シャンメリーの香りに秘めて   作:空色胡椒

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ドレスアップ

「これって…」

「はい。折角なのであの時着ていたものに近い服を用意してみたんですけど…どうですか?」

「いや、確かに似てるな。って、もしかしてこのカラーリングって」

「あ、気づきました?拓海先輩ってブラペの姿の時に白、黒だけじゃなくて青もすごく似合うんだなって思ったので、ちょっとだけ色を足してみました」

 

プロムの日程も近づき、気温もどことなく下がってきたのを肌で実感する頃。あれから何度かここねの家でのダンスレッスンは行われ、拓海も手ごたえを感じられるほどには上達していた。年末のテスト期間も近づいているということもあって初回のようにダンス以外にも一緒に課題に取り組んだり、勉強を教えたり、一緒に料理を作ったりもした。

 

そして決まってレッスンの日にはゆいが充電に来て、やはり同じようにギュっとされる。最初は戸惑ったものの、テスト勉強もする時期になったことにより定例団らん会も実施されないことの寂しさを紛らわしているのだろうともう慣れた。

 

今日ここねに連れられた拓海がやってきていたのは以前ここねやローズマリー達がドレスやタキシードを借りに来たことのあるレンタルスタジオ。先の放課後に課題や勉強を共にした2人は勉強の息抜きを兼ねてパーティー用の服を選ぶために来たのだ。衣装代くらいは自分で出せると拓海は主張したものの、今回はお願いを聞いてもらっている側だからというここねとここねの意をくみ取ってほしいという轟に説得される形で、今回は芙羽家のお世話になることになった。

 

あの時自分は来ていなかったこともあり、拓海は沢山あるタキシードの数に驚いていたが、予め似合いそうなのを選んでいたというここねから手渡されたのが、現在彼が試着しているものである。

 

デュ・ラクに着て行ったのとほぼ同じ白ベースのタキシードにパンツ、そしてグレーのベスト。とはいえ拓海自身の背が伸びていることもあり、全く同じものは着られないため細部が異なる少し大きめのものである。

 

黒のショールカラーと黒いボタン、胸元に添えるように入れられているのはスリーピークス状に折られた薄いブルーのチーフ。リボンは濃いめのブルー。2つのブルーはブラペのブーツについているリボンの色によく似ている。

 

「やっぱり、凄く似合っています」

「お、おう。ありがとな」

「?どうかしましたか?」

「いや、なんつーか…いよいよ実感湧いてきたなって…プロムに行くことの」

 

挙動が戸惑っているような拓海の様子は、どこか可愛らしく思えてしまって、ついつい笑ってしまうここね。

 

「ふふっ。先輩、もしかして緊張していますか?」

「っ、悪いかよ」

「いえ。私も、とても緊張しています」

「そうなのか?」

「はい。緊張しているし、ワクワクしています」

 

上品に笑った後にここねが見せた微笑みから、日に日にプロムを楽しみにしている気持ちが増しているのがなんとなくわかった拓海。自分は緊張しているけど、楽しみなのかはよく分かってない。ただ、パートナーがこんなに楽しそうなのだ。ここねが楽しめるように、折角のこの機会を自分も一緒に目いっぱい楽しむこと。それだけは今も自分の中ではっきりしている。

 

「じゃ、俺はこれにするわ。折角選んでくれたんだしな」

「分かりました。じゃあ後日届くように手配しますね。先輩は先に「何言ってんだよ」え?」

 

最初に解いた青いリボンを指でそっと撫でながら拓海がここねの言葉を遮る。

 

「今度は芙羽のドレスを選ばないとだろ?」

「え、でも私は時間かかると思うので先輩に付き合わせちゃうのも」

「俺がそうしたいんだ。芙羽が俺のために1番似合うと思う服を選んでくれたからな。俺も、芙羽に1番似合うと思う服を一緒に探したい。ダメか?」

 

からかうようにも見えるニッとした笑顔を拓海はここねに向ける。幼なじみのゆいに向けるのに似ているようで、でも保護者のような見守りの気持ちはない、くだけた表情。

 

ゆいとも、らんとも、あまねとも違う。4人の中ではきっと今は、学校の先輩後輩関係にあるここねにしか向けられないもの。それは彼にとってはなんてことないのかもしれないが、ここねにとっては拓海との関係が、これまでとは変わったことを確信させるのに十分だった。

 

「じゃあ、付き合ってもらっていいですか?」

「おう。最高に綺麗なドレスを選んで、当日参加者みんな驚かせてやろうぜ」

 

イタズラを思いついた少年みたいな笑顔を向けられ、また一つ自分に見せて貰えた知らなかった姿にちょっとだけ可愛いと思ってしまいながらも、ここねは笑顔で残りを着替えるために試着室に戻る拓海を見送るのだった。

 

──────────

 

「ん〜…この2つならこっちだな。つっても色合いがこっちの方が芙羽に合ってると思ったからだけど。ちょっとスパイシーっぽいから馴染みがあるっていうか。まぁでもデザインはどっちも捨て難いな…芙羽の方はどうだ?」

「私もどっちも好きですけどどっちがいいかというと…少し難しいですね。色合いはこれに近いドレスでまず集めてみますか?」

「そうだな…いや、もう少し薄い色のも見ておきたいか。ちょっと探してみるから、芙羽は同じくらいの色で気に入った他のデザインあったら揃えてみてくれるか?」

「分かりました」

 

男の人にとって女性の買い物、特に服に関して付き合わされることは苦痛だったり退屈だったりしないだろうか、というここねの不安はすぐに払拭された。

 

驚くほど拓海が乗り気なのである。最初こそカタログを眺めてドレスの種類の多さに目をぱちくりさせていたものの、選び始めた途端まるで食材を吟味するかのように一つ一つじっくり見ていた。最初にここねが並べた候補は5つだったがカタログと見比べながら既に20はドレスを見比べている。

 

(拓海先輩…すごく本気…でもなんだか…嬉しい)

 

自分の事のように…或いはそれ以上に本気で選ぼうとしてくれていることが、ここねにとっては何よりも嬉しかった。

 

 

 

「芙羽」

 

ここねがまた三着ほど似た雰囲気のドレスを見比べているところに、衣装棚から戻ってきた拓海が声をかける。

 

「先輩?良さそうなものありましたか?」

「ん、ちょっと芙羽に見てもらいたくて」

 

そう言って拓海が差し出したのは青と緑の間、ターコイズともピーコックとも見えるカラーリングのドレス。表面は薄く色づいているレースが使用されていて、腰で少し絞るスレンダー寄りのAライン。部分部分にラメが使われているのか、光を当てる角度によってキラキラと反射が揺らめく様子はまるで風に揺れる水面のよう。肩は半透明なバタフライスリーブでふわりと優しく、さりげなく広がっている。首元は袖の付け根から胸元にかけてカットされているスクエアネックとやや大胆にも見えるが、全体のまとまりとしては非常に上品かつ美しいものだった。

 

「ダンスの練習してる時いつも芙羽の目を見てたからか、なんとなくこの色が目に止まってさ。ドレスの雰囲気も芙羽に合いそうだと思ったんだけど、どうだ?」

「これ…すっごく可愛いです!…ありがとうございます」

「礼を言うのはまだ早いだろ。ちゃんと着てみないと」

「はい。ちょっと待っていてくださいね」

 

そう言うとここねは並べていた靴の中から1つ、薄い水色のリボンのついたシルバーのパンプスを手に取り試着室の方へと向かった。

 

カーテンを閉めて鏡の前でもう一度ドレスを体にあてながらじっくり見てみる。鏡越しに見比べても確かにそのドレスの色は自分の瞳の色によく似ている。

 

「拓海先輩…ちゃんと見ていてくれたんだ…」

 

このドレスの色も、そのデザインもとても自分好みで、見つけられたことはとても幸運だと思う。けれどもそれ以上にそれを拓海が一から選んでくれたことが、何よりそのドレスを特別にさせる。

 

一度そっとドレスを抱きしめるようにしてから、ここねはドレスを着るために服のボタンを外した。

 

──────────

 

「拓海先輩?」

 

試着室の外で待つことしばし。念の為にとここねが並べていた他のドレスも見比べながら待っている拓海に中にいるここねから声がかけられる。

 

「着られたか?」

「はい。サイズもいい感じでした」

「お、なら良かった。芙羽はどう思った?」

「あの…拓海先輩にも、見てもらいたいんですけど…」

「へ?」

 

一瞬戸惑う拓海。ここに来て何を、と思われるかもしれないが、彼のこれまでの経験で女性の服選びに一緒に行ったのはそう多くない。加えて数少ない経験の相手は大概ゆいだったのだ。

 

ゆいの服選びではあきほやあんも一緒にいたことがほとんどで、拓海は並べられたものから好みを言うことこそあれども、実際の試着まで付き添うことはほとんどなかった。ゆいもゆいで見てもらうという発想はあまりなく、着てみて大丈夫そうであればすぐ元の服に戻すを地で行くので、こうした機会には恵まれなかったのだ。

 

とはいえここねに一番似合うドレスを選ぶと言った手前、その願いを断ることなどあるはずもなく、若干の緊張をおぼえながらも拓海は了承の意を返した。

 

コクリと小さく拓海の喉がなった直後、控えめなカーテンレールの音とともに、試着室の内側に立つここねが現れた。

 

「ど、どうでしょうか?」

 

少しの照れを含ませながら問いかけたここね。両の手で軽くカーテシーをするかのようにスカートをつまみ、拓海が全体を見えやすいようにしてくれている。ロングスカートから足先が少しだけ見えたが、しっかりと先程のパンプスに履き替えている。

 

以前デュ・ラクに行った際に着ていたドレスは中学生離れした大人っぽさとどこかかっこよさも合わさったものだったが、今回は全く方向性が違う。

 

ふわりと緩やかに広がるスカートはやはり照明を受けてここねの僅かな動きでも煌めき方を変える。元々スタイルがいいと評判だったここねだが、腰周りで絞られているそのドレスは彼女のウエストの細さを際立たせる。

 

以前のドレスと違い肩にはスリーブこそ付いているものの、半透明故に薄くはあるがここねの腕のラインが見える。白魚のようなここねの手と細く華奢な腕は薄いカラーリングのドレスを着てなお美しく見える。元々オシャレが大好きなここね故、スキンケアも一切の手抜きがなくそれがまた肌の綺麗さを際立たせる。

 

そして前回と比べた時に何より目を引くのは彼女の首周り、胸元から背中にかけて大きくカットされているそれ。正面からはここねの長めの首と鎖骨が、背面からだと肩甲骨が一種の美しさを醸し出す。胸元も空いているとはいえいやらしさは一切なく、純粋な美。

 

まだドレスに合わせたメイクもアクセサリーもしていない、それでもそのドレスに身を包んだここねの姿は、いつかのゆいを見た時のように、惚けさせるのには十分だった。

 

「拓海先輩?」

「っ、あいや、悪い。その…すげぇ似合ってる」

「ありがとうございます」

 

視線をあちこちさせながらも褒める拓海の様子にここねはくすくす笑う。

 

「じゃあ私も、このドレスにしますね」

「いいのか?他にも色々候補あるんじゃ?」

「いいんです。だってこれは、拓海先輩が私に似合うと思って、一から選んでくれたものですから」

「っ…まぁ、芙羽がそれでいいなら」

「これでじゃないですよ。これがいいんです」

「お、おう」

 

最後にスカートをつまんだ状態で軽く身体を翻す。腕の動きにつられるようにスカートがふわりと広がる。

 

「これを着て踊るの、とても楽しみにしていますね」

「そうだな…俺も、芙羽がそれを着て踊るの、楽しみにしてる」

 

互いになんだかこそばゆい感じを覚えながら、拓海は候補に並べていた服を戻すために、ここねは元の服に着替えるために互いに背を向けあった。

 

(…楽しみに、してくれるんだ…)

 

止まらない、抑えられない高鳴りを、ここねの中に残しながら。

 

 

 

 

「〜はい。ではこちらのタキシードは福あん様宛に届くように手配いたしますね。ドレスの方もですが返却は届いてから凡そひと月後までに─」

「あの…ドレスの方は…買取でも、いいでしょうか?」

「ドレスの方買取ですね?承知いたしました。ではタキシードは後日返却、ドレスはそのまま芙羽様のお宅での買取で手続きさせていただきます」

「はい。お願いします」

 

(本当はこのドレスを買う必要なんてない…でも、どうしてかな。これだけは手放したくない…手放せない、そんな気がする)

 

先ほど感じていた高鳴りとはまた違う、キュウッと胸の奥を締め付けるような何か。

 

嬉しくて─悲しい、楽しくて─寂しい、甘くて─苦い、暖かくて─寒い…

 

心の中が何故かぐるぐるする。その原因を作っているのは間違いなく彼だ。

それは彼が悪いのではなくて、これは自分の問題。

 

一人ならきっと思うことのなかった想い。

 

それがここねがゆいとの交流で感じた「分け合う気持ち」の反対であること。

初めて芽生えた、独占欲という気持ちであることを、ここねはまだ知らなかった。

 

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