シャンメリーの香りに秘めて   作:空色胡椒

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エピローグ:分け合う美味しさ

とある放課後、昇降口付近でここねは一人佇んでいた。スクールバッグの持ち手を両手で自分の足の前に来るように持ち、人の邪魔にならないように壁に背中を預けている。まだ日が沈むのが早めな季節、昇降口には暮れていく太陽が放つ暖かくもはかなげな光が差し込んでおり、それが照らすここねの横顔を美しく彩っていた。

 

ほんの少し前までであれば、ここねのそんな姿を見かけた者の中には声をかけに行った男子もいただろう。でも今はそんなことをする人はほぼゼロと言ってもよかった。その理由は、

 

「ここね、待たせちまったか?」

「あ、拓海先輩」

 

かけられた声の方向へ彼女が顔を向ける。先ほどまでのどこかクールな雰囲気から、かわいらしい笑顔へと表情も変わる。壁から背中を彼女が離す間に、1人の男子が彼女のそばまで駆け足でやってくる。現在学校でもちょっとした有名人になってしまった彼、品田拓海は少し申し訳なさそうに両の手を合わせた。

 

「悪い。ちょっと先生の手伝い頼まれちまって。ちゃんとその時に連絡すればよかったな」

「いえ、全然気にしてませんから。拓海先輩が理由もなく遅れないってわかってますし」

「それでもだろ。お詫びと言ったらあれだけど、何か一つくらいならお願いきくから」

「お願い…じゃあ、ちょっと考えさせてください」

「おう。じゃ、行こうぜ。ゆい達も待ってるだろうし」

「はい、先輩」

 

差し出された拓海の手に、ここねは小さく礼を言ってからカバンを預けた。そのまま仲睦まじく並んで校門へと歩いていく2人の後姿は、少女漫画の1ページから飛び出たんじゃないかと思わせるほど、甘いように見えた。

 

 

 

「そういえば、最近全然告白とかされなくなったよな」

「はい。プロムの日以来まったく」

「プロム…ねぇ…」

 

並んで歩きながらの会話はいたって普通。最近どう?というくらいの感覚でしていたはずの会話で話題に上がった行事の名前に、少しだけ微妙な表情になり頬をかく拓海。あの日、雰囲気にあてられたからか取ってしまったあの大胆な行動に、気恥ずかしさやら戸惑いやらいろいろな気持ちがぐるぐるしてしまう。

 

あれ以来、間違いなく拓海とここねの関係性は変わった。ゆい達の前ではそう変わっているようには見えないかもしれないが、今は学校に通うときはほぼ一緒、みんなで集まるときは一緒に帰り、学校でも2人が授業以外の時間で一緒にいないことの方が珍しいほどである。いわゆる学校公認のカップル…ただ実際には付き合っているわけではないのだが。

 

「もしかして、後悔してます?」

「んなわけねぇ。プロムをあんなに楽しむことができたのは、ここねと一緒に行ったからだって、心から思ってる。ただまぁ、ほら。あれはここねに対しても不誠実だったんじゃないかって」

「…拓海先輩のそういうところ、私好きですよ。でも、あれについてはお互い様です。私だって、先輩に対して不誠実だったんですから。それに─」

 

そこで言葉を区切ってここねは一歩拓海との距離を詰める。するりと拓海の空いている方の腕に自分の腕を絡め、指と指が絡み合うようにその手を握り、肩に軽く頭を乗せるようにしながら囁く。

 

「─言葉にしないからこそ、存在できる想いがあるって思いませんか?」

「…ここねはそれでいいのか?俺は、」

 

しーっとここねの口から漏れた吐息と、口に感じた少しひんやりとした人差し指の感触が拓海の言葉を途切れさせる。彼を見上げるここねの瞳の奥には、あの時と同じ熱が込められている。拓海を捕らえて放さない、抗えない熱。

 

「拓海先輩…私は、ゆいのことが大好きなんです。だから、本当はプロムが終わったら、また先輩とは関わらずにいたころの距離に戻そうかとも考えてました…でも、ゆいが言ってくれたんです。遠慮しないでほしい、先輩に対してわがままを言ってもいいって。そうすることをゆいが許してくれたんです」

 

「これは、私のわがままなんです。ゆいのことが大事で、みんなといるあの時間が大事で… そして先輩のことが大事で…全部を欲張りたいって思ってしまう、私のわがまま」

 

だから先輩、そう告げたここねはそっとつま先立ちになるように背伸びをし、拓海の耳の自分の口を寄せ、そっと囁いた。

 

「この不誠実なわがままに付き合ってほしいと願うのを、どうか許してください」

 

拓海の耳にそっと落とされた口づけ。離れていく彼女の体温を追うように、拓海の身体が動く。繋がれていない方の手がそっとここねの頬に添えられ、背伸びをやめたここねに合わせてわずかに屈むようにしながら、先ほどの囁きに応えるように軽く触れ合わせるようにキスをする。互いの心に溢れるのは共通の人物への罪悪感─そしてそれを上回るほどの幸福感。

 

拓海からは言葉では返さない─返せない。

 

言葉にしてしまったら決定的になってしまうかもしれないから。

 

相反するようで、両立するような気持ちが、壊されてしまいそうで。

 

───────────

 

ぼふんと音を立てたのは拓海の部屋のベッド。仰向けに倒れこむように飛び込んだ拓海は片腕で目元を覆うようにしている。

 

「…どうするのが、正しいんだろうな」

 

口から漏れた問いかけに対する答えなどなく、ただ電気もついていない部屋に虚しく響くだけだった。口の中にはどこか苦々しいものが広がるような感覚。苦くて吐き出したいのに、それは外から取り込んだ苦さじゃないから。

 

「ゆい…ここね…俺は…」

 

目を閉じるとすぐに浮かぶ2人の姿。昔からずっと向けられてきた弾けるような明るさの笑顔と、最近になってよく見られるようになってきた静かな熱が込められた笑顔。守りたい、大事にしたい、もっと隣で見ていたい。その気持ちが湧いてくる─けれども果たしてどちらに?

 

ゆいは大事な幼馴染で、ここねは大事な後輩。ゆいと手を繋ぐと心地よくてほっとする。ここねと腕を組むと少しだけ緊張する。ゆいとハグをすると心安らぎ暖かい気持ちになる。ここねとキスを交わすと身体の奥に熱がともる。

 

ふれあい方は違うけれども、どちらと過ごす時にもそこには言葉にできない幸福感があり、同時にその後もう1人のことを思い、苦々しさもある。直接的なことは言葉にせず、曖昧にしているからこそのこの関係。世間的に考えるとこれは間違っているのだろう、そんなことはわかっている。けれども、

 

「あいつらのうちどっちかの手を離すなんて…俺にできるのか…?」

 

きっと自分は恐れているのだと、拓海は気づいていた。今までの自分のアイデンティティでもあった幼馴染の笑顔を守るという気持ち、それに匹敵する気持ちがこんな短時間で芽生えるだなんて思ってもいなかったのだ。それを認めてしまえば、今まで通りの自分ではいられなくなる。けれども、それを否定することだけは、どうしてもできなかった。

 

「俺は…」

 

コンコンコン、と部屋の扉をノックする音。思考を中断した拓海が身体を起こす。このタイミングで、しかもノック付きだと母親くらいしか思いつかないが…

 

「はい?」

「あ、拓海。今ちょっといいかな?」

「ゆい?あ、ああ。いいけど」

「ありがとう」

 

珍しくノックをしてから入るという本来正しい手順を踏んだゆいにどこか戸惑いつつも、何度も招き入れたことのある部屋に入るように告げると、ドアを開き入ってきたゆいが拓海の隣に並ぶようにベッドに腰掛ける。

 

「どうしたんだ?」

「ん~…ちょっとね、拓海とお話ししたいって思って」

「お話?なんだよ改まって」

「えへへ、そうだよね。あたし達らしいお話の始め方って、いつもあたしがバーン!ってドアを開けて、拓海にノックしろって怒られて、そこからあのねって…うん。それがいつも通りのあたし達」

「?まぁ、そうだな」

 

話の流れがよく見えず首をかしげる拓海だったが、次の瞬間驚きに喉からひゅっと変な音が漏れる。拓海の肩に頭を預けるようにもたれかかったゆいが、拓海の腕に抱き着くようにしながら、手を恋人繋ぎにしたのだから。

 

「なななっ、ゆい!?」

「…こんな感じなんだね」

「は?え、何が?」

「…あのね、実はこの前、見ちゃったんだ。拓海と、ここねちゃん」

「見たって…」

 

思わず背中を冷汗が伝うような感触が走る。確かに学校の外でもこうしていたことはあった。それでもゆい達が普段生活する範囲じゃないことを確認しながらだったから、油断していたのかもしれない。

 

「ゆい、あれは…」

「あの時ここねちゃんがね、見たことないような表情だったんだ。なんだかとても幸せそうなのに、とても辛そうで。どうしてなんだろうって思ったんだ」

「それは…」

「でも、さっきの拓海、その時のここねちゃんと同じ顔をしてた。すっごく難しい気持ちがぐるぐるしてるって顔。なんだか、2人のそんな顔を見るの…ちょっと辛いなって、思っちゃった」

 

肩に乗せていた頭を離し、ゆいが拓海を見上げる。

 

「ねぇ、拓海。あたしね、拓海のこと大好きだよ。いつもあたしの隣にいてくれて、いつだってあたしを助けてくれて、いつまでもそうして欲しいって思う。でもね、ここねちゃんのことも大好きなんだ。プリキュアとしては一番長く一緒だったんだもん。だから、前にねここねちゃんとお話したことがあるんだ。あたしに遠慮しないで欲しいって」

「遠慮?」

「うん。なんでかわからないけど、プロムが終わった後にここねちゃんはきっと前みたいに拓海と関わらないようにするんじゃないかって思ったんだ。それも、そうしたいからじゃなくて、多分あたしに遠慮して。だからね、その時あたし言ったんだ。ここねちゃんもわがまま言っていいんだよって。あたしも拓海にわがままを言うから、ここねちゃんも自分のわがままを拓海に言っていいんだよって。そういう形で、拓海を分け合うこともできるんじゃないかって」

 

そう言いながらゆいは拓海の腕をより強く抱き寄せる。普段ならゆいの女の子らしい柔らかい感触ややや自分より高い体温にドギマギしそうなシチュエーションだが、その真剣な表情や口調から、拓海も身じろぎもせずにゆいの方を見ていた。

 

「あたしね、拓海もここねちゃんもちゃんと笑顔でいて欲しい。拓海もここねちゃんも、あたしとずっと一緒にいて欲しい。どっちもとっても大切で、とっても大好きだから。傍から見たらおかしなことかもしれないけど、大好きな気持ちも一緒に分け合いたいよ。あ、もちろんらんちゃんとあまねちゃんのことも大好きだよ?でも2人は拓海のことでこうした話をしたことなかったからちょっと違うのかなって」

「なんだそりゃ」

「あたしだって変なこと言ってるって自覚はあるよ!でもしょうがないじゃん。どっちも本当の気持ちだもん。拓海とはおじいちゃんおばあちゃんになっても隣にいて欲しいけど、その時にここねちゃんもいて欲しい。あたし、拓海、ここねちゃんって並んでさ、一緒に笑っていたいんだもん」

「…すっげぇわがままだな、そりゃ」

「えへへ。だって、拓海にもここねちゃんにも遠慮しないって決めたからね」

 

顔を笑顔に綻ばせながら、ゆいが再び拓海の肩に頭を乗せる。苦笑しながら拓海はそっと空いている方の手でゆいの髪を撫でた。

 

「ねぇ、拓海?」

「ん?」

「あたしのわがまま…叶えるお手伝い、してくれるかな?」

「ったく、しょうがねぇな。けど、ゆいだけのわがままじゃないさ」

 

髪を撫でられながらくすぐったそうにするゆいに拓海は顔を寄せる。キス─ではなく、額同士を触れ合わせながら至近距離で見つめ合う。

 

「これは、俺のわがままでもあるから」

「うん。頑張ってね、拓海」

 

視線を交わして、言葉を交わして。最後に互いに目をつぶり、額から伝わる熱を交わし合う。

 

「ありがとな、ゆい。大好きだ」

「どういたしまして、拓海。大好きだよ」

 

 

 

 

ここねが呼び出されたのは1通のメールによってだった。差出人は親友の1人。普段なら電話でもいいから要件をすぐ伝えようとして来る彼女からだっただけに、何かあったんじゃないかと思わず身構えてしまうのも仕方のないことだろう。

 

けれども、彼女の家についたここねを出迎えたのはメールの相手、そして─

 

「ここね」

「あ、拓海先輩」

 

最近ぐっと親しくなった、大事な先輩の2人だった。

 

───────────

 

 

「ゆい…拓海先輩」

「ここねちゃん、急にごめんね。あのね、ここねちゃんに話したいことがあるんだ」

「私に?」

「うん。あたしたちのことで、ちゃんと話をしたいんだ」

「…そう。わかった」

 

静かにうなずいたここねが座る。ここねの正面にはゆい、2人と隣り合う誕生日席の位置に拓海が座る形で3人が対面している。

 

「あのね、ここねちゃん「待って」」

「ゆい、先に私からも話したいことがあるの。いい?」

「う、うん」

 

切り出そうとしたゆいを遮るように声を上げたここね。ゆいを見て、拓海を見て、またゆいを見る。胸に手を当てて小さく深呼吸してからここねは拓海へとその視線をまっすぐ向けた。拓海に向けたその瞳の奥に見えた熱を初めて見たゆいは、思わず息を吞んだ。

 

「私─拓海先輩のことが、好きです」

 

「最初はただゆいの幼馴染の先輩だからお話しするようになって、知り合いのためとか、普段全然関わりのない私のためにもわざわざお料理をしてくれる、優しい人なんだと思ってました」

 

「そのあと、本当は拓海先輩がブラックペッパーとして一緒に戦っていてくれたのを知った時は、安心しましたし、もっと拓海先輩のことをすごい人だって思いましたし、招き猫を巡る旅も一緒にいてくれて楽しかったです」

 

「でも拓海先輩を意識したのはやっぱりプロムがきっかけでした。先輩が助けてくれて、私の小さい頃の夢を叶えるために動いてくれて…それだけじゃなくて、一緒に学校に通って、料理をして、勉強も教えてもらって…」

 

「そうやって先輩の優しさにずっと触れているうちに、先輩が私の中でどんどん大きくなっていったんです。先輩の気持ちを知っていたのに、抑えられなくなって。だからあの日、ヤドリギの風習を利用して、ずるをしたんです」

 

「縮まった先輩との距離が嬉しくて、心地よくて。それを手放したくなくて、これまではちゃんと言ってきませんでした。言葉にしちゃえば、きっと終わってしまうから。でも、今日ゆいと先輩が一緒にいるのを見て、ここで終わりなんだって。そう思ったら、言葉にせずにいられませんでした」

 

拓海に向けていた瞳をここねは閉じてうつむく。まるで大切な景色をその中に閉じ込めるように、或いは祈りをささげるように。その閉じられた瞼の端にはきらりと光るものが見える。

 

「拓海先輩、ごめんなさい。これまで私のわがままに付き合ってくれて、ありがとうございました。でも、もう大丈夫です。もう、大丈夫ですから」

「…そっか」

 

帰ってきた拓海の声音が優しくて、目を開けなくてもきっと優し気に、或いは気遣うように自分を見ているのだろうことがここねにもわかる。ゆいはどう思っているのか、それはわからない。自分のわがままで拓海を縛っていたことを許してくれるだろうか。いや、きっと許してはくれるだろう。ただ、もう彼を縛ることはできない。彼をちゃんとゆいに返す時が来ただけのことなのだから。

 

 

 

「なら、今度は俺のわがままを、聞いてもらってもいいか、ここね?」

「え?」

 

拓海からかけられた言葉が予想外のものだったために、思わず顔を上げてしまうここね。拓海の表情には笑みが浮かべられている。その瞳の奥には、あの熱が灯っているのが見えた。

 

「違うよ、拓海。拓海のわがままじゃなくて、あたし達のわがままだよ」

「だな」

「えっと、あの?」

 

ゆいと拓海のやり取りについていけてないここねは戸惑いながら視線を2人の間を行き来させる。その様子を見てから顔を見合わせたゆいと拓海が小さく笑った。

 

「ここねちゃん。あたしのわがままはね、ここねちゃんにあたしと一緒に拓海のそばにいて欲しい」

「え?」

「だって、あたしここねちゃんにも笑顔でいて欲しいもん。拓海と一緒にいる時のここねちゃん、見たことないくらい嬉しそうだった。でも、自分のわがままに拓海を巻き込んでるって、それに多分、あたしに対して罪悪感をもって苦しんでた。だから、今度はお返し。あたしの…あたし達のわがままにここねちゃんを巻き込んじゃう番。一緒に大好きなものを分け合いたいっていう、わがまま」

「ゆい…でも、それは」

「ここね」

 

動揺しているここねを落ち着かせるようにそっと拓海が彼女の手を取り、名前を呼ぶ。

 

「ここねが謝ることなんて、何もなかった。むしろ俺が…俺が臆病だったから、ここねも苦しめてたんだ。ごめん」

「拓海先輩?」

 

「俺は認めるのが怖かった。これまでずっとゆいのことが好きで、ゆいのことが一番だったのが、同じくらい想う相手ができてしまったことを。今までの自分の要だったものが変わってしまうことを」

 

「けど、やっぱり否定なんてできない。ここねとの話も、一緒にいる時間も、見せてくれるようになった沢山の表情も…いつの間にか、大切に想うようになってた。そのことを口に出してしまえば、俺の何かが…そしてゆいとのこれまでが変わってしまうような気がしていたけど…俺はもう、恐れてない。だって、味付けに迷ったら、大切な人の笑顔に答えはあるんだから」

 

「ここね。俺は、ここねが好きだ。ずっと前から好きだったゆいと同じくらい、大切にしたい存在だと、今は思ってる。勝手なことを言うけど、これからもここねにそばにいて欲しい。それが、俺のわがままだよ」

 

普通に聞くとどうしようもなく最低な発言である。けれども、それは拓海が正直に自分の気持ちと向き合って、そしてゆいと向き合って認めた本心。不誠実と呼ばれるかもしれない、それでも、拓海にとって大事過ぎる2人にこれからも一緒にいて欲しいというわがままを、彼は告げるのだった。

 

「あ…私…」

 

ホロリと眦でとどまっていたしずくが頬を伝う。けれどもそれは決して悲しみのものではなかった。口元を両手で抑えるようにしながら、静かに涙を流したここねの瞳はそれでも、確かに喜びの色を見せていた。

 

「ここね」

「私…きっともう、拓海先輩との関係も終わるんだって…ゆいがそばにいることになるから、もう近くにいられないって…頑張って、前みたいに戻るんだって、そう思ってて…」

「うん」

「でも、ゆいの話も、先輩の話もそんなこととは違くて…先輩のお願いなんて、普通だったら、最低ですって言われるようなもので…」

「だな。最低だよな。それはごめん」

「謝らないで、ください。だって、そんな最低なわがままを言ってくれたことが、私、本当に…本当に、嬉しくて…幸せで…」

「そっか」

「私も…私も!拓海先輩と、もっと一緒にいたいです」

「もっとじゃない。ずっとがいい」

「っ、はいっ。ずっと、ずっと一緒にいたいです!」

 

言葉にできずにいた本当の「わがまま」をここねが口にすると同時に、拓海が泣きじゃくる彼女を包み込むように抱き寄せた。思わず縋りつくように拓海の胸元を掴み、ここねはその肩を濡らす。そのここねの背後から今度はゆいがここねごと拓海を抱きしめるように腕を回す。

 

「ここねちゃん。あたしも、ここねちゃんが大好きだよ。だからね、あたしと拓海とここねちゃんで、ずっと一緒にいようね」

「ゆい…うん。ありがとう」

「えへへ。あたしも、ありがとう」

 

拓海の目の前で頬を寄せ合うように笑い合う2人の少女たち。その笑顔はこれまでに見た中で、きっと1番と言っていいほどに幸せに満ちたものだった。

 

(絶対守ってみせる。2人の笑顔を)

 

その笑顔から幸福感を貰いながらも、拓海は強く決意するのだった。

 

───────────

 

後日─

 

「…なんだか、近くないか、君達?」

「え?そうかな?」

「何か変?」

「いや、変だよ!?ゆいぴょんもここぴーも、拓海先輩も!」

「ははは…いや、まぁ、うん」

 

次の集まりの時、明らかに様子が変わった3人の様子に、あまねとらんは混乱していた。これまでもゆいが拓海の隣にいることは当たり前だったし、最近はここねが反対側に座ることも珍しくはなかった。が、それにしてもである。今の3人は机の同じ側に並んで座り、ゆいは拓海にもたれかかるようになっているし、ここねも肩が触れ合いそうなほどに近い。対面に座っているあまねとらんとしては目の前の出来事にツッコむなと言う方が酷な話である。

 

「よし。何があったか詳しく話せ、品田」

「あ~…まぁ、その、なんだ。大切な人の笑顔に答えを見つけたんだよ」

「えへへ。あたし達、ずっと一緒なんだ。ね、ここねちゃん」

「うん。ゆいと、拓海先輩と。ずっと一緒」

 

「あ、あまねん。これどういうことなのかな?なんだかいつの間にからんらん置いてけぼり!?」

「おおおお落ち着けらん。いや、これは私も想定外のことだが…君達、3人で付き合っている、ということになるのか?」

 

「うん!」「うん」「まぁ、な」

 

「はにゃ~!!お、おめでとう!でいいのかな?いいや、おめでとう!」

「ありがとう、らんちゃん」

「いや、本当に驚いたぞ…しかし、幸せそうだな、ここね」

「うん。とっても幸せ」

「そうか。ヘタレだと思っていたが、まさかこうも大胆な行動をとるとは。少々見直したぞ、品田」

「ほっとけ」

「さて、後はいずれらんが加わるが先か、私が加わるが先か…うむ、見ものだな」

「うぇぇっ!ら、らんらん達も!?」

「くだらないこと言ってんなよ、菓彩」

「う~ん。あたしは別にいいと思うけどなぁ」

「私も」

「真に受けなくていいからな、2人とも。華満もな」

「ふっ、まぁ安心してくれ。冗談に決まってるだろう…半分は」

「「半分って何!?」」

 

思わずツッコむ拓海とらんに息ぴったりじゃないかとからかうあまね。いつもよりも賑やかなその様子を見ながら、ゆいがここねに近づき囁く。

 

「ねぇ、ここねちゃん。もしあまねちゃんやらんちゃんもってなったらどうする?」

「そんなの決まってる。分け合う美味しさ、焼き付けるわ。でしょ?」

「えへへ。うん、みんな一緒に笑顔で満たされちゃおうね」

 

顔を見合わせて笑う2人。大事な親友と、大好きな人。そのどちらもを裏切っている、そう思っていたけれども、2人がそうじゃないって示してくれた。

 

(ありがとう、ゆい。大好きですよ、拓海先輩)

 

そんな気持ちをこめて、ここねは心からの笑顔を見せるのだった。

その胸元にはあのネックレスがキラリと一緒に喜ぶように光っていた。

 




これにてここ拓シリーズ「シャンメリーの香りに秘めて」は終了です。

芙羽ここねって結構ヒロイン力が高いよな、という発想から生まれた物語ではありますが、プロムのことやドレスの種類と色々調べるのも中々に楽しみながら書きあがったものです。

本編では絶対あり得ないだろう組み合わせでしたが、自分なりに楽しめました。
お付き合いいただきありがとうございました。
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