彼女のいる木   作:麟佳さん

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彼女のいる夏

その陽射しは恵みにも破滅にもなる。それに対抗すべく、避暑地としてとある島に来たミストルティンは今・・

「ふぅ・・とても気持ちいいです。」

木陰に入り過ごしていた。元々涼しい木陰で過ごすことが好きだった彼女だが、夏の日差しを避けるために例に漏れず、山の河辺の木陰に身を移している。また、夏を満喫するために、隊の姫みんなで水着を着ようと言うことで彼女もパレオタイプの水着を着ている。普段目立ちたくないと言う彼女を思えばとても珍しいチョイスである。事実、パレオを選択したのは彼女だけなので、相対的に目立っていることは内緒である。ただ、目立つ服装でも目立たない場所にいれば見つかることはない。他の仲間たちは海岸でマリンスポーツや冷たいスイーツに癒しを求めているので、この広い山間では一人の時間を楽しむ事が出来ている。

風に揺られる木々、海を目指し流れる水、この森に育まれた鳥や虫達の声が鼓膜を揺らす。小心者故か、周りの音を素早く取り込む様になった彼女の耳はその全てを聞き分け、涼としている。その音の重なりの中に心地よい足音が木の幹を挟んだ後方から聞こえてくる。気だるく草木を踏みしめる音はメトロノームの様に規則正しく刻まれながら近づいてくる。そして後数歩まで来たところで音が止む。

「やっほ~。」

気の抜けた声と共に白銀の髪を持つ少女が顔を覗き込ませる。

「こんにちは、レーヴァさん。」

同じ隊の仲間であり、親友レーヴァテイン。普段は重さを感じる瞼も、ミストルティンといる時のみ羽のように軽くなり、瞳にも宝石の様な輝きが宿る。

「やっと見つけた・・。多分森のどこかだろうなって思ってたけど中々見つからないものね。」

「ごめんなさい、この木陰が気持ちよくってつい・・。」

「大丈夫、怒ってないし。寧ろ涼しいところ見つけてくれて助かったわ。」

となりに腰を降ろす・・・と思ったがレーヴァは座ろうとしないし、木の上に登ろうともしない。疑問に思いじっと眺めていると、手を差し出された。

「もっと涼しい場所知ってるんだけど、ついて来てくれる?」

彼女にしては珍しい提案であった。だが断る理由も無いし、寧ろ彼女どんな場所に連れて行ってくれるかと期待が膨らんでしまう。語弊があるが、レーヴァテインは昼寝のプロ・・過ごしやすい場所を探すのはお手のものである。もっとも、ある程度の水準であればどこでも寝るスキルを持っているのだが・・。そんな思考はさておき・・小さく頷きを返して、差し出された手を掴む。そのまま体を引き上げられると、足が地面から離れてしまう。正確には、背中と太ももの辺りに手を添えられて抱きかかえられている。

「え・・え?えぇぇぇぇえ!?」

「いや、こっちの方が運びやすくて速いかなって。」

一緒に歩くつもりでいたミストルティンであったが、レーヴァテインは運ぶ気満々だったようだ。思わず顔を覆ってしまうが、視界を遮っても体の体温は落ちてこない。自分が熱いのか、レーヴァテインのぬくもりを感じているのかなんて理解できるほどの余裕はない。

「可愛い奴♪ それじゃ、少し走るから掴まっててよ。」

鬱蒼とした森の中を、平原と変わらないように駆けていくレーヴァテイン。配慮も忘れておらず、腕の中のミストルティンにかかる振動は最小限で人に対して使うのは憚られるが乗り心地抜群。しばらくして漸く顔を見ると、視線に気付いたのか凛々しい顔がこちらを向いて微笑む。大好きな彼女の笑顔に心が弾むが、また熱が出てくる。しかし森の中を速度を出しているので視線も外れるだろうと読んでいたのだが、器用にも視線は殆ど外さない。

「ミストルの顔、綺麗だからさ。」

体がヒーターになったのかと言うほどに暑くなる。日差しがそよ風になりそうなほどに熱は高まっていく。視線の恥ずかしさから逃れるため、再び瞳を閉じる。それから声をかけられる事は無かったので、再び環境音と森を駆ける音が耳を揺らす中、変化がでる。

草木を踏みしていた足音は固い物を蹴りなり、流れる水の音は落下する音が混じり出す。気温も落ちてきただろうか。

「ミストル、着いたわよ。」

抱き上げられて十数分だろうか。促されるまま瞼をあげると、耳から入ってくる予想よりも遥かに大きな滝があった。高さにすれば30mはあるだろうか?近くには砂利の川辺や大きめの木もあり、体を預けるには十分。そしてなによりも・・

「風が、優しいです・・。」

滝壺から吹く風は水気が多いが、とても冷たい。山の窪んだ場所にあり、上方向も木が生い茂っている為、日陰も多い。

「どう、気に入った?」

してやったりと微笑む少女は満足げ。事実この場所は自分に余りある最高の場所である。

「はい、とても綺麗で・・私には勿体無い場所です・・。」

「でもこの場所であなたと過ごしたいの。ダメ?」

自分より背の高い彼女が首を傾げつつ見上げてくる。思わず一歩下がるが、剣術の様にすかさず詰め寄ってくる。はわわ、と口をパクパクさせながら下がっていると、木に行く手を阻まれていた。動けないミストルに更に近づいたレーヴァの吐息がかかる。瞳を覗けば、困り顔の自分が写り込んでいた。鏡の自分を見つめ続ける、この膠着状態が続くかと思ったが、鏡が下に降りていく。

「座ろっか。ちょっと疲れたし。」

「そ、そうですね・・。」

その言葉で緊張が解け、へなへなと膝を折る。

「やっぱり可愛い反応してくれるわね。」

「レーヴァさんはその・・時々意地悪だと思います・・。」

「オティヌスとか方天よりマシだし。」

二人だけの空間で、穏やかな会話を楽しむ。それだけならばいつも、何処でも行っている事だが、今回は滝壷のある山でお互いに水着を着ている。この二つの差異がとても心地よい。

「マスターを驚かせる為に、皆で水着をオーダーしよう、って聞いた時のミストルの顔今でも覚えてるわ。」

「えっと・・どんな顔でしたか・・?」

「ひぃぃぃ!?って感じて引き攣ってた。」

「だって、恥ずかしいですし・・と、特注品ですよ・・!?」

「その割りにパレオにして、谷間も開けたデザインにゴーサイン出したのは誰かしら?」

「だって・・デザイナーさんがとっても張り切ってて・・。付き添いのロンゴさんも褒めてくれたので・・。それに・・何でもないです。」

「ふーん。ちゃんと言わないと変なの着せられるわよ?付き添いが他の奴だったらヤバかったかもね。」

「は、はいぃ・・。」

「でも結果的に一番インパクトあったじゃん。マスターはあんぐりしてたし。」

「はぅ・・。レ、レーヴァさんはどう・・いえ、何でも・・。」

「・・・惚れたし。」

「え?」

「二回は言わないから・・。私の水着はどうなのよ?新調してみたけど・・。」

「とっ、とても綺麗です。装飾も素敵で、花飾りも可愛くて・・・く、釘付けでした!」

「・・・・*。」

誉めあった結果、日差しに当たっていないのに体がみるみる赤くなる。感想を頭の中で反芻しながら相手と自分の水着を眺めると益々火照ってしまう。羞恥心のあまり、暫く黙っていた二人だが、突如立ち上がった、レーヴァテインが手を引いて走り出した。

「もう無理!アッツイから泳ご!」

「ふぇえ!?あぇ・・はいぃ!?」

手を引かれる勢いのまま返答したミストルティンも、縺れ気味な脚を整えて駆け出す。オーバーヒートしそうなのを耐えながら走り、池にせり出た岩から飛び込む。

ざばん!と音と飛沫を弾けさせながら水中に入った二人は、冷たく澄んだ流れの中で、心身を落ち着けていく。水面から見たときも、高い透明度をうかがい知れたが、中に入るとそれなりの10~20m程は視界に捉えられるだろうか。滝壷の辺りを見ると、この透明度にもかかわらず、黒い穴が開かれている。繋がれた手が離れたのを感じて振り返れば、まるで無重力にいるように髪をなびかせるレーヴァテインがいた。

(綺麗・・・。)

普段は纏まった艶やかな髪が、水中では彼女を覆う程に広がっている。移動すると、それらが彼女に追従し、停止すると再びふわりと広がる。水中なのにも関わらず、空気感を感じさせるそれに夢中になっていると、レーヴァテインはミストルティンの周囲を囲むように泳ぎ始めた。どうやら髪を凝視していたのに気づいていたようで、ミストルティンの目の前を通ったり、髪が肌を撫でていく程の距離で泳いでいる。彼女こそが人魚姫の正体であると言われても疑う事をしないだろう。そんな人魚の舞を直ぐ側で果てしなく見ていたい・・誰しもそう思うが、人には酸素と言う限界があり、キル姫も例外ではない。水面に出て、冷たい空気を胸一杯に取り込み、脱力しつつ息を吐き出す。息を整えていると、隣からレーヴァテインも顔を出す。

「私の髪、そんなに気になったの?」

「はい、いつもより綺羅びやかに見えました。まるで人魚姫のようで・・。」

「お伽噺のヒロインに例えられるのは悪い気はしないかな・・。でもミストルの髪も素敵だし、パレオがゆらゆらしてるから浮いてるみたいだった。」

「ふぇえ・・。」

恥ずかしさに耐えきれなかったミストルティンは顔の半分ほどまで沈んでいく。しかしレーヴァテインが手を繋いだ為、引き上げられてしまう。

「コラコラ、沈まないの。そうだ、暫く水面で浮いてない?カシウスが、『水面に漂い、身を任せる。水と体が溶け合い、母なる存在と一つになる。』とか言っててさ。」

「やはりカシウスさんの言葉は難しいですね・・。でもここの池は流れが穏やかですし、勝手に流されることもないので安心して浮かんでいられますね。」

「でしょ?離れちゃダメだから手だけ繋いでおくから。それじゃ、お休みー。」

「え?寝るんですか!?」

「カシウスとやってたら寝れるようになってた。大丈夫、何かあったら直ぐ起きるし。」

「なら良いのですが・・。」

「それに万が一があっても、ミストルが助けてくれるでしょ?」

「それは、勿論なのですが・・。」

「私の信頼してるあなたなら大丈夫。私の事も信じてくれる?」

「やっぱり・・レーヴァさん狡いです・・。」

観念して、水に体を預ける。熱かった体もすっかり平温に戻り、水の冷たさもしっかり知覚出来ている。僅かな波に揺られているとカシウスの言葉が少し理解出来たように感じた。小さな自分を大きな存在が包み、抱えている様であった。揺られる度に髪もゆらゆら漂い、白と桃が絡み合い、まるで小さな絨毯に寝転がっているようにも見えた。

「お母さんってこう言う事なのでしょうか・・?」

「ミストルは分かるんだ・・。私には水の流れしか分からない。」

そうして漂って半刻ほど過ぎただろうか。冷え込んだ体の中で繋いだ手だけが熱を持っているが、流石に限界。本当に熟睡していたレーヴァテインを起こして岸に上がる。

「ふぁぁ・・よく寝た・・。」

「熟睡でしたね。本当に何処でも寝られるのかも・・。」

「慣れよ慣れ。」

「また明日もこうして過ごしたいですね。」

「う~ん・・。」

そうね・・と返される事を期待していたのだが、思わぬ反応が帰って来た。何か機嫌を損ねることをしたり、口にしたのか・・謝罪の言葉を必死に考え始める。

「ずっと森でのんびりするのもいいけど・・二人で散歩とかご飯も食べたいかな・・。」

その返答はまさに死角の一撃。人の集まる場所を嫌いがちな彼女が自ら誘っているのだ。

「折角の旅行だし、夏だし・・・い、いろんな思い出を作りたいの・・。」

「私でいいのですか?」

「あなたが良い。ううん、ミストルティンじゃないとダメ、絶対ダメ。」

こんなに求められたことはあっただろうか・・いや覚えはない。何せそれらから全力で距離を離そうとしていたし、レーヴァテインもまたこんなに求める事は無いのだ。世界中探したって、こんな関係はここしかない。あの木の下で出会った彼女たちだけでしかあり得ないのだ。

「あなたと夏の一時。私に預けてくれない?」

「えっそれは・・・こ、ここ・・告白でしょうか?」

「ただのお誘いだし。まだ告白じゃないし・・。」

「まだ?」

「良いから返事!」

「はぃ!じゃなく・・いえあってて・・・。よろしく、お願いしますっ!!」

 

夏の日差しは人を少し変えると言うが、この二人ではどうだったのだろうか?

ある人に問えばいつもと同じ惚気。

ある人に問えば我が強くなった。

ある人に問えば枷が無くなったと答えた。

答えは分からないが、確かなことはアルバムの中の二人、そしてそれを覗く二人や仲間達には向日葵のような笑顔があったこと。

これは永い時の果てでもなお輝き続ける思い出の一頁。

 

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