『質問、こちらの書類にまだサインが無いようですが』
ある日のシャーレにて、作業を中断し椅子で休んでいた所アロナが声をかけてきた。
彼女が指し示した先にあったのはまだ私のサインがされていない1枚の用紙。
「ああ、それはちょっと聞きたいことがあって...ほら、前にユウカが当番で来てくれたでしょ?」
シャーレの当番制度。
簡単に言えば、私が普段行なっている業務の1部をその日担当となった生徒が手伝ってくれるというもの。
....かつては私も同じように当番制度を利用していたのだが、あの世界で私が”ああなってしまった”事、この世界で目覚めた時点ではまだその制度自体無かった事、毎日増え続ける仕事に追われていた事等からすっかりその存在を忘れてしまっていた。
以前、自分では気をつけていたつもりだったのだが仕事中に気絶してしまい気づけば医務室に寝ていた、なんて事があった。
その時はアロナが緊急連絡を送り駆けつけたリンによって助けられたのだが、そんな事態を重く見た連邦生徒会により最近になって例の当番制度が発足されたのだ。
散々アロナやリンに迷惑をかけてしまったのもそうだが、これ以上彼女達を心配させないようにという気持ちから、今では生徒の時間を変に奪わない程度にその当番制度を利用させて貰っている。
「サインの前にちょっと確認したい箇所があって、これからミレニアムに出かけようと思ってたんだ」
『今から向かわれるのですか?』
「うん、この紙も最終的にセミナーに送る物だし、丁度学校の視察もかねて直接訪ねに行こうかなって」
話を聞き納得した様子で頷くアロナを見た私は椅子から立ち上がり、シッテムの箱を服の内側にしまうとシャーレを発った。
ゲヘナ学園、トリニティ総合学園に並ぶキヴォトス3大学園の1つであるミレニアムサイエンススクール。
発電所やフィットネスセンター、更に学園内を移動可能とするモノレールまで敷地に完備されており、その他学園を構成している建物や部活動の多くも他の学園のものとは特色がまるで異なっている。
キヴォトスで”最先端”と呼ばれているものの大半がここミレニアムの発祥とされており、その影響力は他校に引けを取らない。
そんなミレニアムへと足を踏み入れた私は、モノレールを使い目的地であるミレニアムタワー前までやって来ていた。
中心地に聳え立つ巨大なタワー内部にはそれぞれの部室や設備が備わっており、私が今日会う予定のユウカもこの中にいる筈だ。
”学生証、又は認証可能なカードの提示をお願いします”
入り口に向かうとどこからか機械音声が聞こえてきた。
私はポケットからシャーレの身分証を取り出しセンサー前に翳すと、先程同様機械音声で入室許可が下り自動ドアが開き始める。
『流石、最先端の名を掲げる学園ですね』
中に入るとアロナは目に入ってきたタワーの構造や室内の景観を見てポツリと呟く。
私もかつての記憶を思い返しながら周囲の様子を観察するが、やはり前に訪れたゲヘナやトリニティとの違いに改めて驚かされるばかりだ。
そんな事を考えつつ、セミナーの部室を目指し階段を登って行く。
時折すれ違うミレニアムの生徒に挨拶を返しながら
歩を進める事十数分、シャーレを出てから何も飲んでいなかった為喉が渇いていた私は、丁度近くに設置されていた自販機の前に立っていた。
商品に銃弾や手榴弾が並ぶ中、飲料水を選び取り出すと何時間ぶりかの飲み物に自然と喉が鳴ってしまう。
キャップを開け喉を潤そうと口をつけた瞬間
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
どこからか少女の甲高い叫び声と共にドタドタとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
「こらっ!止まりなさい!!!」
それに続くように別の少女の怒鳴り声も聞こえ、2人の少女達はどんどんこちらへと近づいてくる。
(あれ、でも今の声は....)
先程の声は最近どこかで聞いたような...等と記憶を探っていると最初に叫んでいた少女が曲がり角からその姿を現した。
全体的にピンクを基調とした服装で、頭には猫耳形のカチューシャをつけている少女。
涙目になりながら口を大きく開け一心不乱に足を動かす少女は、まさか飛び出した先に人がいると思わなかったのか減速する事なくこちらへ接近してくる。
「っ!あ、ちょっと危な.....!」
『先生!』
「えっ....うぐっ!」
突然の事にすっかり油断していた私は見事なまでに少女から綺麗なタックルをくらい、そのまま彼女と共に自販機へと身体を叩きつけられた。
「モモイ!もう逃がさないわよ....って、え!?ど、どういう状況よ!?」
遅れて2人目の少女が姿を見せる。
「あれ...せ、先生!どうしてここに!?」
「や、やあユウカ...」
私は背中を床につけ自販機に足を上げた状態で声をかける。
その少女は私が探していたセミナー所属のユウカだった。
「....え、先生って....」
そんな私とユウカのやり取りを聞き、私のお腹の上に乗っていたもう1人の少女....モモイはキョトンとした顔でこちらを見つめていた。