてしまうため、手加減。魔王との戦いではコレばかり使っているからか、すっかり力のコントロールに慣れてしまった。

 

 槍を投げたせいで一瞬だけ硬直している魔王の懐へ潜り込む。すでに聖杖には決めた量の魔力が込められていた。

 

「『魔力撃』! なっ!?」

 

 相手が動けない間に撃つ。そうして振るった聖杖だったが炎を操る魔王らしく、体を炎に変えて躱した。全力で振るったので聖杖から発生した風圧が魔王城の壁に皹を走らせる。

 

 そのまま、魔王は私の傍で実体化。ゼロ距離で火球を放とうと両手に炎を集める。まずい、今の身体能力でもこれは躱せない。

 

「ユーリ!」

 

 だが、ギリギリのところでトドメを刺すために待機していたアイリが私を抱えてその場から脱出する。先ほどまで私がいた場所を火球が通り過ぎ、戦いの序盤で空いた壁から外へ飛んでいってしまった。

 

「ユーリ、大丈夫?」

 

「うん、ありがとう」

 

「でも、どうする? あの様子だと物理攻撃は効かないよね」

 

 ミリーがありったけの水を生み出し、時間を稼いでくれている間にアイリと作戦会議をする。

 

「弱点があればいいんだけど……」

 

 炎を消すには水。きっと、誰でもそう連想するだろう。しかし、水をぶつけても魔王の体が熱すぎてすぐに蒸発してしまうため、通用しない。

 

(物理攻撃が効かないんじゃアイリの聖剣も……)

 

 問題はどんなに私が強くなっても魔王を倒せるのは勇者であるアイリだけだ。これまでは私が鍛えた身体能力を発揮して戦闘不能にしてトドメの一撃をアイリが与える、という戦法を取っていた。だが、あくまでもアイリの聖剣も物理攻撃。どうにかして無効化、もしくは実体化させないといつまで経っても倒せない。

 

(今はミリーが時間を稼いでくれているけど、魔力が尽きたらそれまで)

 

 今、パッと思いつく打開策は私の『光魔法(レーザーどーん)』でこの部屋全てを攻撃するぐらいだ。もちろん、アイリたちを巻き込んでしまうため、却下。

 

「アイリ、ユーリ!」

 

 その時、ミリーの援護をしていたコールが私たちの傍に着地した。私たちが作戦を考えているところを見て駆けつけたのだろう。

 

「何か思いついたか?」

 

「ううん、まだ」

 

「そうか……私も隙を突いて矢を放ったんだが体に当たる前に燃え尽きてしまった」

 

 そう、あの体の熱も厄介だ。『魔力撃』を当てるために接近したが、それだけで体が蒸発してしまいそうなほどの熱量を感じた。生半可な攻撃では魔王に当たる前に燃えてしまう。

 

「しかし、一つだけ気になったことがあった」

 

「それは?」

 

「さっき、ユーリが火球を風圧でかき消した時……奴の体も揺らいだような気がしたんだ」

 

「揺らいだ?」

 

「ああ、まるで火に息を吹きかけたみたいにな」

 

 風で揺らぐ。つまり、魔王は攻撃が当たる直前に体を炎にしているわけではなく、体そのものが炎でできている。

 

「……一つ、試したいことがあるの」

 

 確かに物理攻撃が効かないのは厄介だ。でも、無敵時間があるわけではないのなら話は別だ。

 

 私の表情を見てアイリとコールは顔を見合わせ、頷いてくれる。その後、手短に作戦を伝えてまた私は魔王へと駆け出した。

 

「ッ!」

 

 先ほどのやり取りで私の強さが面倒だと判断したのか、ミリーを相手にしていた魔王はすぐにこちらへ火球を飛ばしてくる。躱せるものは躱し、どうしても当たってしまうものは魔力を込めた聖杖で殴って撃ち返す。

 

「おかわりどーぞ!」

 

 その間もミリーからの援護射撃は止まない。大量の水が魔王へ降り注ぎ、魔王の熱によって一気に水が蒸発。奴の周囲が白い煙に包まれた。

 

 しかし、その煙も魔王が周囲に熱波を放つことで一瞬で晴らされてしまう。だが、今の私にはその一瞬が必要だった。

 

「皆、離れて!!」

 

 聖杖を真上投げ、私は魔王へと迫る。その手に持つのは――たった一冊の古びた魔法書。ページが魔王に見えるようにその本を突き出し、躊躇いなく開いた。

 

 そして、毒々しい紫色のガスは魔王を襲う。そう、私が毒耐性を鍛えるために何度もお世話になったあの毒ガスである。

 

「ッ!?」

 

 いきなり毒ガスを浴びせられた魔王は目を丸くし、次第にもがき苦しみ始めた。やはり、物理で駄目なら状態異常。しかも3体目の魔王が使う毒よりも強力なそれだ。炎の体を持つ魔王でも多少なりとも通用するはず。

 

 もちろん、私たちの周囲には毒ガスは充満しているため、アイリたちは近づけない。だから、タイミングよく落ちてきた聖杖を掴み、魔法を使う。

 

空間浄化魔法(空気を綺麗に)!」

 

 使ったのは自分の周囲に立ち込める瘴気などを無効化する魔法。【死に戻り】によって鍛えられた魔法力で放たれたそれは毒ガスを一瞬で無効化し、残ったのは聖杖を構える私と毒でもがき苦しむ魔王だけ。私が浄化したのは漂う毒ガスだけなので魔王の中に残った毒は未だ健在。チャンスは今しかない。

 

「せーいっ!」

 

 試しに聖杖を振るう。すると、毒によって炎になれなかった魔王は吹き飛ばされ、魔王城の壁にめり込んだ。ピクピクと体を痙攣させている。

 

「今だよ、アイリ!」

 

「うん」

 

 私の声に頷いた彼女は魔王に向かって跳躍し、聖剣を振るう。彼女の剣は魔王の体を捉え、やがてその体は塵となった。

 

「……ふぅ」

 

 戦いが終わったところでホッと安堵のため息を吐く。まさか毒耐性を鍛えている間に不思議と愛着の湧いた毒ガスの出る魔法書が役に立つとは思わなかった。王様に無理言って持ち出せるようにしてもらったのだが、正解だったらしい。

 

「お疲れ……って、さっきのは?」

 

「なんか禍々しいガスがぷしゅーって魔王にかかってましたよ!?」

 

 さすがに無視できなかったのだろう。コールとミリーが少し引いたような表情を浮かべ、質問してくる。

 

「あ、うん。毒ガス」

 

「毒ガス!? なんでそんな物を!?」

 

 おっと、少し気が緩んで魔法書のことを話してしまった。あーだこーだと騒いでいる二人にどう説明しようか悩み、そんな私たちを少し離れた場所でアイリが嬉しそうに眺めている。

 

「きゃっ!?」

 

「ふみゅっ!?」

 

「……え?」

 

 だからこそ、それに反応できなかった。いきなり、私の周囲に透明な膜が出現したのである。私を問い詰めていたコールとミリーはその膜に弾き飛ばされてしまい、尻もちを付いていた。

 

(これ、は……)

 

 おそるおそる私を覆う透明な膜に触れる。感触は硬い。ドーム状のバリアのようなものだろうか。とりあえず、壊そう。そう思い、聖杖をバリアに向かって振るった。

 

「ッ!?」

 

 正直、本気で殴ったわけではない。全力で振るい、バリアが壊れた場合にその破片がミリーたちに降りかかってしまうかもしれないと思ったからだ。それでも普通の人なら骨が粉々になってしまうほどの威力を持っていた。

 

 だが、壊れなかった。私を覆うバリアは傷一つ付かずに健在している。思った以上にこのバリアは頑丈らしい。

 

「二人とも、離れてて」

 

 私の言葉にミリーとコールは素直にその場から離れた。そして、今度は全力で聖杖を振る。音を置き去りにするほどの速度で殴られたバリアは――壊れない。

 

「がっ……」

 

「ユーリおねえさん! この、おねえさんを出しなさーい!」

 

 むしろ、その反動で後ろに吹き飛ばされた私がバリアに背中から叩きつけられ、地面に倒れてしまう。これはまずいとミリーが魔法を使って攻撃するがバリアに当たる直前でフッと魔法が消えてしまった。

 

(これ、って……)

 

 この現象を私は、私たちは見たことがある。1体目の魔王が使っていた魔法を完全に無効化してしまうバリアだ。しかし、あれは物理攻撃は防げなかったはず。なら、どうして私の攻撃を防いだのだろう?

 

「ッ……なんで、これがユーリに?」

 

 特に衝撃を受けていたのはアイリだった。目を大きく見開き、声を震わせている。どうして、彼女がそんな反応をしているのだろう。

 

「ふふっ」

 

「この、声……」

 

 だが、そのことをアイリに聞く前にこの場に似つかわしくない女性の笑う声が響く。私はこの声を知っている。何度も【死に戻り】したせいですっかり遠い日の思い出になってしまったが、それでもこの声だけは忘れたことなどなかった。

 

「誰だ!」

 

 コールが弓に矢を番えながら周囲を警戒する。しかし、そんな彼女など気にも留めていないのか、部屋にあった玉座に突如として現れた。

 

 その女性は修道服に身を包み、胸には小さなロザリオ。そして、こちらを優しい眼差しで見つめていた。

 

「久しぶりだね、アイリ。そして、ユーリ」

 

「……」

 

「な、んで……あなたがここに……」

 

 私たちの前に現れたのは私とアイリが暮らしていた村でお世話になったシスターだった。彼女はあの頃と何も変わらっておらず、ニコニコと笑っている。そんな彼女をアイリは黙って睨みつけていた。

 

「このバリアは何?」

 

「あれ、アイリは驚かないんだね」

 

「そんなことどうでもいい。これは何?」

 

 混乱する私たちを放ってアイリが聖剣を輝かせながら同じ質問する。聖剣が輝く。つまり、シスターをいつでも攻撃できる状態にしているということだ。

 

「……やっぱり、おかしいと思った。どうして、それを最初に使わなかったのかずっと疑問だったの」

 

「ッ!!」

 

 シスターが少し驚いた様子で言葉を発した瞬間、アイリは一瞬でシスターへと迫り、聖剣を振るう。だが、その刃はシスターに届く前に何かに阻まれていた。そう、私の周囲を覆うバリアと同じものである。

 

「本当は最初の魔王に簡易的なバリアを与えてそれを使わせるつもりだったの」

 

「……」

 

「でも、あなたは使わなかった。ううん、使う前にユーリがどうにかしちゃった」

 

 思い出すのは最初の魔王を覆うバリア。魔法を全て無効にしてしまうそれは確かに強力だった。しかし、シスターの話が本当ならあれを魔王に与えたのは他でもなく目の前に立つシスターであり、彼女が魔王側の人間だということになる。

 

「し、シスター?」

 

「あら、まだそう呼んでくれるんだ……きっと、アイリは何も言わずにここまで来たんだろうけど簡単に言うと全部、私が仕組んだことなの」

 

「しく、んだ?」

 

 駄目だ、理解できない。だって、彼女はアイリが勇者に目覚める前からあの村にいて住人たちと仲がよかったはずだ。

 

「あ、あの村にいたのは偶然。復活するまでひっそりと暮らしてたんだけど……まさか住んでた村に勇者が産まれるとは思わなかった」

 

「……」

 

「……アイリ、なんで何も聞かないの? どうして、私が何も知らなかった頃に殺さなかったのか、とか」

 

 確かにミリーたちはシスターのことを知らないので状況を飲み込めていない状況だ。しかし、私とアイリは違う。彼女とずっと一緒に過ごしていた。だから、私のように何かしらの疑問が浮かぶはずだ。

 

「どうでもいいから」

 

「ううん、違う。すでに知ってたから、だよね? そうじゃないとそれをあの魔王に使わない理由がない」

 

「知ってた?」

 

「実はそこのエルフが住んでた森にね? どんな守りも突破する短剣が隠されてたの」

 

「ッ!?」

 

 そういえば、アイリは旅を始めた頃、最初に目指そうと言ったのはコールが住んでいた森だった。何の根拠もなく、ただの勘と言っていたが、そんな短剣があると最初から知っていたら?

 

「それだけじゃない。アイリならあの短剣を手に入れるんだろうなって思って念のために最初の魔王にあのバリアを与えた。あれは一回使っちゃうと壊れちゃうからね。でも、さっき言ったみたいにあなたはあの短剣を温存した。本当に使うべき相手がいると言わんばかりに」

 

「……」

 

 シスターの言葉にアイリは何も答えない。だが、聖剣を持つ手とは逆にいつの間にか短剣が握られていた。あれが、どんな守りも突破する短剣。

 

「どんな仕掛けがあるのか。ずっと覗いてたけど最後までわからなかった。それにユーリがたった一週間でとんでもなく強くなったのも予想外。だから、ちょっとだけ路線変更」

 

「それでユーリを、人質に取ったんだ」

 

「……え?」

 

 人質? 私が?

 

 そんな疑問が浮かんだ瞬間、私を覆うバリアが縮んだ。もし、このバリアが限界まで縮んだ場合、中にいる私はぺちゃんこになってしまうだろう。まずい、早くここから出ないとアイリたちが危ない。

 

「ッ――」

 

「ユーリ、駄目!」

 

 手加減はしない。全力で聖杖に魔力を込めてバリアを殴りつける。その直前、アイリの声が聞こえたが止められるわけもなく、聖杖はバリアに激突。そして、私は地面に倒れていた。

 

「あ、れ……」

 

 何が、起きた? バリアを殴ったと思ったら倒れていた。動こうにも激痛が全身を走り、もぞもぞとみっともなくその場で体をよじることぐらいしかできない。

 

「ユーリ!」

 

「ユーリおねえさん!」

 

「もー、ユーリ? あなたは人質なんだから大人しくしてなきゃ駄目でしょ? 死んじゃったら人質の意味がないもの」

 

 悪さをした子供を叱るような口調でシスターがそう言った後、私を覆うバリアが浮かび、彼女の隣まで移動する。バリアの底は丸みを帯びているせいで上手く座れない。

 

「このバリアは特殊でね? ある一定以上の力で攻撃されたらその余剰分を相手に跳ね返す効果があるの。アイリ以上に強くなったユーリが殴ったらどんなことになるのか……その身で味わったよね」

 

「ぁ……ぐっ……回復魔法(なおって)……」

 

 まさか鍛えた力が仇になるとは思わなかった。急いで回復魔法を使い、体の傷を癒す。

 

「どうやって……こっちの動向を?」

 

「ん? ああ、ユーリに渡したお守り。バリアもこれのおかげ」

 

 旅に出る前にシスターから渡されたお守り。これに術式を刻んで監視していたのだろう。こんなことになるなら貰わなければよかった。

 

(でも、無理な話、か……)

 

 あの頃のシスターは本当にいい人だった。子供たちは彼女を慕い、構ってもらおうと喧嘩になるほどだ。大人たちもシスターを信頼して子供たちを預けていた。そんな状況でどうやって彼女を疑えばいい? そんなの、彼女がこんなことを企てていると知っていなければ不可能だ。

 

「何が目的なんです!? ユーリおねえさんたちと知り合いなんですよね!?」

 

 ミリーが我慢できずにシスターに質問していた。そうだ、あんなに心優しかった彼女が魔王に加担するとは思えない。きっと、やむを得ない理由があるはずだ。

 

「この世界が嫌いだから」

 

「……え?」

 

「だって、この世界はすごく醜いもの……日々、人は人を殺し、陥れ、傷つく。特に無力な子供たちは大人たちの都合に振り回されて、死ぬ。そんな世界が嫌だった。だから、前に滅ぼそうとした」

 

「前?」

 

 いや、それはおかしい。だって、魔王が復活したのは最近だ。シスターの発言は明らかに矛盾している。

 

「ん? ああ、そっか。そこから説明が必要なのか。簡単な話だよ。私はずっと、ずっと昔にこの世界を滅ぼそうとした魔王なの」

 

「……は?」

 

「前は当時の勇者に殺されそうになってみっともなく逃げてね? このままじゃ世界を滅ぼせないなって思ってずっと力を溜めてたの」

 

 その言葉を合図にシスターは背中から大きな漆黒の翼を生やす。見た目は淫魔と同じような翼だが、異様なオーラを放っており、近くにいる私は思わず生唾を飲み込んでしまった。

 

「ずっと……ずっと、我慢してた。ずっと、この時が来るのを待ってた。今代の魔王を全て倒してくれたおかげで力が戻ったこの瞬間を……ねぇ、アイリ?」

 

 シスターはゆっくりとアイリへと手を差し伸べる。その爪は鋭く尖り、簡単に人の肌を引き裂けそうだった。

 

「私と一緒に世界を滅ぼさない?」

 

「ッ……滅ぼすわけない!」

 

「え? 断るの?」

 

「きゃっ!?」

 

「ユーリ!」

 

 アイリがシスターの誘いを断った瞬間、またバリアが縮んだ。しかも、今度はゆっくりとだが確実に縮み続けていた。あと数分と経たずに私はバリアに押し潰されて死ぬだろう。

 

「断るなら……どうなるかわかるよね?」

 

「……」

 

「このバリアを壊せる短剣は一つ。ユーリを助けたら私を倒せない。私を倒そうとしたらユーリが死ぬ……世界か、ユーリか。あなたには選べる?」

 

 シスターは魔王が倒されたおかげで力が戻ったと言っていた。おそらく、アイリを生かしていたのは魔王を倒させて自分の力を復活させるためだったのだ。

 

 また、勇者は世界の希望だ。そんな勇者が魔王に屈した場合、世界はどうなるだろう。きっと、普通にやるよりも楽に世界を滅ぼせるはずだ。

 

「アイリ……」

 

 また(・・)、私のせいだ。私のせいでアイリが苦しんでいる。こうならないために何度も死んだはずなのに。こうなって欲しくないから必死にここまで来たのに。

 

 結局、私は何もできない。アイリを助けることができない。また、■■■■を失う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ううん、違う。まだだ。まだ諦める時じゃない。だって、私はまだ生きているのだから。これまでになかったことになってしまった全てを無駄にするわけにはいかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 いつの間にか俯いていた顔を上げる。それとほぼ同時にアイリも私と同じように顔を上げ、シスターへ斬りかかった。もちろん、その攻撃は彼女を覆うバリアに阻まれてしまう。

 

 それを合図に私は縮んでいくバリアの中で手当たり次第に暴れ始めた。シスターの話は本当のようで殴る度に殴った手から血が噴き出す。蹴った足が折れる。放った魔法が跳ね返ってくる。

 

 それでも、私は止めない。回復魔法(なおって)を使い続けながら必死に抵抗を続けた。

 

「へぇ、反抗するんだ……って、ユーリも!?」

 

 アイリだけでなく、私も死にそうになりながら暴れているのに気づいたシスターは初めて表情を変える。だが、彼女のことを気にしている場合ではない。今はここを出る手段を考えなければ。

 

 もっと火力のある魔法を放つ? いいや、結局、跳ね返って私の体が消滅するだけだ。

 

 いっそのこと、【死に戻り】を発動させる? ううん、戻ったところでこのお守りがある限り、私はバリアに閉じ込められてしまう。監視しているのならアイリたちにこのことを伝えてもその瞬間、シスターが現れるだろう。

 

 私の持つ手札の中で通用しそうなものはないか? 駄目だ。使えそうなものはあるがバリアがある限り、シスターには手出しができない。

 

「せめて、あの頃に戻れたらッ!」

 

 まだ力を溜めている頃――このバリアが使えない頃に戻れたら、と考えてしまう。だが、【死に戻り】で戻れるのは死んだ朝だ。それ以上前には戻れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻れたらどうにかできるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、私の独り言に反応したのは目の前でシスターのバリアを攻撃しているアイリだった。顔をこちらに向けずに私に話しかけてきたのだ。

 

「え、あ、うん……」

 

「……」

 

 彼女の言葉に頷くとアイリの攻撃の手が止む。シスターもキョトンとした様子でアイリを見ていた。

 

「……ユーリ、ごめん。ずっと、黙ってたことがあるんだ」

 

「え?」

 

 アイリは今にも泣き出しそうな顔で私を見る。聖剣を持つ手は震え、先ほどまで勇敢にシスターに攻撃していた彼女とは大違いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ごめんね、■■。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを見た瞬間、何かが頭をよぎって(・・・・・・・・・)胸の奥がキュッと締め付けられた。前にもこんな顔を見た気がする。だから、もう二度と彼女を悲しませたくないから私は――。

 

「説明は向こうでする……嫌いに、ならないでね」

 

「待って、アイ――」

 

 バリアの向こうにいるアイリに手を伸ばす。しかし、どうしても彼女には手が届かない。そして、ついにその時が来てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【リセット】」




次回、最終回です。

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