桃色の髪を花びらが舞う風に靡かせ、ティルフィングと名乗った少女は笑いかける
その微笑みはとても直前まで自分と同じ顔、姿をした存在と殺し合っていたとは思えない程に穏やかで、年相応の少女に見えた。
「私は、アナタを探し続けていきたんだと思います」
「探し続けていたって……どうして?」
呆然と聞き返され、ティルフィングは困ったように苦笑いを浮かべる。
「どうしてと言われても、一言では説明し辛いのですが……えっと……」
何から話そうかとティルフィングが考え込むと、別の声が二人の間に割って入った。
「は……? ちょっとどういうことよ!? 探し続けてきたって……」
ひゅんっと風を切って小さい何かが目の前を通り過ぎる。
少女の言葉を聞き取っていたのか、その小さな存在は矢継ぎ早にティルフィングに詰め寄る。
「まさか、“マスター”を見つけたってこと? 適合タイプは!?」
「鳥? いや妖精?」
小さな存在に首を傾げているとティルフィングは当たり前のように妖精に言葉を返す。
「もちろん一致してる……でも、それだけじゃないの」
「一致しているって……それが答えじゃない! あああ、なんてこと!?」
言い淀むティルフィングを置いてきぼりにして妖精は頭を歓声を上げる。
「アタシがチョコを買いに行っている間にいきなり走り出したと思ったら……
どんな劇的な展開があったのよ! ともかく……やったじゃん、ティルフィング!!」
「…………ありがとう、デュリン」
何かを言いたげにしながらも、自分のことのように喜ぶ小さな相棒にティルフィングは言いかけた言葉を呑み込んで笑みを返す。
「えっと……」
二人のやり取りに空気になってしまった少年は居心地が悪そうに声をもらした。
するとすぐにティルフィングは振り返る。
「紹介をしていませんでしたね。こちらは妖精のデュリンです」
「どうも、初めまして! アタシがティルフィングの相棒、妖精のデュリンよ!」
小さな体躯だが態度は大きい。
「よ、妖精……?」
「わからないことも多いでしょうけど、何かあったらアタシに……って、誰が妖精よっ!!」
ティルフィングと自分でそう名乗ったデュリンは突然爆発するように反論を叫ぶ。
「いや……自分でそう名乗ったじゃないか。それに……」
後ろ腰から四枚の、トンボや蝶を思わせる赤と青の羽を生やした手のひらサイズの小人。
どこからどう見ても妖精と呼ばれる存在なのではないかと考えてしまう。
じろじろと見ているとデュリンは不躾な視線に怒り出す。
「どこ見てんのよアンタ!! 失礼過ぎるわよ、このバカっ!!」
頬を膨らませてそっぽを向きデュリンは拗ねてしまう。
「デュリン! す、すみません、マスター!」
そんな彼女の態度にティルフィングは申し訳なさそうに恐縮して謝る。
「いや……妖精じゃないんだったら何なんだ? 鳥……それとも虫?」
「なんですって!?」
デュリンは眦を上げ、体当たりを――
「うわっ!?」
「デュリン待ってっ!」
全身を使って飛び蹴りをしてきたデュリンに少女は狼狽えるが、ティルフィングがそんなデュリンを空中で掴んで止める。
「落ち着いてデュリン」
「放しなさいティルフィングッ!」
ティルフィングの手の中でデュリンは叫ぶ。
その姿はまるで狂犬のような犬だが、それを口にすればまた怒り出すのだろうなと男は口を噤む
「えっと……あとで……チョコを上げるから」
「そんなもので誤魔化されたりしないわよ!
ああ、もう! 分かったから放しなさい!」
「マスターに攻撃しちゃダメですよ」
「………………分かってるわよ」
ティルフィングの言葉にデュリンはしばしの葛藤の末に渋々と頷いた。
ティルフィングの手から解放されたデュリンは男の鼻先まで飛び、指を突き付けて言う。
「今度、アタシを妖精扱いしたら! その鼻に、ナッツを突っ込んでやるんだから!!」
「ええ……」
それなら君はいったい何なんだと、男は聞こうと口を開き――
「で、アンタはどこの誰よ?」
その機先を制するようにデュリンが尋ねた。
「え……?」
「え……? じゃないわよ。名前よ名前、アンタの名前は?」
「俺の名前……」
デュリンの質問に男は考え込む。
「ちょっとどうしたのよ? 別におかしなこと聞いてないわよね?」
黙り込んでしまった男にデュリンは首を傾げて、ティルフィングと顔を見合わせる。
「そう言えば、私もまだマスターの名前は教えてもらっていませんでした」
ティルフィングも彼女と同じように首を傾げ、男の答えを待つ。
「ちょっとティルフィング……」
呑気なティルフィングの言葉に呆れたようにデュリンは肩を竦める。
「僕は…………誰だ……?」
「は……?」
「え……?」
「思い出せない……何も……」
「はぁ!? 分からないって何よ!? アンタの名前でしょうが!?」
「そうなんだけど……」
飛んで詰め寄ってくるデュリンに少年は背中を逸らして愛想笑いを浮かべる。
「全然思い出せないんだ。僕の名前も、ここが何処なのかも、どうしてこんなところにいるのかも?」
「それはもしかして記憶喪失というものでしょうか?」
「えっと……たぶん、そう……なのかな?」
ティルフィングの確認に少年はやはり自信なさげに頷く。
そんな少年の言葉をデュリンは怪しむ。
「ここは王国不干渉の外地、“異族”多発地域よ……そんなところでアンタは何をしてたのよ?」
「デュリン……?」
「見たところ剣一つも持ってないじゃない。それどころか荷物もない……
それにこの辺にはアタシ達が滞在している村しかないし、アンタのような人間は今日まで見た事もない」
「デュリン!?」
「アンタ、何者?」
先程までの激情家とは思えない程、理路整然と理屈を並べてデュリンは少年を怪しむ。
「デュリン、この人は私のマスターです」
「でも――」
「デュリン」
「…………はぁ……」
真摯なティルフィングの眼差しにデュリンは折れた様にため息を吐く。
「ごめんなさい、デュリン」
「良いわよ別に……」
「そうだ……」
不貞腐れるデュリンにティルフィングは何かを思い出したように腰に付けたポーチをあさり始める。
「はい、チョコレート」
「アンタねぇ……」
小さな包みに包まれたチョコレートを差し出され、デュリンは更に不機嫌に顔をしかめながら受け取る。
「こういうもので……」
そう言いながら包みを剥がし、デュリンは――人間にとっては小さなチョコ――妖精にとっては両手で抱える程の大きさのチョコレートにかぶりつく。
「……モグ……誤魔化そうったって……ムシャ……」
説教をしながらもデュリンはチョコレートを噛り付いては咀嚼し、しかめていた顔を甘く蕩けさせていく。
「何よ、これ!?」
そしてチョコレートの味に歓声を上げた。
「この舌を包み込む食感……始めてだわぁぁぁ!!」
「ええ……」
チョコレートを食べただけでテンションが振り切れたデュリンに少年は戸惑う。
そんな彼にティルフィングは優しく話しかける。
「マスター、記憶がなくて不安でしょうが、私も一緒です」
「君も?」
「自分が何者なのかを指し示すのは、身体に染み付いた戦闘術と魔剣ティルフィングから与えられた名前だけ」
「魔剣ティルフィング……それは君の名前だよね?」
「それは……」
少年の言葉にティルフィングは言い淀む。
「私は魔剣ティルフィングのキラーズを宿しているため、そう呼ばれているんです」
「キラーズ?」
また新しい言葉が出て来て少年は首を傾げる。
「良く分からないけど、それじゃあそのキラーズを宿す前の君の名前は?」
「……え……私の……名前……?」
ティルフィングは少年に問いかけられて目を丸くする。
そして少し考え込んでティルフィングは首を横に振った。
「分かりません。私には“ティルフィング”という名前しかありませんから……
そういう意味では私と貴方は似ていると思うんです」
“ティルフィング”しかない少女は自嘲するように苦笑する。
「記憶がないのは私も同じです。だから心配しないでください。私がついています」
少しでも不安を取り除こうと真摯に訴えるティルフィングに少年は自然と頷いていた。
「…………うん、ありがとうティルフィング」
自分が何者か分からない不安の全てが消えたわけではないが、ティルフィングの言葉は胸に響いて少年は頷く。
「そして、この喉ごし……初めてだわぁぁぁ!!」
そんなやり取りの横でチョコレートに夢中になっているデュリンは更なる歓声上げる。
そんな彼女を振り返りティルフィングは苦笑を浮かべた。
「ふふ……“デュリンが怒った時はチョコレート”……こんな風に一緒にこの世界の事を知っていきましょう」
「……そうだね。教えて欲しい。この世界の事を、そして君の事も……」
少年は荒れた花畑を見渡し、そして空の向こうに悠然と佇む巨大な大樹を見上げた。
「これからよろしくティルフィング」
「はい、よろしくお願いしますマスター」
ここまではほぼ同じですね。
次回からはオリジナル要素として近隣の村に移動して、原作ではティルフィングとデュリンだけで説明していた話を第三者の奏官を交えてお勉強させたいと考えています。
予定キル姫:アルテミス エクスカリバー