「.....だ....しろ」
戻りつつある意識の片隅に何者の声が聞こえる。
未だにぼんやりとする視界に逆らうよう目をこらすと、そこに居たのは大柄な人物と数名の兵士。
「理事、奴が目を覚ましました」
「ん?ああそうか、ならお前は早く持ち場についておけ」
兵士は指示に従い去っていき、1人この場に残ったカイザーPMC理事は床に寝転んだ状態の私の傍までやってくると、笑みを溢しながら話しかけてくる。
「1日じっくり寝て目覚めた気分はどうだ?ふふふ、随分と情けない姿だな」
「カイザー理事...!」
私は目の前の男を睨みつけるが、理事は何ともない様な態度で話し続ける。
「ふん、あれだけ私の計画を無駄にしてくれたんだ。今すぐにでも貴様を処分してやりたいが....今はこれくらいで我慢してやる」
「ぐっ.....ゲホッ..!ゴホッ....!」
そう言って理事は私の腹を蹴り上げた。
私の体に一瞬息ができなくなる程の衝撃が走るが、手首を後ろ手に拘束されているため床をのたうち回る事しかできない。
「貴様にはアイツらへの人質として働いて貰う。そうすれば今度こそ私のアビドス支配も決定的なものになるだろう。いや、どうせならアビドス以外も狙ってもいいか、他の学園都市も我々カイザーグループによって統治される....ハハハッ!中々良い考えだとは思わんか?」
「.....っ!」
「まだそんな顔をできるとはな....もし助けを期待しているのならそれはやめた方がいいぞ。何せここは私が秘密裏に造らせた場所だ、他のカイザーグループの面々すら知らん。それに加え電波の受信の類もシステムで遮断済みだ、貴様の場所は誰にも知られる事はない」
「さて、貴様に構っていられる程私も暇じゃない。私の計画が完了するまでせいぜいここで自分の不甲斐なさでも噛み締めているといい」
理事は高らかに笑いながら去り、扉が閉まると同時に電子音が鳴りロックされる。
電子制御されている扉....もしかしたら今私の手首にあるこの拘束具もそうかもしれない。
だとすればこの場から脱出する事は現状不可能に近い。
なんとか身体を起こした私は可能な限り、周りに何かないか探してみるが目ぼしいものは見当たらない。
どうやらシッテムの箱も取られてしまっている様だ。
(あいつはさっき私が1日寝てたと言っていた、それに話を信じる限りアビドスへの進行もまだ行われてない筈....)
リンにはあの時シャーレへ帰る旨を連絡している。
あれから1日経って戻ってこない私を不審に思って何かしら動いてくれているかもしれない。
だが先程の話が本当ならば、私の位置を特定する事も難しいという事になる....
(.....結局、私は何も出来ないままなのか?)
彼女達が苦しむ姿を、私はまた見ている事しかできないのか...?
「....諦めるな、何のために私はここにいるんだ」
あの”私”は、私に出来なかった事を全て叶え、私の思いを引き継いでくれた。
何故あそこで終わった筈の私はこの世界で意識のみ目覚めたのか、それは結局まだわからない。
だがこんな所で諦めてしまえば、本来この世界に居た”私”に合わせる顔がない。
この世界の”私”も、彼女達が苦しむ姿を望んでいる訳がないのだから。
私はほんの僅かな可能性がないか思考し続ける.....だがそんな時、背後から不思議な気配を感じた。
その気配に釣られ振り返った私は、驚きで言葉を失ってしまう。
そこに落ちていたものは、見覚えのある”表面が黒く焦げている”1枚のカード。
何故これがここに?一体誰が?どうやって?私の頭はそれらの疑問で埋め尽くされるが、私の身体は自然とそれに引き寄せられる様に近づいていた。
床に座り後ろ手でなんとかカードを指で挟むと同時に、私の頭には数々の思い出が浮かんでくる。
「.......」
私は目を瞑りながら、指で挟んだカードを振り下ろした。
『......状況分析中....これよりシステムの掌握を開始』
ピーッという音が鳴り響くと共に私の手首の拘束具が外れ、先程まで閉まっていた扉がひとりでに開く。
突然の出来事に私は困惑していたが、とにかくここから脱出するチャンスを逃すわけにはいかない。
部屋を出た先に広がる廊下は薄暗く、どうやら電気の類も消えているらしい。
『おい、何があった!』
『わからん、急にシステムの制御が効かなくなったんだ!』
『とにかく理事に報告を....』
『駄目だ、連絡機器も故障してる!』
彼らもこの状況は想定外なのか遠くの方からは兵士達の焦りの声が聞こえてくる。
彼らが動揺している今のうちに抜け出したい所だが、ここがどういった構造をしているのかがわからない以上出口を探すのは困難だろう。
せめてシッテムの箱が保管されている場所がわかればいいのだが....。
そんな風に考えていると、廊下の曲がり角の照明が突然点滅し始め、警戒しながらそこへ向かうと今度はその先にある照明も同じように点滅し出す。
まるで何者かに誘われている様なその雰囲気に一瞬警戒するが、今の私にはここで立ちぼうけている暇はない。
そのまま照明に案内されるがまま歩き続けると、現れたのは先程の部屋と同様の扉。
私を待っていたかの様に目の前の扉が開かれると、その中に見えたのは机の上に置かれてるシッテムの箱だった。
電源はついていた様で、画面には白い髪を揺らしながら目を瞑っている少女が映っている。
『....先生の安全を確認。疑問、一体ここで何が....』
「アロナ!無事で良かった....!」
『............アロ....ナ...?』
私は安堵から彼女に声をかけるが、私の言葉の意味がわからないと言わんばかりに困惑した表情を浮かべる彼女。
そんな彼女を見ていた私も、どこか不思議な違和感に気づく。
白い髪も、顔も、服も、変わった所は何もない。
だが今の彼女が醸し出す雰囲気には、どこか懐かしく見覚えのあるもので......
『....せ、先生...なのですか....?』
彼女は目を丸くさせ、僅かに震える声で私を呼ぶ。
それはずっと傍に居たからこそわかるもの。
そこに居たのは...いつも私を支え、かつて長い時間を共に過ごした懐かしい少女の姿だった。