シャンメリーの香りに秘めて   作:空色胡椒

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並び立つということ

「拓海様、お待たせしました」

「いえ、ご指導いただいているのに飲み物まで用意してもらってしまって…すみません」

「なんの。これは私が望んでしていることですから。拓海様にはまだまだ付き合っていただきますよ」

「お、お手柔らかにお願いしますね」

 

休憩時間の終了を告げながらも、茶目っ気のある言い方をする轟に笑いながら返す拓海。と、轟のあとから一人のメイドが入ってくる。

 

「では先程の姿勢や歩き方を参考に、今度は女性と共に歩く所を学びましょう。いわゆるエスコートです。会場まででも会場内でも必ず歩くことになるでしょうから。では、私共が見本を見せますので、拓海様はここね様と実践してみてください」

 

そう言って少し離れているメイドのそばまで歩いた轟。半歩ほど彼女の前に進むと、左腕の肘を曲げ、軽く持ち上げる。するりとメイドは自身の右手を轟の腕と身体の間のスペースに通し、自分の手を轟の手と肘の間にそっと添えた。

 

背筋を伸ばした綺麗な姿勢のまま2人並んで歩き出す。本来の轟よりも速度がゆっくりなのは、間違いなく彼がメイドの方に合わせているからである。それも視線を落とすことなく、さりげなく。その歩き方にはエレガンスすら感じさせられる。

 

「と、このような感じです」

「な、なるほど…」

 

拓海達の近くまで歩いてきてから一礼する轟。その隣ではメイドがカーテシーしている。最後まで優雅さを損なわない立ち居振る舞いに少しだけ気圧されてしまう。

 

「では拓海様、ここね様。お手本通りに」

「は、はいっ」

 

練習であることは頭でわかっていてもやはり気恥しさはどうしてもあるもので、普段の拓海からは中々想像しにくいほどガチガチである。そんな中でありながら拓海はここねの隣に並ぶ。

 

ここねはというと特に何を言うでもなく、小さく微笑んだまま拓海の一挙手一投足を見ている。あくまで拓海が動くように促すことも、声をかけることもせず、ただ見つめるだけ。

 

その視線にもどこか照れをおぼえながら拓海は「んんっ!」と咳払いをしてからその左腕を持ち上げ、肘を軽く曲げた。とはいえ緊張からかまるで鷹でも乗せるのかと力んでいる。

 

それを見たここねは一歩踏み出すとするりとその腕に自分の腕を絡めながら、もう片方の手を優しく腕に添える。そのままそっと力の入っている腕を優しく撫でる。

 

「っ!芙羽?」

「緊張しすぎですよ。もっと力を抜いて」

 

びくっとした後に脱力した腕をちらりと見てから改めて構える拓海。今度は先程よりも軽く力が入っていて硬さは無い。再度添えられたここねの手は今度は動くことなくそのままである。

 

「いい感じです」

「お、おう。サンキュ」

 

小さく頷くようにしたここねに言葉を返し、拓海は視線を上げる。先程まで轟に教授して貰った姿勢と立ち方を意識してから再度ここねの方を見る。今度のここねは特に何をするでもなく、ただ僅かに目を優しげに細めるだけ。それをOKの合図ととり、拓海は一歩踏み出した。

 

ただ歩くだけなのにこれが恐ろしく難しい。いつも無意識のうちにできることだから何とかなるかといえば、そう簡単な話ではない。姿勢、腕、歩幅。いくつものことを気にしながら歩くのは、無意識に実行しているそれとは比べ物にならないほどに気を遣う。

 

ただそれでも轟に教わった姿勢を維持すること、自身のこれまでのトレーニングで身に着けた体幹、それに加えてブラックペッパーとして活動していた際の姿勢制御等持ちうるスキルを振る動員することによって様になってきている。ここ最近一緒に登下校することが増えたこともあり、徐々にリラックスしてきた拓海も歩幅に関してはここねに合わせることが楽にできるようになってきた。慣れない位置に固定している腕の方も、徐々に安定させるコツがつかめ、少しずつではあるもののリラックスできるようになってきた。

 

ほんの少しでも心に余裕が生まれた拓海がここねの方を見ると、彼女はその距離と腕を組んでいることを除いてはほぼいつも通り、自然体に近い。拓海の視線に気づいたのかここねは自身の視線を彼へと向け、軽く微笑んでから頷いた。どうやらうまくできているらしい、そう思えた拓海は安心してまた歩き出した。

 

その後轟から微修正を受けながらではあったものの、拓海は無事に合格を貰えるのだった。

 

──────────

 

「ここね様、拓海様。そろそろ食事にしましょう」

「え?」

 

時計を見ると午前10時頃に着いたはずだったが既に時刻は午後1時半過ぎ。立ち方の講座に始まり、腕の組み方、歩き方、車から降りる時のエスコート、ダンスフロアへ入る時、礼の仕方と色々と学んでいるうちに既に3時間は経過していたらしい。

 

「もう少しで準備が整いますので、どうぞ休憩しながらお待ちください」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとう、轟さん」

 

一礼してから部屋を出る轟。それを見送ってからソファに座り込む拓海。ふぅ〜、と息を吐いて意識しすぎて硬くなってた肩を回すようにしながら解す。

 

「もうそんなに時間経ってたのか…轟さんと芙羽にはこんな長時間付き合ってもらっちゃって、悪いな」

「そんな。私の方こそ…拓海先輩がプロムに行くことになったのはそもそも私の都合なのに」

「それこそ気にするなよ。そうしたいと思ったのは俺だし、そう決めたのも俺なんだから」

「…じゃあ、おあいこですね」

「ん、そういうことにしとくか。お昼の後はいよいよ踊り方か…なんだか緊張するな」

「大丈夫ですよ。拓海先輩ならすぐできます」

「お、偉く信頼されてるな」

「だって、拓海先輩凄く器用だから。お料理も、楽器も、スポーツも、それに戦いも。どれもすごく上手じゃないですか」

「そう褒めてもらえると、さすがに照れるんだけど」

「ふふっ。ごめんなさい」

 

口元に手を添えて笑うここね。最近この表情をよく見るようになった気がする、なんてことを拓海はぼんやり思う。

 

別に元々笑ってるところを見なかったわけじゃない。ここねを見かける時、大抵ゆい達と一緒にいて、一緒笑っていた。けれどもそれは彼女達の間のことで、自分といる時は控えめに微笑んでいることの方が多かった気がする。

 

でも今こうして本当に楽しそうに笑う彼女を見て思う。もしかしたら自分はこれだけ長い付き合いの中で、ちゃんと芙羽ここねを知ろうとしていなかったんじゃないかって。

 

例えばあまねには受験の際にかなりの時間を共にすごし、今では軽口を叩きあえる悪友のような関係になった。

 

例えばらんはその性格故か甘えられることが増えたし、それをすんなり受け入れられるようになった。

 

例えばローズマリーとはデリシャストーンの使い方について教わることも多くて、師弟関係と呼べる間柄になった。

 

でも、ここねだけは何も変わらなかった。それは自分が変えようとも、もっと知ろうとも思っていなかったからなのでは無いだろうか。仲間で、今は同じ学校の先輩後輩だというのに、中々に冷たい対応だったんじゃなかろうか…

 

(このままで、いい訳ないもんな…)

 

だから彼女のわがままを聞くと決めた時、ここねをもっと知ろうと思った。大切な仲間で、大切な後輩なのだから。

 

(やっぱり…知ろうと思って良かった)

 

だってここねのこうして屈託なく笑う姿も、時折見せるからかうようないたずらっ子っぽい表情も、逆にからかった時に見せる拗ねたような表情も、知らないままだったかもしれないのだから。

 

やっとちゃんと、芙羽ここねと品田拓海は仲間になれたんじゃないか、とさえ思えた。

 

「ここね様。用意が出来ました」

「ありがとう、轟さん。拓海先輩、行きましょう」

 

すっと立ち上がりながらここねが拓海に手を伸ばす。あまりにさらっとやるものだから、手馴れてるのか?とちょっと思ってしまう。だがこれもまたここねの一面なのだと受け取り、拓海は苦笑しながらその手を取って立ち上がる。

 

「っし。行くか」

「はい」

 

さすがに手を繋いだまま歩くのもおかしかろう、そんな気持ちがあった拓海はここねの手を放す。そしてその左腕をそっと差し出した。

 

「ぁ…ふふっ」

 

キョトンとして拓海をここねが見ると視線を前にしたまま、ちょっと頬が赤らんでいた。その腕の意図を理解したここねは小さく笑うと、さっきまでの練習のようにするりと腕を絡める。

 

先ほどまでのレッスンの復習も兼ねて、2人はそのまま並びながら轟の開けている扉の方へと向かうのだった。

 

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