ファントムオブキルー天上の魔剣ー   作:アルカンシェル

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5話 旅一日目

 

 

 世界が軋むような爆音が鳴り響き、人々が逃げ惑う。

 

「ここは……どこだ?」

 

 少年は気付けば見知らぬ場所にいた。

 赤黒い雲に覆われた空の下。

 見た事もない巨大な石とガラスの建物が空に伸びた廃墟。

 そして人々が逃げた場所で暴れ回っているのは異族ではない魔物。

 巨大な犬や鳥、果てにはドラゴンと言った存在が逃げ遅れた人達を玩ぶように蹂躙していく。

 

「はあああああああっ!」

 

 少女の声が響き渡り、剣の一閃が今にも人を食い殺そうしていた魔物が斬り捨てられる。

 

「ティルフィング!?」

 

 戦っている声の主に少年はその名を叫ぶ。

 しかしティルフィングは少年の呼び掛けを無視し、竦み者、蹲る者達に檄を飛ばす。

 

「何しているの! 早く行ってっ!」

 

 ティルフィングの呼び掛けに、ようやく人々は顔を上げて直前の脅威が排除されたことを知り安堵する。

 しかし、襲って来る魔物はそれだけではなかった。

 

「急いで! ここは私に任せて逃げて!」

 

 ティルフィングの声は固く。

 相対する魔物は一体どれだけいるか分からない程に多い。

 

「ティルフィング、無茶だ!」

 

 あまりにも敵の数が多過ぎる。

 そして守るべき人達も多過ぎる。

 

「もうダメだ……」

 

 誰かが絶望に嘆き足を止める。

 

「諦めないで!」

 

 剣を振りながら、ティルフィングはこの絶望的な状況であっても必死に人々を勇気づける。

 

「例えどんなに絶望的な状況でもきっとまだ希望はある!」

 

 叫び、ティルフィングは剣を振る。

 大きな道にティルフィングは壁となって魔物たちの進行を押し留める。

 

「くそ……」

 

「死にたくない死にたくない……」

 

「魔物なんかに喰われてたまるか!」

 

 ティルフィングの戦いに足を止めそうになっていた者達はもう一度走り始める。

 

「そう! 早くユグドラシルへ! そこならきっと――」

 

「グオオオオオオオオオッ!」

 

 ティルフィングの言葉を掻き消す咆哮が鳴り響き、山のような巨人がティルフィングに襲い掛かる。

 

「くっ――」

 

 振り下ろされた剣はそれだけでティルフィングの身長を優に超えている。

 そんな大剣をティルフィングは苦悶に顔を歪めながら剣で受け止めた。

 

「――――あああああああっ!」

 

 ティルフィングは全身からマナを迸らせ、押し潰さんとする大剣を押し返し、光を纏う一閃が大剣ごと魔物を斜めに切り裂いた。

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 度重なる連戦と今の渾身の一撃にティルフィングはその場に膝を着いて息を整える。

 

「――っティルフィング! 後ろっ!」

 

「マズい……!! 後ろだ!!」

 

 誰かの声が少年のそれと重なる。

 

「え……?」

 

 ティルフィングが声に反応して顔を上げるが遅かった。

 背後から迫った魔物の剣が一騎当千の戦いをしていたティルフィングの背を切り裂いた。

 

「くっ…………はああああ!」

 

 倒れていくティルフィングは最後の力を振り絞って剣を横薙ぎに振り抜き、返す刃を振ろうとした魔物を両断して倒れた。

 

「ティルフィング!」

 

 駆け寄ろうとしても体は動かない。

 しかし倒れたティルフィングに駆け寄り傷付いた彼女を抱き起す者がいた。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

 銀髪に赤い目の青年は叫ぶ。

 

「喋るな……ヴァリン! 手当てを!」

 

「分かったわ。ゼロあんたは周囲の魔物をお願い!」

 

「ああっ!」

 

 ゼロと呼ばれた青年は白衣の女を呼び、ティルフィングを任せと剣を抜き、魔物の群れへと突撃する。

 

「っ……ひどい傷。でも必ず助けるから」

 

 そう言いながら、ティルフィングの手当てを始める女に見覚えがあった。

 

「デュリン……?」

 

 小さな妖精のような存在に似ているが、ヴァリンと呼ばれた女は普通の人間と同じサイズ。

 何がなんなのか分からない。

 自分の声は誰にも届かず、何もできないもどかしさに苛立ちを覚える。

 

「う……あ……」

 

「ちょっとティルフィング! 動いちゃダメよ!」

 

 倒れはずのティルフィングは力なく呻きながら、剣を杖にして立ち上がろうとする。

 

「か、変えるのよ……この呪われた世界を……」

 

「ティルフィング! 今はゼロに任せて貴女は休んで!」

 

 ヴァリンは立ち上がろうとするティルフィングを必死に抑え込む。

 

「生きて……私たちの手で……運命を……変える……の……」

 

 立ち上がる事は叶わず、ティルフィングがヴァリンの腕の中に倒れ込む。

 

「私は……」

 

 ティルフィングは虚空に向けて手を伸ばす。

 釣られて見上げた先には世界を見下ろす巨大な大樹ユグドラシルと赤黒い空が広がっていた。

 

「………………………」

 

 景色が途切れ、完全な闇に覆い尽くされる。

 

「…………イ…………」

 

 今見たものはなんだったのだろうか。

 記憶を失う前の記憶か、それとも……

 考えても正解を教えてくれる誰かはいない。

 

「レイッ!」

 

 その呼び声に少年――レイという名前を貰った少年ははっと顔を上げた。

 

「ちょっとぼうっとしてんじゃないわよ!」

 

 顔の鼻先で浮かんでいる妖精がプンプンと怒った顔をしていた。

 

「…………デュリン……?」

 

「何よ? 変な顔をして……また例の夢を見たの?」

 

「…………それは……うん……」

 

 デュリンを押し退けるように体を起こしてレイは周囲を見渡した。

 

「ああ、そうだ森の中だったんだ」

 

 そこに見上げる石の建物もなければ赤黒い空もない。

 村を出発して半日。

 馬車のために整地された道を延々と歩いているのだが、目的の街の影さえも確認できない事実は変わらない。

 

「何言ってるのよ! 誰のせいでこんなに遅くなっていると思ってるの!」

 

「ご、ごめんって」

 

 デュリンの怒りにレイは首を竦める。

 村から村への移動は普通の人ならば馬を使う。

 だがキラープリンセスならば馬車よりも早く走ることができる。

 ティルフィングだけならば、それこそこんな何もない場所で休憩など取る必要もないのだ。

 

「目が覚めましたかマスター」

 

「ティルフィング」

 

「水を汲んで来ました、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 同じ距離を歩いているはずなのに疲れ切っている自分と水を汲みに行った余裕のあるティルフィングとの違いに思わずため息を吐いてしまう。

 

「ごめん、僕は足手纏いだよね」

 

「マスター、足手纏いだなんてそんなことありません」

 

「戦いでは役立たずだからせめて荷物持ちくらいはしようと思ったんだけど……」

 

「その心遣いだけでも嬉しいです。マスター」

 

 落ち込むレイにティルフィングは微笑む。

 

「でもどうするの、このままじゃ野宿する羽目になるわよ」

 

「そうですね……」

 

 デュリンの言葉にティルフィングは考え込む。

 

「いっそのこと、私がマスターを背負って走りましょうか?」

 

「ティルフィング!?」

 

 まさかの提案にレイは驚く。

 

「甘やかさないの! 今後奏官をするなら、こう言う事は何度だってあるんだからちゃんと自分の足で歩けるようになってもらわないと困るのよ!」

 

 しかしデュリンがその提案を却下する。

 

「せめて荷物は半分にしましょう……

 いくら戦うのがキラープリンセスの役目だからと言っても、マスターに全ての荷物を押し付けるのは心苦しいですから」

 

「はい……意地を張らずにお願いするよ」

 

 レイは失敗を素直に認めてティルフィングの意見に頷いた。

 

「となると野営ね。ティルフィング水を汲む時に良い場所はなかった?」

 

「そうですね……水場の近くにちょうど良さそうな木がありました」

 

「決まりね。案内して」

 

 

 

 

 

 日が沈み、夜の暗闇の中、焚火を囲んでレイとティルフィングはデュリンの講義に耳を傾けていた。

 

「いや、だからさ……キラープリンセスには、同じ姿かたち・能力を持った存在――イミテーションが無数にいるの……

 どうして、そんな簡単なことが理解できないのよ!?」

 

「ご、ごめん……」

 

 何故そんな存在がいるのか、どれくらい存在しているのか、イミテーションの意識はティルフィングとどう違いのか。

 矢継ぎ早の質問を重ねてデュリンが困らせてしまったレイは謝って質問をやめる。

 

「キラープリンセスは“他の自分”と出会うたびに、闘い統合していくことが宿命づけられています」

 

 デュリンのそれまでの説明を要約するようにティルフィングが語る。

 

「最後の一人となる、その時まで。それが“淘汰”……私達が為すべき、聖なる儀式です」

 

「うん、それは分かったんだけど……

 この世界にはたくさんのティルフィングがいるって言う事なんだよね?」

 

 最初の花畑で会ったティルフィングがイミテーションであり、その時の戦いが“淘汰”だった。

 

「ティルフィングにとってはあの時のティルフィングが“イミテーション”で、でもあの子にとっては君が“イミテーション”で……むぅ」

 

「どちらも偽物であり本物だと言われていますね」

 

「そのイミテーションは何人いるの?」

 

「分かりません。噂ではラグナロク教会の総本山はそれぞれのイミテーションの数や拠点先を把握していると聞いたことがあります……ですが……」

 

「ですが?」

 

 言い淀むティルフィングの言葉をレイは繰り返す。

 

「人間の歴史においてオリジナルに至ったキラープリンセスの話は聞いた事がありません」

 

「一人もいない……」

 

 ティルフィングの語る言葉に彼女たちの過酷さを垣間見た気になる。

 

「これは聞いて良いのかな?」

 

「何ですかマスター?」

 

「ティルフィングはこれまでどれくらい“淘汰”をしたの?」

 

 その問いにティルフィングは苦笑する。

 

「それほど多くはありません。先日の“淘汰”を合わせても両手の指で足りる程度です」

 

「そう……」

 

 何と声を掛けるべきか、レイが悩んでいるとティルフィングはおもむろに立ち上がった。

 

「ティルフィング?」

 

 レイの呼び掛けに応えず、ティルフィングは戦士の眼差しで夜闇を睨む。

 

「…………イミテーションや淘汰のことをこの身を持ってお見せできるかもしれません」

 

「それって……」

 

「まさか近くにイミテーションがいるの!?」

 

 レイが驚くより先にデュリンが声を上げる。

 それにティルフィングは頷いて続ける。

 

「感じるの、同じ波動……私のイミテーションの存在を……」

 

「まさかこの数日で二人の“イミテーション”と遭遇するなんて、前代未聞だけど、幸先が良いわね!」

 

「こんな夜に……朝を待ってから始めるのはダメなの?」

 

 不安からレイはそんな提案をする。

 

「暗闇の中で戦わなければいけないのは向こうも同じです」

 

「何言ってるのようちのティルフィングが負けるはずないわよ! ね!」

 

「やってみないと分からないわ……“淘汰”は何人たりとも介入不能……

 それが教会が定めた“キル・オーダー”であり絶対原則です」

 

「ティルフィング……」

 

 既に思考は戦士のそれへと切り替わっているティルフィングは躊躇うことなく剣を抜いていた。

 

「よく見ておきなさい!

 キラープリンセスの神聖なる殺し合い……“淘汰”を」

 

 デュリンは歩き出したティルフィングを追い駆けろをレイの肩に乗って促した。

 

 

 

 

 もしかすれば、ティルフィング以上に緊張して“淘汰”を見守っていたレイだったが、その気持ちに反して“淘汰”はあっさりと決着した。

 初めて出会った時と同じ光景が繰り返される。

 斬り倒されたティルフィングの輪郭が光の粒子となって崩れ、もう一方のティルフィングへと吸収される。

 

「本当に運が良かったわね」

 

 デュリンが今の“淘汰”をそう評価した。

 

「うん……ティルフィングに怪我がなくて良かった……けど……」

 

 言葉を交わし、バイブスとキラーズの繋がりがない別人の“ティルフィング”だったが、彼女が斬り殺される姿はあまり気持ち良いものではなかった。

 

「お待たせしました」

 

「ティルフィング……アナタはアタシ達の知っているティルフィング……よね?」

 

「何言ってるのデュリン……見て分からないの?」

 

「“イミテーション”なんだから見て分かるわけないでしょ!」

 

 語気は強いがティルフィングの無事をデュリンは喜ぶ。

 

「ふふ……心配してくれてありがとう、デュリン」

 

「ティルフィング……」

 

「マスター」

 

「お疲れ様」

 

 気の利いた事を言わなければと考えたが、出て来たのは短い労いの言葉だった。

 

「ありがとうございます。マスター」

 

 しかしそれでもティルフィングは嬉しそうに笑う。

 

「それにしても何だったのかしらね。今回の“イミテーション”は?」

 

 そうデュリンは“イミテーション”が唯一残した剣に止まり考え込む。

 

「ええ……どうやら手負いだったようです。そのおかげで“淘汰”が簡単ではありましたが」

 

「そう言う時でも“淘汰”は優先されるんだな」

 

 現れた“ティルフィング”は既に満身創痍だった。

 その姿に夢で見た姿を重ねてレイは息を呑んだが、そんな事関係ないと言わんばかりに二人のティルフィングの殺し合いは始まった。

 万全の状態であり、マスターがいるこちらのティルフィングに対して、相手の“ティルフィング”は戦いの直後だったのか全身を血に染めた満身創痍の状態だった。

 

「何にしても無事に“淘汰”が済んで良かったわね。いつもこのくらい楽なら良いんだけど」

 

「デュリン、それは――伏せてマスター!」

 

 おどけた顔を一変させティルフィングは鋭く叫ぶ。

 直後、白い影が夜闇に残光の軌跡を描き――ティルフィングに襲い掛かった。

 

「くっ……」

 

「はぁ……今ので死んでよ」

 

 襲来者の一撃を咄嗟に剣で受け止めたティルフィングはその剣腕に歯を食いしばる。

 

「ああ、もう面倒くさい」

 

 鍔迫り合いを弾き、襲来者は赤黒い剣を叩きつけるようにティルフィングにぶつける。

 

「貴女は――」

 

 それは銀髪の少女だった。

 地面に着きそうなほどに長く美しい髪。

 黒のホットパンツに白地の長袖。彼女の服は何故か両脇と背中が開いている。対して口元は襟で隠れている。

 そして銀と白に映える赤い目。

 

「ゼロ……?」

 

 全く違う容姿、性別だというのにレイは夢で見た青年を襲来者に重ねてしまった。

 

「ん……?」

 

 声に反応して銀髪の少女がレイを見た。

 

「…………」

 

 そして無言で鍔迫り合いをするティルフィングに視線を戻す。

 

「もしかしてあれが貴女のマスター?」

 

「……はい……そうです。彼が私のマスターです」

 

 そう答えるティルフィングに銀髪の少女は気まずげに瞳を揺らす。

 

「もしかしてだけど……“暴走”した“ティルフィング”がこっちに来なかった?」

 

「はい……“淘汰”を行いました。彼女の傷は貴女と戦っていたからなんですね?」

 

「…………まあ暴走していたから“キル・オーダー”に従って処理しようとしたんだけど……その……」

 

 いよいよ気まずくなって銀髪の少女は剣を離してティルフィングから距離を取る。

 

「はあ……最悪、こんなミスするなんて……悪かったわねティルフィング」

 

「いえ、誤解が解けたなら良かったです。レーヴァテイン」

 

 剣を納める二人にレイはほっと胸を撫で下ろして駆け寄る。

 

「ティルフィング!」

 

「マスター、紹介します彼女は――」

 

「ティルフィング、ごめん」

 

「え……?」

 

「……私……もう……限界……」

 

 途切れ途切れの言葉を紡ぎ、糸が切れた様に銀髪の少女はその場に崩れ落ちた。

 

「レーヴァテイン!?」

 

「ちょっとアンタひどい怪我をしてるじゃない!」

 

 驚くティルフィングの声にデュリンの声が重なる。

 よく見れば彼女の白い服は赤い血で染まっており、相応の傷を負っていたことが分かる。

 

「とにかくさっきの野営の場所まで運ぼう!」

 

「はい! マスターッ!」

 

 レイの指示にティルフィングは頷き、倒れたレーヴァテインを抱え上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 






マスターの名前は「レイ」にさせて頂きました。


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