4日目の朝、私はいつもの通りヒフミ達のいる合宿所...ではなく今日はアビドスへと向かっていた。
ヒフミ達には昨日から既に今日の朝は少し遅れると連絡済み、シロコ達からも待っていると先程モモトークが届いたのであとは急いで向かうだけ。
〈全く熱心ですね、毎日毎日よくこうも動けるものです〉
シャーレを飛び出し砂が覆い被さっている道を進むこと暫く、耳元のインカムからそんな呆れる様な声が聞こえてきた。
私は苦笑しつつ服の内側からシッテムの箱を取り出し画面をつける、するとそこには教室の机に座り腕を組んでいるケイが映っていた。
〈トリニティの仕事だけでなく、アビドスの生徒達の面倒を見る....貴方はミレニアムの開発者に自分を増やせる薬でも作って貰ったほうがいいのでは?〉
「あはは...確かにそれが出来れば便利かもね」
私の返事に更に呆れた様子で溜息をつくケイ、それから彼女は机から降りると近くに積まれた椅子の足を触りながら尋ねてきた。
〈あのアリウス自治区という場所から逃げてきた少女のこと....貴方はどう考えているんですか?〉
彼女は私が知る"かつての世界"にいた唯一の存在だ、これまでのことからこちらの事情をとっくにわかっているのだろう。
〈あの時の貴方の反応からして彼女の存在は突然現れたイレギュラー、普通に考えれば怪しい以外の何者でもない....本来ならそれなりの対応を取るべきだと思いますが?それこそ、彼女自身についてもっと深く追求するだとか....〉
「あの子はもう話してくれた、なら私はそれを信じるだけだよ」
〈本当に貴方は生徒に甘すぎる時がありますね、そこは明確な弱点だと理解しておいた方がいいのでは?もしあの少女が以前言ったことが全て嘘だとしたら...〉
「それでも」
私は画面の中のケイを見つめながら答える。
「私は信じたいんだ、当然嘘をつかれてることもあるかもしれないけど....まずは大人が子供を信じてあげないと何も始まらないからね」
〈.....はぁ、もう勝手にしてください〉
ケイは私の発言を聞き、再度深く溜息をついてそっぽを向く。
「...ありがとう、ケイちゃんが心配してくれてるのはわかってるから」
〈心配なんてこれっぽっちもしてません、何度も言ってますが貴方が変に動けなくなったりしたらアリスを守るのに支障が出るだけです。あとケイちゃんはやめてください〉
「あ、勿論ケイちゃんも大切な生徒だし言ったことは全部信じてるから安心して!」
〈そういうのはわざわざ言わなくて良いです!それにケイちゃんはやめてくださいと言ってますよね!?〉
ケイは若干頬を赤く染めながら画面に近づいて声を上げるが、それからすぐに口を塞ぎ後ろを振り返る。
そこにはもう一つの机に頭を預け寝息を立てているアロナの姿があった。
白い髪が椅子の背もたれに流れており、時折寝言か何かを呟いている。
〈....全く、貴方のせいで彼女を起こしてしまう所でした〉
ケイはそう言い恨めしそうにこちらを睨んでくる。
私はそんな彼女に苦笑いを浮かべつつも、気になっていたことを尋ねた。
「...最近アロナの睡眠はどんな感じ?」
〈前まではバラツキがありましたが、最近は規則性が出てきましたね。昼間に眠っていることが多い印象です〉
私はケイの報告に無言で頷く、それは私も感じていた所だ。
ケイをシッテムの箱に迎え入れてからアロナはよく眠る様になった、それは今でも続いており彼女が言う通り昼間私の仕事を手伝わない限りは基本的に眠っていることが多い。
それでもその時間に必ず寝るということはないようで、普通に朝から夕方にかけて起きている日もある。
...ケイが言うにはアロナの睡眠は自身をこの空間に固定する時に使ったリソースの枯渇によって引き起こされているとのこと、その為リソースが回復すれば元に戻る可能性が高いらしい。
〈とにかく油断だけはしないでください、いいですね?〉
「うん、ありがとう」
そう言い残すとケイは画面から離れ椅子に座り、腕を組んで目を閉じた。
それと同時に画面が暗くなり一時的に電源が落ちる。
「...さて、もうすぐかな」
私はシッテムの箱を服の内側に戻すと目の前に見えてきたアビドス校舎に視線を向け、その敷地に足を踏み入れた。
「ん、おはよう先生」
私がシロコ達が待つ対策委員会の部屋の扉をノックして開けると、早速シロコが駆け寄って挨拶をしてくれた。
「おはよう先生〜、今日もお仕事大変そうだね〜」
「てっきりもっとぐったりしてるものかと思ったけど、案外元気そうで良かったわ」
「どうぞ先生、座ってください。今お水を持ってきますね」
それから机に頭を預けながら手を振るホシノに壁に背を預け腕を組んでいるセリカ、何かの本を整理していたアヤネの歓迎を受け言われるままに席へと座る。
やがてアヤネが持ってきたコップの水を飲みながら部屋の奥に視線を移した、そこには....
「よしよし〜....」
「zzz...」
ソファに座るノノミが小柄な少女の頭を膝に乗せ、彼女を寝かしつけてる光景が広がっていた。
「...最近はずっとノノミ先輩にベッタリ、ノノミ先輩も満更じゃないみたいだし余計にね」
「でも最初の頃よりはずっと元気になりましたよ、先生が一度こちらに来てから数日ですが、最近はよく笑う様にもなりましたし」
「そっか...皆ありがとう、急なお願いだったのに聞いてくれて」
「別に気にしなくて良い、私達にできることなら手伝いたいだけ」
「それに、シロコ先輩はあの子を鍛えるのが好きなのもあるでしょ。この前なんか自転車をどこからか持ってきて一緒にサイクリング行こうとしてたし」
「ん...」
簡単に想像出来てしまう状況に、私はそれを思い浮かべて笑ってしまった。
今日は彼女の様子を直接確認しなかったというのが主な理由なので、この時点で目的は達成されている。
だから後は帰ってヒフミ達の所へ向かってもいいのだが....
シロコ達の会話を聞きながらそんな風に私が考えていた時だった。
「あ、そうだ先生〜、ちょっと良い?」
突然机に腕枕で頭を預けていたホシノが起き上がり、こちらに手招きをし始める。
不思議に思いながら彼女の元まで向かうと、ホシノは私の耳元に手を当てながら小声で話し始めた。
「....今から少し屋上で話せる?」
「.....」
それを聞き私はホシノを見ると、彼女は先程までの眠たげな目ではなく真剣な顔つきでこちらを見つめていた。
「...わかった」
「みんなー、おじさんちょっと先生に用事あるから少し席離れるねー」
「え、は、はいわかりました」
「...それじゃ、行こっか?」
その言葉に私は頷きながら、ホシノの後をついて行ったのだった。