補習授業部での合宿初日。
本来であれば今頃彼女達と共に次回試験の対策を行っている筈だったが、現在私はそんな彼女達の元を離れてアビドスへと向かっていた。
理由は一時間程前に届いたシロコからの連絡。
『砂漠の中で倒れている子を見つけた』
その連絡は私からすればまさに予想外の出来事だった。
電話越しのシロコによれば、今はまだ気を失っているそうだが....その少女が果たして何者なのかを確かめなければならないだろう。
考えたくはないが、もし万が一にでも少女が何かしらの悪意を持ってアビドスへやって来たのならば、シロコ達は勿論守らなければならない。
そして、それと同時にその少女ともしっかり話し合う必要がある。
その少女個人の事情で行動を起こしていたのだとすれば、彼女の意志や理由をしっかりと受け止め問題を解決していく。
だがもしその少女を使って何かを企んでいる存在がいるのなら....絶対に野放しには出来ない。
(...全部が杞憂で終わるのが一番だけど)
私はそんなことを考えながら、久しぶりとなるアビドスの街並みを早足で移動しながら、シロコ達の待つ校舎へと向かうのだった。
コツコツと廊下を進みやがて見えてきた目的地。
部屋の入り口上部に見える『アビドス廃校対策委員会』というプレートを見つけた私は、そのまま軽くノックし扉に手をかける。
「先生!お久しぶりです!」
「ん、久しぶり」
「あ、やっと来たわね!」
「久しぶり、みんな」
扉を開けると同時にアヤネとシロコ、セリカの姿が私の目に飛び込んできた。
「うへぇ〜先生お疲れ様、わざわざ遠くから来てもらってごめんね〜?」
そんな彼女達に声をかけながら部屋の奥に視線を向けると、奥の椅子に腰掛けていたホシノが顔を上げ手を振っており....その更に奥のソファに件の”少女”が座っていた。
「美味しいですか〜?」
「っ!(コクコク)」
「うふふ、まだまだ沢山ありますからね」
...正確に言えば、ソファに座るノノミの膝に乗っていた。
少女の手にはいくつものお菓子が握られており、とても美味しそうに頬張る姿をノノミが満面の笑みで見守っている。
「えっと、あの子が電話で話してた...?」
「うん、そう」
私は少々予想と違った様子に困惑しつつシロコに尋ねると、彼女は特に表情を変えることなくコクリと頷いた。
確かに部屋に入った時のシロコ達には深刻そうな雰囲気が無いとは何となく思っていたけど....もしかすると今朝の考えは本当に杞憂だったのかもしれない。
「一応先生がいらっしゃるまでに何度か質問をしてみたのですが、あまり答えてくれなくて。お腹が空いていたみたいだったのでノノミ先輩がお菓子をあげたらあの様な感じに...」
「成る程...」
アヤネの説明を受けながら改めて私は目の前の少女を見つめる。
(あれ、あの服装は...)
だがその時少女が着ている服が目に入り、同時に私の頭の中にある記憶が浮かんでくる。
それは、かつて”あの場所”で過ごしていた多くの少女達が身につけていた服だった。
教育という手段を悪用され、教わるべき事を教えられずに大人の都合のみに振り回されてしまっていた彼女達。
この子は....その一人だ。
「先生?」
アヤネの声も聞こえないほど夢中になっていた私は、気づいた時には既にその少女の元に向かっていた。
突然近寄って来た私に身体を震わせる少女、そんな彼女に合わせる様しゃがんだ私はそのまま少女の目を見つめる。
その瞳には”困惑”と”疑念”、それに隠れる様に僅かな”恐れ”が映っていた。
(やっぱりこの子も.....)
私は気持ちを落ち着かせながらゆっくり立ち上がると、シロコ達に向き直りあるお願いをした。
「ごめん、少しこの子と二人で話をしてもいいかな」
「二人でですか?」
「そんなに時間はかからないと思う、可能なら別の部屋を貸してもらえると助かるんだけど...」
「うーん....」
私の提案に少し考え込むアヤネ達。
「まあいいんじゃない?先生なら悪い様にはしないだろうしね〜、ここは大人に任せておじさん達は静観するのも良い案だと思うなぁ」
そんな彼女達を前に、ホシノは机に頭をつけながら口を開き私の提案を呑んでくれた。
「....確かにそうかもしれませんね。もし何かわかれば私達の方でも協力できますし」
「はーい、それじゃあ一旦先生にお任せするって事で...あ、部屋ならいくらでも使ってない教室があるから自由にしていいからね〜」
「ありがとう....えっと、そういう訳で少しだけ君と話をしたいんだけど...いいかな?」
ひらひらと手を動かすホシノを見た私は、ノノミの傍にいた少女の前にもう一度しゃがみ込みできる限り安心させる様に声をかける。
「......」
少女は少し動揺している様だったが、やがて無言で頷くとノノミの膝から降りついて来てくれた。
そうしてホシノ達と一時的に別れた私は少女を連れて少し離れた空き教室へ。
砂や他の目立った汚れは一切見当たらないため、きちんと掃除が行き届いているのが見て取れる。
「それで....その」
「......」
私は少し距離の離れた場所に立っている少女を見ながら、どう切り出そうかと頭を働かせていた。
彼女は明らかにこちらを警戒している....それはそうだ、本当に”あの環境”で過ごしていたのなら誰もがそうなってもおかしく無い。
だが変に遠回りし過ぎても逆にそれが彼女の疑念を強めてしまうだけとなってしまう。
(......ここは、彼女の反応を見よう)
そこまで考えた私は、思い切ってその問いを目の前の彼女に投げかけた。
「君は......アリウス自治区の子なのかな?」