気づいたらお気に入りが増えてた...ありがとうございます。
「せ、先生...なんでここに....?」
「........」
何も言わずただこちらをじっと見つめている黒服の視線を背に受けながら、私は困惑しているホシノの手を引き部屋の外へと連れて行く。
「せ、先生....」
いきなりの状況に頭が追いついていない様子のホシノに私は安心させるため声をかけた。
「ホシノ、少しだけここで待っていて欲しい」
「え...?先生、何を....」
私はホシノにそう伝え再度部屋の中へと入り扉を閉めると、先程まで無言だった黒服が不気味な笑みを溢しながら話しかけてきた。
「クックック...まさか貴方までいらっしゃるとは、初めましてシャーレの先生。貴方とは一度お話ししたいと思っていたんですよ」
「.....」
「そう身構えないでください、私は何も貴方と敵対するつもりはありません。まずは自己紹介を、私は.....」
「黒服」
「ほう...既に私の事はご存じでしたか、これは失礼。それはそうと貴方には以前から興味がありましてね....突如発足された連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの顧問である“シャーレの先生“その活躍には目を見張るものがあります、特に....」
「黒服、悪いけど私はお前と話す気はないんだ...ホシノを返してもらう」
「....なるほど、噂通り生徒想いな方の様ですね」
黒服は不気味な笑みを絶やす事なくこちらを見つめ
「ですが、ホシノさんは既に退部した身。それに先程我々との契約にも同意されています」
「彼女の退部届けに私は判を押してない。それに、その契約書にはホシノの名前はまだ書かれてないよ。“契約“の重要性をわかってるお前はこの事を無視できない筈だ」
「なるほど、確かにその通りです...しかし、そもそもこの契約はホシノさん自身が選択したもの。アビドスの借金を返し、彼女が大切にしている残りのアビドスの生徒のため自ら望んだものです。それに口を挟むというのは彼女の意思を否定するという事では?」
「それでも私は意見を変えるつもりはないよ。子供が間違った道を進もうとしている時に、見て見ぬ振りをするのを...子供が苦しんでいる時に手を差し伸べないのは”大人”がしていい事じゃない」
「なるほど、”大人”は子供を助けるべき存在であると...それが貴方が考える“大人“であると?...先生、それは違います。“大人“とは、望む通りに社会を改造し、法則、規則、常識と非常識、平凡と非凡とを定める者の事です」
「権力のある者がその下につく者を、知識を持つ者が無知の者を、力のある者が弱き者を支配する...それこそがこの世界の”大人”です」
「....先生、よく考えてください。貴方はこのキヴォトスへとやって来てたまたまアビドスへと向かい、そこで偶然彼女達の事を知り行動を共にしていただけです。貴方が来るタイミングが少しでもズレていれば、そもそも貴方は今回の様な一件を知る由も無かったでしょう」
「そうなればアビドスが借金で潰れていようと、そこにはただ”なるべくしてそうなった”という事実が残るのみです。そう....全て偶然なんですよ、今回貴方は本当に偶然この場に居合わせただけに過ぎません」
「アビドスが抱える借金の原因となった砂嵐....それもただその時に偶然起こってしまっただけ。彼女達もただその後始末に巻き込まれてしまった...言わば運が悪かった、というだけの事です」
「原因、状況、関係者、その他全てに置いて明確な悪は存在しません。強いて挙げるならば、”そうなってしまったこの世界が悪い”とでも言えますかね、クックック....」
「......」
「ですから先生、貴方が責任を感じる必要は無いんです。彼女達の問題に貴方が責任を持つ必要なんて無いんです。貴方はこれからもいつも通りの生活を.....」
「違うよ」
「.............」
「黒服、それは違う」
「.....何がでしょうか?」
「責任をとる必要なんか無い...そんな事は私が“大人“である以上、あり得ない」
「...ほう、つまり貴方は自身がやってもいない事まで責任をとるつもりだと?理解できません、何故そこまでして....」
「黒服、お前はわからないかもしれないけど....そもそも子供が自らを犠牲にして責任をとるなんて事はあっちゃいけない....そんな世界は何処にも存在しちゃいけないんだよ。もし誰かが責任を取らなければならないと言うのなら、それはそうさせてしまった“大人“《私》の役目だから」
私はポケットから“カード“を取り出し黒服に突きつけた。
「黒服、もう二度とホシノに...アビドスに関わらないとここで”約束”してくれ」
「そしてお前だけじゃ無い、他のゲマトリアも同様に」
黒服は目の前に掲げられたカードを見つめながら静かに答える。
「まさかゲマトリアの存在までご存知だったとは......先生、確かにそれは貴方だけの力です。ですがそのカードの代償は...」
「知っているよ。そんなものは、私が1番よくわかってる」
「....そうですか。それでも構わないと....もし私がその提案を呑まなければ?」
「私は.....ゲマトリアを潰す」
「.....成程、確かにその力があれば我々を壊滅させる事は可能でしょう。その代償に貴方の身を滅ぼす事になったとしても?」
「構わないよ」
「...理解できません、何故彼女達のためにそこまでするのですか?貴方は彼女達の親でも家族でもなく、ただの他人にすぎません。何故貴方は.....!」
黒服は少し語気を強めながら机から身を乗り出し、目の前の”大人”の目を思い切り覗き込む。
「.................」
黒服は突然沈黙すると、徐々にその身体が震え出す。
恐怖による震えではない、困惑による動揺でもない
「....クックック...クックックックッ!!!」
それはまさしく歓喜に震える姿だった。
「あぁ、先生...!やはり貴方は興味深い存在です!」
「今貴方の奥底に眠る”何か”、それは本来この世界に存在する筈のない不可解なものです!」
「それはこの世界のルールにおいて...この学園都市《ジャンル》においては排除されるべきもの!」
「なのにもかかわらず、まるで当たり前かの様にそこに存在している!」
「神秘....?恐怖....?明らかに我々の理解の範疇を超えている!」
「先生、我々と共に来ませんか?もし我々と協力していただければ、この世界の真理に...秘義を追求する事ができる。そうすれば.....!」
「黒服」
歓喜に震える黒服を、ひどく冷静な声色が静止する。
「彼女達に、二度と関わらないでくれ」
「........」
黒服は数秒の間無言になると、乗り出していた身を椅子に戻した。
「失礼しました、あまり似つかわしくない姿をお見せしてしまいましたね」
「...わかりました、今日の所はこれ以上のお話は難しいようです。しかし貴方の提案の全てを受け入れる事はこちらとしては約束しかねます、私の一存で彼らの探究を止める事はできませんので」
「ですが、私としてはこれ以上アビドスに関与するのを止めるとお約束しましょう」
「何せ、彼女以上に興味をそそられる存在が目の前に現れたのですから...クックック!」
「......」
私は不気味に笑い続ける黒服に背を向け扉を目指す。
だが扉に手をかける直前、黒服は口を開いた。
「.....先生、最後に一つだけお聞きしても構いませんか?」
「貴方は、何者なのですか?」
「.....かつて自分が負うべきだった責任を、一時的にでも1人の子供《あの子》に背負わせて傷つけてしまった、最低な大人だよ」
「............」
「でも私は.....だからこそ私は、今度こそ”先生”でありたいんだ」
その言葉を最後に、部屋には黒服のみが残された。
「.....先生。ゲマトリアは貴方の事をずっと見ていますよ、クックック......」
少し離れた所の廊下の壁を背にホシノが座り込んでいた。
「あ...先生....」
戻ってきた私の姿を見たホシノは、何か言いたげな様子で口をモゴモゴと動かしながら、酷くバツの悪そうな表情を浮かべている。
「その...あの.....ごめ...痛っ!」
私はそんなホシノに軽くデコピンをお見舞いする。
「これは、1人でこんな所に来て皆を心配させたお仕置きだよ」
「せ、先生...」
「...あ、でもそれだと私も同じか....ホシノ、今度は私にもお仕置きして欲しい!」
「ええっ!きゅ、急に何を言ってるのさ先生!?」
突然そんな事を懇願する私の姿に慌てふためいていたホシノだったが
「....ふふ、ありがとう先生。私はもう大丈夫だよ」
「....そっか」
「あーでもあんな手紙まで書いて帰ったら皆からお説教だろうなぁ」
「なら、一緒に叱られよう。それで一緒に謝ろう」
「....うん、そうだね」
そう言って、暗い顔をしていたホシノはようやく笑顔を見せてくれた。
「ホシノ、黒服はどこかに連絡とかはしてた?」
「...うん、確かそっちの計画を進めてくれとかどうとかって」
おそらくそれはカイザーの理事に対するものだろう。
そうなるとここで悠長に過ごしている暇はない。
「ホシノ、今すぐアビドスに戻ろう。シロコ達が危ない」
「え!?」
「カイザーがアビドスに攻めてきてる筈だ。急いでそれを止めないと」
「な、何で先生がそんな事わかるの?」
ホシノは困惑しつつもそう尋ねてくる
「それは.....」
私はその指摘に言葉が詰まってしまうが、ここで迷ってる時間はないと頭を切り替えホシノに告げる。
「...ホシノ、今から私は悪い大人になるよ」
「え?」
「私は悪い大人だから、ホシノに説明なんてしないし、ホシノは今から私に従ってもらう!とにかく一緒にアビドスに戻る事!」
私の言葉にキョトンとした顔を浮かべていたホシノは、少しして吹き出すと
「.....あははっ!うんうんそっか。ならおじさんはその悪い大人に従ってあげる」
「おい、遅くないか?」
「確かにそうだな」
建物の外には数名が車と共に待機していた。
彼らはカイザー理事に指示され、小鳥遊ホシノの回収に来ていたカイザーの兵士達。
建物から出てきた彼女をアビドス砂漠のPMC基地に連れていく、そういう連絡だったのだが明らかに予定の時間は過ぎている。
「様子を見にいくか?このまま来ないようじゃ俺たちが理事に怒られちまう」
「あ、待て。何か出てきたぞ」
1人の兵士が指を指す方へ視線を動かすと、建物から何かがコロコロと転がってくるのが見えた。
一体何なのかを確認しようと近づいた瞬間、プシュッと音がしたかと思えばあっという間に兵士達は煙で包み込まれてしまう。
「くそっ!スモークグレネードか!誰がこんな..ぐわっ!」
「お、おい!何があった!....ぐっ!」
それから10秒も経たない内にその場にいた兵士達は全員沈黙し、煙が晴れた頃には2人の人影が立っているのみだった。
「流石ホシノだね」
「これくらい楽勝だよー。でも本当にカイザーの奴らが来てたなんて...先生、急ごう!」
私はシッテムの箱を起動させつつ、彼女と共にアビドス市街地へと走り出した。