誤字報告ありがとうございます。
屋上の扉を開けた先に広がるのは、雲一つ無い澄んだ夕焼け。
少し冷えた風が全身を吹き付ける感覚を味わいながら、2人は並んで屋上からの風景を眺めていた。
「いやぁごめんね先生いきなり連れてきちゃって、さっきは大丈夫だった?怪我とかしてない?」
「うん、ホシノが咄嗟に私を抱えてくれたからね。今は特に問題ないよ」
「そっか、おじさんも役に立てたなら良かったよー」
私の返答にニコニコとした笑顔を見せていたホシノだったが、それからしばらく無言の状態が続くと不意に顔を背けて呟いた。
「.....先生、少しおじさんの話を聞いてもらってもいい?」
ホシノは一瞬頷く私を見て決心した様子で告げた。
「ありがと......おじさんはさ、大人が嫌いなんだよね」
ポツリポツリと溢し始めたその言葉。
私は急かす事はせずに、ただホシノの横顔を黙って見つめ続ける。
「自分達の利益の事しか考えてなかったり...私達をすぐ騙そうとしてきたり...今までそんな奴らばっかり見てきたんだ」
「だから...あの時シロコちゃんが大人を連れてくるって聞いた時は、正直どう追い返してやろうかなんて考えてた」
ホシノは苦笑いを見せながらまるで思い出を振り返る様に目を瞑り淡々と言葉を紡いでいく。
「先生の事も始めは頼りにならなそうだなって思ってた。私達を助けたいだなんて口だけならいくらでも言えるし、それに....これまで私達を助けようとしてくれた人なんていなかったから余計信用出来なかった」
「でもそれから先生と一緒に過ごしてきて、先生は本気で私達に協力しようとしてるんだってわかった。廃校寸前だった学校の問題もどんどん解決して...みんな前よりも明るい顔を見せる様になって...」
「だから今は先生に凄く感謝してるんだ、ありがとう.....でも、それと同時にずっと気になってる事もあるんだよね」
ホシノはそう言って私の方を向くと
「先生....先生は、おじさん達に何か隠してる事がある...そうでしょ?」
「.........」
「さっきも言った通りおじさんは今まで色んな人を見てきたから、その人が嘘をついたり誤魔化したりするのにちょっと敏感でさ」
「シロコちゃんと出会った時の話をする先生...セリカちゃんが襲われそうになった日の先生...便利屋の子達の話をしてる時の先生...他にも色んなタイミングで、先生を見てるとたまに違和感がある時があったんだよね」
「勿論今更先生が私達を騙そうとしてるとか、そういう風に思ってるって訳じゃないんだけど」
「でも、中でも気になったのは....先生がおじさん達を見る目...あ、別に先生が変な目で見てるとかそういうのじゃないよ」
ホシノはそう言うと、ゆっくりと私の目を覗き込む様に視線を合わせて言った。
「.....先生はさ、たまに私達じゃない”誰か”を見てる時があるよね」
私はその言葉を聞いた瞬間、まるで周りの時間が止まったかの様な衝撃を受けた。
「何て言ったらいいのかな...名前を呼ぶ時も、何か話してる時も、先生は私達を通してどこか違うものを見てる様な、たまにそんな感覚がするんだよね」
「私達を見てはいるけど、”私達を見てない”....ってあはは、自分で言ってて意味わからないや」
「...特に、先生と初めて会った時に見た先生の眼差しはずっと印象に残ってるんだ」
「...あれは、何か凄く大切なものを失ってしまった時の目、その目をしてる人を....おじさんは良く知ってるから」
「......ねぇ先生」
「先生は、何者なの?」
「先生には、何があったの?」
「先生には....いったい何が見えているの?」
ホシノはどこか寂しそうな、そんな表情を浮かべながら問いかけてくる。
「私は......」
「........」
既に外も月明かりで照らされている時間帯、私はシャーレの椅子に座りながら、1人考え込んでいた。
『....ま、いっか。ごめんねぇ先生、わざわざ変な事聞いちゃって。そりゃあ急にこんな事言われても困るよねー、いやぁおじさん反省反省ー』
結局、あの後何も答えられず無言になった私を見かねてか、ホシノはあっけらかんと笑いながらあの場を去っていった。
私はあの時、ホシノを呼び止めるべきだった。
彼女が隠そうとしていた苦しみに気づいていたのにも関わらず、その時の私は動く事が出来なかった。
今でも彼女の言葉が頭の中をこだまする。
『先生はさ、たまに私達じゃない”誰か”を見てるよね』
まるで思い切り頭を殴られたかの様だった。
私が知るかつての世界はもうどこにもなく、あの時関わった大切な生徒たちも....もういない。
だからこそ、この世界で目覚めてからの私はまるで夢を見ているようだと....いや、そう思い込もうとしていた。
そんな中で彼女達を見て、この子はこうするだろう、あの子はそう思っているだろう....と、この世界の彼女達に対して無意識の内にあの頃の彼女達を重ねてしまっていた。
結局私は、”今の彼女達”をちゃんと見ていなかったのだ。
今日のホシノの言葉でそんな自分の未熟さを自覚させられた。
「...何をやってるんだ、私は....」
未来がわかっているから、なんてものに甘えて無意識に自分ならもう一度やり直せると驕っていたのだろう。
そんなのは、大人失格だ。
『...?先生、どうかされ....』
私は椅子から立ち上がり、自身の頬を思い切り引っ叩いた。
『!?せ、先生!一体どうされたのですか!?』
突然の私の行動にアロナが驚いた顔をしながら尋ねてくる。
「....いや、ちょっとだらしなかった間抜けな自分に喝をいれてたんだ」
『...とうとう仕事のしすぎでおかしくなってしまわれたのですか?連邦生徒会の方に休暇の申請をした方が....』
「大丈夫だよアロナ、私は冷静だからね」
『疑問....説得力がまるで見当たらないのですが』
私はそんなアロナのツッコミを笑って受け流していると
『...先生が何を考えていたのか、何に悩んでいたのか、私にはわかりません。ですが...もし、先生の中で何か変わってしまったとしても、私は先生についていきます』
『...それが、先生と出会った時からの私の役目であり....何より、私は先生を信じていますので』
そうニッコリと微笑む彼女を見た私は、それからアロナにうざがられる程長い時間彼女を撫で回すのだった。