「ん〜っ良い天気だねぇ〜」
屋上へ続く扉を通った私とホシノは広々とした青空に迎えられた。
雲一つない晴天の中、ホシノはフェンスに腕を乗せながら遠くの街並みを見つめている。
いつの日かこうしてホシノとここで話した時のことを思い出しながら、私も彼女の隣に並んだ。
「いやぁ、こんなに気持ちの良い天気だとお昼寝したくなっちゃうな〜」
「なら今からしちゃう?」
「あはは、それも魅力的だけど大事な用事があるからね〜、今は我慢かな」
ホシノは笑いながらそう呟き、それから小さく息をつくと顔は街の方へ向けたまま話し始めた。
「...冗談はそれくらいにして、そろそろ本題に入ろっか。先生、あの子は何者なの?」
「.....」
ホシノの口から尋ねられた言葉に私は何も言えずに固まってしまう。
「あの子にどういう事情があるのかはわからない、でも...普通の子じゃないっていうのは察してる」
「あの子がここにきてまだそれほど経ってないし、見た目は少し華奢に見えるけど....無駄な筋肉がないのは少し観察してればわかったよ」
「それに動きが洗練されてる時があるんだよね、まるで昔から鍛えてたみたいな....おじさんそういうのには目ざといからね〜」
ホシノは独り言の様にそれらを告げると、そこでようやく私の方へ顔を向けあの時の様に私の目を覗き込んできた。
「あの子の件もそうだけど、先生はまた何か私達にはわからない何かを知ってるんでしょ?」
「それは....」
その真っ直ぐな目に見つめられた私は僅かに視線を逸らしてしまう。
彼女のことを詳しく説明することは出来る、だがそれは同時にこれまでの全ても話す必要が出てくるということ...何故わかっているのか、何故それを知り得たのかについて。
情けないことここまでこの世界で過ごしてきたにも関わらず、その"全てを話す"ということを今の私はまだ覚悟出来ていなかった。
いくら生徒の為、未来のために動こうと頭ではわかっていても、自分のこととなると途端に尻込みしてしまう。
アビドスの一件だって、私はかつての経験を元に彼女達と共に乗り越えた....いや、シロコ達やヒナ、アルやナギサ達が協力してくれたからこそ解決出来たものだ。
モモイ達の件も、最後には彼女達自身が自らを貫き通して結果をもぎ取った。
言ってしまえば私はただそれをそばで見守っていただけ、
それに今回の件だってまだ根本的な解決策は見つけられてない、今ここにいるあの子もこれからどうするのが正解なのかは決まっていない。
私は.....
「まただ」
そんな思考の渦にいた私の耳に、ホシノのそんな一言が聞こえてきた。
「先生、またあの時みたいな顔してる、普段は絶対見せない様な凄く苦しそうな顔」
そう言われ私は無意識のうちに頬を触る、それを見てホシノは呆れた様な、しょうがないと言うかの様な溜息をつくと改めて口を開いた。
「先生は重く考えすぎだよ〜」
「え?」
彼女の言葉に驚いた私が顔を上げると、ホシノはあくまでこの場の重い空気を霧散させる様に緊張感の無い声色で語り続ける。
「先生が何か話せない事情があるのはわかってる、前にも同じ様なことで悩んでたのは知ってるし、それについてはまだ話さなくていいっておじさんから伝えてるしね」
「今回のことも何かそういう事情を抱えてるのかなーなんて思ってさ、それを知りたかっただけなんだよね。そしたら案の定あの時みたいな顔をしたでしょ?だからそれだけで十分、詳しいことなんて聞く必要ないしその気もないしね」
「ホシノ....うわっ!」
そう言ってホシノは一歩こちらに近づき、唐突に私の服を掴み背を向けさせるように回すとそのまま私を屋上の床へ座らせた。
それから私の肩に手を当て、まるで肩揉みをする様に優しく力を込めて動かし始めた。
「先生はさ、私達に力を貸す時理由なんてつけないでしょ?生徒だからって一点張りで」
「それでアビドスの借金についても進展したし、ミレニアムだっけ?そこでも色々あったって話を聞いてるけど、きっと力を貸したんだよね?そして今回はヒフミちゃん達がいるトリニティの手助けをしてる...」
「でも明らかに先生自身が困ってる時は、私達にまだ何も話せないからってさっきみたいな顔をしてなるべく自分で解決しようとしちゃう....それって不公平じゃない?」
「不公平....」
「そう、先生が私達を助けるときは何もいらないのに、私達が先生を助ける時はちゃんとした理由が必要なの?」
「それは...」
ホシノはグッと少しだけ私の肩へかける力を入れ苦笑する。
「ね?不公平でしょ?だからわざわざ説明なんてしなくていいんだよ〜。あの時私達が助けられたから、今度は私達が助けたいだけ.....先生はただ悪い大人になればいいんだよ」
「悪い大人...?」
「ほら、あの黒服の所から連れ戻してくれた時、カイザーの奴らがシロコちゃん達の所に向かってることを何でわかるの?って聞いたら、先生言ってたでしょ?"今から自分は悪い大人だから、私に理由は説明しないしただ従ってもらう"って」
「....あはは、確かにそう言ったっけ」
その時のことを思い出し私はつい笑ってしまった、それを受けてかホシノは私の肩から手を離すと今度は正面に回り込んで手を差し出してきた。
「だからさ、先生ももっと気軽に考えてよ。いつだって呼び出してくれて良いし相談にも乗るから」
「....大人としては情けないかもしれないね」
「大人が完璧超人じゃなきゃ駄目って決まってる訳じゃないんでしょ〜?なら別に良いんじゃない?」
ホシノは笑いながらそう告げる。
私はそんな彼女の笑顔を見てどこか胸が締まるような感覚になりながら、差し出された彼女の手を握り返し立ち上がった。
「さてと、じゃあそろそろ戻ろっか.....と思ったけど、少しお昼寝でもしてく〜?やっぱりこんな天気だし....」
とホシノが言いかけた瞬間突然青空を雲が覆い出し、やがてポツポツと雨が降り始めた。
「うぇっ!?な、何でこんな急に...!」
「ホシノ、とりあえず急いで中に戻ろう」
「そ、そうだねぇ....」
いきなり降ってきた大雨に、私のホシノはその場を逃げる様に去っていったのだった。