全員が本当の意味で1つとなり目標へと突き進む事数日....とうとう第3次特別学力試験の当日を迎えていた。
「....それじゃあ、試験開始!」
合図と共にヒフミ達は一斉に問題用紙をめくり解答し始めていく。
第1次試験の時のような焦りも、第2次試験の時に漂っていた重苦しい空気も微塵も存在していない....本当に今日までの数日間彼女達は必死に勉強に打ち込んでいた。
ハナコは自ら教え役に回り全員の苦手な範囲を説明し、3人も互いに問題を出し合って知識を定着させていく。
私やアロナ、ケイが作成した予想問題集も昨日の夜には全員がほぼ完璧に解けるまでに仕上がっていた。
(これならきっと大丈夫)
時計の針が少しずつ進んでいく中、誰一人として集中を切らすことなく足掻く4人の姿を私はただ静かに見つめ続けていた───。
数日後。
柔らかな陽光の差し込むトリニティのテラス席に私はナギサと向かい合って座っていた。
「先生、本当にありがとうございました...そしてお疲れ様でした」
紅茶を注ぎながらナギサはいつになく穏やかな表情で私に労いの言葉をかけてくれた。
そんな私の手元には先ほど彼女から手渡されたばかりの1枚の書類が置かれている。
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《第3次特別学力試験の結果》
ヒフミ ── 88点
アズサ ── 81点
コハル ── 72点
ハナコ ── 100点
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「皆さんがここまで成績を伸ばすことができたのは間違いなく先生のご指導のおかげです...このお礼は後日必ずさせていただきますね」
「気にしないで大丈夫だよ、前にも言ったけど私が好きでやっていたことだし....何より今回はあの子達自身が一生懸命頑張った結果だからね」
私は手元の数字をもう一度眺めながら言葉を続ける。
「それにナギサはすごく大変な時期でしょ?とにかく今は自分の仕事を優先してね」
「...お気遣いありがとうございます、エデン条約の調印式がいよいよ目前に迫っていますから各所との最終調整で慌ただしい日々が続いていますが....」
それからしばらくの間私達は試験を終えた後のヒフミたちの様子や、最近のトリニティについて他愛のない会話を交わしていく。
しかしやがて一通りの雑談が落ち着いたところでナギサはふと表情を引き締めると口を開いた。
「....ところで先生、昨日アズサさんからお話を聞きました」
「.....」
ナギサの口から飛び出したその名前に私は息を呑む。
先日合宿所でアズサ自身が語っていた『試験が終わったらナギサにすべてを打ち明ける』という決意....彼女は約束通り自らの手でそれを実行に移したのだ。
「彼女がアリウス分校の出身であること、そしてどのような任務を帯びてこのトリニティに潜入していたのか...彼女が抱えていた秘密の全てを直接私に話してくれました」
ナギサは真っ直ぐに私の瞳を見据えながら静かに問いかけてくる。
「先生も、このことは既にご存知だったのですね?」
「うん、アズサの件はこの前の合宿中に本人から直接聞かされたんだ」
「なるほど...ですが先生、私が今尋ねているのはそれ以前の問題です」
「それ以前?」
「ええ、先生...セイアさんと何か裏で私に隠して話していることがありますね?」
「...えっ」
予想外の角度から飛んできた鋭い指摘に私の言葉が詰まる。
「.....その反応を見るにやはり図星のようですね、いくら業務に追われているとはいえお2人が時折見せる不自然な行動を見れば流石に私でも気がつきます...先生、一体セイアさんと何を共有していらっしゃるのですか?まさかとは思いますが...何かご自身の身を危険に晒すような危ないことをしているのではないですか?」
「い、いやそれは...」
どう説明したものかと私が口ごもったその時。
「安心するといいナギサ、別にそんな危ないことはしていないさ」
突然背後から聞こえてきた声に私とナギサはそちらへ顔を向けるとそこには丁度話題に出したセイアの姿があった。
「セイアさんいつの間にそこに...」
「少し前からだよ、盗み聞きをするつもりはなかったんだがどうやら私の事を話しているみたいだったからね」
セイアはゆったりとした足取りで私達の元へと歩み寄ると、一瞬私の目を見てナギサに向き直る。
「確かにそろそろナギサにも話しておいた方がいい頃合いかもしれない....実は前に夢であまり良くない変な光景を見たんだよ...少し不穏な未来をね」
そう前置きをしてから彼女は核心をぼかしつつも事の経緯を語り始めた。
「せ、セイアさんそれは本当ですか!?」
「落ち着いてくれ、問題なのはそこからなんだ。その夢は日が経つにつれて何度も変化していてね、今では靄がかかったようになってしまい正確な光景を見ることができなくなっているんだよ」
「夢が変化して見えなくなっている....そんなことが...」
「ああ、私にとっても初めての経験さ。だからこそ先生にはその不可解な現象について個人的に相談に乗ってもらっていたんだ、まだ確定すらしていない曖昧な内容を話してしまえばただでさえエデン条約の準備で神経をすり減らしている君を今以上に混乱させてしまうかもしれなかったからね」
「...そういうことでしたか」
ナギサは額に手を当てながらどこか自嘲気味に苦笑する。
「確かに前から聞かされていればプレッシャーのあまり本当に倒れてしまっていたかもしれません....それでも完全には納得し切れていませんが、一応セイアさん達の件はわかりました」
そして彼女は視線を柱の陰へと向けると先程よりも呆れたようなトーンで小さく声をかけた。
「...それとミカさん、ずっとそこに隠れているのは分かっていますからそろそろ出てきてください」
「えっ!?」
その言葉にわかりやすく声が上がると同時にバツの悪そうな様子のミカが柱の裏から姿を現した。
「ミカ、いつからそこに?」
「えっと...先生がナギちゃんに呼ばれたって聞いたからちょっと様子を見に来たんだけど...なんだか凄く真面目な話をしてるみたいだったから出るに出られなくなっちゃって☆」
誤魔化すようにウインクするミカだったが、彼女を見つめるナギサの視線は一切揺らがない。
「ミカさん、貴方も私に隠して裏で色々とやっていたようですね?」
「うっ...」
「アズサさんからすべて聞きましたよ、彼女をアリウスから連れ出し学籍を用意してこのトリニティに引き入れる手助けをしたのは...ミカさん、貴方だそうですね」
「う、そ、それはその....」
核心を突かれたミカは指先を合わせながら完全に口ごもってしまう。
「....何故事前に私やセイアさんに相談してくれなかったのですか」
「だ、だって...!前にも話をしたけど昔のことでいつまでもいがみ合ってるなんておかしいって思って...またナギちゃん達に言ったら絶対に反対されると思ったから、まずはあの子をここに入れて少しずつ仲良くできるきっかけを作れれば証明にもなるかなって....」
「ミカさんがやったことは純粋な善意から始まったものだったのかもしれません、過去の歴史を清算し彼女達と和解したいという思い自体は否定しません....ですが物事には順序というものがあります」
ナギサはテーブルの上に置かれたアズサの報告書に視線を落とし声を強めた。
「結果として彼女達の背後には不穏な勢力が蠢いており、アズサさんは"先生の監視"という任務の為に送り込まれてきたのですよ?もし彼女達が単なる監視だけでなくより直接的な実力行使に出ていたら....エデン条約の破綻はともかくとして、 先生の身に何か取り返しのつかない危害が及ぶ可能性だってあったんです!」
「ご、ごめんなさい....」
「な、ナギサそんなに責めないであげて。ミカは本当にあの子たちを助けたい一心だったんだし...それに私は大丈夫だよ、今だってこうしてまだ元気だから──」
「先生も先生です!」
「えっ」
「アズサさんから事情を聞いた時先生も既に把握していたと仰いましたよね?ご自身が監視の標的にされていると知りながらどうしてすぐに私達へ報告してくださらなかったのですか!」
「い、いやそれはアズサの立場もあったしまずは試験を優先させてあげたくて....」
「生徒を想うお気持ちは分かりますが限度というものがあります!大体前から各所から上がってくるシャーレの活動報告を聞いて常々思っていましたが....先生はご自身の身を気にしなさすぎです、少しは無茶を控えてください!」
ナギサからの全くもって正論すぎるお説教に私は何も返すことが出来なくなり、その隣では目を逸らしているセイアと縮こまっているミカが同様に固まっていた。
「「「ごめんなさい....」」」
それから綺麗に重なった謝罪を告げる私達に怒っていたはずのナギサもやがて毒気を抜かれたように肩を落とした。
「...とにかく、結果としてヒフミさん達の問題も無事に解決しましたしアズサさんも私にすべてを打ち明けてくれました。彼女の処遇については事情を考慮し私の権限でこのままトリニティの生徒として受け入れる方向で手配を進めておきます」
「本当!?ありがとうナギちゃん!」
「ありがとうナギサ、助かるよ」
「これで学園内の懸念事項は一旦片付きました、あとは今後に控えた『エデン条約』の締結を無事に成し遂げるだけです....ミカさん、最後に聞きますが本当にアズサさんの件以降はアリウス側とは何も関与していないのですね?」
「う、うん!本当だよ!あの子を連れてきてからは向こうからは連絡も来てないし、私も一切関わってないから!」
「....わかりました、なら私はミカさんの言葉を信じます。今後はくれぐれも軽率な行動は控えていただければいいです」
「はーい....気をつけます」
「それとセイアさんもです、私の体調を気遣ってくださったことには感謝しますが今後はもう隠し事はしないでください。1人で抱え込まれる方がよほど心配ですから」
「わかったよ、何かまた夢で見た時には今度は必ず君にも報告するとしよう」
2人にしっかりと釘を刺し終えたナギサは最後に私を見ると真剣な眼差しを向けてきた。
「そして先生....アズサさんの話が本当であれば彼女達の背後にいる何者かが先生を狙っていることは間違いありません。本来であれば事態が完全に収束するまで先生はしばらくシャーレから一歩も動かない方がいいと思います....ですが"先生"である以上そういうわけにもいかないのでしょう?」
「ですからせめてものお願いです、しばらくの間は一人で出歩くようなことはせず出来るだけ誰か信頼できる生徒がそばにいる状況を作ってください、約束してくれますか?」
「あっ、それなら私が先生のボディーガードになろっか?」
「駄目です、ミカさんにはティーパーティーとしての重要な責務があるでしょう...調印式を目前に控えたこの時期に学園を空けるわけにはいきません」
「えー」
「文句を言わないでください。....先生、シャーレの方で誰か警護などをお願いできる方はいらっしゃいますか?」
唇を尖らせるミカを軽くあしらいつつナギサが私に尋ねてくる。
「うん大丈夫だよ、いざとなったらお願いしようと思ってる子たちがいるから心配しないで」
私はナギサを安心させるように答えると、それから目の前に並ぶ3人の顔を順番に見つめて告げた。
「それよりナギサ達の方こそ気をつけてね、もし条約のことで何かトラブルが起きたり私に出来ることがあれば何でも言ってほしい、いつでも力になるから」
「...まったく、たった今あまり危険な行動はしない方がいいと言ったばかりなのですが...」
呆れたように呟くナギサだったがその口元には自然と柔らかな苦笑いが浮かんでいるのが見えた。
「ですが、ありがとうございます先生....その時はまたお力を貸してくださいね」
そして彼女はセイアとミカと視線を交わした後、穏やかな表情で私に微笑み返したのだった。