◯月✕△日
きょうからにっきをつけよーとおもいます。なんでかというと、おかあさんからもらったからです。
貴方が小学生へと上がる頃。母親は黄色のノートを渡しました。表紙には大きくにっきちょうと、まだ漢字が分からない貴方にも、分かりやすい様に平仮名で書いてありました。母は日記を付けるのが趣味でした。小さな頃にふとした切っ掛けで始めた習慣です。大きくなり結婚した今でも欠かさず書いています。そんな母が自分の子供にも共通の趣味を持ってほしいと思ったのも、当たり前の事でした。
■月△△日
べんきょーたいへん。いっぱいあそびたいな。
1日の終わり。1行ですが貴方も日記を付ける習慣が付き始めてきました。こういうところは母親似だったのかもしれません。何だかんだ面倒だとは思いましたが、結局書いています。
◯月✕◯日
■■くんはにがて。大きくてなんかやだ。
日記の内容は他愛ないもの。これこれが楽しかった。逆に面倒だった。後はこのように学校での人間関係を匂わせる文章が1日1日、つらつらと書き並んでいます。
△月■△日
本をもらった。おたんじょうび。でもゲームのほうがよかったかな。
✕月◯□日
また■■くんとおなじくらす。やだな。かおをあわせたくない。
□月△■日
おとーさんとおかーさんケンカ。りゆうはわからないけど、こわいからはやくなかなおりしてほしいな。
△月■◯日
あしたテスト。いい点とれるかな?でもあんまりべんきょーしてないしどうなんだろ。
日記を付ける。今時ならば珍しいといえる習慣ですが、内容は至って普通でした。他の子供達と同じような体験を、ただ紙に書いている。記録してある。それだけの違いです。それが少し変わり始めたのは、小学3年生くらいからでした。
□月○◯日
しょっきをわっちゃった。おかあさんは自分をおこりました。だから今日はいやなきもちです。あーあ、あのときしっぱいしなければな〜。
1日の終わり。寝る前に開けた日記帳を見て貴方は首を傾げます。日付は明日を記してあります。こんな事を書いた覚えはありません。それにこの日記に書かれている体験もそうです。不思議だなとは思いましたが、貴方は特に気にせず、消しゴムでその文章を消すと、その日起きた事を書いて眠りにつくのでした。
□月○◯日
なんでだろ。きのうかかれていたのと同じだ。おかあさんにおこられた。
変化を感じ取ったのは直ぐでした。翌日、母親の家事を手伝っていた貴方は誤ってコップを落としてしまいます。バラバラになって地面に転がるコップ。そのコップがお気に入りだった母親は、貴方を叱りました。普通ならばしょんぼりする所ですが、貴方は不思議で不思議で堪らなかったので、それどころではありませんでした。
△月■◯日
転んでけがした。消どくきらい。いたいから。
次の日もまた次の日も、貴方の日記帳には明日の出来事が書かれています。いや、正確には明日起こった出来事をどう思ったか、ですね。勿論そうなると嫌な事は回避したくなるのが貴方です。特に怪我なんて以ての外。明日気を付けようにも、何処で転んだとか、何時転んだとかは書いてありませんです。未来の自分に少し怒りを覚えます。面倒臭がらずに詳細に書いてほしいと。自分の事は棚に上げましたね。
△月■◯日
けっきょく転んだ。気を付けてたのに。どうすればいいんだろう?
未来というのは変わらないようでした。それが明日という短期間ならば尚更です。出来る事等限られているし、情報は少ない。どうすればいいか等分かりっこありませんでした。そうして未来日記とでも言えばいいのか、そんな日記に翻弄される日常が何度も何度も過ぎていった頃。貴方の脳裏に閃きが降りました。
■月◯△日
またまた■■君といっしょのクラスだ。めんどー臭いいし、いや。なんで■■君とばっかり同じなんだろう。どうせなら■■ちゃんといっしょが良かったのに。
軽いネタバレを食らった気持ちです。嫌な生徒とは一緒で、好きな子とは離れ離れ。そんな未来が気に食わなかった貴方はウンウンと悩み、ある事をしました。
■月◯△日
■■ちゃんといっしょのクラスはなった。■■君とは別のクラス!
何時もならば全部消しゴムで消した内容を。日付だけ残して後から違う内容に書き換えたのです。今まで試した事はなかった事です。普通ならば意味のない行動ですが、未来について書かれているこの日記帳ならば、何らかの変化はあるかもしれないと、貴方は思ったのでしょう。
■月◯△日
やった!大成功!アイツは居なくて!■■ちゃんといっしょのクラスだー!
結果は日記の通り大成功でした。嫌いな人は居ない。そして好きな人は居る。そんなクラスでの1日は最高と言えます。ルンルンとスキップをしながら帰り、直ぐに日記帳に書き記すくらいにはご機嫌でした。何故か昨日書いた内容は消えていましたが、貴方にとっては些細な事です。
△月■◯日
席替えの日。いのったけど■■ちゃんととなりにはなれなかった。ざんねん。
△月■◯日
席替えの日。■■ちゃんととなりの席になった。
△月■◯日
■■ちゃんが直ぐ横にいる。何だかドキドキした。これからの学校が少し楽しみになった。
一度知れば、貴方は好き勝手して日記帳の内容を改竄していきました。大筋の出来事、つまりはこの日ならば席替え。それ自体を無くすという事は出来ませんが、内容は代えられます。席が違ったという内容から、自分の都合のよい展開へと書き換える。気分は少し神様みたいでした。
△月■△日
待ちに待った誕生日だけど、貰ったのは本だった。せめて漫画なら良かったんだけど、小説だって。暇だから読むけどさ。
△月■△日
たん生日に貰ったのは、ニンテンドー◯イッチ。ソフトは◯ルダの伝説だったよ!それで、ご飯はハンバーグ!人参はなしだった!
△月■△日
ゲーム楽しい!書きかえて良かった!ご飯も美味しかったし。次のプレゼントは何を貰うかな?
子供にとっての誕生日は1代イベントです。欲しいものが何でも手に入るチャンスの日。ワクワクを抱えながら開けた箱の中身が、自分の欲しいものではなかった時の悲しみと落胆は大きなものでした。しかしこれからはそんなにも事もありません。自分の欲しいものが貰える。こんなにも幸せな事があるのかと、貴方は誕生日の喜びを改めて実感しました。
✕月✕◯日
■■ちゃんって誰が好きなんだろう?気になるなぁ。
さて、こうして貴方は日常の楽しみを謳歌していました。貴方も多感な時期の年頃へと突入したのか、日記には大好きな■■ちゃんの記述が増えていきます。恋といわれるその体験。勿論ですが始めてなので、貴方はどうすれば良いのか悩みました。なので取り敢えず、
✕月✕◯日
■■ちゃんから遊びに誘われる。
相手任せの要望を日記に書き込みました。自分からアタックしない辺り、ヘタレです。これまでの記述は自分だけに作用しました。しかしこれは完全なる相手依存の内容。結果はどうなるのかとやきもきしながらベッドに入りました。
✕月✕◯日
■■ちゃんから誘われた!放課後は二人きりで公園で遊んだよ!楽しかった!
もう貴方は疑いません。この日記帳は夢の日記帳です。自分の望み通りに現実を書き換えてくれる魔法のアイテム。それから貴方は■■ちゃんと毎日会えるように日記帳へと書き込みました。
□月◯◯日
テストの点数はダメダメ。何でだろうか。
こんな時も。
□月◯◯日
テストは満点だった。皆からも褒められて、■■ちゃんからも尊敬の眼差し!
こうすればあっという間に結果は変わります。貴方の手元には100点と書かれたテスト用紙があります。努力をせずとも結果が出せる。貴方は勉強すらしていないのに、テストで満点を取り続けていました。
◯月■△日
宿題は先生に渡しました。ちゃんと出来ていると言われました。
渡された面倒な宿題も、こうして日記帳に書けばあら不思議。明日には何故か出来上がっていました。なので貴方は帰ったらゲーム。時間がある時は■■ちゃんと電話出来るしています。楽しいばかりの日々です。
◯月◯◯日
■■ちゃんとデート。キ キスまで行く!!
一度躊躇い、キまで書き込んだ後、貴方はやはり思い切ってキスと書きました。叶えられるのは知っていますが、恥ずかしさの方がやや上回ります。書いた後もやっちゃった〜と顔を赤くして、ベッドでジタバタしました。小学生最後の冬。貴方は■■ちゃんとの関係を一歩進めようと、大胆な一手を打ったのでした。
■月✕◯日
変な奴等に目を付けられた。最悪だ。
■月✕◯日
仲の良い友達が出来た。
中学生へと上がると、周りも成長して面倒事が増えました。しかし貴方には日記帳があります。なので順風満帆な中学生生活を送れました。部活はサッカー部に入りました。女の子にモテそうという安易な考えです。勿論練習等最低限しかしませんでした。そんな貴方がレギュラーに等入れるはずもないのですが…
◯月✕✕日
エースとして大活躍!ハットトリックまで決めちゃった!■■ちゃんはそんな自分にメロメロに。更には■■先輩からも好かれ始めて…
妄想と言える内容を恥ずかしげもなく書き込んでいきました。どうせ明日になれば消えるのです。気にせずに自分の欲望に忠実に。思い付いた事をガンガン書き込んでいきました。
△月■◯日
彼女が沢山!でも皆自分が大好き!今日もいっぱい彼女達とイチャイチャした!
性を覚えた貴方を止める者等誰も居ません。気になった女の子とは直ぐに関係を持つプレイボーイの出来上がりです。顔も普通、鍛えてもいない。けれど貴方はモテモテです。こうして日記帳という魔法のアイテムを駆使して、貴方の人生は幸せの道を辿るのでした。
■月◯△日
体中が痛い。何故こんな目に合うのだろうか?自分は頑張って頑張って。努力し続けているのに…。
故に興味のない、今では直ぐに消すようにしている文章等。1ミリ足りとも気にしなかったのでした。少しでも見ていれば、可笑しい事に気が付いたでしょうに。
不穏な文章が続きますが、貴方は目に入れません。目に入るのは自分を称える人々の顔だけでした。日記帳の中には負の文章がどんどん増えていきます。やがて、
△月■△日
お前か。
その日は突然訪れるのでした。テストで良い点を取れなくなりました。サッカー部から追い出されました。彼女達は居なくなりました。
■月△◯日
■■ちゃんは自分の彼女!自分の彼女なんだ!!
何回書いても現実は変わりません。今までにない経験に貴方は戸惑います。
■月△◯日
もう無駄だ。返してもらったからな。
貴方のこれまでの成功は、幸運の横取りでした。少し考えればこんな都合の良い話が無いとは分かります。しかし子供だった貴方に、それを求めるのは少々酷かもですね。それから貴方の人生はコロコロと転がる岩のように転げ落ちていきました。手にしたものは全て消え、残ったのはノートだけ。
△月■△日
自分は今、幸せだ。
貴方は不幸になりました。ですが
■■日記
書いた通りに未来が変わります。しかし多用は禁物です。自分の幸運を超過した場合には、他の貴方からその幸運を頂きますので。自己責任ですよ?