シャンメリーの香りに秘めて   作:空色胡椒

7 / 15
レッスン開始

─翌日。

 

既にここねと噂に対する方針については決めていたこともあり、拓海はいつも通りに登校していた。家を出る時間は同じため途中まではゆいとともに歩いていたが、分かれ道で見送ってからはいつも一人で歩いていた。通学路ゆえに他の生徒も当然おり、ちょこちょこ視線は感じるがそれもそのうち慣れるかなくなるかのどっちかだろうと割り切りながら歩を進める。

 

「ん?」

 

学校までもう少しというところの十字路で、ふと拓海は見慣れた姿を見かけて足を止めた。かばんを肩にかけながら、両手を持ち手に添えるようにし、十字路に設置されているミラーの近くに佇んでいるのは、見間違えようもなくここねだった。通り過ぎる他の生徒はその様子をチラリと見たり、振り返ったりしている。時折ハートキュアウォッチへ視線を落とすその様子はまるで誰かを待っているようだ。

 

疑問に思いながらも近づく拓海。どうせ行先は同じなのだし、それこそ知らない仲ではないのだ。声だけでもかけておこうとここねまであと数歩のところまで来る。と、ここでここねの顔が上がり、拓海と目が合う。瞬間笑顔を見せたここねが早歩きで拓海のそばまで寄って来るのだった。

 

「拓海先輩、おはようございます」

「おう、おはよう。って、もしかして俺を待ってたのか?」

「はい」

「なんか用事あったか?」

「いえ。ただ中学の頃はゆい達と待ち合わせて登校することが多かったので、折角ならと思いまして。もしかして、迷惑でしたか?」

「んなことねぇよ。まぁけど、確かに今までは学校じゃ全然話してこなかったしな。芙羽がそうしたいなら、俺もいいと思うよ。けど、毎回待たせてたら申し訳ないから、事前に時間の連絡してくれ」

「わかりました」

「んじゃ、とりあえず行くか。話し込んでたら遅刻しました、なんて笑えないしな」

「はい」

 

拓海に促されて並んで歩きだす。こうして用事もない他愛もない話をすることも実は初めてだったんじゃないだろうか。そう思いながらとりとめのない会話をする。プロムのこと、クリスマスのこと、料理のこと、本のこと、授業のこと、お気に入りのお店のこと。特に話題は決まっていないからすぐに話が途切れるかもしれない、そう思ったが驚くほどに会話は続く。

 

拓海はここねが投げた話題についてちゃんと聞いたうえでプラス分を返してくれる。一つの話題を膨らませて、もっと話せるようにしてくれているのだ。たまにいる一方的に話しかけてから語るだけの人とは違う。こちらの話を聞くだけで何も返さないですぐ終わってしまう人とも違う。ここねにとって、距離を詰めすぎず離れすぎないようなその返しをくれる拓海との会話は、想像以上に楽しいものだった。

 

そうしているうちに既に校門を抜けて昇降口へとたどり着く2人。

 

「じゃ、俺こっちだから」

「あ、拓海先輩」

「ん?」

 

学年ごとに分かれているため拓海が自分の上靴を取りに向かおうとするのをここねが呼び止める。何か忘れていたことでもあるだろうかと足を止めた拓海が振り返ると、やや遠慮がちにここねが口を開いた。

 

「その…今度お休みの日、都合いい時でいいのでお時間いただけますか?」

「?別に構わないけど」

「ありがとうございます。詳細はまた追って連絡しますね。また」

「おう。またな」

 

 

胸の高さ位で手をひらひらと振るここねへと手を挙げるように返してから、拓海は自分の上靴を取り、教室へと向かった。

 

(にしても芙羽のやつ…親しい相手にはほんとぐいぐい来るタイプなんだな…)

 

昨日の今日での新しい距離感に少々戸惑いを覚えつつも、それがここねなのだろうと納得した拓海。大切な仲間で、大事な後輩。今までのようにバラバラに過ごしていても十分楽しかったが、そんな彼女との学校生活もきっと悪くないものになるだろう。

 

小さな笑みをこぼしてから、彼は教室の扉を開け─

 

「「たぁ~くぅ~みぃ~」」

 

すぐさま閉めるのだった。

 

(あ~これ絶対面倒な奴だ)

 

その後の尋問をどうやり過ごそうか考えながら、拓海は一人ごちるのだった。

 

───────────

 

さて、次の学校が休みのとある日。

 

ピンポーンとチャイムを鳴らす拓海。ここはおいしーなタウンのメインストリートから少し離れた、ここねの家。いつもならゆいやらんあたりが押していたチャイムを自分が鳴らすことになるとは…と少しばかり緊張してしまう。何せここにはゆいも、らんも、あまねもいない。本日の訪問は、完全に自分1人だけなのだ。ついつい手に持った紙袋を無意味に右手と左手の間を行き来させてしまう。

 

少ししてから家の玄関が開く。てっきり轟が出てくるのかと思ったが、最初から外に立っているのが自分だと分かっていたのか、扉を開けて顔を覗かせたのは他ならぬここねだった。

 

「こんにちは、拓海先輩」

「お、おう。こんにちは、ここ…じゃなくて、んんっ!芙羽」

「ふふっ。はい。でも、そのまま呼んでくれてもいいんですよ?」

「勘弁してくれ…あいつらの前で名前呼びが出ちまったらまた菓彩のからかいのネタになるだろ」

 

あれ以来一緒に登校する回数が増えたり、昼食を一緒に食べたり、すれ違う際の会話が増えたりとここねと過ごす時間は格段に増えている。そのせいかついつい学校の時の癖で名前呼びしそうになったところを修正する。ブラペの時にキャラを作っていたことが幸をそうしたのか、今の所学校の中では自然に呼べて、自然に振る舞えている。

 

学校の中では割り切れるが、外だとまだ照れが滲んでしまうのは、やはり幼なじみであるゆい以外の女の子を名前で呼び捨てにしたことがなかったからだろう。それでも名前で呼ばれるだけで少し嬉しそうな様子のここねを見ると、名前で呼ぶのも悪くないのかもしれないと思えてくるのは、明確に関係性が進んだ表れなのだろう。

 

「これ、一応手土産だけど」

「あ、わざわざありがとうございます。でもあまり気にしないでくださいね。これから来る度に持ってくるのも大変ですし」

「そりゃそうだけどさ…一応最初くらいはな」

「ふふっ。そういう律儀で丁寧なところ、拓海先輩の素敵なところだと思いますよ。さっ、中へどうぞ」

「あ、おう。サンキュ。お邪魔します」

 

拓海から手提げの紙袋を受け取り、招き入れるここね。一言礼を告げてから扉をくぐる。相変わらずの大きさ…いや、2人だからか体感より大きく感じる。

 

広い廊下を進むことしばし。広めのリビング…だったと思われる場所に出た。だったと思われるというのは、現在この部屋の状態から来た言い回しである。

 

本来並んでいたであろうテーブルやソファはどけられ、かなり広い空間となっている。なるほど今日の訪問理由を考えると、これくらいの広さであれば動きの大きさも気にせずに済みそうである。

 

そんな部屋でいそいそと何やら準備されていたのは拓海も度々交流のあった芙羽家の執事である轟だった。拓海を連れてきたここねに声をかけられると、彼はすっと拓海の前へと来る。

 

「拓海様、お待ちしておりました」

「轟さん。すみません、お時間いただいてしまって」

「いえいえ。こちらこそ、ここね様のお願いを叶えようとしてくださったとのこと、ありがとうございます」

 

互いに礼を交わしあう2人。拓海としては料理の盛り付け方を轟を参考にさせてもらってることや、轟もまた学生とは思えないほど料理に向き合う拓海の姿勢を評価していることもあり、会う機会があれば話し込むこともあった。

 

今回拓海が芙羽家、そして轟の元を訪れたのは他でもない、プロムへの準備の一環である。プロムには作法を気にせず気軽に楽しめるものもあるが、2人の通う学校のスタイルはクラシック。 フォーマル寄りのそれで踊ることになるダンスもやはり舞踏会でイメージされるそれに近い。ダンスの仕方がよく分からないと言っていた拓海に対して、ここねが昔の経験から轟に教わることを提案したのだ。

 

「轟さん、ありがとう」

「昔を思い出しますな。ここね様が舞踏会での踊り方を勉強したいと、幼いながら頼まれたこと、今でも覚えております」

「も、もう…」

「あの頃のここね様は、本当に楽しそうに、それでいて一生懸命に踊りの練習をされてましたな」

「なるほど…じゃあ俺も、生半可な出来では終われませんね」

 

そう言ってここねを見る優しい目の中にある真剣さは、見つめられたここね本人も、そしてその様子を見ていた轟にも伝わった。

 

「では、拓海様。僭越ながらしばらくは私が拓海様に指導させていただきます」

「はい。よろしくお願いします」

 

背筋を伸ばてから礼をする拓海。教わるとなれば真摯な態度のその姿に微笑みを返しながら轟は拓海への指導を始めるのだった。

 

「いきなりダンスと言われても難しいでしょうから、まずは当日の立ち方、歩き方から意識しましょう」

「立ち方と歩き方…」

「そうです。学生のプロムであればそこまで意識しなくても良いかもしれませんが、美しい立ち方や歩き方をするだけで、その雰囲気をより楽しめると思いますので」

「なるほど…やっぱり背筋を伸ばして、とか?」

「ええ。それももちろん重要です。背筋を伸ばし、また女性の体を支えられるように重心がぶれないことが特に大事です。では拓海様、まず姿勢良く立ってみてください」

 

轟の指示を受けて拓海は背筋を伸ばし、お腹に少し力を入れて立つ。普段は少し崩しているから気づかなかったが、ちゃんと立つといつもより彼を見上げていることにここねは気づいた。

 

「ふむ、結構。拓海様はご自身で鍛えておられるとか?」

「え?ええ。まぁ」

「なるほど。一般の方と比べて重心のコントロールはできていそうですね。ではそのまま意識した上で、まずは顔の角度から」

「は、はい」

 

ここねのためということもあってか、本気モードな轟。言葉や口調こそ丁寧ではあるものの指摘は控えず、拓海に次々指示を出す。

 

一方で真面目と言うべきか拓海の方もまたそれを嫌と思うようなことはなく、いただいた指摘を元に姿勢を矯正していく。

 

ダンス前から本格的な指導が始まっているのを避けてあるソファに腰掛けながらここねは見守っていた。想定していたよりも本気な轟に少し自分の方が戸惑ってしまったくらいだったが、それに苦言も苦笑もなく受け止めている拓海を見る。

 

(やっぱり…優しい)

 

本来プロムに行きたいとは一言も彼は言っていない。本当に雰囲気を知られれば、料理が見られればそれでいいというレベルの興味だったのだろう。だから、本当は律儀にダンスを学ぶ必要なんて拓海にはないのだ。

 

それでも彼は、

 

『芙羽の憧れなんだろ?だったら目一杯叶えないとな』

 

と言って、学びたいと申し出てくれたのだ。

 

子供の頃からの小さな憧れ、彼に対して見せたわがまま。それにこんなに真っ直ぐ向かい合ってくれるなんて…

 

(でも…きっと昔からそうだったんだ)

 

そう彼が成長したのは、きっと一番大切な相手…ゆいの笑顔を守るため。彼はきっとゆいのお願いを叶えたくて、笑顔が見たくて努力してきて。元々の優しい気質故にそれを他人のためにもできる人なのだ。今はそれがここねのために向けられている。

 

品田拓海という人間は、もしかしたら近づきすぎては危険なのかもしれない。甘くて、温かくて、止められない。そんな病みつきになる味の秘伝の料理…一度味わってしまえば抜け出せない、忘れられない…

 

「芙羽?」

「えっ?」

 

考え事でぐるぐるしていた意識を呼び戻したのは優しそうにこちらを気遣う声。座ったまま見上げると拓海が様子を伺うようにここねを見下ろしている。

 

「大丈夫か?」

「あ、いえ。大丈夫ですよ。考え事していただけなので。轟さんは?」

「休憩にしようってさ。飲み物を用意してくれるから待っていてくれって。座ってもいいか?」

「あ、はい。どうぞ」

 

いつもなら来客用に複数のソファがあるところ、ダンス用のスペースをなるべく確保しようということでこのソファ以外は移動させられている。

 

拓海はここねから人一人分程の距離を空けた場所に腰掛けた。

 

「どうですか?」

「あ〜、結構むずいな、これ。今はまだ普段着だからそんなだけど、タキシードも着るわけだしな…早く慣れないと」

「すみません、先輩。思ってたよりも本格的になってしまって」

「?いや、別に謝るようなことじゃないだろ?むしろ俺が感謝するところだし」

「え?」

「本当なら教室に通うとかして、お金払って学ぶようなことも、芙羽と轟さんの好意で無償で教えて貰ってる。芙羽の時間も、轟さんの時間もいただいちゃって…ありがとな」

 

(あ、また…)

 

また感じたその甘さと温かさ。ゆい達と一緒の時には見えてなかった包まれるようなそれが、また自分に向けられる。それは少し嬉しいけれども…

 

(この優しさが、ゆいに気持ちが伝わらない理由かも…)

 

恋してる訳でもないここね相手でもこうなのだ。きっとゆいのためにと培われた甘さも温かさも、誰かのために使えてしまう。だからそれを最も身近で受けていたはずのゆいも、その真意に気づけなかったのかもしれない。

 

拓海のそんなところをゆいとの関係を進めるうえで損と思うか、或いはだからこそ彼の人としての魅力であると取るか。きっとどちらも正しいのだろう。ただ、ゆいへの気持ちを知っていてなお、今のここねはそれを魅力であると、そう強く思わずにはいられなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。