ハルナ達とのカーチェイスを経て暫く。
私は拘束された彼女達を連れてトリニティの市街地から少し離れた場所の開けた道路の傍に立っていた。
ツルギによって4人が気を失った後、イチカや合流したらしいハスミ達の元に向かって事後処理についての話し合いが行われた。
本来であれば正義実現委員会が彼女達を連行するべきなのだが、現在は"エデン条約"の締結を間近に控えた非常にデリケートな時期。
そんな中トリニティの武力組織がゲヘナの生徒を拘束したとなれば、両学園の間に無用な政治的摩擦を生みかねない。
そこで中立組織であるシャーレがいったん彼女達の身柄を預かり、直接ゲヘナの風紀委員会へ引き渡す形を取るという提案をされたのだった。
『なので出来れば彼女達の身柄は先生が預かっていただけるとありがたいのですが....よろしいでしょうか?』
そうハスミから言われた私は彼女達とのやり取りに懐かしさを覚えながら当然素直に引き受け、ヒフミ達に合宿所へ戻ってもらった後、現在は一人でゲヘナからの迎えを待っているという状況だった。
「うふふ、全身がバラバラになるほど痛いですわね」
「うぅ...私達のマグロが....」
「水族館から強奪するのは駄目だからね?今度ちゃんと謝りに行くこと」
私が苦笑いを浮かべながら彼女達とそんな会話をしていると、やがて遠くからエンジンの駆動音が聞こえてくる。
やって来たのは一台の大きな車....私にとってはとても見覚えのあるゲヘナ学園救急医学部の車両だった。
車は私の目の前で停車すると運転席から1人の少女....セナが私達を見渡しながら降りてくる。
「お待たせいたしました、要回収の死体はこちらですか?」
「こんばんは、セナ」
「...?すみません、どちら様でしょうか?正義実現委員会の方々ではなさそうですが....」
「その方はシャーレの先生よ」
セナは私の声に首を傾げながら尋ねてくるが、そんな言葉と同時に助手席からもう1人の少女...ヒナが降りてきて代わりに答えてくれた。
「久しぶりね先生」
「ヒナもね、こんばんは」
「先生....ああ成る程、あのシャーレの先生でしたか。これは失礼しました」
セナはそう言ってペコリと頭を下げると私の背後にいるハルナ達を見て改めて告げる。
「それでは死体....負傷者の方々の回収をしますのでこちらへ引き渡しを」
「あらあら、結局捕まってしまいましたわね...それじゃあ先生、またどこかで会えることを楽しみにしていますわ」
「はぁ、貴方達はそろそろいい加減にして欲しいのだけど」
「ふふ、美食がそこにある限り私達はいつまでもそれを追い求めますわ」
「まあ詳しい話は帰ってから聞くわ....」
ハルナ達の様子に頭を押さえ溜息を吐くヒナ。
「た、助かった...」
「あら、貴方は給食部の...今日1日いないと思ったら一緒に連れてかれていたのね。今はジュリが学園で....いえ、それも帰ったらわかるわ」
「え、ちょ、ちょっと風紀委員長!?一体何が...!」
やがてフウカを含めた5人がセナの車に乗せられるが、ヒナから少しだけ話したいと言われた私は車から離れた所で彼女と話しをし始める。
「ところでどうして先生がトリニティにいるの?シャーレは中立的な組織...それがエデン条約締結前のこの時期にトリニティの領内で動いているとなると、色々と問題になり得ると思うのだけれど」
「それについてなんだけど、今は補習授業部の担任として来てるんだ、今回はたまたまイチカから連絡があって...」
「補習授業部...やっぱり情報通りね」
ヒナはそう言いながら小さく息をつく、どうやら今の質問は私がここにいる理由が調べたものと同じかどうかを確認するためだったらしい。
「でもヒナが元気そうで良かったよ」
「先生の方こそ怪我がなくて良かった、戦車でハルナ達を追いかけてたって無茶を電話で聞いた時は驚いたけれど」
「あはは、でもみんなが守ってくれてたからね...ゲヘナの方はどう?相変わらず忙しい?」
「ええいつも通りよ...ただエデン条約の締結に向けて各所の調整が続いているから、みんな少しピリピリしてるわ。正直最近は少し疲れが出てきてる気がする」
「そっか....あまり無理はしないでね。何か私にできることがあったらいつでも言っていいから」
「委員長、そろそろ出ますよ。これ以上ここに滞在するのもあまり良くないかと」
その時、作業を終えたセナがこちらに声をかけてきた。
「わかったわ、すぐに行く」
その声にヒナは踵を返し救急車の方へと向かおうとするが、私はそんな彼女の背に向かって最後に言葉を投げかけた。
「ヒナ、この前のこともそうだけど...いつもありがとうね」
その言葉にヒナの足がピタリと止まる。
彼女はゆっくりと振り返るとやがて少しだけ恥ずかしそうに、はにかむような笑顔を見せたのだった。
そうしてヒナが車に乗り込みドアが閉まる....その直後
───、
「?」
ほんの一瞬、私の背後から誰かの視線を感じた。
それはまるで何かを探るような突き刺さる視線、その感覚に反射的に振り向いてみるが、そこには無人の道路とその奥に建つ建物が並んでいるのみで特に誰の姿も見つからない。
「...先生?どうかしたの?」
私の様子に気づいたのかヒナが不思議そうに尋ねてきた。
「....ううん何でもないよ、気をつけて帰ってね」
私は努めていつものように笑いながらそのままヒナ達の乗る救急車を見送った。
車が見えなくなるまで手を振り続け、やがて静寂が戻った後私はもう一度だけ振り返って背後を確認する。
だがやはりそこには誰もいない。
....さっきの視線はただの気のせいだったのだろうか。
「...とりあえずシャーレに戻らないと」
私は小さく息を吐き出すと、明日の準備をする為にシャーレを目指して歩き出したのだった。