時計じかけの花のパヴァーヌ編終了です。
後書きに次回の事について書いているので、良ければ読んでいただけると幸いです。
ペラペラと机に積まれた書類の束が捲られる音が空間に響き、疲れからか椅子に座る大人の溜息が聞こえてくる...シャーレの仕事部屋にはそんな普段通りの光景が広がっていた。
「先生、頼まれていた分の書類整理は終わりましたよ」
「ありがとうユウカ、おかげで助かったよ」
「全く...あの時も言いましたが先生は一人で仕事を溜め込みすぎです、いくら他の子からの依頼であってももう少し引き受ける量を調整した方がいいと思いますよ?」
「あはは...耳が痛いね」
そんなシャーレへ当番として足を運んでいたユウカは、自身の話を苦笑いを浮かべながら聞いている先生を見て溜息をついていた。
「せ、ん、せ、い?ちゃんと聞いてますか?」
「だ、大丈夫だよユウカ。あれからはちゃんと体調を考えて仕事はしようとしてるし...」
「その改善があまり見られないから言ってるんです!大体先生はいつも....」
「あ、ユウカ!コーヒーでもどう?最近良い豆を貰ったんだよね」
そんな彼女のお説教が始まる事を察知した先生は慌てて椅子から立ち上がり、コーヒーメーカーで豆を挽くとカップに二人分のコーヒーを淹れ机に運んでいく。
「はぁ....わかりました」
そんな誤魔化す様な先生の態度に再度溜息を溢したユウカは呆れた様子でソファまで移動すると、先生が運んだカップに口をつけた。
「...先生はあの子達の事聞きました?」
お互いに淹れたてのコーヒーの味わいにホッと息をついていると、不意にユウカがポツリと口を開く。
「うん、モモイ達の事だよね?あの日は四人でここに訪ねてきたからよく知ってるよ」
「そうだったんですか...本当に良かった」
そう尋ねながら嬉しそうに頬を緩めるユウカ。
彼女が言いたいのは、数日前に行われたミレニアムプライスでの結果発表の事だった。
始めはどう転ぶかわからなかったここ一連の出来事...それは彼女達ゲーム開発部がミレニアムプライスに見事に受賞するという華々しい結果で幕を閉じる事となった。
かなりギリギリの結果だったそうだがそれでも彼女達の頑張りが認められた事には変わりは無いし、あの時シャーレに来た彼女達の喜びようは凄かった。
その日お祝いと称して彼女達が食べたい物をいくらでも奢ると提案し、それから少々私の財布が寂しい事になってしまうという悲しい事件も起こったのだが、彼女達のあの嬉しそうな笑顔を見られただけでお釣りがくる程だろう。
...まあ次の給料日までもう暫くスティックパンだけで過ごす事になりそうだが....
「ありがとう、ユウカも色々手伝ってくれたんだよね」
「...別に私は何もしてませんよ、それを言うならアカネ達の方ですし....何より私達が居なくてもあの子達ならきっとやり遂げてくれたでしょうから」
「まあそれより今回受かって安心しきったせいで、またあの時みたいにあの子達がサボり始めないかと心配の方が強いですけどね!今度また問題を起こしたら次こそ全員反省部屋で絞るつもりですから」
「あはは...お、お手柔らかにね」
そう言って顔を背けるユウカだったが、不意に彼女のポケットから着信音が聞こえてきた。
「はい....ええわかったわ、今行く...すみません先生、また部費の事でセミナーに文句を言いに来た子達がいるそうなので今日はこれで戻ります」
「そっか、気をつけて帰ってね。今日はありがとう」
「はい、こちらこそ...お目付役がいないからってまた遅くまで仕事せずちゃんと休んでくださいね?」
そう言い残し仕事部屋を後にするユウカ。
無事シャーレから帰っていくのを見送り少しの間無言で彼女の後ろ姿を見つめていた私は、部屋へと戻り服の内側にしまっていたシッテムの箱の電源を入れた。
「アロナ、いる?」
画面越しにそう声をかけてみるが彼女からの返事は無い。
今朝ユウカが来て仕事をするまではいつも通り話をしていたのだが...もしかすると寝てしまったのかもしれない。
「“……我々は望む、ジェリコの嘆きを。”」
「“……我々は覚えている、七つの古則を。”」
それでも少し心配になった私は彼女の”教室”へと静かに足を踏み入れた。
少々半壊した壁、薄く水の張った床、いつも見慣れたその”教室”の一角に備え付けられた一つの椅子に彼女は座っていた。
「アロナ?」
性格に言えば椅子に座り、机に置いた腕を枕にして目を瞑っていたというのが正しいだろう。
彼女の名を呼びながらそっと近づいてみるが私に気づく様子は無く、くぅくぅと可愛らしい寝息を立てている。
〈彼女は暫く起きませんよ、相当リソースを使ったせいで疲労が溜まっているようですので〉
「っ!ケイ!」
そんな彼女を覗き込んでいると、突然別の方向からアロナでは無いもう一人の少女の声が聞こえてきた。
慌てて顔を上げるとそこに居たのは以前出会ったケイがもう一つの椅子に座っている姿。
「もう動いても大丈夫なの?」
〈ええ、時間はかかりましたが彼女がデータ化していた私の存在をこの空間に固定化してくれたお陰です〉
「そんな事が...ありがとう、アロナ」
私の知らない所でずっと彼女は頑張ってくれていたのだろう、私は静かに眠るアロナの白い髪を優しく撫でると彼女はどこかくすぐったそうに笑みを浮かべ再び寝息を立て始める。
それからアロナから手を離しケイに向き直った私は彼女に頭を下げて謝罪した。
「ごめん、ケイ。あの時の事....」
〈貴方が謝る必要はありません、あの頃の私はただの『鍵』に過ぎませんでしたから。それにお互いの立場ゆえ対立は免れなかったでしょう〉
「それでも、私は謝らなくちゃならない。正直に言ってあの時の私は君の事を理解する余裕が無かった、だからといって突き放して良い理由にはならない。それと....」
「...ごめん、アリスを傷つけてしまって」
〈.....それはあの世界を壊してしまった時の事ですか?...私が貴方達に敗れアリスの深層心理に居た頃に彼女の目を通してずっと見ていました...アリスを含め、他の生徒達と接する貴方の姿も〉
〈あれだけ長い事観察し続けていれば嫌でもわかります、貴方は彼女達を本気で傷つける様な真似はしない。それが起こるとするのならば、そうせざるを得ないよっぽどの理由がある筈だと....〉
ケイはそう言って溜息をつきながら言葉を続ける。
〈貴方があの時アリスに言った事を覚えていますか?”君がなりたい存在は、君自身が決めていい″...皮肉な事に、私が『鍵』の役目を果たせなくなって暫くした後に浮かんできたのが貴方のその言葉でした〉
〈....私は『王女』を...アリスを今度こそ守りたいのです。本来の存在である『鍵』ではなく、例え偽物の存在であっても『ケイ』として〉
「......」
〈...その為には、まず”あの者達”を退けなければなりません。貴方も知っているでしょう?〉
「...うん」
彼女の話を聞きながら、私の脳裏にはあの時自身を取り囲んでいた白装束に身を包んだ集団がよぎる。
〈”あの者達”の目的はこの世界を...彼女達を消し去る事です〉
〈貴方と私が何故この世界に存在するのかはわかりません....ですが貴方はもう同じ過ちを繰り返さない為、そして私は彼女を...アリスを今度こそ守る為、お互い最終的な目的を果たすのに協力し合える筈です〉
〈力を貸してください.....”先生”〉
そう言ってケイは私に向けて手を差し出してきた。
....悩む時間など必要無い、私の答えは既に決まっている。
「...勿論。よろしく、ケイ」
私は彼女と同様に片手を伸ばし、”お互いの過去を知る者同士”として、”この世界の協力者”として.....”先生と生徒”として握手を交わした。
『......どういう事だ』
『”鍵”があの者の味方をしただと?』
『理解できぬ』
『理解できぬ』
『何故”機体”との接触を行わない?』
『このままでは”王女”が生まれなくなってしまう』
『我々の計画はどうなる?』
『───、問題は無い』
『時間はまだ多分に残されている、計画は新たに作り直せばそれで良い』
『では、どうする?』
『例の集団の”花の怪物”が忘れられた神々の一人を使い実験を行うそうだ』
『奴は単純だ』
『単純であれば我々が制御しやすい』
『奴を利用し、”アレ”をこの世界にも引き寄せる』
『──箱の主の中にいる”アレ”はどう動く?』
『わからぬ、だが今ヒトの肉体に収まっている以上その力の程度は知れている、我々の計画が進めばこちらに分がある筈だ』
『.....では、祈ろう』
『あぁ、そうだ』
『名もなき神々の為に』
前書きにも書きましたが、今回で時計じかけの花のパヴァーヌ編第一章終了です。
今回は今後の為の準備段階という側面が強く、対策委員会編の時よりは短くあまり展開が進まない章となってしまいましたが、その分第二章では大きく話を動かす予定で考えています。
次の更新時はエデン条約編となりますが、おそらく構成を考えるのに今まで以上に時間がかかるので、次回の投稿日はかなり遅くなってしまうかもしれません。
ですが最後まで投稿を続けていこうとは考えているので、それまでお待ちいただけると嬉しいです。
最後になりますが、ここまで読んでくださりありがとうございました。