薄暗い建物の廊下を1人歩く少女。
その表情は普段の様子からは考えられない程固く、他の場所など目もくれずにただ目的の部屋を目指し進んでいく。
やがて少女の前に一枚の扉が現れると、少女はゆっくりとその扉に手を掛け中へと入っていった。
「...お待ちしておりましたよ、暁のホル...いえ、ホシノさん」
彼女を部屋の中で待っていたのは、頭部が不気味に揺れておりスーツを着用した謎の人物。
「黒服の人....今度はいったい何の用?」
少女...ホシノは目の前の人物を睨みつけながら問い詰めるが、黒服は特に意に返さず口を開いた。
「いえ、実はあれから色々と状況が変わりましてね。今回アビドス最高の神秘をお持ちのホシノさんに再度あるご提案をしようかと思いまして」
「提案?ふざけるな!それはあの時に断った筈だ!」
「ええ、もちろんそれは覚えていますよ、ですから今回はそれとは別のご提案です。...実はお気に入りの映画のセリフがありましてね、それを引用させてもらいましょうか」
そう言って黒服はゆっくりと椅子に腰をかけ手を組み、ホシノをその瞳に捉えながら告げる。
「....貴方に、決して拒めないであろう提案を1つ...」
不気味に笑う黒服を睨みながらも、ホシノは話を聞く為に押し黙った。
「そう身構えないでください、簡単な取り引きですよ。私から提案するのはホシノさんの在籍するアビドス高校が抱える借金問題の事....その借金の大半をこちらで負担しようという話です」
「!」
「あなた方が毎月律儀に借金返済を続けているのは存じています。ですがそれはあくまで利子分、あれだけの借金を返すのにはこの先何十、何百もの年月がかかる....そうでしょう?」
ホシノはそれには答えず未だに黙ったままだが、黒服はそんな彼女を気にする事なく言葉を続けた。
「当然あなた方がどんなに頑張った所でその事実は変わらない。そこで先程も申し上げた通り、残りの借金の大半をこちらで負担する...それであなた方は返済までの日数を大幅に減らす事ができる...これはそういう契約です、如何でしょう?」
黒服の提示する内容は、確かに話だけを聞いてみればこれ以上ない程破格なものに聞こえる。
「....その対価は?まさか無償でするなんてそんなお人好しなわけないでしょ」
「クックック...ええ、ホシノさんの言う通りこれは”契約”ですので。もちろんそれに見合う対価をいただきます」
そう言うと黒服は少し間を置いた後、ホシノに手を伸ばし
「対価は....ホシノさん、貴方です」
「...どういう事?」
「正確には、ホシノさんがお持ちの生徒としての全権利をこちらに移譲していただきたいのです」
「貴方のその力、それはただ無意味で無価値な日々のためだけに消費してしまうにはまりにも勿体ない」
「ですから今後は我々の元で貴方を管理し、その力を有効活用させていただきたいのです。勿論そうするとアビドス高校からは退学してもらう事になりますが、今苦しめられている他のアビドスの生徒達は解放される....どうでしょう?貴方にとって悪くない提案だと思いますが?」
....黒服の言う通り、アビドスの借金を私達5人で返し切るなんていうのは現実的に見れば不可能だ。
かつてのアビドス生徒会が不本意とはいえ残してしまったもの、そのせいで後輩達を苦しめてしまっているのは事実。
.....私が1人犠牲になれば、あの子達は楽になれる?
「クックック...別に今すぐこの場で決めろという話ではありません、なので今日の所はお帰りいただいて結構ですよ。ホシノさんが先程の提案を受けると決めていただいた際に再度こちらへ訪ねてきていただければそれで構いません」
「......」
黒服はどうぞお帰りくださいと言わんばかりに扉の方に腕を伸ばしている。
ホシノは何も口にしないまま黒服を背に扉に手をかけ
「ああ、そういえばもう一つ」
部屋を出ようとした瞬間、黒服がそう言いホシノは動きを止める。
「これは先程の契約とは別なのですが....シャーレの先生をこちらに引き合わせていただければ借金の半分程を支援する、と言ったらどうされますか?」
「っ!なんでそこで先生が出てくるの!」
「実はあの方には少々興味がありましてね、是非一度お会いして話してみたいと考えているんです」
ホシノは思わぬ言葉に口をつぐんだまま動かない。
「何も難しい話ではありません。貴方はシャーレの先生をただこちらに連れてくるだけでいいんです。そうすれば借金は半分になり、あなた方にも少し余裕が生まれる...充分得をする話だと思いますが?」
「まあ、全てはホシノさんが決めていただく事ですので...どうぞ気をつけてお帰りください。貴方が我々のモノになるか、シャーレの先生をこちらに連れてくるか、あるいはその両方か....クックック、いい返事を期待していますよ」
その言葉にホシノは振り返ることなく、今度こそ無言で部屋を出ていった。
「......」
1人部屋に残った黒服は椅子に座ったまま手元の書類を手繰り寄せる。
「さて、先生...貴方はこれからどう動くのでしょうか、非常に楽しみですね....クックックッ!」