〈.......〉
そこは広々とした空間、天井からは中央にある椅子を目掛けて仄かに光が差し込んでいる。
私はそこで何をするでもなく、ただある一点を見つめていました。
自身の視界に映るのは、周りの少女達に囲まれながら楽しそうに笑う『王女』の姿。
...本来、『名もなき神々の王女』として、この学園都市を滅ぼす役割を担っていた彼女はあの日、その役割を自らの意思で否定した。
それは自身の存在理由すらを否定する行為に他なりません、けれども『王女』は躊躇う事なくその意思を見事に貫き通しました。
結果、『王女』の為の『鍵』であった私も存在する意味を無くし、今ではただ彼女の心の奥底で『王女』を見守り続けるだけの存在となってしまいました。
〈.....王女、何故貴方は....〉
当時の私は一人そう呟きながら、『役割』から解き放たれた王女の事を見つめ続けていました。
何故あの時自身の役割を捨てられたのですか?
何故そんなに純粋に笑えるのですか?
...何故、私はそんな『王女』を少しだけ羨ましいと思っているのですか....?
いつかの事、『王女』が私の事を″ケイ″と呼んだ時、私は大きなショックを受けました。
自分はこれまで何の為に生まれ、何の為に行動してきたのか...『王女』によって、自身の『鍵』としての役割全てを否定された様な感覚を覚えたからです。
ですが今ではその気持ちも徐々に薄れ、ある時不思議とこのまま『王女』の事を見守り続けるのも悪くないと思える自分がいるのに気がつきました。
時間が経ち、冷静に思考する事が出来たというのも大きいですが、不意に″あの大人″が話していた言葉を思い出したのです。
″君がなりたい存在は、君自身が決めていいんだよ″
それは『王女』が自身の『役割』の事で自らを追い詰めていた際に投げかけられた言葉。
勿論、その言葉は彼女に向けられたものであり、私に対してのものではないのは理解しています。
〈......〉
ですがいつか....自分も『王女』の様に、『なりたい存在』というのを見つけられるのでしょうか。
それから暫くして、世界が崩れ始めました。
″神秘″で溢れていたこの世界は今や″恐怖″のみで支配され、その形が失われつつあります。
もうすぐこの世界は終わりを告げる...
その単純な答えだけが、確かに残された真実です。
〈.....王女...〉
そんな現実の中、私は意識の奥底で一人彼女を呼ぶ事しかできませんでした。
私が声をかけている王女も今では静かに目を閉じ、既に身体は何の反応も示してくれません...きっともうじき私もこのまま消え去ってしまうのでしょう。
結局、生まれ落ちて一度も与えられた『役割』を果たす事が出来ず、自身が本当に″なりたかった存在″になる事も...いえ、見つける事も出来ずじまい.....
〈......王女〉
「...ケイ」
ですがそんな時、突然私の目の前に王女が現れました。
「やっぱりケイはまだアリスの中に居たんですね、検査ではわかりませんでしたが、アリスは何となくわかってました」
〈王女...!貴方は何故ここに....〉
「...アリスはケイにお別れを言いに来たんです」
そう言ってどこか寂しそうな表情を浮かべる王女を、私はただ黙って見つめていました。
「アリスの身体はもう動きません、きっとこのままエンディングを迎えるんだと思います....だから最後に、ケイと話しておきたかったんです」
〈......〉
「...それと、ケイに謝りたかったんです」
「アリスはあの時、ケイの事が怖くて、少しも理解しようとしませんでした。本当は逃げずに、ケイと向き合わなければいけなかったのに」
「実はあれからずっと、ケイの事を考えていたんです。世界を滅亡させる為の『鍵』...これまでずっとその役割を果たそうとしていたケイの気持ちはどんなものだったのかを」
「....何かを壊す事だけが存在理由...それは凄く辛い事です...ケイが今までずっとそんな気持ちを抱えながら過ごしてきたのなら、きっと凄く苦しかったんだと思います」
「そんなケイを、アリスは突き放してしまいました...ごめんなさい」
〈王女...それは貴方が謝ることでは....!〉
「ケイ、覚えてますか?あの時先生が言った事を」
「自分のなりたい存在は、自分で決めていい....そのおかげでアリスはあの時”勇者”になれたんです...でも、それはケイも同じです」
「自分がなりたい存在になる事に、許可なんていりません。ケイが望むのなら、アリスの様にケイも自分がなりたい存在を決める事ができるんです」
〈.......〉
「だから、ケイはもう苦しまなくて大丈夫です。それと....ありがとうございました、ずっとアリスの傍にいてくれて」
そう言って最後にニッコリと笑顔を浮かべた王女は、その場にゆっくりと倒れ込みました。
〈王女...?〉
私は倒れた王女を抱えながら小さく呼びかけますが、もう王女が返事をする事はありませんでした。
〈....アリス、私は...〉
世界を滅ぼす筈だった『王女《アリス》』
『王女』の力を振るう為の道具だった『鍵《私》』
全てを破壊するのが『役割』だった私が.....今になって王女を...アリスを、彼女を守りたかったと思うのは許されるのでしょうか。
『自分がなりたい存在になる事に、許可なんていりません。ケイが望むのなら、アリスの様にケイも自分がなりたい存在を決める事ができるんです』
〈...叶うのなら、アリス....今度こそ貴方の事を...〉
世界が崩壊した
そして、″光″が現れました