「はっ....くしぃ...!」
合宿所にある一室にて、盛大にくしゃみの音が響く。
「全く何やってんのよ大人のくせに、そのまま飛び込むなんて馬鹿なんじゃないの!」
「うふふ、とても素晴らしい飛び込みでしたよ」
「ああ、水面に入る直前しっかりと衝撃が一番抑えられる体勢をとっていた。訓練すればもっと高い所から落ちれるようになる」
「あはは...とりあえず代わりの服があって良かったですね」
あの後プールから上がった私は濡れた服を乾かしながら、たまたま置いてあったサイズの大きいジャージに身を包んでいた。
そばにいるコハルも呆れた様子でこちらを見ているが、自分でも間抜けな事をしたと苦笑してしまう。
窓から外を覗いてみると既に日も落ち始め、空には夕暮れが広がっていた。
今日は彼女達もこのまま休むだろうし、私もシャーレに戻った方がいいだろう。
「じゃあそろそろ出ようかな、一応最後にプール周りの後片付けをしてから帰るから、ヒフミ達は気にせず休んでて」
「あ、それなら私達もお手伝いを...」
「大丈夫、明日から本格的に勉強会だからね。今日は四人でゆっくり過ごして欲しい」
「すみません...ありがとうございます」
「では先生、また明日♪」
「寝坊したら承知しないからね!」
「......」
私はそう四人に告げ、まだ少し濡れている服を手に外へと向かう。
ある程度綺麗に出たつもりだったが、やはり多少水が跳ねてプールサイドが少し濡れてしまっていた。
そんな水をモップで拭き取っていた最中、
「先生〜!」
「えっ」
突然遠くの方から私を呼ぶ声が聞こえてきた。
そうして振り返った私の視界に映ったのは、笑顔でこちらに手を振っているミカだった。
「わぁ!プール張ってる!」
あれから私の元に近寄ってきたミカは、プールの中を覗き込みながら楽しそうに指を水に浸している。
「ここに水入ってるの久しぶりに見たなー、もしかして皆で遊んでた?」
「うん、さっきまでね」
「へー、あれ?でも先生がジャージなんて初めて見たかも、着替えたの?」
「....ちょっと事情があって」
「事情?」
私は水をチャプチャプと跳ねさせているミカに先程あった事を説明していく。
「あははっ!面白ーい!折角なら私も見てみたかったなー」
「そういえば、ミカはどうしてここに?」
私はふと気になった事を彼女に尋ねると、ミカは指を顎に当て考える素振りを見せどこか悪戯っぽく笑い答えた。
「んー....先生に会いたかったから、って言ったらどう?」
「私は嬉しいよ」
「えっ!?ほ、本当に?」
私は素直にそう告げるとミカは驚くが、何度か咳払いをして改めて話した。
「っていうのは冗談で、ナギちゃんに頼まれたの。今日から合宿だから様子を見に行って欲しいって。あ、でも先生に会いたかったのも本当だよ?」
「ナギサが?」
「うん、ナギちゃん今忙しいでしょ?セイアちゃんも少しだけ体調悪くて最近は休んでるし....だから自由に動けるのが私しかいなくて。それでみんなの様子を報告してって頼まれたの」
「そっか、みんな問題ないよ。今日は私も途中出かけてたから本格的な勉強は明日からする予定」
「なら良かった、ナギちゃんいつも先生達の事気にしてたから、これで少しは安心出来るかなー」
そう言って立ち上がるミカだったが、私はそんな彼女の雰囲気にどこか違和感を感じていた。
まるで何か隠しているような....
「ミカ」
「ん?どうしたの?」
「ミカは本当にナギサから頼まれた事を伝えにここにきたの?」
「.....」
そう尋ねた瞬間、僅かにミカの目が横にズレたのがわかった。
それから少しして、ミカは小さく息をつくと私に向き直り口を開く。
「....やっぱり先生にはわかっちゃうか。うん、先生の言う通りだよ、ナギちゃんの話をしにきたのも嘘じゃないけど、私からも言いたい事があって...」
ミカは一瞬周りを見渡してから、そっと私に近づき
「....先生、アリウスって知ってる?」
そう私に耳打ちした。
(....やっぱり、この世界でも彼女はアリウスと接触していた)
私は彼女が告げた内容からそう確信する。
それから彼女はアリウスについての話を私に教えてくれた。
過去のトリニティで行われたこと、アリウスの生徒達は今も隠れて過ごしている事、そんなアリウスの生徒と以前話をした事。
私は彼女の話を聞きながら考えを巡らせる。
彼女がアリウスと関係を持っていたのは事実、やはりアズサはその時のやり取りでここにくる事となったのだろう。
だが、この世界ではセイアの暗殺未遂自体起こっていない。
この世界のミカはセイアに対しあの事件を引き起こそうとするほどの感情を持っていない、それは前から三人のやり取りを見ていて感じていた。
(ならアリウスは純粋に和解をする為にアズサを預けた...?)
その可能性も否定できない、だが私は知っている....いや、教えられた。
アビドスで倒れていた少女...彼女の話を聞く限りアリウスにはあのマダムが存在している。
やはり何かしらの意図を持っている事は変わらない。
「それでね、その....先生にお願いがあるの」
私が考えていると、ミカはこちらの目を覗き込み言った。
「白洲アズサを....あの子を守って欲しいの」
いつか聞いたそんな言葉、彼女は真剣な顔つきをしてじっと私を見つめている。
「...わかった」
私はそれに頷きをもって答えた。
アリウスが何を考えているのか、それは現時点でははっきりしない。
だがそれでも彼女が....アズサが私の生徒である以上、守るのは当然だ。
ミカは私の返答に安心したように頬を緩めている。
「ミカ、実は私からも少し話したい事があるんだ」
「先生も?いいけど...」
不思議そうに首を傾げる彼女に、私はそう前置きして告げた。
「.....私も今日、アリウスの子に会った」
「えっ!」
驚き目を丸くさせる彼女を見ながら、私は続ける。
「話を聞く限り逃げてきたみたいだった...詳しい事はわからないけれど」
「....その子、今は?」
「それは答えられない、ただ信頼出来る場所にいるのは確かだよ」
ミカは私の話を受け顔を俯かせる。
「でも、どうしてそんな事教えてくれたの?」
「ミカだからだよ」
彼女に聞かれた私はすぐに答えた。
「わ、私だから?えっと、どういう...」
「それも秘密、それと今話した事は今は誰にも話さないで欲しい」
「えー、秘密だらけでわからないんだけど...」
うんうんと唸っていたミカだったが、やがて目を閉じ数秒後
「わかった、じゃあ私と先生だけの秘密ね?」
どこか嬉しそうに笑いながらこちらにウインクをしてそう言った。
「....うん、そうしてくれると嬉しい」
「りょーかい、じゃあそろそろ帰るね?ナギちゃんも心配しちゃうだろうし」
ミカは背を向けるとそのまま本校舎の方へと戻ろうと歩き始める。
「.....ねえ先生」
「また先生に会いにきても、いい?」
だがある程度進んだ所で突然振り返ったミカは、少しばかりおずおずとお願いする様に聞いてきた。
「勿論」
「っ!ふふ、じゃあまたね!先生!」
私が答えると、ミカはここに来た時の様な笑顔を浮かべて手を振り、今度こそこの場から去っていった。