誰も居ない静まり返った部室にホシノは足を踏み入れる。
いつもならば賑やかな後輩達の声が響くこの場所を、彼女はじっくりと目に焼き付けるように見渡していた。
何度も書いて消されを繰り返し、少し古くなったホワイトボード。
話し合い、遊んだり、お菓子を食べたり...色んな事で使ってきた机と椅子。
あぁ、そういえばこのソファでノノミちゃんに膝枕して貰ってたっけ
この部屋の中の物一つ一つに、大切な思い出がつまっている。
”ホシノちゃん!見てみて、凄いでしょ!”
....大切な先輩が居て
”私は...十六夜ノノミです”
ある時、ノノミちゃんと出会って
”うん....あったかい”
その後シロコちゃんを見つけて
“私達にも手伝わせて!“
”アビドスのために、何かしたいんです!”
それからセリカちゃんとアヤネちゃんが入学してきて
「.........」
そんな思い出を振り返りながら1人机に向かい手紙を書いていると、ふと昨日の屋上での一件が頭をよぎる。
あの時の先生の顔は今まで見た事なかった。
まるで抜け殻になってしまった様な表情につい驚いてしまい、結局その日はそのまま屋上から去ってしまった。
本当は、昨日この事を先生に相談するつもりだった。
もし話せていたら先生は何て言ったのかな....いや、先生ならきっと全力で止めるんだろう。
先生がどんな人かなんて、もう充分わかっている。
もしかしたら別の方法があるのかもしれない。
何かこの状況を変えられる手立てが見つかるかもしれない。
...でも私は、こういう方法しか知らないから。
こういう方法でしか、皆の助けになれないから。
私がいなくても、皆なら大丈夫。
先生が傍に居てくれるなら、きっと学校も大丈夫。
皆が幸せになってくれるのなら.....私は大丈夫。
私は書き終えた手紙と退部届を机に置き、最後にもう一度だけ部屋の中を目に焼き付けてから、静かに扉を閉めた。
それからしばらくして、以前にも来たことのある扉の前に私は立っていた。
ゆっくり深呼吸をした後に、その重い扉を開く。
「....これはこれは、ホシノさん。こちらにいらしたという事は...あの時の提案を呑んでくださるということですか?」
「......それで、私はどうすればいいの」
「まあまあ、そう焦らないでください。もう一度確認しますが、貴方は我々の管理下になる、その事に同意するという事でよろしいですね?」
「.....いいよ。私は...小鳥遊ホシノは、貴方達の提案する取引に応じる」
「クックック...わかりました、では少々失礼して...ええ、彼女が例の契約に同意しました、そちらの計画を進めてもらって結構ですよ」
目の前に座る黒服は何処かへ連絡をとると、不気味な笑みを浮かべながら再度こちらへ振り向き大げさに手を広げる。
「あらためて小鳥遊ホシノさん、貴方を歓迎しましょう。もう少しで迎えが来ますので、その間にこちらの方へサインを」
そう言って黒服はホシノに一枚の紙を差し出す。
「こちらに貴方の名前を書いていただければ契約は完了です...さあ、どうぞ」
差し出された契約書を前に十数秒目を瞑り、ペンを持つ。
そしてペン先と紙面が触れようとした瞬間。
「....おや?」
突然、コツコツと何者かが廊下を歩いてくる足音が聞こえてきた。
その音の主はこの部屋の前で立ち止まったかと思えば、そのまま扉を開き2人の前に姿を現す。
「.....な、何で?」
「....!クックックッ...これは少々予想外でした」
そこには、ここにいる筈のない大人が。
まるで昨日までとは別人だと錯覚する程の顔つきで立っていた。