『新時代の扉』の1年前、もしもディクタストライカがいる時空だったらトプロとこんな絡みがあったら良いなという妄想。

 過去に書いた長編の1エピソードを独立した物語としてリメイクしました。

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第1話

 

 

 

 

 

 ポチッ、ジーー……ガコン!

 

 

 カシュッ

 

 (ごく)

 

 

「…………ふぅ」

 

 

 

 トレセン学園の一角にある自動販売機、その横のベンチに腰掛けたナリタトップロードは空を見上げる。

 

 突き抜けるような群青の空に、わたあめのような真っ白な雲がフワフワと浮かんでいる。その1つをアヤベさんにプレゼントしたらきっと喜ぶかな、と彼女はぼんやりと考えていた。

 

 両手で挟むように持つ缶ジュースの冷たさが、じんわりと手のひらに伝わってゆく。その冷たさが、彼女のある記憶を呼び起こした。

 

 

(……そういえば、昔ここでオペラオーちゃんにジュース缶を顔にピタってされたなぁ。あの時私、ボーッとしてて、変な声出しちゃって……)

 

 

 トップロードはギュッと缶を握りしめる。結露した水滴で手のひらが濡れてゆく。

 

 

「……もう、あれから1年も経ったんだ……」

 

 

 トップロードは前方に目を向ける。煉瓦造りのアーチが並ぶ廊下の手前に、あの日の『世紀末覇王』テイエムオペラオーの幻影を見る。

 

 1年前、迷いを抱えたまま菊花賞へ向けてトレーニングしていたトップロードはオペラオーに問いかけた。自信がなくなったり、迷ったりすることはないのか?と。

 

 それに対してオペラオーは、唯一無二の彼女だけが放てる輝きとともに答えた。

 

 

『迷い?……あるはずがないだろう!』

 

『なぜならボクの前には、果てなく伸びる覇王への道がある』

 

『ならば当然……征くしかないさっ!!』

 

 

 今でも思い出せる。テイエムオペラオーの、あの自信に満ち溢れた表情を。自らが世界の中心であると信じて疑わぬ眩さを。

 

 

『君には征くべき道が見えていないのかな、トップロードさん?』

 

 

(オペラオーちゃんは本当に凄い。その言葉通りに、光り輝く道を突き進んでいて……なのに……私は……)

 

 

 トップロードの瞳に、一瞬翳りが写る。

 

 

「ッッ……!」

 

 

 パシパシとトップロードは自分の両頬を叩く。

 

 

(いけない! トレーナーさんと約束したのに、前を向いて走り続けるって……)

 

 

 グビッ! ゴクゴク……

 

 

 トップロードは缶に口をつけ一息つく。

 

 

「ふぅ…………週末、どうしようかな」

 

 

 「お前さんは根を詰めすぎだ」と、今週末は丸々休息に充てるようにトップロードは沖田トレーナーに指示されていた。

 

 

(……なんにも思いつかないな。私って休むの下手なのかな……)

 

 

 ヴーッ!!ヴーッ!!

 ピロピロリン!!

 

 

「ひゃうっ!?!?」

 

 

 ポケットの振動と電子音に不意を突かれ、トップロードは変な声を出す。あわあわとスマホを取り出すと、

 

 

「あっ……『先輩』……からだ」

 

 

 表示されていた名前に、彼女の瞳は次第にキラキラと輝きを取り戻した。

 

 

 

 

 

 

……………

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 数日後……

 

 

「ほら、見えてきました! 急ぎましょう、きっとあのグラウンドで『先輩』が待ってますよ!」

 

 

 トレセン学園から少し離れた市街地、その郊外のとある地域を2人のウマ娘が歩いている。

 

 元気溌剌な声で、ナリタトップロードは後方をトボトボと歩くあるウマ娘を急かすと、彼女は心底面倒臭そうな顔で答えた。

 

 

「うぅ〜〜〜、なんでわたし、せっかくの休日にサッカーの助っ人なんて引き受けたんだろ……平日はレースのトレーニングしてるのに、休日はスポーツするのって『休み』じゃないよね? あぁ……今すぐ家具屋さんに行きたいなぁ。家具屋さんのウォーターベッドで横になりたい……気持ち良いんだけど、絶妙に買う必要はないかなって思っちゃうよね、あれ」

 

 

 トップロードと共に行動しているのは、普通という字がある意味誰よりも似合うウマ娘『ヒシミラクル』だった。

 

 

「もう、そんなこと言わないで下さい。ミラ子ちゃんも誘うって連絡してあるんですから、人数が足りなくなったら『先輩』、ガッカリしちゃいますよ?」

 

 

 先輩という単語に、ヒシミラクルの耳がピクンと動く。

 

 

「うぅ、それを言われると……よく困った時に助けて貰ってるしなぁ……可愛がってくれるし、お菓子もくれるし。それにあのワイルドな雰囲気、憧れるなぁ」

 

「ほら、行きますよ。急げばそれだけ試合前に練習出来ますから!」

 

 

 トップロードはヒシミラクルの手を掴むと、彼女の手を引いて走り出した。

 

 

「わっ、わわ! トップロードちゃん、分かったよ、分かったから離してぇ〜!」

 

 

 そうして、2人のウマ娘は目的地に向かって駆けていった。

 

 

 

 

……………

…………

………

……

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ! トップロードちゃん、もちょっと、ペース落としてぇ!」

 

 

 結局、トップロードはヒシミラクルの手を一度も離さなかった。

 

 

「あっ、あそこに居るの先輩ですよ! おーい、せんぱーーい! 『ディクタ』せんぱーーい! おはようございまーーす!!!」

 

 

 トップロードの声に、グラウンドのフェンスの側でリフティングをしていたウマ娘が振り返る。トン、と器用に首の後ろにサッカーボールを乗っけてニヤリと笑った。

 

 

「おう、来たか。トップロード、それにミラ子」

 

 

 

 跳ねた短髪に鋭い眼光を放つ吊り目、肉食獣が如きギザついた歯をした、まさにワイルドの権化と言った雰囲気のウマ娘。

 

 彼女の名は『ディクタストライカ』

 

 群雄割拠の『伝説の世代』の1人として、オグリキャップたちと競い合った名レースウマ娘である。

 

 そして、ナリタトップロードとヒシミラクルが最も尊敬する先輩の1人だった。

 

 

 

 トップロードとヒシミラクルが彼女のもとへ駆け寄る。

 

 

「おはようございます、ディクタ先輩! 本日はよろしくお願いします!!」

 

 

 ナリタトップロードが満面の笑みで行儀良く挨拶する。

 

 

「それはこっちの台詞だっつーの。応援を頼んだのはオレの方なんだからな。ミラ子もよく来てくれた、せっかくの休みだってのにあんがとよ」

 

「いやぁ、まあ、ディクタ先輩に頼まれたのなら仕方ないというか、なんというか……」

 

 

 ディクタストライカはボールを地面に置くと、ヒシミラクルに近付いて彼女の頭をワシャワシャと撫でかき回す。

 

 

「ひゃ、わ、せんぱいっ!?」

 

 

 突然のことにヒシミラクルは慌てた様子だが、それを見てディクタストライカは鋭くも優しい目付きで言う。

 

 

「お前はサッカーが上手いからなぁ、ミラ子。来てくれて助かるぜ。またあのスゲェドリブルテクニック、見せてくれよな。期待してるぜ」

 

 

 ピクピクン!とヒシミラクルの耳が動く。ディクタストライカに褒められ、期待していると言われてにへらと口元が緩んでいた。

 

 

「そ、そんな事ないですよぉ。ディクタ先輩やトップロードちゃんと比べたら全然だしぃ……でも、来たからには……やりますよ! やります、わたし! 3点くらい取って見せます! あ、ごめんなさい、3点は言い過ぎでした……せめて1点アシストくらいします」

 

 

 そんなヒシミラクルの様子にディクタストライカは「ハッハッハッハ!」と大声で笑う。

 

 

「ああ! お前はそれで良い。トップロードも頼りにしてるぜ」

 

「はい! 任せて下さい! ディクタ先輩の期待に、必ず応えてみせます!」

 

 

 トップロードもふんす!と言った様子で気合が入っていた。ディクタストライカを前に、普段より激しく耳と尻尾が揺れている。

 

 

「お前も相変わらずだなァ……っと。それにしてもお前ら、随分と早く来たじゃねェか。集合時間はまだまだ先なのによ」

 

「ディクタ先輩が場所取りをしておくって言っていたので、少しでも練習する為に早めに学園を出発したんです!」

 

「わたしはホントはギリギリまで寝てたかったのになぁ……トップロードちゃんが部屋のドア、ガンガン叩くから……まだちょっぴり眠いよぉ」

 

 

 ディクタストライカは2人の後輩を見て、また微笑んだ。何故だかディクタストライカはこの2人を非常に気に入っていた。性格は自分とは似ても似つかないのに、何故だか運命的な繋がりがあるように感じていたのだ。

 

 

「そうか……よし、なら早めのウォーミングアップと行くか! ほら、ミラ子! 動きゃ目も覚めンだろ。行くぞ!」

 

「ええ〜〜、先輩〜〜、わたしたち今着いたばかりですよぉ! せめて5分、いや10分は休ませて下さい!」

 

「そしたらミラ子ちゃん、試合開始まで眠っちゃうでしょう! ディクタ先輩の言う通り、ウォーミングアップすれば目も覚めますから! さぁさぁ行きましょう!」

 

 

 と、トップロードはヒシミラクルの背中を押して無理矢理グラウンドに入場させる。秋空の下、3人の声と足音がグラウンドに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

……

………

…………

……………

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、空が薄暗くなった頃、グラウンドの近くの公園でナリタトップロードとヒシミラクルがベンチに腰掛けていた。

 

 2人はとてもションボリとした様子で、耳を垂らして俯いている。

 

 そんな彼女たちに、手に3本の缶ジュースを持ったディクタストライカが近寄る。

 

 

「トップロード、ミラ子。ほらよ、お疲れさん」

 

 

 ディクタストライカが2本の缶をそれぞれに放ると、2人は慌ててそれをキャッチした。

 

 ありがとうございます、と2人の弱々しい声が重なる。

 

 

「おいお前ら、ンな落ち込むなよ。たかが野良試合だぜ? それに3-4は中々健闘した方だ。大差で負けたワケじゃねェんだ」

 

「それはそう……ですけど」

 

 

 トップロードは手元のにんじんジュースを見つめ、呟く。

 

 

「ディクタ先輩のお力になれなかったのが残念で……せっかく頼って貰えたのに……」

 

 

 はぁ……とディクタストライカは小さくため息を吐く。

 

 

「何言ってンだ。人数合わせにこんな隣町まで来てくれただけで十分力になってくれたぞ、お前は。ミラ子だってそうだ」

 

「うぅ……悔しい……あの負け方は悔しいっ。あの時わたしが決めきれていれば……もぉ!」

 

 

 ヒシミラクルもぷるぷると震えていた。そして彼女はグビッと勢いよくにんじんジュースを喉に流し込んだ。いざ試合が始まると、1番熱中していたのは彼女だったかもしれない。

 

 

 対してナリタトップロードの方は、かなり消沈していた。ジュースも飲まずに、彼女は缶のプルタブを無言で見つめ続けていた。そんな彼女をディクタストライカはジュースを飲みつつ横目で流し見る。

 

 

「………………」グビッ

 

 

 ディクタストライカには、トップロードが落ち込む理由が先のサッカーの試合の事だけではないのが分かっていた。

 

 

「……どうした? 元気ねーじゃねェか、トップロード。いつものお前らしかねェぞ」

 

 

 そう言ってディクタストライカはトップロードの隣にドカッと腰掛ける。トップロードはピクンと身体を震わせた。

 

 

「えっ、その、いえ……さっきの試合の事を思い出してて……もっと上手く立ち回れたんじゃないかって……」

 

「ふぅん……」

 

 

 ディクタストライカはベンチの背もたれに腕を回して、再びジュースに口をつける。

 

 

「反省するのは良いけどよ、思い詰めてもどうにもなんねェぞ。ほら隣、見てみろよ」

 

「え……?」

 

 

 ディクタストライカがジュースを持った手で、トップロード越しにヒシミラクルの方を指差した。ヒシミラクルは何やらブツブツと呟いていた。

 

 

 

 

「うぅ〜〜、わたしは……何であそこでパスを出したんだ……! あそこをドリブルで突破していればチャンスがあったかもしれないのに……わたしにもっと力があれば……はっ!!?」

 

 

 頭を抱えていたヒシミラクルは突然顔を上げ、神妙な面持ちで言い放った。

 

 

 

 

 

「そうだ……『エゴイスト』になるんだ……わたし!」

 

 

 

 

「……へ?」

 

「クフッ……!」

 

 

 トップロードはポカンとして、ディクタストライカは笑いを堪えるように口元を手で押さえた。

 

 

「そうだ……サッカーで勝つ為に、わたしは『エゴイスト』になる! まずはサッカーへの理解を深める為に、あの漫画を最初っから全巻読み直して……あっ、動きも知るならアニメの方も全話観た方が良いよね。Umazon Primeで配信してたっけ。今から帰って徹夜すれば、イケるはず……! 明日早朝トレーニングするってトレーナーさんと約束してた気もするけど、そんなもんに構ってられない!」

 

 

 ダン!とヒシミラクルは勢い良く立ち上がる。

 

 

「わたしは……日本一のストライカーを目指す!!!」

 

 

 トップロードは変わらずポカンとしたままで、ディクタストライカはずっと肩を震わせていた。

 

 

「わたし、やる事ができました! 今日はお疲れ様でした! ディクタ先輩、トップロードちゃん、また明日!」

 

 

 タッタッタッタッタとヒシミラクルは意気込んで去っていく。

 

 ちなみに彼女は明日、陽が東から登るのが当然が如く、早朝トレーニングをすっぽかしてトレーナーにこってりと絞られる事になる。罰として3日間スマホを没収されて泣きじゃくるのだった……

 

 

 

 

「クックッ……アッハッハッハッ!! あー、ミラ子の奴を見てたら悩んでる事がバカらしくなるよなァ! オレはアイツのそういう所が気に入ってンだ。そう思わねぇか、トップロード」

 

「ふふっ、そうですね。ミラ子ちゃんと一緒にいると、安心するんですよね。当たり前に過ごせる事が、1番の特別なんだって思わせてくれる、すごく不思議な娘で……それなのにまるで奇跡みたいにレースを勝つ事もあって……本当にすごいです……」

 

 

 ナリタトップロードは笑顔で言った。しかし、ディクタストライカには彼女が笑顔には見えなかった。彼女が腹の中で泣いているのが、手に取るように分かったのだ。

 

 

 

 シニア期に入ってからのナリタトップロードの戦績は……白星はゼロだった。

 

 テイエムオペラオーが無敗の快進撃を続ける中、秋になっても、彼女は1度もレースを勝てていなかった。

 

 いくらナリタトップロードがクラシック期で成長し、気丈に振舞えたとしても、彼女の精神は少しずつ擦り減っていたのだ。

 

 

 

 トップロードの言葉を、ディクタストライカは黙って聞いていた。殆ど夜空と言っても良い夕焼け空を眺めながら、彼女はジュースを最後まで飲み切る。

 

 

(……『エゴイスト』か……)

 

 

 ディクタストライカは、ヒシミラクルが言った言葉を思い出していた。

 

 

(お前から、最もかけ離れた言葉だよなァ……だからお前は……)

 

 

 彼女はナリタトップロードが勝てない最大の理由を知っていた。

 

 

(お前は……『領域(ゾーン)』に入れない)

 

 

 

 『領域』とは、時代を作るウマ娘が到達する『限界の先の先』

 

 普段とは比べ物にならないパフォーマンスを発揮できる超集中状態

 

 そしてそれは……他の全てを捨て去り、置き去りにする『1人の世界』

 

 ある種の『エゴイスト』のみが踏み入るのを許される聖域である

 

 

 

(トップロード、お前は『優し過ぎる』ンだ……

 

 お前はどこまで行っても

 

 『誰かの為に』走っちまう

 

 お前のレースに『1人の世界』は決して存在しない

 

 だからこそ、あの覇王の様な先の領域を走るウマ娘に……勝てねぇんだ……)

 

 

 ディクタストライカはトップロードを横目で見つめる。

 

 

(お前はオグリと同じファン人気が爆高いウマ娘だ。だが、オグリとは決定的に違う。アイツは最後は『己の為』に走れる奴だ。お前は最後の最後まで、応援してくれる誰かの為に走る。そんなウマ娘だからなァ……)

 

 

 

「…………勝ちたかったなぁ」

 

 

 不意にポツリと、トップロードは呟いた。ディクタストライカは息を呑んで顔を彼女の方に向けた。

 

 

「ディクタ先輩のチームで……勝ちたかったです。私をサッカーに初めて誘ってくれたのも先輩でしたし、いつも助けて貰ってるのに、私は何もお返し出来てません……」

 

「…………! ったく……」

 

 

 ディクタストライカは……まるで息子を見守る父親の様な……普段の彼女からは想像も出来ない様な優しい笑みを浮かべた。

 

 彼女は右腕をトップロードの肩に回して抱き寄せる。今までなかった先輩ウマ娘の行動に、トップロードは目をパチクリとさせた。

 

 

「ディクタ先輩……?」

 

「……優しいなァ、お前は。バカが付くくらい、本当に優し過ぎンだよ……」

 

 

 普段とは違うディクタストライカの声色に、トップロードは驚く。しかし、その声はじんわりと彼女の胸の中に染み渡っていく。

 

 

「別にそんな事は……私はただ自分がしたいようにしてたら、そう見えるだけです……」

 

 

 そう言ってトップロードは暫く沈黙する。そして、彼女はディクタストライカにほんの少しだけ甘える事にした。誰にも言ってない弱音を吐く事にした。

 

 

「…………ディクタ先輩、私には何が足りないのでしょう。どれだけ走っても……追いつけないんです。まるで私だけがオペラオーちゃんや他のみんなとは違う場所を走ってる様な……そんな風に感じる時があって……」

 

 

 トップロードの手が、キュッと缶を握る。

 

 

「……レース映像を見返しても、私の走りにはオペラオーちゃんやディクタ先輩みたいな、鬼気迫る勢いというか……火山の噴火のような『怒り』というか……そんな激情が無いように見えるんです。先輩は私を優しいと言ってくれましたが……だからこそ追い付けないんじゃないかって……」

 

 

 ディクタストライカはトップロードの分析力に驚く。

 

 

(そうだ。コイツは元々センスの塊みたいな奴だった。能力が劣っているワケじゃ決してねぇ。本当に、負ける理由はその一点だけなんだ……)

 

 

 ディクタストライカは空を見上げて、目を閉じる。

 

 

(でも、そんなお前だからこそ……)

 

 

 彼女は目を開けると、トップロードの肩から腕を戻して、ベンチに背をもたれた。

 

 

「なぁトップロード、オレは今からガラじゃねェ事言うかもしれねェけど、引かずに聞いてくれ」

 

 

 トップロードが息を呑むのが聞こえた。

 

 

「これだけは覚えておけ。トップロード、お前に『足りないもの』なんてねェよ。その怒りのような激情ってヤツも、お前の中に間違いなくある」

 

「え……」

 

 

 予想もしてなかった言葉に、トップロードは驚きを隠せない。ディクタストライカは続ける。

 

 

「表裏一体って言葉あるだろ。知ってるよな?」

 

「えっと、はい……全く正反対な2つの事柄も、元を辿れば1つだという意味ですよね」

 

「おう、流石は優等生だな」

 

 

 ククッとディクタストライカは笑う。

 

 

「憎しみは愛情の裏返しってよく聞くだろ? あれはな……『誰かを本気で憎む事が出来ない奴は、誰かを本気で愛する事も出来ない』って意味だ。優しさと怒りも同じだよ。心から人に優しい奴じゃないと、心から人に怒れねェ。逆も然りだ」

 

 

 トップロードはジッとディクタストライカを見つめていた。

 

 

「お前は誰よりも優しい。オレが知ってるウマ娘の中でも、間違いなく1番にな。だからこそ、お前の中にその激情が無いはずが無いんだよ」

 

 

 ディクタストライカも、トップロードの顔を見て、懐かしむような眼差しで言った。

 

 

「オレがお前の歳ん時は、周りにゃバケモンしか居なかった。オグリキャップ、タマモクロス、イナリワン、スーパークリーク……海外からも怪物みてぇな奴らが押し寄せて来てた。他のレースウマ娘はそいつらに蹂躙されてたって言っても、あながち間違いじゃねぇのさ」

 

 

 彼女の眼が、鋭く光る。

 

 

「だからその中で、オレは『最強(オレ)』を証明する為に走った。バケモン共を相手に、足掻いて喰らい付いて、そうやって勝利をもぎ取れた事もあった。でもよ……」

 

 

 彼女の眼が、優しく細まる。

 

 

「……お前の走りは、本当にオレとは真逆なんだ。お前はずっとずっと、応援してくれる誰かの為に走っていた。自分の為に走っていたオレとは正反対にな」

 

 

 ディクタストライカは囁く。

 

 

「オレはな、トップロード……お前の走りによ、少しだけ……『憧れて』たんだ」

 

「…………えっ…………」

 

 

 予想もしてなかった言葉に、トップロードは目を見開く。

 

 

「真逆なハズなのによぉ……お前の走りに、オレは不思議と親近感が湧いてたンだ。まるで1枚の紙の裏表みてぇに、同じだって思った。お前がターフを駆ける姿を見ると、オレの半身が走っている様な気がした」

 

 

 何言ってんだと思うだろ?とディクタストライカは笑う。

 

 

「なぁトップロード……お前のそのバカみてぇに真っ直ぐな走りが、小細工なんて考えねぇで前だけを見つめる眼が、ひたむきに応援に報いようとする姿が、オレは好きなんだ。お前は、オレにはやりたくても出来ない走りをしてくれてんだ」

 

 

 トップロードの目が潤む。

 

 

 

 

「お前がその走りで菊花賞を勝った時、オレがどれ程嬉しかったか……お前には想像も付かねぇだろ。誰かの勝利が自分のことの様に嬉しいなんてよ、オレには生まれて初めての経験だった」

 

 

 

 

 トップロードの頬を涙がつたり落ちる。

 

 

 

「……っ……そんな風に……思ってて……くれたんですか……先輩……」

 

「ああ」

 

「っ! ……ひぅ……っ……う、ぁぁ……」

 

 

 トップロードは両手で顔を覆う。その指の隙間から、涙がこぼれ落ちてくる。

 

 ディクタストライカは、両腕でトップロードの肩を抱く。力強く、彼女の震える身体を抱き締める。

 

 

 

「お前に『足りないもの』なんてねェよ。お前は今までずっとそうやって走ってきたじゃねェか。負けたとしても、何も間違ってなんかないんだ。胸を張って走れ、お前は『ナリタトップロード』だろ?」

 

「ッ……! あ、ぁぁ……うぁ……ああああああぁ……あああああ!!!」

 

 

 

 トップロードは、ディクタストライカの背中に腕を回して抱き付いた。その胸に、顔を埋めて大声で泣いた。

 

 

「……辛えよな……悔しいよな……ホント、お前はオレに似てんなぁ……」

 

 

 同期が華々しく活躍する中を、勝てずに埋もれていく苦しさを、ディクタストライカは誰よりも知っていた。

 

 クラシック期の菊花賞が終わってから1年間近く。勝利からずっと遠のいているナリタトップロードの気持ちを、誰よりも深く理解していた。

 

 トップロードがその悔しさを吐き出し切るまで、ディクタストライカはずっと彼女を胸に抱き続けた。

 

 

 

 

……………

…………

………

……

 

 

 

 

 

「……落ち着いたか?」

 

「っ……ずびっ……はい……すみません。上着、汚しちゃって……」

 

「んなこと気にしてんじゃねェよ、ったく。世話の焼ける後輩だな……」

 

 

 目を赤くしたトップロードを見て、ディクタストライカは微笑む。

 

 

「寮の門限までギリギリだろ? さっさと帰った方がいいぞ」

 

「……はい、先輩も一緒に……あ、そう言えば今は一人暮らしでしたね……」

 

「おう、だからこっちの心配はいらねェよ。ほら、帰った帰った」

 

「はい……あ! ジュースせっかく貰ったのに。今急いで飲んじゃいますから!」

 

 

 トップロードはプルタブを開けると、ゴクゴクとジュースを一気飲みする。その様子をディクタストライカは微笑ましく見守っていた。

 

 

(走れ、トップロード……オレは頂点に立つお前も見たいけどよ。頂点を目指して走り続けるお前を、何よりも見たいんだ……)

 

 

 トップロードはジュースを飲み切ると、タタタッとゴミカゴまで走って缶を捨てて、ディクタストライカの方を振り向いた。

 

 

「ディクタ先輩! 今日は……本当にありがとうございました! 私、明日からまたいっぱい頑張れます! それでは!」

 

「おう、気を付けて帰れよ」

 

 

 トップロードはペコリと頭を下げると、学園の方へ向かって走り出した。

 

 

「……さてと、オレも帰っか」

 

 

 ディクタストライカも立ち上がり、缶を蹴り飛ばした。それは放物線を描いてカゴに吸い込まれる。それを見届けて、ディクタストライカは自宅に向かって歩き出す。すると……

 

 

「ディクタせんぱーーーーい!!!」

 

 

 名前を呼ばれ、彼女は振り返る。ナリタトップロードが彼女に向かって手をブンブンと振っていた。

 

 

 

「私は……『頂点に立つ私の姿』を! またディクタ先輩に見せます! いつか、必ず!!!」

 

 

 

「っ………!!!」

 

 

 ディクタストライカは驚いた。まるでトップロードに心を読まれたのではないかと思った。そしてニカっと笑みを浮かべて、トップロードに返答する。

 

 

「ああ……!! 期待してるぞ、ナリタトップロード!!!」

 

 

 トップロードも同じくニカっと笑顔を見せると、振り返って今度こそ帰って行った。

 

 

 ディクタストライカは、トップロードの姿が見えなくなるまで、彼女を見送った。

 

 

「……〜〜♪」

 

 

 街灯の灯りで照らされた小さな公園で、ディクタストライカは鼻歌を歌いながらリフティングを始めた。

 

 彼女のサッカーボールも、心なしか嬉しそうに弾んで見えたのだった……

 

 

 

 





参考:1999年菊花賞、杉本アナの実況

こちらの一編をリメイクしたものです。よろしければ是非ご覧ください。
https://syosetu.org/novel/315782/

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