それから来る日も来る日も彼女達との時間は続いていた。
「ね、ねぇ....ここ教えて欲しいんだけど...」
「っ!はい!勿論良いですよ!」
毎日を過ごす中でコハルは少しずつ彼女達と距離をつめていき、まだ積極的と言うわけでは無いがわからない所を教えてもらおうと声をかけるまでになっていた。
「ハナコ、この辺りの文章の意味は?」
「こちらは叙事詩の中の一部を切り抜いたものですね、意味は...」
アズサは変わらず黙々と勉強を続けており、時折ハナコに質問をしている姿をよく見る。
私も補習授業が終わりシャーレへ帰ると、翌日教える範囲を読み込み軽く仕事を終わらせ眠る...そんな日々を過ごす事2週間程、ついに私達は第一次特別学力試験の当日を迎えた。
「あ、あぅ...緊張してきました」
「やる事はやった、後は実力を出すだけ」
「あら、コハルちゃん大丈夫ですか?」
「べ、別に平気!さっさと合格して早く正義実現委員会に戻らなきゃいけないんだから!」
教室にいるのはいつもの四人、だが彼女達からは普段と違った緊張感が伝わってくる。
「みんな、とりあえず落ち着いて、いつも通り気を楽にね」
「はい....そうですね、ありがとうございます」
私はそんな彼女達に声をかけ、四人が席についたのを確認すると学園から配布された試験の問題用紙を配り始める。
「.....試験開始!」
こうして彼女達の試験が幕を開け.....
「お疲れ様でした、先生」
時刻は変わり、生徒達が皆寮へと帰る時間帯。
私は目の前に座るナギサから労いの言葉を受けていた。
「どうぞ、最近気に入っている紅茶です」
「ありがとう、いただくね」
ティーカップを手に取りナギサが淹れてくれた紅茶を口に含むと、どこか清涼感のある香りが身体の疲れに染み渡る感覚を覚える。
そんな私を見ていたナギサは手元に書類の束を手繰り寄せながら口を開く。
「色々と彼女達の勉強を手伝っていただいた様で、感謝しています。それで.....その、先生は既にご存知かとおもいますが、本日の第一次特別学力試験の結果が届きました」
そう言って彼女は書類の束から一枚の紙を抜き出し私の前に差し出してくる、そこには....
――――――――――――――――――――
《第一次特別学力試験の結果》
ヒフミ──76点。
アズサ──42点。
コハル──20点。
ハナコ──2点。
――――――――――――――――――――
.....彼女達が第一次学力試験に落ちた事が記されていた。
つまりまだ補習授業部は継続、今後は規定通り次の試験までは合宿所で毎日勉強しなければならないということ。
「....という事ですので、申し訳ありませんが先生にはまだ彼女達のお力になっていただく事になります。シャーレの仕事もある中でお手伝い出来ないのは心苦しいのですが...」
「大丈夫だよ。あの時も言ったけど、私が好きでやってる事だからね」
申し訳なさそうな表情を浮かべるナギサに、私は安心させるように声をかける。
「今回の結果は私の力も足りなかった部分もあったから、合宿までにはもっとわかりやすく教えられるように勉強してかなきゃ」
「きっとヒフミさん達も先生の指導のおかげで良い勉強期間になる事でしょう、これからもよろしくお願いします」
ナギサはティーカップをテーブルに置きながらこちらに笑いかける。
だがその顔にはどこか疲れが滲んでいるように見えた。
「ナギサ、最近ちゃんと休めてる?」
「....あまり寝られていないのが正直な所です、あれから色々とやるべき業務が増えていましたので」
きっと”エデン条約”締結を進める為にかなり無理をしているのだろう、彼女にとってその条約がどれだけ重要であるかは身に染みて理解している。
「何もしていない私が言うのは違うかもしれないけど、たまにはナギサも休まないと。ずっと動き続けたらそれこそミカやセイアに心配をかけちゃうからね」
「...そうですね、今日は少しだけ自室で身体を休めるのも良いかもしれません」
ナギサはそう言いながら、まるで何かを思い出す様に目を瞑る。
「じゃあ、私はそろそろ戻ろうかな。またね、ナギサ」
「はい、お疲れ様でした」
ナギサとの対話を終えたシャーレへの帰り道、私は今日の試験の結果が書かれた用紙を見ながら一人思案していた。
彼女達は確かに頑張っていた、それは勉強を手伝っていた私から見ても間違いない。
ヒフミやアズサは勿論、コハルも途中からではあるが自ら質問をしてくる様にもなった。
ただ、一人だけ....私は彼女の名を改めて見つめる。
(ハナコ....)
私は知っている。
今回の結果は、彼女が本気を出していないという事を。
あえて実力を抑え、半ばわざと点数を落としている事を。
かつての世界で彼女が抱えていた悩み、葛藤、それらを語った時の事は今でも覚えている。
だからこそ、今の彼女はこのまま補習授業を続けていても決して自分を変えることはないだろう。
...けれども、それについて追求する事を私はしたくない。
彼女自身が自ら一歩を踏み出しても良いと思える様な....彼女が本心を告げられる様になるまで、傍で見守り、その手助けをするのみだ。
それはこの世界でも変わることはない。
私はその場でグッと腕を上げ身体を伸ばすと、今度の合宿では何をしようか考える為、シャーレへ向かう足の動きを早めたのだった。