本日もシャーレの部屋の中に広がる光景はいつもと変わりなく、私の視線の先には大量に積まれた書類と格闘する先生の姿がありました。
毎日事務作業をこなし、時には学園の視察に向かい、生徒から呼び出しがかかれば嫌な顔1つせずに彼女達の元へ出向く。
普通であれば少しばかり断るなどしてもいい程の仕事量なのですが
『あの子達の助けになれるなら何ともないよ』
先生はいつもそう言って働き続けていました。
それが”先生”としての責務なのでしょうか?
...ですが、そんな先生だからこそ私も少しでも手伝いたいと思えるのでしょう。
『報告、添付された書類データの確認が終わりました、全て問題ありません』
そんな事を考えながら、丁度確認作業が終了した旨を先生に報告すると先生はお礼を述べ、私に休息をとるよう言いました。
正直休みを取るべきなのは先生の方だと思うのですが...
特に最近は机に座りっぱなしな姿を見る機会が多く、覚えている限りでは仮眠もろくにとれていない状況。
その事を問いかけると、先生はまだ大丈夫だと言って笑顔を見せてきます。
....そういう先生の目元には僅かに隈が見えており、肉体的に疲弊しているのは間違いありません。
『しかし、もし先生が倒れてしまう事態になればそれこそ他の作業に支障が出てしまいます。まずは身体を休め余力が充分な時に対応する事を提案します』
「うーん、別に身体は何ともないし...」
再度忠告をしてみるも、先生はやんわりと否定し作業を続けようとするのみ。
どうにもアビドス地域での問題を解決して以来、このように無理をする事が増えた様な気がします。
...何か心境の変化があったのかはわかりませんが、いくら生徒のための行動とはいえこれ以上先生自身が苦しむのは私としては許容できません。
『今すぐ、休むよう、提案します』
先程よりも強くそう主張すると先生は私の圧に戸惑ったのか、ようやく休まれる事に同意してくれました。
先生は仮眠室のベッドの上に身体を預けると、それから少しもしないうちに静かに寝息が聞こえてきます。
やはり先生自身が気づいていなかっただけで、相当疲れが溜まっていたのでしょう。
私はそんな姿に呆れながらも、気持ちよさそうに眠る先生をそれからしばらく見守っていました。
...どれ程時間が経ったでしょうか、私は横になっている先生を見つめながらある事を思い返します。
それは先生がカイザーPMCに攫われてから、時折私の頭に流れる不思議な記憶の事。
記憶の中の私はいつも決まって”誰か”と一緒でした。
その時私の視界に映っているのはシッテムの箱を持つ大柄な影とその隣に立つ少女とおぼしき影。
全体的にぼやけているためそれが誰かまではわかりませんが、どこか懐かしい様な...記憶がちらつく度にそんな感覚を覚えていました。
以前まではこの様な事は無かったのですが....もしかすると私も疲れているのかもしれません。
「.....シロコ」
『...先生?』
不意に聞こえてきた寝言に先生を覗き込むと、その顔には何処か苦しそうな表情が浮かんでいました。
シロコ...その名前はアビドス高等学校に通う砂狼シロコ、彼女の名前の筈です。
そういえば以前先生は彼女とサイクリングに出かけた事がありました。
その日帰ってきた先生は産まれたての子鹿の様に足をプルプルとさせていたのを覚えていますが、その時の事を夢に見ているのでしょうか。
などと考えている内に聞こえてきたガサっという音に再び顔を上げてみると、どうやら先生は目を覚ました様でベッドに腰掛けていました。
『先生、もういいのですか?』
「うん、久々にすっきりしたよ...ふわぁ....」
先生はそう言いながら小さく欠伸を溢しベッドから立ち上がると、シッテムの箱を手に持ち部屋を出ました。
『提案、今日はもうゆっくり過ごした方がいいかと』
「えっと...さっき残ってた分だけ終わらせちゃおうと思ってたんだけど.....」
『........』
「だ、大丈夫!それだけ、それだけだから!」
起きて早々働こうとする先生に私はつい溜め息を溢してしまいます。
....まあそこまで量は無かった筈です、私も手伝えばすぐに終わるでしょう。
そうして私と先生は本日最後の残業をこなすべく、気持ちを切り替えデスクへと向かうのでした。