召喚陣から現れた少女に俺とお嬢様の視線は釘付けとなる。
お姫様と形容しても遜色の無い着物が似合う少女。唯一気になると言えば頭に白い角が生えている事だろうか。
「お前が、俺のサーヴァント?」
確認事項として聴いてみる。
もしかしたら、別のマスターが召喚したサーヴァントがうっかりここに顕現してしまったかもしれないからだ。
すると、少女は軽く頷いて手に持った扇子を開きながら妖艶に笑う。
「はい。サーヴァント、清姫。こう見えてクラスはバーサーカーですのよ?しばらくの間、よろしくお願いしますね、ますたぁ」
…………この、見た目十二歳程のお姫様がどうやら本当に俺のサーヴァントらしい。
いったいどうなっているのかキャスターに尋ねようと振り返ってみれば、既に姿はそこには無く、目がおどろおどろしく両面に描かれたら人形だけが残されていた。
「キャスターならばつい先ほどそのお札を残して出ていかれましたよ。随分慌てていたご様子でした」
俺がキャスターを探していることに気づいたのだろう。お嬢様が俺に声を掛ける。
「そうですか。………よし、バーサーカー。今からお前を奥様にご紹介する。失礼がないようにだけ気を付けろ」
「まぁ、ますたぁったらバーサーカーなんてお堅い呼び方を………。清姫と呼んでくださいまし」
……………このサーヴァントは笑顔で何を言っているのだろうか?
マスターがサーヴァントをクラス名で呼ぶなど当たり前の事だろう。
それに、サーヴァントを真名で呼んでしまえば、敵に弱点を見破られてしまうかもしれない。
………とは言え、だ。
マスターとサーヴァント。ある程度良好な関係を結んで置かなければ勝てるものも勝てないと言う物だろう。
エジプトのアトラス院まで態々忍び込み、『疑似霊子演算装置トライヘルメス』で今までの聖杯戦争の記録を盗み見た所サーヴァントを蔑ろにするマスターは碌な死に方をしていなかった。
だからこそ、俺は彼女に折衷案を提示する。
「分かった。お前の望む通り清姫と呼ぼう。但し、そう呼ぶのは非戦闘時のみだ。戦闘になればクラスで呼ばせてもらう」
「えぇ。構いません」
清姫にも納得してもらった所で俺はお嬢様に向き直り軽く会釈する。
「それではお嬢様。また後程夕食時にお会い致しましょう」
「はい。それまで私もセイバーとお話して絆を深める事にしましょう」
ふふっと笑うお嬢様。
その笑みに釣られて俺も笑い返せば、何故か清姫が俺の手首を力強く抓ってくる。
「イタタタタタ!!!」
「ふふふ。さぁ、ますたぁ。早く案内して下さい。さもないとわたくし、嫉妬で貴方様を焼いてしまいそうになりますから」
「え、怖い。て言うかさっきの今で好感度高くない?」
もう一度お嬢様に会釈だけして俺は部屋を出る。
………それにしても不思議だ。
俺はこのサーヴァントに会ったことなどあるはずが無いのに、何故か震えが止まらずに彼女の扱い方すら少し心得があるように感じる。
「ますたぁ、少しお聞きしたい事があるのですが………」
しばらくの間、俺と清姫ふ等間隔に設置された電球だけが頼りの永遠とも思えるような廊下を歩く。
この家には使用人がいない。今はサーヴァント含めて六人だが、それでも余りある敷地の広さだ。夜になれば殆ど暗がりだし、音だって自分の呼吸がよく聞こえるくらいの静けさだ。
そんな廊下で不意に後ろから着いてくる清姫が口を開いた。
「何だ?」
俺は振り向きはしなかったものの、返事を返す。
「聖杯戦争に臨むに当たって、ますたぁは聖杯にどの様な願いを託されるのでしょう」
「……………」
清姫のこの質問に俺は少しだけ脚を止める。
だがほんの少しだ。すぐに歩みを進め直す。
「俺の願いはこの遠坂の血をを本家にすることだ」
「本家に?」
俺の回答に未だしっくりと来ていない様子の清姫。
可愛らしく小首を傾げている。
「遠坂家ではな、子供が二人以上生まれれば幾ら魔術の才能があろうとも跡取り以外は凡俗に落とされる。ウチもその側だ」
だからこそ、俺は納得がいかなかった。
お嬢様の魔術は現当主であるあの
そんな彼女が凡俗?
「………そんなの俺が認めねぇ」
「マスター………?」
清姫の呼びかけに俺はハッとする。
ダメだ。落ち着け。
遠坂たるもの常に余裕を持って優雅たれ、だ。
一度深呼吸をして頭を冷やす。
そして今度は俺が清姫に質問する。
「そう言うお前は聖杯に何を望む?」
彼女のマスターとして俺も聞き返す。
清姫も逆に聞かれるとは思わなかったそうで虚を突かれたようにぽかんとしている。
「………ますたぁは、わたくしに興味がおありなんですか?」
「勘違いすんな。これはマスターとサーヴァントの義務的なコミュニケーションって奴だ」
嬉しそうに聞き返す清姫を心底鬱陶しく思いながら、俺は早く答えるように急かす。
すると清姫も少しだけ間を置きながら答えた。
「わたくしが聖杯に望むのは『嘘のつけない世界』です」
「嘘のつけない世界か………」
俺は清姫のサーヴァントとして、英霊としての伝説を思い出す。
つい昼間に見てきたばかりの浄瑠璃だ。内容まで鮮明に覚えている。
好きな男に嘘をつかれた少女の成れの果て。怒りや悲しみに暮れて龍となり鐘に隠れたその男を焼き殺した者。
そんな彼女がそれを望む事が理解できない訳じゃない。
ただ、その世界はとてつもなく残酷で、人の情が一切ない世界なのだと思ってしまう。
そんな他愛もない話をしている間に、当主の間の前へと到着する。
「奥様。サーヴァントの召喚が完了しましたのでご挨拶に上がりました」
「入りなさい」
奥様の返答から息を整えて、失礼します、と部屋へと入る。
いつものように彼女の前に座ると同時に清姫を隣へと座らせて、真っ直ぐに奥様を見やれば、どうやら執務中のようで仕事用のブルーライトメガネを掛けている。
この遠坂家の現当主である奥様は魔術の研鑽に励みながらもこの夏水市の市長も兼任されているとても凄い人だ。
先ほど来た時は休憩時間だったのか机には何もなかったが、普段は机にはパソコンと資料、それから重要な書類などが散乱している。
「………お仕事中でしたか」
「構いません。我が一族の命運を決する聖杯戦争を前に市長としての仕事など細事でしかありません」
そんなことを言ってのけながらもパソコンと資料からは目を話さずに次々と書類を片付けている。
「では方向させていただきます」
俺は召喚した清姫の事を事細かく奥様に報告する。
クラス、真名、聖杯に託する望み。
「以上が現状私が理解していることの全てです」
「ますたぁったらそこまでわたくしをお知りだなんて、何だか照れてしまいますね」
恥ずかしそうに頬を赤らめる清姫を無視しながら、俺は奥様の返答を待つ。
しばらく待っていると仕事にひと段落ついたのか、ふぅ、と息を吐きメガネを外してゆっくりと俺を見る。
「ご苦労様です。………一つ、そちらのバーサーカーに質問があります」
「えぇ、何でも聴いてくださいお義母さま」
流石はバーサーカーと言うべき、か。それともお義母様と呼ばれて顔色一つ変えずに座る奥様が大物だと見るべきなのか。
それはともかくとして、奥様は一度咳払いをしてから本題に入る。
「サーヴァント、清姫。貴女は隣に座る安原真をマスターと定め、この戦いが終わるまで裏切らない事を我々に誓えますか?」
裏切り。その言葉に込められた奥様の感情は、第四次聖杯戦争で死んだ遠坂時臣に向かっているに違いない。
弟子である言峰綺礼に裏切られて殺され、挙げ句の果てには彼のサーヴァントであった英雄王ギルガメッシュは言峰綺礼のサーヴァントにとなった。
だからこそ、奥様は同じ轍を踏まないように召喚されたサーヴァント全員に聞いている。
奥様の質問に清姫は整然としながら答える。
「はい。マスターが嘘をつかない限り、わたくしは彼のサーヴァントとして力を振るう所存です」
嘘をつかない。これはきっと彼女にとっての絶対条件だ。
俺が嘘をつけば彼女は嘘偽りなく必ずやかの伝説の旅の僧の様に俺を殺すだろう。
奥様の無言の視線が俺に突き刺さる。俺はその意図を理解して頭を深く下げる。
「善処いたします」
これの言葉に奥様が小さく頷く。
「では、話は以上です。二人とも、聖杯戦争に備え英気を養ってください」
「はい。失礼します」
俺が立ち上がると清姫も小さく会釈をしながら立ち上がる。
そのまま俺達は夕食の用意の為厨房へと向かうのだった。