ある日、リン・スューニュ=ロク・
「ワローシュ伯国」
なんだろう、これは……
先日、リン・(中略)・ジントは、帝都「ラクファカール」で開催される催しに参加した。「ソビーク」という、帝都で年に二回開催されるイベントである。そこには、様々な、奇妙(ものすごく気を使った表現)な出しものが展示されていた。参加者は、それを売ったり、ほかの参加者が売っている出し物を買ったりして、その日を楽しむという。
ジントは、帝国貴族、という身分を持っている。が、彼はこの帝国の中でも、かなり奇妙な帝国貴族である。彼は帝国貴族でありながら、純粋な帝国人ではないのだ。
彼は、ハイドという星系にある、マーティンという惑星の出身だった。そのマーティンのハイド星系首相、ロック・リンのひとり息子であった彼。その故郷は、ひょんなところから現れた帝国軍によって支配下に置かれた。星系首相ロック・リンはそのさい、自らハイド星系を統治する貴族として「
そこでひとつ――いや一つどころではいが長くなるので――頭を抱える事態があった。
帝国を構成する人々、そしてジントの故郷を支配した人々は、自らを「アーヴ」と名乗った。そしてその「アーヴ」たちは、純粋な人間、つまりホモ・サピエンスではなかったのだ。彼らは、自らの遺伝子をいじっているのである。
アーヴたちは青い髪と、美貌と、純粋なホモ・サピエンスにはない特殊な器官と脳構造を、その遺伝子操作によって持っていた。
これは、後天的にはどうしようもできないことだった。遺伝子を改造するには、受精卵であった頃に行わねばならない。
帝国法に基づいて、書面上は帝国人、ひいては帝国貴族、つまりアーヴとなった彼だったが、髪は茶色いし、顔も(自身がないわけではないが)平凡な彼は、どうしても彼らアーヴとの隔絶は、遺伝子レベルで存在していた。
それだけではない。
アーヴとの隔絶は文化的面でも存在していた。
アーヴが遺伝子をいじるというのもその面の一つである。
彼は帝国貴族となって今日まで、アーヴたちの文化を理解しようと努力をしてきた。アーヴの言葉を習い、アーヴの学校に通い、アーヴの軍隊に入った。そしてそれは帝国貴族になるための義務でもあった。
しかしまだまだ、彼はアーヴの文化を理解できているとは思っていなかった。「ソビーク」もその一つである。
アーヴはその歴史上、交易を得意とする。ほとんどすべてのアーヴは、軍隊か交易か、もしくはこの両方を人生の中で経験する。
ジントは、ソビークも、アーヴたちの交易民族としての面の一つかと思っていた。
しかし、どうも違っているようなのだ。
ソビークを行っているあいだ、商品――なぜだか、もっぱらが紙の本――を売っているアーヴたちは、自分から言葉を発しないのだ。これは不思議なことだった。星間交易民族とも呼ばれるアーヴたちが、自分たちから商品を宣伝しない。商品が置かれた机の前に座り、時たま「かってくれないかな、てにとってくれないかな」といかにもアーヴらしくない顔で見てくるのみなのである。
人気な商品の場合は、大体の場合が本なのだが、その前にはなぜか広告もなしに長蛇の列が並ぶ。しかし、その場合でも、その商品の売買者は本を売ったり料金――なぜか、これがまた物理的なもの――のやりとりをしたりするだけ。声を発したとしても、お礼やついでの商品を控えめに勧めるだけなのである。
ジントは、アーヴをよりよく理解しようと、今回のソビークに参加した。が、よりよく分からなくなった。
数少ない知り合いの生粋のアーヴ、ラフィールというアーヴにいろいろ聞いてみたところ、これは、
アーヴのもととなった軌道都市をアーヴたちは母都市と呼び、その文化を愛して、今も引き継いでいる。そのさらに元となった弓状列島の国の文化も、アーヴたちはその長い歴史の中で調べ、取り込んできた。
それが、ソビーク。
それを、ジントは今日、改めて調べてみた。
すると、その検索結果の上方候補欄に、こんなものが出てきたのである。
「ソビークの
はて、ワローシュ伯国とは何だろう。
べつに地上人とかなんとかはジントの頭には疑問ではなかった。
アーヴはかつて宇宙を飛び回っていた種族であり、彼らは地上にそれほど興味を示さない。なので、アーヴは地上人と自分たちを区別する。それは差別というより、区別に近く、さらに言えば種としての区別に近かった。
それはジントにとってすでに嫌というほどしみ込んでいた常識だった。
ジントはワローシュ伯国について調べてみた。あまり耳にしたことのある名前ではない。それに、伯国というのならば、人口は一億に満たない星系のはずだ。
それなりの工業惑星で、人口もそこそこ。惑星の治安はかなり良く、地上政府と帝国領主(帝国貴族)との中も悪くない。それどころか、
それに、ソビークへの地上人参加枠を半分以上も絞めてしまうというのならば、帝国のことをよほどよく知った、そして興味のある星系のはずだ。もしかしたら、帝国貴族で仮にもアーヴであるジントよりも、よくわかっているかもしれない。
こんどは、ワローシュ伯国の情報をしっかりと調べてみる。
具体的には、
多くの地上世界と同じように、彼らは彼らで、アーヴの言語、アーヴ語とは別の言葉を持っている。
もちろんそのままでは読むことはできない。ジントも古英語から派生した故郷のマーティン語やほかのデルクトゥー語をしゃべれるが、ほかにはきりがないほどの言語が文字通り星の数ほどある。
それを
てはじめに、ワローシュ人《ワロク》たちがする、アーヴたちについての議論をみてみよう。
ジントは心を躍らせながら、腕環から表示された投影映像をのぞき込んだ。
『アーヴはとても股間を殴ります』
『理解が星の核です。ところで、あなたはどの氏族が芽吹きますか?』
『おお、戦争ですか?』
『わたしたちの戦争をはじめましょう。わたしはビボース一族が芽吹きです。ビボースの女性はとても股間を殴ります』
『あなたの目はブラックホールです。ビボース推薦は排泄物です』
『あなたは全地上のビボース推薦を敵に回しました』
『今は北方の産出企業です。私も議論に入れてください。わたしはスポール推薦です。ビボース台所はロームをしてください。スポールは全宇宙でベゲーグでアグランガでアルロファーティです。スポールが最も芽吹きです。異論はみとめます』
ジントはそっと
……一つの会話として、理解することができなかった。
ジントの知る限り、アーヴは人の股間を殴る文化などないはずである。というかいろんな意味で帝国法に触れるはずである。
芽吹きってなんだ? と思えば、戦争がはじまろうとしていたし、目がブラックホールになったと思ったら氏族推薦がはじまっていた。謎の産業が出てきたら台所がロームしはじめ、帝国の由緒正しきスポール一族がベゲーグでアグランガでアルファローティだった。異論はみとめるらしい。
ワローシュ語を、アーヴ語に翻訳したはずである。確認してみるが、合っていた。もしかしたら、言語資料がじゅうぶんではないのか?
そうでもなかった。調べると、ワローシュ伯国はかなり前から帝国領に入っていた。これで言語資料がふじゅうぶんなことはあり得ない。
ジントは頭を抱えた。彼が帝国貴族になった時よりも頭を抱えた。
なぜなら、ワローシュ伯国の地上政府が出している公式声明文は、問題なく翻訳できたからである。
この地上世界は、つねに暗号文で話しているのか? なにか重大なことをはなしているのだろうか? それならば、わざわざ全公開の思考結晶網で会話する必要はないだろうし、それにもっとマシな言葉があるはずだ。股間を殴る必要はない。
ジントは腕環をはずして、そっと置いた。
もしかしたら、疲れているのかもしれない。
というか、こんな訳の分からない人たちが参加地上人の半分を占めているソビークは果たして大丈夫なのだろうか。ソビークに出ていたアーヴたちもだいぶおかしいように見えたが、それもソビークでだけだ。ソビークが終われば、彼らの日常からおかしいものはひとつとしてない。
しかし
ジントはそれを想像して、ぶるりと震えた。同時に地上人区画に行かなかった過去の自分に大いに感謝した。
もうあまり深く考えるのはやめよう。考えてみれば、アーヴたちの文化はただの一つの文化に過ぎないのだ。それよりも、地上の数ある文化の中には、アーヴよりさらに理解しがたい文化もあるだろう。
それにしてもワローシュたちはだいぶ度が過ぎているのだと思うのだが、そこは深く考えるとまずい気がするのでやめることにした。
幸運なことに、このワローシュを統治する貴族はいない。帝国からちょくせつ
ワローシュ語解説
ワロス
コミケ
萌える
推し
わかりみがマリアナ海溝
目は節穴
今北産業
異論はみとめます
股間に来る
ROMれ