Blue 『Arcaea』hive   作:Arcaeaスキー

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BA-1

 物語とは、止まないものだと聞いたことがあるだろうか。

 

 綴じられ、終わりを告げる数多の物語がある一方で、綴られ、語り継がれていく数多の物語がこの世界にはあるのだと。

 

 なにかの記憶となって紡がれた、多くの物語は、記憶として形を成し、汚れなき追憶となって、世界に遺っていくのだと。

 

 それが、最後の誰かからの記憶からなくなろうと、汚れなき追憶は酷く純粋に世界の書庫(Archive)に納められ、書庫(Archive)は肥大化していくのだという話を聞いたことはあるだろうか。

 

 

 世界に残った、その追憶が結晶化したものを、『Arcaea』と呼ぶ。

 

 

 果たして、その少女が書庫に手繰り寄せられたのは偶然だった。

 

 書庫の力によるものか、世界を望むがまま創り出し己の世界に閉じこもった小さな創世主のために、書庫と世界はひとりの少女を呼び寄せた。

 

 小さな創世主は、書庫の中から楽しげな本を読み漁る子供のように、明るい追憶の眠るArcaeaを、本人が創世主であることすらも忘れ失って読み歩き、付き従えさせた。

 

 では、呼ばれた少女はどうだったか? 

 

 なによりも、それは凄惨で、陰鬱で、酷薄で。希望のない未来ばかりを映し出したそのArcaeaたちが、少女に付き従うArcaeaだった。彼女が見たくないような追憶でも、追憶らはそれらを詳らかに彼女に見せつけた。

 

 そうしてうんざりした彼女は、創世主に反旗を翻すことにした……本人にはそういうことに繋がる意思が微塵もなかったとはいえ。

 

 糞の捨て溜まりのような陰鬱陰惨な記憶の硝片たちが彼女に導かれ集まる度に、彼女はこれを砕かねばならないという脅迫的な信念に体を突き動かされなくては息も出来ないほどに嫌な気持ちになる。

 

 なら、こんな世界壊してしまおう。絶望ばかり押し付けてくるこんな世界は、私が壊すんだと、黒い少女……『対立』はそう決意していた。

 

 結果から言えば、彼女の絶望から来る反抗は上手く行かなかった。創世主は創世主であって、彼女は単に住人でしかなかった。

 

 しかし、その道中には、単に住人であると言うには驚きうる様な事々も多く、創世主に反旗を翻す力自体はあったと言える。

 

 しかし、彼女は敗北した。幸せそうな白、創世主……名を『光』という少女に、絶望の詰まった刃を差し向けた対立はされど、白炎と極光を形にして見せたような鋭利な返す刃に貫かれ、一度その命の輝きをすら奪われた。

 

 硝片に正気を奪われた少女は、されど創世主。

 

 最終的に、対立は光の願いによってその身を再誕させるに至る。

 

 だが、それは『対立』のようで異なる何か。彼女は記憶を失い、再構築されて、再び同じ形に生まれたに過ぎなかった。

 

 しかし、それがなんの問題がある? 『光』は創世主らしく自己満足に身を委ね、『対立』は絶望を忘れ新生した。そこには確かに幸福だけがあったのだ。理想のふたり、ハッピーエンド、道は続いていくのだ。

 

 かくして、Arcaeaの物語は続く。しかし、ここで。

 

 もうひとつの物語が、密やかに胎動していた。

 

 

 

 目が覚める。少女の、長く鮮やかな黒が地に這っているのを、少女は横目で視認した。空を、見上げる。『造りモノ』ではなかった。

 

(……ここ、は? あの、世界は? 私は、生きて……る?)

 

 呆然と、少女は美しい青空を眺めていた。黒髪に、青眼。

 

 傍に落ちていたのは日傘、身にまとっていたのは黒いワンピースとドレスの折半のような服。……確か、迷宮を彷徨って、1番奥の『異端(anomaly)』に触れた時に着ていた服だったかと、彼女は己の身を確認して思い出した。

 

 その少女は、書庫に呼ばれ囚われた、『対立』であった。

 

「うっ……ふふ、ふふふ……あははははっ!!」

 

 立ち上がることに成功した彼女は、衰弱とはまた異なる、内から湧き上がる震えを、強いて感情に当て嵌め、『歓喜』として定義して、声を立てて笑った。

 

 新生する前の『対立』。すなわち、神に抗った反逆者としての、再構築される前のソレは、書庫が記録するに十分な対象として記録されていた。そして、反逆者の記録と記憶は、新生にあたり神……『光』から無意識下に不要だと判別され、廃棄された。

 

 廃棄された記録、記憶は硝片となり、いくつもの廃棄された別の硝片と結びつき、世界を流れに流れ、ついに、人の形を再度象ったのである。強いていうなれば、『あちら』が新生しているように、『こちら』は転生したのだろうと。

 

 そういうことだと『対立』はひとまず理解した。そうすると、彼女の心には次なる疑問が浮かび上がっている。

 

 この世界は、どんな世界なんだろうか? 

 

(硝片がない。Arcaeaがない。私を象るそれは無い……?)

 

 ふわりと、彼女の元に寄ってきた何かに彼女は目を凝らした。それは、Arcaeaだった。いくつもの硝片が彼女の元に近寄ってきていて、それはこの世界にArcaeaがないと考えるには、些か早かったことを悟らせる。

 

「……はぁ」

 

 彼女は酷く落胆した……また絶望の記憶とは付き合っていかねばならないと思ったからだ。だが、彼女の目に飛び込んできたのは、それらとは全く趣を別にした物語であった。

 

『……これで、終わりなの? 私たち、アビドスは……』

 

 それは、確かに絶望の記憶である。

 

『AL-1S、起動』

 

 それは、確かに滅亡の追体験でもある。

 

『わたし、まもれ……な……』

 

 幾度も幾度も。

 

『私がここにいる皆をさ、殺しちゃうね?』

 

 時に力に、時に理不尽に晒されて。

 

『今日をもって、シャーレを解体とする告示が……』

 

 何に、この記憶たちは抗っているのか。

 

『だが、良い。貴様には、偽りの先生の名を与える』

 

 時に、世界の敵にすらなって見せた、この記憶は一体? 

 

『……生徒たちを、よろしくお願いします』

 

 もはや後半は視界を失っているのか、朧気な光景と声だけしか聞こえてこなかった。

 

 しかし、その記憶の持ち主は、次へ全てを託している。ひとつたりとて、絶望の想いで満たされてはいない。なにを、何を夢見ればそうなれる? 

 

「……っ! なんなのよ、この人は……!」

 

 なにより『対立』が恐れ戦いたのは、硝片に映る視点などから勘案しても、全て同一の人物の記憶から生み出された『Arcaea』であったこと。

 

 それは、彼女にとっても信じられない推理でありながら、しかし推理の原則に沿うならば真実と定義すべきことだ。

 

「ありえない、ありえない……けれど、色々な要素で色々を否定して、そうして残った要素は『真実』……やっぱり、このArcaeaの持ち主は世界をループして……?」

 

 この硝片の持ち主が、『対立』には酷く気になった。そう、気になってしまったのだ。この世界が、その人物が守るに足ると決めた世界なのかは『対立』には判別ができなかった。しかし、どうでもよかった。

 

『対立』が自分がいる世界と同じ記憶記録を読めたのは、過去、『光』と対峙した時の己の未来を垣間見たあの瞬間だけだった。しかし、彼女は信じていた。ここが『そう』であることを。

 

 今の彼女は空虚な亡骸に、生きる意味を吹き込まれていた。壊したかった世界から遠のいた失望。やっと絶望から逃れられた喜び。その相反で空虚になった彼女は、ここに至って奇しくも創世主と同じ、『硝片への興味』という感情で生きる意味を見出したのである。

 

 可能性から目を背けた逃げなのかもしれなかったが、それでも構いやしなかったのである。

 

「ひとまずは、ここを出……誰かしら?」

 

 黒の少女は歩み出そうとして……その歩を止めた。それは、強いて言うなら孤独だった者がよく持つ、他者の存在の感知である。

 

「ん」

 

 なんだか、鏡で見た事があるような気がする。そう彼女は率直に思った。しかし、髪色が異なるだけで随分と変わる……それに、瞳もオッドアイだった。

 

「……えぇと、何かしら」

「……私は、シロコ……貴女がなんとなく気になったから。声、かけちゃった。こんなところで、何してたの?」

 

 黒いドレス。たなびく銀髪。手にしているのは硝片の中でだけ見た事のある、銃……あれは、アサルトライフルという類のものだろうと『対立』は当たりをつけた。

 

 咄嗟に手元に硝片たちを呼び出す。たった数個、自身から喚起したところで2桁前半ほどしかないそれらに自分の命運がかかっていることを何となく自覚しながら、『対立』は答えを紡いだ。

 

「分からない、わ。気がつけば、ここにいた……いいものが見れたから、ついここに長居してしまったの」

「いい、もの?」

「説明が難しいけど……」

 

 あまり人と話してこなかった、どころかArcaea世界においては『光』と世界を確認し、その後に激情をぶつけただけの彼女にはコミュニケーションは極めて難しいものとなった。

 

 シロコ、と名乗る彼女があまり口上手な方ではなかったのもあり、話を伝えるにも難航したがなんとか身振り手振りで、とある男の記憶を見ていたのだと『対立』は伝えた。

 

 すると、シロコは少しだけ考え込んでから、何かにすがるような、そんな瞳でこう言う。

 

「……もしかして、その人。先生、って呼ばれてた?」

「えぇ。それと、『プレナパテス』とも」

 

 シロコが、その言葉に大きく揺れたのは間違いなかった。限られ、繋がれた一瞬一瞬。しかし、その間に最も姿を見せたのは恐らくシロコであったろう。それを『対立』は知らない。

 

 だから、『対立』にできることは泣きそうな顔をした彼女に、そっと声をかけてやることだけだった。

 

「あなたの大切な人だったのね」

「うん……うん、大切な、人だった」

 

 涙を流す前で留まった彼女を見ていると、どうも『対立』は毒気をすっかり抜かれてしまっていた。それは、反逆者の激情の底に隠された、少女の生来持っていた優しさの発露であったらしかった。

 

 彼女は、そっと近付いて、写し身のように黒いドレスを、だけれども差を示した銀の髪もまとめてしまうかのように、抱き留めた。

 

 奇しくも新生した『対立』が、『光』の罪の告解にそうしたように、どうしたらいいか分かっていないなりにどうしたら良いかを考え抜いて、『対立』はシロコが泣き止むのを、酷く困ったような、慌てたような、慈しむような顔で抱きしめ続けていた。

 

 

 

 これが始まり。一人の男の道筋を知りたいと思った『対立』の、不思議な道筋の始まり。

 

 あるいはそれは、一人の少女が何かを見つけるまでの物語の始まりなのだと知っているのは、硝片を覗き見る者たちだけなのだ。

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