シャンメリーの香りに秘めて   作:空色胡椒

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ファーストステップ

「私と一緒に、プロムに行ってくれませんか?」

 

目の前には顔を赤らめ、緊張からか胸元で両手を握り合わせている美少女。彼女も背は高い方ではあるが流石に自分ほどではないため、見上げるような体勢もあってか若干上目遣いにも見える視線。何故かいいタイミングで仕事をしているつもりなのか、吹き抜けた強すぎず弱すぎない冷たくなってきた風が彼女の美しいブルーの髪と制服のスカートを揺らす。

 

まるで告白のシチュエーションまんまだな、と頭の片隅に思いながらもそういう事情ではないことを重々承知のうえで、拓海はそのお願いをしてきた後輩に改めて向き合った。

 

「えっと、芙羽?」

「はい」

「その、さっき俺が先輩に言ったことはあの場を穏便に済ませるためのものだったのは置いておいて、その上でってことでいいのか?」

「…はい」

 

小さくもはっきりとここねが頷いたのが見えたので、拓海は思考を巡らせる。

 

芙羽ここねは妙な思い付きで行動を起こす子じゃない。どこかの元生徒会長のようにこちらの反応を楽しむためにそういうからかい込みの冗談を言うタイプでもない。むしろ真面目で真っすぐで、芯のある姿勢は拓海をして尊敬できるところが多い。

 

その芙羽ここねが自分に対してしてきたお願い事。それがどんなに突拍子もないものに見えたとしても、間違いなく彼女は真剣なのだろうということだけは信じられる。で、それを踏まえたうえで、だ。

 

「えっと、芙羽?なんで俺なんだ?」

「…前にみんなとプロムの話をしたとき、私、別にいいかな、って言っていましたよね」

「え?あぁ。俺がダンスよくわかんねぇって言った後だろ?」

「本当はプロムにちょっと憧れていたんです。両親が時折フォーマルなパーティーに参加していたのを知っていたのもあるけれども、私が大好きな物語でもそういうシーンが出てくることが時々あって。きっと素敵なんだろうなって思っていたんです。だからこの学校にプロムがあるって聞いたときは参加できるかもって」

 

そう語るここねの表情からもどこか楽しそうな気配を感じる。こうしてそのことに思いをはせるだけでもこれだけ楽しそうなのだから、本当は参加したかったのだろうということは拓海も察することができた。そして、「でも、」と続けたここねの表情が若干寂しげなものに変わったことも。

 

「前にあまねが言っいてたこと。プロムのダンスで踊る距離感を許せる相手。親しい友達ができればもしかしたらと思っていたんですけど…でも、結局そんな男の子はできなくて。告白してくれる人やお誘いしてくれる人はいても、その人たちとはそういう近さは、想像もできなくて。だからもう、参加することはあきらめていました」

 

そっとここねが先ほど先輩に繋がれた方の手を覆うようにもう片方の手を添える。

 

「さっきもそう。あの先輩のことは嫌いとか、そういうことはないんです。いい人そうでしたし、こういう形でもなければ知り合った後に段々仲良くはなれたかもしれません。ただそれでも、手を触られた時、どうしても嫌だって気持ちが湧いてしまって」

 

ぎゅっと一度両手を握りこむ。目を伏せながらそうするここねは、まるで必死に祈っているようにすら見えた。自分の憧れをかなえたくて、星に祈る物語の主人公のように。

 

「悪い」

「え?」

「さっき俺も勝手に芙羽の手を取っただろ?そういう気持ちになるかもしれないってこと、ちゃんと考えてなかった」

 

やっぱり余計なお世話だったのかもしれないな、と謝る拓海。ゆいという幼馴染がいることに加え、通常ではありえないような経験を共に過ごしてきたことや一緒に旅をしたことも相まって、どうにも自分はある程度親しみを覚えた女子との距離感がおかしいのかもしれない。今回のここねしかり、あまねやらんにも同じようなことをしてしまわないように気を付けなければと自省する拓海。

 

「そんなことないです」

「え?」

「さっきの先輩の時は確かに嫌だって思いました。でも、拓海先輩に手を取ってもらった時は、なんだか安心できたんです。だから今だって─」

 

そう言いながら今度はここねの方から両手を伸ばして拓海の片手を包むように持ち上げた。

 

「すごく、安心します。この手は、私たちを守ってくれた手で、笑顔にしてくれた手だから」

 

ブラックペッパーとして戦いの中で助けてくれた手。

 

様々な料理でお腹も心も満たしてくれた手。

 

そして今日もまた、この手が助けてくれた。

 

「だから私、拓海先輩となら、プロムに行きたいと思ったんです」

「お、おう…そうか」

 

拓海も忘れていたことだが、ここねもまた拓海とは違う意味で距離感がどこか変わっているのだ。人との付き合いを疲れると縮めようとしていなかった彼女が、最初に親しくなったのがゆいで、そのすぐ後にらんという距離が近い2人。その2人がすぐそばにいたからか、ここねは親しい相手に対する距離が近くなる方なのだ。

 

ゆいのことを一途に想い続けているとはいえ、拓海とて健全な男子。自分の十数年の人生経験の中でも1,2を争う美貌を持っているここねに手を握られ、近い距離から安心したような笑顔を向けられればどぎまぎしてしまうのも仕方のないことだろう。

 

「拓海先輩。このお誘いは、単なる私のわがままです。子供のころに持っていた、ちょっとした憧れを叶えたいというわがまま。それでも、拓海先輩にお願いしたいです。だめ、ですか?」

「あ~、その、なんだ。芙羽とはもう知らない仲じゃないしな。頼ってくる後輩の頼みをきくのも、先輩としては普通のことだしな」

 

ここねから視線を外しながら、照れている様子を全く隠せていない拓海が空いている手で頭をかく。自分に言い聞かせるかのように呟かれた言葉は、きっと彼の中で特別な子以外とデートのようなものに行くことへの理由付け。

 

何かに納得がいったのか、一回頷いた拓海は改めて視線をここねへと向ける。

 

「うん。わかったよ、芙羽。大事な後輩のわがままだもんな。それに、もうパートナーが決まってるなったら、芙羽も今後の誘いを断りやすくなるだろうしな」

「じゃあ」

「ああ。俺でよければ、お前の憧れを叶える手伝いをさせてくれ」

 

そう言って拓海は包まれていた方の手で握手をするようにここねの手を握り返した。自分よりも大きな手に握られた感触を確かに実感しながら、ここねは嬉しそうな笑顔を拓海に向けたのだった。

 

 

「さてと。もう遅くなってきたからな。そろそろ帰らないとな。芙羽、今日は車か?」

「あ、いえ。元々は買い物をしてから帰ろうと思っていたので」

「そっか。じゃあついでだ。家まで送るよ」

「そんな、悪いですよ。もう既に拓海先輩の時間をいただいてしまったのに」

「いいんだよ。たまには先輩らしいことさせてくれ」

 

そう言いながら拓海はここねの手からカバンを取り、自分の分が外側に来るように合わせて肩を持ち手に通す。あまりにもさらっとやられてしまい、拓海を先に返すこともできない状況を作り上げられ、思わずここねは内心笑いながらではあっても、頬を膨らませる。

 

「あ、もう。ずるいですよ」

「ははっ。芙羽もそういう顔するんだな」

「ここね」

「ん?」

「さっき先輩の前ではそう呼んでくれましたよね?」

「あ。あ~、それはほら、一応その方が納得してくれるかなって」

「でもプロムでまたあの先輩に会う可能性もありますよね?呼び方が名前から名字になっていたら変に思われちゃいますよ?」

「む、うん。まぁそれは確かに」

「だから、せめて学校にいる時くらいは、名前で呼んでくださいね」

「は!?いや、おい芙羽!」

「ふふっ。聞こえません」

 

ずるいことをする先輩にはずるい仕返しを。そんな悪戯心をもってここねはカバンを持ったままの拓海を置いて校門の方へと向かう。逆に荷物を持っていかれるかもしれない状況ではあるものの、心優しい拓海が自分を追いかけてくることは、ここねにとっては想定済みだった。普段の自分ならしないであろう悪戯も、拓海であれば最終的には笑って許してくれる。自分のわがままを聞いてくれた彼であればと、何の疑いもなく信じられる。

 

知っていたつもりだったけれども、自分は気づいていなかったのだ。この人のそばがどれほど居心地が良くて、どれほど暖かくて、どれほど安心できるのか。少しだけ─本当にほんの少しだけ─

 

「おい芙羽っ、あ~…その…こ、ここね」

「はい、先輩」

「~っ、わかったわかった。学校にいる時は、なるだけ努力する」

「よろしくお願いします」

 

─ゆいが羨ましい、なんて思ってしまったのはいけない我儘なのだろうか…

 

 

結局自宅まで送ってくれた拓海のことを、暗くなってきたからと理由をつけ、ここねは執事の轟にお願いする形で拓海の家まで連れて行ってもらうよう取り計らった。

 

「じゃあな、芙羽。また」

「はい、拓海先輩。また─」

 

─明日、と続けそうになったのを止まったここねは、そのまま拓海が車へと乗りこみ、轟の運転するで遠ざかっていくのを玄関先で見送るのだった。

 

明日は特に定例の団らん会はない。今まで通りであれば、教室ですれ違いでもしない限りは明日拓海と会うことはない。それを思い出して感じたほんの少しだけのがっかりした気持ちに驚いたここねは、玄関を開けて家に入るのだった。

 

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