先生と空崎ヒナの結婚生活   作:シャーレの先生

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どういう時間軸かはわかりませんが、ともかく全ての本編後のお話です。
進級とか卒業とか、そういう概念は何も考えていないので、都合が良くなるように解釈してください。



先生と空崎ヒナの結婚生活

 玄関のドアを開け、小さな靴の有無を確認。

 暖かな空気と美味しそうな匂いが全身を包む。

 やったぜ! テンションが上がる。

 でも今日はちょっと疲れたし、甘えるモードで行っちゃおうかな。

 頭に手を当て、デフォルメされた困り顔を作る。大きく開けた口をへにょへにょに少し閉じようとするのがコツだ。

「うわーん! 仕事が多すぎます!」

 扉を空けキッチンへ入ると同時に決め台詞。キマった。(キラーン)

 そんな私をヒナは一瞥し、「おかえり」、と一言。そして真剣そうに手元のフライパンへと視線を落とす。

「料理、作ってくれてるんだ。大丈夫? 疲れてない? 手伝うことある?」

 私はキッチンに併設されたリビングの椅子に鞄を置き、寝室でネクタイを外し始める。声が通るように部屋の扉は開けたまま。遠くにチラチラ見えるヒナも可愛い。

「大丈夫。これは私がやる」

 いつも真面目なヒナだが、それでもやけに使命感のある声だ。

「何作ってるの?」

「この間、ミレニアムでチリドッグを食べたでしょう? あれ、美味しかった。先生も喜んでた。でも、ソーセージとパンの料理なら、ゲヘナも負けない。だから、ゲヘナ風の味付けで、食べてもらおうと思って」

「凄い。創作料理だ。でも元々ゲヘナ料理もちゃんと好きだよ」

「わかってる。だからこれは私の我儘。私の醜い嫉妬」

 部屋着に着替えてリビングへ向かうと、ヒナはフライパンの火を消し、こちらを向いてジッと見つめてくる。

 わかる。わかるよ。私も一刻も早くヒナ吸いがしたいんだ。だが今それをしてしまうと、これから仕事の話をする気が失せてしまう。家庭に仕事を持ち込む駄目な夫を罵ってくれて構わない!

 ヒナは自分を吸いに来ずに鞄に手を伸ばす私を見て、頭にはてなマークを浮かべながら小首を傾げ、両腕をこちらへ広げる。

 私は誘惑に負けた。

 一流の狙撃手が放った弾丸は、まるでそこが本来の居場所だったかのように、標的へと収まっていく。私は重力の影響や風速や風向き、温度や湿度、コリオリ力の影響を瞬時に計算し、ヒナの胸へ飛び込む。その勢いのまま、ヒナの頭に顔を埋め深呼吸をし、角の感触を楽しみ、そのままうなじの匂いを嗅ぎ、耳元で愛の言葉を囁く。角に触れていた左手はゆっくりと下がっていき、頬を撫で、首元をくすぐり、身体をまさぐる。

 ヒナの身体がビクン!!ッ と小さく跳ねる反応を示し、私は両手でヒナの身体をめちゃくちゃに……。右手に何か邪魔な物を持っているな。これじゃあヒナを存分に楽しめないではないか。誰だ邪魔をするのは。

 頭の片隅に追いやられていた「シャーレの先生」としての私は、圧倒的劣勢ながらも最低限の仕事を、しかし鉄の意志で行っていた。全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。だが、たとえ全てが虚しいものだとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない。その意思が硬く握りしめられた右拳に体現されていた。

 私はヒナから身体を離し、照れたヒナを再び抱き締めようとする本能に抗い、右手に持った書類をヒナに見せる。

「何これ、トリニティ式教会の自治区外への派遣? ってことはまたミカさん関係?」

 ミカが絡んだトラブルはこれまで何度も何度も何度も何度も起きて、その度にそれなりの大事になるから、ヒナにも大層警戒されてしまってる。

「いや、ミカは問題なくやってるよ。たぶん。きっとね。これはD.U.に新設されたトリニティ式教会とは全く関係なくて、ゲヘナにも、教会を派遣出来たらいいなーって」

「……。説明して」

 ヒナの目つきがキリッと変わる。ゲヘナ学園風紀委員長としてのヒナは、迫力がある。それを見た私も、「シャーレの先生」として、ヒナと相対する。

「D.U.にトリニティ式教会を派遣する試みは、教会が新設されて間もなくして、大成功と言って良い結果を見せている。教会を訪れる人は予想よりも多く、様々な団体から献金も集まり、併設された食品や物品の販売も評判が良い。トリニティの教義の素晴らしさはD.U.を中心に、キヴォトス中に広がりつつある」

「先生も毎週足繁く通ってるもんね」

「そう。キヴォトス中に影響力のあるシャーレの先生がトリニティ式教会の信徒となった。トリニティ側の本音としては『先生に親トリニティであるという看板を背負わせる』ためにD.U.に教会を作った訳だけど、“ナギサ様の説教に感銘を受けた私は、教義を広める為、積極的に教会の誘致を行い、熱心に信徒を増やすための活動を行っている。それにより、トリニティ史上例のない、トリニティ外への教義の普及という成果が出た”っていう結果というかストーリーが出来上がった訳だな。

 これが作られた美談でしかなくて、まぁ実際はモモトーク映えする建物で可愛いスイーツが売ってる、流行のスポットになってるだけなんだけどね。そこまでもトリニティ内でもわかってるんだけど、出た成果があんまり理想的、いや想像もつかないような成果だったもんだから、トリニティ内の“真面目で熱心な信徒”が浮足立って、これからはトリニティの時代だと。ドンドン教義の素晴らしさを世に広めて行きましょうと。もうトリニティ全体がそういう空気感になってきてるんだよね。

 だから、ゲヘナだからどうこうって訳じゃなくて、いろんな自治区に教会を派遣出来ないかっていう話が今出てるのよ。その中で、“純粋で教義の素晴らしさを広めることに関心の強い信徒”がゲヘナにも教会建てたいってプランを出してきたから、とりあえず書類を持ってきた」

 ヒナは冷たい目で書類を眺め、くだらなそうに突き返す。

「それって文化侵略よね? それだけじゃ飽き足らず、実質的にゲヘナ自治区内にトリニティ自治区を作ろうって言ってる。

 たった一区画とはいえ、ゲヘナにトリニティの植民地が出来るのを、私が許すと思う?」

 本気でゲヘナを守ろうとするヒナを私は本当に尊敬している。涙が出そうだ。ヒナは私と喧嘩になったとしても、対立することになったとしても、――考えたくもないが、最悪離婚することとなったとしても、ゲヘナの為に尽くそうという覚悟で言葉を発している。私はそんなヒナが好きだ。結婚したい。もうしてるけど。

 だが私はシャーレの先生なので、ちゃんとゲヘナとトリニティの両方のことを考えているのである。当然ヒナもそんなことはわかっていて、問題がなぁなぁにならないためにわざと怒ってくれているのだ。みんな知らなかったかもしれないが、この夫婦、ラブラブで息ぴったりなのだ。

 仕事モードでも裏に秘められた愛情を感じ取り満足した私は、得意気に指を回して答える。

「ヒナの言う通り、トリニティの建前側では教義を広めたい。本音側というか裏では、トリニティによる文化侵略と物理的な土地を含んだトリニティの影響範囲の拡大が目的となっている。だが文化侵略とか影響範囲の拡大とか植民地とか言うと聞こえが悪いけど、文化交流が行われ、ゲヘナトリニティ間のパイプが確保され、お互いの摩擦を対等な関係として解決した例となる。それってそんなに悪いことかな? もちろんこの教会にはシャーレの息が存分にかかっているので、なにかあれば私が責任を持って対処する。事前にそう宣言したうえで、教会を作る。

 何故なら、私は毎週日曜日、この教会でヒナとデートを行う予定だからね」

「なっ……!」

 ヒナが顔を赤くする。お仕事モードのヒナが飛んでいってしまったので、私も表情を緩めてヒナの手を取る。

「今、毎週通ってる礼拝を、ゲヘナの教会でやればいいと思うんだ。私はゲヘナとD.U.の両方に自宅があるのは自明だし、私が教義に定められた休日である日曜日に、妻の地元のゲヘナで休日を過ごし、自宅に近い教会に通う。トリニティ的に文句のつけようがない立派な建前だ。これによりゲヘナの風紀委員長も教会に興味を持って通ってくれているという成果が出る。そして私は最愛の妻と過ごす時間が増える。ヒナのスケジュールを圧迫してしまうことになる案なんだけど、どうかな?」

「……。」

「教義についても、私もヒナにも本気の信仰はトリニティからも求められていない。理解があるってくらいのポーズは必要だし、私は教義について勉強しないといけなかったけど、ゲヘナの風紀委員長にそんな要求は出来る人はまさかトリニティにもいないだろうし、あくまで『私の妻』としての立場で良い」

 ヒナは無言だが、色々考えて、めんどくさいなと思っているのが伝わってくる。

「もちろんヒナが忙しいときは、礼拝にフルで出れなくともいいし、というか今の私がそうだからね。途中参加して5分だけ顔を出して、お菓子とお茶だけ買って休憩代わりにするなんてしょっちゅうだよ。

 本当に忙しいときは、24時間鍵が閉まっていない扉があるから、そこから入って、ほんの少しお祈りするだけでも大丈夫ってことにさせてもらってる。私は毎週必ず通うことにしてるけど、ヒナは1ヶ月に一回くらい通ってくれれば面目は立つはずだ」

「それは良い。先生と一緒にいられる時間が増えるかもしれないのも嬉しい。でもやっぱり、ゲヘナにトリニティの施設を作るのは難しいと思う。教会がゲヘナの生徒に襲撃されたら自治区間の大問題になるし、関係の悪化の火種でしかない。風紀委員で厳重に守らなければならない施設が増えても現状で手が足りているとは言えない状況だし、じゃあトリニティが教会に自衛のために十分な戦力を常駐させるというのも認められない」

「恐〜い恐〜い風紀委員長様が通う教会には流石のゲヘナ生徒も手を出さないんじゃないかな?」

「ゲヘナじゃ教会を襲撃することをタブー視する価値観もないし、ゲヘナ生徒は短絡的な動機で重要施設にも事件を起こす。本人は事故のつもりの犯行も多いし、本当に事故が起きる危険性も高い。事件を抑制する手段があれば、既に風紀委員会が実行している」

「うーん、じゃあモモトーク映えする写真を一緒に撮れるとしても?」

「あまり興味がない」

「トリニティ風の美味しいお菓子がいつでも買えるようになるけど?」

「それはちょっと魅力的だけど……そんなことで問題の解決になると思う?」

「ダメかー!!」

 私はウーンと背伸びをして、大きく息を吐く。

 今日のお仕事モード、終了です。

 書類と鞄を片付け、ヒナを抱き締める。本日2度目となるヒナ吸いが始まる。

 ヒナは優しく私の背中を撫でてくれる。

「先生のやりたいことはわかる。トリニティとアリウスでやっていた、アズサちゃんだっけ? あれと同じことがしたいんでしょ? 私もそれが上手くいけば、素敵なことだと思う。

 先生の計画に反対な訳じゃない。ただ、実現が難しいと思うっていうだけ。

 もし実現したら、トリニティの施設を守るなんてめんどくさいけど、頑張って守る。デートの機会は減らしたくない。

 頑張って。新しい悪巧みを思いついたら、また聞かせて。私の大好きな旦那様」

 どちらかからともつかない口吻を交す。

 ヒナはフライパンの火を点火し、料理を再開する。

 私は冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぎ飲む。

 牛乳を仕舞ったとき、冷蔵庫に入れてあるソーセージが目に入る。

「このブルスト、すげー高級品じゃん。どうしたのこれ」

「今日料理したかったから、暇そうにしてたアコに食材のお使い頼んだの。そしたら他自治区からの賓客用のお店で買ってきちゃって。

 全くあの子は何を考えているのか」

「アコさんヤベー! でもめっちゃアコさんっぽいエピソードー! 賓客級にヒナのこと好きってことだなこりゃ」

「……。(私だけが好きなだけなら問題はなにもないんだけど)」

「ごめん、声が小さくて聞こえなかった。もっかいお願い」

「なんでもない。パンとブルスト焼くけど、チリドッグはいくつ食べる?」

「ふふっ、今の私は空腹で限界なので何と……超高級チリドッグを二つも食べちゃいます!」

「……。なにそれ」

「いや、なんか二つ食うときはこれ言わないといけない気がして。ちなみにこれ言われたら、二つも!?!? って返さないといけないらしいよ」

「ふーん。恥ずかしいから嫌」

 私は眉を上げ首を竦める。

 こうして二人の日常は過ぎていく。

 味付けは甘甘、ドラマたっぷり、日替わり事件がトッピング。

 結婚生活も5年が過ぎようとしているが、全く飽きることはない。

 永遠に愛しているよ。ヒナ。




5年も!?!?!?!?

毎日、5年もこのテンション!?
(プリンを、2つも食べちゃいます。のイントネーションで)
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