ファントムオブキルー天上の魔剣ー   作:アルカンシェル

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3話 最果ての村

 

 黒いショートヘアの髪に一房だけの金色の髪。

 胸元をはだけさせたスーツを纏った女性は近付いて来る人影に見覚えのある姿を見つけて、弓を下ろす。

 

「……戻りましたかティルフィング」

 

 村の門前に門番として佇んでいた女性がティルフィング達を迎える。

 

「はい、ただいま戻りましたアルテミス」

 

「突然飛び出して、何事かと思えば……ともかく無事で何よりです……ところでそちらの方は?」

 

 鋭い目でアルテミスはティルフィングとデュリンと一緒にいる少年を睨む。

 

「俺は……えっと……」

 

 アルテミスの眼力に怯んだ少年は思わず口ごもる。

 その姿が怪しいと感じたのか、アルテミスは背中の矢筒に手を伸ばし――

 

「待ってください、アルテミス! この人は私のマスターです!」

 

 慌ててティルフィングは二人の間に割り込んで弁明する。

 

「何ですって!? ついにマスターを見つけたのですか……でも……」

 

 アルテミスは矢から手を放しつつ、少年を頭の先からつま先までじっくりと観る。

 

「貴方は何者ですか? この村の者ではないようですが、どこから――」

 

「アルテミス。その辺の尋問はもうアタシがしたわ」

 

「む……」

 

 デュリンの言葉に機先を制されたアルテミスはむっと顔をしかめる。

 

「ならば貴女も分かっているのではありませんか?

 素性の知れないマスターであるならば、なおの事村に入れるわけにはいかないと」

 

「それはそうなんだけど……」

 

 口ごもるデュリンにアルテミスは強い口調で続ける。

 

「キラープリンセスは繋がったバイブス――マスターの思想に感化され、従属してしまう……

 それはティルフィングとて例外ではないでしょう」

 

「その事も含めてアナタのマスターのザイン奏官に相談したいのよ。だから村に入れてちょうだい」

 

「アルテミス、マスターは記憶喪失なんです! だから貴女が想像するような事は起こりません」

 

「記憶喪失……ならば最悪異族に寄生された可能性も――」

 

「お願いします」

 

「お、お願いします」

 

 アルテミスが更なる懸念を口にしている途中でティルフィングが頭を下げる、少年もそんな彼女の姿に倣って頭を下げる。

 

「ティルフィング……」

 

 真摯な彼女の姿にアルテミスは困り、デュリンを見るが彼女はそれ以上の言葉はないとばかりに肩を竦める。

 

「…………仕方がありませんね」

 

 長い熟考の末にアルテミスは折れた。

 

「ティルフィング、これまでの貴女の働きに免じて許可しましょう」

 

「アルテミス、ありがとうございます」

 

 顔を上げて笑顔を咲かせるティルフィングにアルテミスは笑みを返して、少年を睨む。

 

「ただしあくまでも特例です。寄り道せずマスターの下に行くこと、それから君――」

 

「は、はいっ!」

 

「貴方は……あら?」

 

 少年の顔を覗き込んだアルテミスは感じた既視感に眉を顰める。

 

「貴方は…………」

 

「えっと……」

 

「まあ、良いでしょう」

 

 感じた既視感を一先ず置いておいて、アルテミスは要件を告げる。

 

「ティルフィングは見ての通り純粋です……

 貴方のバイブスが適合したからと言って調子に乗らないように」

 

「え……ええっと……」

 

「純な清い心で接することが出来なければ――」

 

 アルテミスは素早く手を動かす。

 あまりに早く、自然な動作に誰もその動きを咎めることはできず、アルテミスは手に握った矢を少年の胸に突きつけて宣告する。

 

「私の矢があなたを即刻、射抜くと思ってください」

 

「…………」

 

「分かりましたか?」

 

「はっ、はいっ!」

 

 念を押すアルテミスの言葉に少年は慌てて頷くのだった。

 

 

 

 

「へえ……」

 

 少年は村に入ると興味深そうにキョロキョロと周囲を見回す。

 

「ちょっとあまりフラフラしないの!」

 

 放っておけば興味心が赴くままに右に左へと、何処かへ行こうとする少年をデュリンが窘める。

 

「ご、ごめん……」

 

 謝るものの少年の目は村の中のものに引きつけられていく。

 

「こんな辺境が珍しいって、アンタ良いとこのお坊ちゃんなのかしら?」

 

「さあ、どうなんだろう?」

 

 デュリンの言葉に少年は生返事をする。

 

「ねえデュリン、あれは何?」

 

「アンタねえ……」

 

 全く懲りた様子もなく質問して来る少年に呆れる。

 しかし少年は好奇心が赴くままに歩き出そうとして、ふと先程から黙り込んでしまったティルフィングを振り返った。

 

「どうしたのティルフィング?」

 

「あ……マスター……」

 

 呼び掛けられて顔を上げたティルフィングは何かを言いかけて一度俯き、顔を上げて口を開く。

 

「マスター、申し訳ありませんでした」

 

 突然のティルフィングの謝罪に少年は目を丸くする。

 

「どうしてティルフィングが謝るの?」

 

「いきなりどうしたのよ?」

 

「先程のアルテミスの事です。マスターに対して失礼を許してしまいました」

 

 ティルフィングの謝罪の理由に少年は困惑してデュリンに尋ねる。

 

「えっと、そんなにおかしなことだったの?」

 

「そんなわけないわよ……

 ティルフィング、アルテミスは村の門番として当然の警戒をしただけよ。別にアンタが気にする事なんて一つもないのよ」

 

「でも――」

 

「そもそも記憶喪失で怪しいコイツが悪いのよ」

 

 そう言ってデュリンは少年の頭の上に着地して、小さな手でそこを叩く。

 

「うん、アルテミスは悪くないと思うし、もちろんティルフィングが悪いわけじゃないと思うよ」

 

「でも、私はマスターの“剣”なのに……」

 

 真面目過ぎるのか、それとも焦っているのか。

 ティルフィングは不安げに瞳を揺らす。

 その様子にデュリンは溜息を吐く。

 

「今は何を言ってもダメね……とりあえずザイン奏官に早く会いましょう」

 

「そのザイン奏官って誰?」

 

 デュリンが話しを切り替え、少年は先程アルテミスとのやり取りで出て来た名前を聞き返す。

 

「このラグナ大陸の最東端の村を担当している奏官よ」

 

「奏官……?」

 

「そっ……野良のキラープリンセスだったティルフィングを受け入れて村に住むことを許可してくれた恩人なんだから、それこそ失礼をするんじゃないわよ」

 

「うん……だけどそもそも何だけど……」

 

「何よ?」

 

「奏官とかキラープリンセスって何?」

 

「はあっ!?」

 

 少年の問いにデュリンは驚愕の声を上げる。

 

「そんなの常識でしょ!? 記憶喪失だからってまさかそんなことも忘れてるわけ!」

 

「ご、ごめん!」

 

 耳元で騒ぎ立てるデュリンに少年は首を竦める。

 

「デュリン、落ち着いて。マスターも悪気があるわけじゃないんですから」

 

「悪気のあるなしの問題じゃないわよ……本当にアンタ何者なの?」

 

 ティルフィングのフォローにデュリンはため息を吐く。

 

「まあ、良いわ。ザイン奏官に紹介するついでにアンタには一から教えて上げるわ」

 

 そう言うデュリンに先導されて辿り着いたのは村の中でも一際大きな建物だった。

 

「ここは?」

 

 扉の上に剣のレリーフが掲げられた見上げて少年は尋ねる。

 

「この村のラグナロク教会の支部です。ここでマスターはマスターとしての洗礼を受けるんです」

 

 少し興奮した様子でティルフィングが少年の疑問に答える。

 しかし、すぐにデュリンが訂正を入れる。

 

「違うわよティルフィング。ここでマスターの洗礼式はできないわよ」

 

「そうなんですか?」

 

 意外そうに目を丸くして聞き返すティルフィングにデュリンは頷く。

 

「……そっか……よく考えたらアンタも、今一つ流れを呑み込めてないのよね?」

 

 ティルフィングの勘違いに少年に劣らない無知さをデュリンは唸る。

 

「マスターの洗礼はユグドラシルの麓にあるラグナ大聖堂でしか行われていないの」

 

「ユグドラシル?」

 

「あれよあれ」

 

 デュリンは踵を返して、遥か遠くの空を指差す。

 そこには雲に隠れる程の巨大な大樹がそびえ立っていた。

 

「このラグナ大陸の中心にそびえ立つ、でっかーい世界樹。そこがアタシ達の目指すべき場所なの」

 

「それじゃあなんでこの教会に?」

 

「ここや、他の村や町の教会では新しく見つかったマスターには仮の洗礼を与えているのよ……

 まだ正式な“キラープリンセス”の指揮権を認めないけど、教会が認知しているマスター、言わば仮の洗礼を受ける事が出来るの」

 

「へえ……」

 

「なるほど……」

 

 デュリンの説明に少年とティルフィングは感心するように頷く。

 

「これ以上の説明はザイン奏官と一緒にするわ。ささ、早く入りなさい」

 

 デュリンに急かされて少年は大きな扉を開けて、教会の中に入る。

 

「おや……どうしたティルフィング、デュリン?」

 

 聖堂のような広間の奥、祭壇で読み物をしていた初老の男性は顔を上げてティルフィング達を迎える。

 

「お久しぶりですザイン奏官」

 

「ああ、先月の会合以来だな。アルテミス達からよく働いてくれていると聞いているよ」

 

「いえ、私の方こそアルテミス達にはいつもお世話になっています」

 

 恐縮するティルフィングに初老の男性は苦笑をして、少年に目を向ける。

 

「それでそちらの少年は?」

 

「は、初めまして」

 

 年老いた男に歴戦の戦士のような貫禄を感じ、少年は及び腰になりながら頭を下げる。

 

「ふむ……」

 

 そんな初々しい反応に初老の男性は苦笑をする。

 

「どうやらようやく君のマスターが見つかったようだな」

 

「えっ!? どうして……」

 

 まだ何の説明もしていないのに察した男性にティルフィングは驚く。

 

「詳しい話は奥で聞こう。エクスカリバー」

 

「はい、マスター」

 

 男性の言葉に傍にいた女性が応える。

 白い装束に金髪の長い髪。

 気品を携えた女性は立ち上がる男性を支えるように傍に寄り添う。

 男性は立ち上がり、少年に微笑みを向ける。

 

「初めましてティルフィングのマスター……

 私はこの村のラグナロク教会の祀官にして奏官のザインという者だ。こちらは私のキラープリンセスの一人、エクスカリバーだ」

 

 

 

 

 

 

「ザイン奏官は彼の事に心当たりはないの?」

 

 応接間に通されて、一通りの説明をしてデュリンが尋ねる。

 当事者であるはずの少年もティルフィングも最初こそたどたどしく自分で説明しようとしていたが、弁舌が良いデュリンが自然とその場を仕切るようになっていた。

 

「そうだな……確かに私は近隣の村の伝手もあるが、君のような少年に心当たりはないな」

 

 ザインは少年の顔を改めて観察して、この周辺の人間ではないと答えた。

 

「そうですか……」

 

 少しの落胆を感じるが少年はそうだろうと納得もできた。

 

「…………あのザイン奏官。私はこの村を出ようと考えています」

 

 それまで黙っていたティルフィングは意を決して意見を述べる。

 

「ああ、マスターの洗礼のために総本山に向かうのか?」

 

「はい、この村やザイン奏官には受けた恩をまだまだ返せていませんが、私は一人前の“キラープリンセス”としてマスターと共に戦いたいと思っています」

 

 逸る気持ちをそのまま言葉にするティルフィングにザインは腕を組み、口を開く。

 

「君がそれを望むなら、私は彼に仮の洗礼を授けることも、王都までの入域許可証を出す事にも異論はない」

 

「っ――ありがとうございます!」

 

「しかし、今の君たちを私はマスターとキラープリンセスと認めることはできない」

 

「え……?」

 

 一転して前言を翻したザインの言葉にティルフィングは困惑する。

 

「ちょっとどういう事よ! キラープリンセスと適合したバイブスの持ち主はマスターになるっていうのは人間側のキル・オーダーのはずよ」

 

 すぐさまティルフィングに代わってデュリンが反論する。

 その言葉にザインは頷き、応じる。

 

「ああ、確かにその通りだ……

 しかし君たちは記憶を失い身寄りもなく、右も左も分からない少年をマスターにする事の意味を正しく理解しているかね?」

 

「あ……」

 

「そ、それは……」

 

 ザインの指摘にティルフィング達は怯む。

 

「君にとって長年追い求めていたマスターだ……

 これまでの渇望も、今のマスターを見つけた充足感も、未来を思い焦る気持ちは分かる……

 だが、一度落ち着いて考えて欲しい」

 

 ザインは優しく諭すように、それでいて厳しい言葉をティルフィングにぶつける。

 

「…………私は……」

 

 マスターを見つけ、その繋がりを自覚して浮かれていたティルフィングはザインの言葉に現実を思い出して俯く。

 

「ティルフィング……」

 

 デュリンはザインの言いたい事を理解して、俯くティルフィングに何と声を掛けて良いか迷う。

 ザインはそんな彼女たちを見守る様に慈愛の眼差しを向けて、少年と改めて向き直る。

 

「そして君にも選んで欲しい。ティルフィングのマスターになる事の意味を」

 

「マスターになる意味……?」

 

 ザインの言葉の意味が分からず少年は首を傾げる。

 その姿にザインは本当に何も知らないのだと苦笑する。

 普通の若者であれば、奏官になるのは一種の憧れだ。

 “キラープリンセス”を従え、人々を守る守護者。

 この辺境の村ならば、中央の都会への憧れもある。

 それらを感じさせない少年はその年まで奏官であり続けたザインにとっても珍しく感じる程に純粋だった。

 

「ああ、機会があれば――」

 

 そうザインが言いかけたところで、遠くから鐘がけたたましく鳴る音が教会に――村中に響き渡った。

 

「何、この音は?」

 

 戸惑う少年に対して、それ以外の者達の反応は早かった。

 

「異族ですマスター」

 

 先程の戸惑いから一転、ティルフィングは戦士の顔となり告げる。

 

「そのようだ。エクスカリバー、今日は私も前線に立とう」

 

「マスター……分かりました」

 

 席を立つザインにエクスカリバーは異を唱える事をせずに付き従う。

 

「我が名、エクスカリバーに掛けて、御身に異族を近付けさせない事をここに誓いましょう」

 

 膝を着いて頭を垂れる。

 それはまるで騎士の宣誓のようなやり取り。

 未だにマスターとキラープリンセスとの関係を別っていない少年にとっては物珍しさしか感じないものだが、そこに二人の信頼関係を感じた。

 

「…………」

 

「ティルフィング?」

 

「何でもありません。行きましょうマスター」

 

 由緒正しき清廉な騎士の王の聖剣。

 その名に恥じぬ高貴な振る舞い。

 

 ――なら私は……?

 

 過った思考にティルフィングはザインとエクスカリバーのやり取りから目を逸らした。

 万物切り裂く錆びずの魔剣。

 血塗られな呪いの魔剣の名を恥じた事などティルフィングはないのだが、その光景はあまりにも眩しかった。

 

 

 

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