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むかしむかし、あるところに一人の美しい少女がいました。
親のいない少女は親切な老夫婦に拾われ、大切に育てられていました。
その少女は人とは思えないほどの力を持っていました。空を飛び、手の一振りで地を削り、念ずれば島をも作り出し、涙の一粒は川となる。そんな神仏のような力を人々は欲しがりました。
少女は名を、かぐやと言ったそうです。
◇
俺が生まれるずっと前にアポロ11号は月面に降り立って人類は偉大なる一歩を踏み出したという。
少なくとも俺自身は映像で見て、文字で見て、謳われるのを聞いて、それが真実であると信じているし疑ってもいない。というか、月とか俺みたいなパンピーが生きているうちに行ける場所では無いだろうから真実がどうだっていいだろ、ってのがホンネ。
だけど本気で月に、それも個人で行ってやろうっていうイカレは広い世界の中に何人もいるわけで、
「旭ぃ! 完成したぞ!! 乙式二十八号じゃ!!今回は自信作だぞ!!」
その一人が我が祖父、青星一郎である。その祖父は何やら手に見慣れないリングのようなものを持ってこちらへと向かってくる。あれが恐らく今言っていた乙式なんちゃら号なのだろう。
「で、今回はどんなモノを作ったのさ爺ちゃん」
「聞いて驚け! 今回の発明は儂の力の出力を爆増させる!! ほれ、少し見ておれ」
あぁ、それともう一つ言っておかなきゃいけないことがあるんだった。
「いち、にの、さん!」
音とともに祖父の姿が目の前から消え、代わりに背後に気配が発生する。
「成功じゃ!成功じゃ!人体のテレポート成功じゃあ!!!」
青星家の人間は代々超能力を使うことができる。曽祖父はテレパシー、祖父はテレポート、俺が幼い頃に死んだ父は水を操れたそうだ。無論、俺たちがこんなビックリ人間であることは近所の皆々様には秘密である。
「ワシの転移に距離制限は無いからのう、これでいつでも月に行けるぞ!」
「爺ちゃん、月に行けたとしてもすぐ死んじゃうだけじゃないの? 月で白骨死体が見つかったとかニュースで見るのやだよ俺」
「うむ……。そうなんじゃ。ワシ一人の力じゃあなぁ宇宙服とか売ってればいいんじゃけどな」
「確か十億くらいらしいよ、宇宙服」
「無理じゃ無理! 全く世の中は世事辛いのう。はぁ……、旭の超能力が早く目覚めれば何とかなるかもしれんのに」
「ははは……」
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かぐやの力を求めた人間は数多いました。
彼らは富、地位、珍品、武勇、美貌、歌など、様々なものでかぐやの力を我が物としようとしましたが、彼らの提示したもののそのどれもかぐやの心を動かすことはありませんでした。
そうして彼らの要求を断り続け、何度か四季が回った後にかぐやは一人の男と出会いました。
男は受領の家の三男坊、貴族というくくりの中では特に秀でた部分のない人物でした。
かぐやが彼のどこを気に入ったのかは今となってはわかりません。ただ、彼らは夫婦となり子を成しました。
◇
青星家の超能力は願いだとか思いだとかに応じたものとなる。
曽祖父のテレパシーは『離れたところにいる家族と話したい』という願いから発露したものだそうだし、父は火事から人を守りたいという思いから水を操れるようになったと言う。爺ちゃんは由来について聞いても教えてくれなかった。
そんな超能力だが、俺はまだそれが発現していない……、ということになっている。
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ある日のこと、奇妙な姿をした者が男とかぐやを訪ねます。
その者は言いました、かぐやは月の人間であり罪人である。故に彼女は月へと帰り、何千年分もの罪を償わねばならないと。
月の者が地球に降り立ち、その力を振るうのは最大の罪だったのです。それがたとえ親に捨てられた赤子がやったことだとしても、です。
そして数日の猶予の後、男とかぐやは引き離されました。
かぐやは男と子も月に連れて行くことを月の者に懇願しましたが、男がそれを断りました。
そして、男の元にはかぐやとの子のみが残されました。
その男はそれから姓を青星と名乗るようになったそうです。
◇
我が家に伝わる眉唾ものの新解釈かぐや姫、どうやらご先祖は青星の家の超能力の起源を童話に求めたらしかった。高校生になった今では鼻で笑ってしまうような話ではあるが、幼い頃の俺はこの胡乱な与太話を聞いてこう思ったらしい。
『ご先祖は月に一人ぼっちだなんてかわいそうだな』って。
そのせいで俺が持っている超能力は『月や宇宙でも生きていける』っていう日常生活、というかパンピーの一生において一切の使い道のないものになってしまった。由来が由来なので親類に言いたくなくなるので良くない。リコールとかできないだろうか。
「はぁ……。憂鬱になる」
あまり考えたくない自分の超能力のことや自分の過去のこと、心の中にあったモヤモヤを全部纏めてお団子とお茶と一緒に嚥下する。
空には半月以上満月未満の微妙な形の月と雲ひとつない晴天。今夜は何か月が特別な状態になったりはしてはいないのだが、爺ちゃんがの発明が完成しためでたい日だからと月見をしようということになっていた。
「そういやさ、爺ちゃんはなんでテレポートの超能力を使えるようになったの?」
ふと長年の疑問を祖父に言ってみた。
祖父は曾祖父や父の超能力については教えてくれたけど祖父自身のことは今まで話してくれたことは無かったから。
「そうじゃな、うん、もう隠す意味も無いし言ってしまうか。ワシはな、月に行きたいと思ってたんじゃよ」
「知ってる」
「馬鹿みたいな言い伝えがウチにはあるじゃろ、あれを聞いて『月に迎えに行けたらいいのに』なんて思ったんじゃ……。笑ってもいいぞ」
────そうか、祖父もそうだったのか。
「笑わないよ。あのさ、じいちゃん。俺……」
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「本当に月には来ないの?」
「あぁ、月の人間の寿命は途方もない長さ、それに対して俺らやこの子の寿命は五十年が限界ってところだろ? それじゃあお前が月でずっと寂しいままになっちまう」
「でも、貴方たちがいないと私は……」
「安心しろって、いつか迎えに行く。たとえ俺がダメでも俺の子孫がいつか絶対月まで行ってお前を連れ戻しに行く」
「……だからさ、ちょっとだけあっちで待っててくれ。俺とお前の子孫だからな。約束は絶対に守るさ」