「はぁ、取れた」
とりあえず大事を取って病院に向かった二人。そこは明久たちも来た病院だった。
医者がフォークとシャーペンを抜くとたちまち手に空いた穴は塞がった。
「全く、今日は厄日なのかね。先ほどは腕が折れかけた少年が来たよ」
「腕って……その子大丈夫だったの?」
気になった凪が医者に聞く。
「まあね。同じ圧力を何回か食らっていたら折れていたよ」
「うわぁ、世の中も世知辛くなったものですね」
凶器を投げる少女然り、その少年然り、けがをさせたり、けがをしたりする人間が増えているようだ。
「あのさ、そいつって茶髪になんかネジが外れた雰囲気の奴じゃないか?」
「ああ、よくわかったね」
「「………」」
その単語で凪と西崎の脳裏に同級生の絵馬鹿の姿が浮かんだ。そして、誰が危害を加えたのかにも気が付いたようだ。
「吉井君、同情するよ」
「つまり、あの狂暴ポニテがってことですかね」
明久に暴行=島田と言う方程式が出来上がっているようだ。ちなみに、校舎内進入禁止になった島田は明久が新校舎や旧校舎に顔を出すと決まって追いかけるようになっていた。今では『彼女にしたくない女子ランキング』二位にランクアップしていた。ちなみに一位はツインドリルだ。
「暦、よくわかったな」
「まあ、何となくかな」
☆
夕食後、アトリエ。
うっかり絵を隠すのを忘れた僕はついにメアリーに絵を見つけられてしまった。
「あ、あの……メアリー…さん?」
「あ、明久。これ」
絵を見つめながらメアリーが言った言葉に急に頭がぐるぐるとなる。
「え、えっとね。あの、その、う……」
「綺麗な薔薇、でも何かが足りない」
痛い所を突かれた。
「……わ、わかっているよ。それくらい。でも!」
「明久は怖いんだね。お父さんが最後には魂を込めて作品を描いたのを後悔したように」
「う……」
まただよ。何でメアリーはこういう時は鋭いんだろう。
「うん、怖いのは知っている。明久があたしに魂をくれたとき……何となくわかってたから。でもね、作品がかわいそう。明久の絵の世界は明久にしか描けないのに、その世界が始まる前に終わるなんてかわいそうだよ。だからね……」
メアリーが僕の両手を包み込むようにして胸の前あたりまで持ち上げた。そして、僕の目を覗き込んで言う。
「あたしからのお願い。始まるはずだった命を始まる前に終わらせないで、あなたの描く絵は絶対に暖かいんだから。あなたの描く世界は暖かくて優しいはずだから……ね?」
メアリーが笑った。ただ、それだけだったのに
「う、うぁ。うわぁぁぁぁ」
「いいよ。怖くていいんだよ。辛かったらあたしだって、イヴだって、ギャリーだって……仲間が居るんだから。一緒に乗り越えていこう。一人で抱え込まなくていいんだよ」
その日僕は美術館…いや、物心ついて以来、久々…いや、はじめて本当に泣いた。
★
「わぅー(ねちゃったねー)」
「そうだね。あの後、凄く泣いたもの」
明久をメアリーは膝枕をしていた。
「わん(そうだね)」
「ふふっ、こうしてみるとあの時を思い出すなぁ」
ソファーで眠っていた少年を思い出す。何も警戒していない、安らかな寝顔だったと思う。
「わん、わーぅ?(めありー、かわらなくて大丈夫?)」
「大丈夫、なんか楽しいもの」
メアリーの嬉しそうな声に何か気が付いたのかメアリーの横(明久とは反対側)に座っていたアマテラスがふぁさりと尻尾を振ってメアリーを見つめた。
「わん、わぅ?(めありー、あきひさのこと好き?)」
「……好きだよ。恋愛感情って今でもわからないけど明久とはずっと一緒に居たいな。ただ、それだけだよ」
その声は優しいものだった。
「わんわん!(わたしはめありーも好きだよ!)」
「ありがとう。アマテラス、ちょっと元気出た。あたしも一緒に居られるように頑張らないと」
「(……声、結構大きいよ。……でも)」
目を覚ましてはいたけど覚めていないふりをしていた明久が内心で考える。メアリーの言葉を反芻する。
「(…僕も一緒にいられたらいいなって思ってるよ。メアリー)」
ただ、一緒に。それだけでも守りたいと思った明久だった。
あの家庭内環境だと、姉がいないときはともかくとして、いるときには無理にでも笑顔で居ようとしたんじゃないのかなって思います。
怪我しようが基本的に明久は笑ってますし。
そしてアマ公が完璧に懐の深い理想のお姉さんになっていました。明久の相棒って感じにする予定だったんだけどなぁ。