「君は......アリウス自治区の子なのかな?」
「っ!」
私がそう告げた途端、目の前の少女は驚愕の表情を浮かべこちらを見た。
「な、なんで...」
″何故その事を知っているのか″、口にはしないが彼女の目からはそんな疑問が伝わってくる。
「あっ.....」
そして小さく息を漏らした少女は、ギュッと自身の身体を手で抱き寄せ怯えるように震え出す。
「ご、ごめんなさい...逃げ出してごめんなさい....」
少女は何度も何度も言葉を吐き捨てるが、それは私に向けて発していない。
ここにはいない″何か″、まるでその存在を恐れる様に謝罪を繰り返していく。
「...大丈夫、ここには君が思っている″それ″はいないから」
私は彼女に視線を合わせるようにしゃがみ、彼女との距離に気をつけながら声をかける。
初めは震えが止まらなかった少女だったが、次第に落ち着いてきたのかその動きも徐々におさまりつつあった。
「心配しないで、私は君がどんな立場であってもまずは話をしたいだけなんだ」
「.....」
「勿論無理に全てを話そうとしなくてもいい、君が話してもいいと思える事だけで構わないから」
「.......」
少女は喋らない、ただ顔を俯かせ何かを考えるように黙り服を手で強く握っている。
私も彼女から聞き出す様な真似はせずに、一定の距離をとりながら静かに見守り続ける。
それからどれほど経過しただろうか...数分か、あるいは十分以上だったか
「......たんです」
ポツリと、不意に彼女がその口を開いた。
「...逃げ、出したんです」
「.....」
私は黙って彼女の言葉の続きを待つ、そんな私の反応を見て彼女はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「...私は小さい頃からあそこにいて、いつも隠れて過ごしてました」
「周りの子も、みんな同じでした....あの時は毎日どこかで争いが起きてて、みんな巻き込まれない様に隠れてたんです」
「″なんで私たちがこんな目にあってるんだろう″って誰かが言ってましたが...私からすればどうでも良かったんです」
「だって、そんな事を考えていても食べ物は手に入らないし...状況が変わるわけじゃない....なら何も考えないでいた方が疲れなくて楽じゃないですか...」
少女は過去を思い返す様に淡々と語り続ける。
「そんな生活をしてたある日....″あの人″がやって来ました。その人はあの場所で起こってた内戦を終わらせて、バラバラだった私たちを一瞬で纏めたんです」
「初めは確か私も喜んでいた様な気がします、これで戦いに怯えないで安心して暮らせる様になるんだって...だからこそ私を含めた全員が、あの人から教えられた常識や歴史...その全てを素直に覚えていきました」
「だって...誰かに知らないことを教えてもらうのは初めてだったから...それが凄く嬉しかったんです」
「....でもある時から、私たちは戦うことを覚えさせられました。″外の世界は危険だから″、″弱いままだと生きていけないから″...そう昔から教え込まれていた私たちは何の疑問も持たずに訓練を続けていました」
一度飛び出た言葉は止まらない、今まで堰き止められていた水が溢れるように彼女の口からとめどなく流れていく。
「訓練は凄く辛くて、出来ないと罰を受けて...最近はその量もどんどん増えていって.....」
「どんなに辛くても苦しくても...誰も手を貸してくれないんです....当然ですよね、みんな自分の事で精一杯なんですから....」
「毎日がその繰り返しで...お腹が空いたらなんとか凌いで...それ以外は寝ているか訓練の時間で....」
「そんな風に過ごしてたある日、思ったんです...思っちゃったんです、もう無理だって」
「でも当然そんな事誰にも相談できなくて、ずっと悩んでました...それで私は.....」
「逃げたんです」
「外の世界がここよりも辛くても、それはそれで良いなって....とにかく誰にも見つかりたくない一心であそこを飛び出たんです」
彼女の思いが重く、ひたすらにのしかかってくるのを感じる。
「出た後は....訳もわからず歩いてました、見た事ない場所やものだらけの中で見つからないよう隠れながら、誰も知らない遠くを目指して」
「それで.....」
「....ここに辿りついた?」
「....」
彼女は静かに頷き答える。
「気づいたら知らない人に囲まれてて....最初は驚いたけど、あそこにいた子達とは全然雰囲気が違って...くれたお菓子も凄く美味しくて....」
そこまで話した彼女だったが、突如として目から涙が溢れ出した。
「わからないんです...!外の世界は今まで教えてくれた事と全然違って...私はそんな違っていた事をどこか嬉しく思ってしまって」
「自分はただ辛いだけであそこから逃げ出した弱い人間で、助けられる価値はないのに...でもこれからどうすればいいのか...!」
とうとう堪えきれなくなり、泣きじゃくってしまった少女。
そんな彼女に私は近づき、告げた。
「弱くないよ」
「.....え」
「ずっと頭でそれが常識だと思っていた事を簡単に変えるのは難しいし、誰だって信じてきたものが突然違うと突きつけられるのは怖いと思う」
「辛いから逃げ出した、だから弱い....私は違うと思う。どんな理由であれ君は″逃げ出す″という選択を自分でとる事が出来た、それだけで充分強い子だよ」
「それに、この世界に助けられる価値が無い子供なんて存在しない....それだけはどんなに周りと違っていても、認めてはいけないんだよ」
私の言葉をポカンとした表情で聞いていた少女、それから少しして彼女の目からは再び涙が流れ始める。
今度は静かに、声を上げる事なく床へと落ちていく。
私はそんな彼女を見て、少しでも安心してもらおうと彼女の頭に手を伸ばし....
「ちょっと、そろそろ終わった?先輩達も待ってるs.....」
そのタイミングで扉が開かれ、セリカがなんの前触れもなく現れた。
彼女は私と少女の方を呆然と見つめている。
私はそんな彼女の反応に、今この状況を改めて理解した。
教室に入ってみれば、そこにいるのは涙を流し立ち尽くす少女にその前に立っている一人の大人。
それを見たセリカからすれば何を思うのか....
「あ、あのセリカ?これはちょっと理由が...」
「っ!何泣かせてんのよっ!!!!」
「ぐぶぅっ!?」
当然、私が弁明する間もなくセリカは勢いよく走り出し、私のお腹に綺麗な膝蹴りを入れた。
(ああ...最初にシロコと会った時もこんな感じだったっけ)
私はこの世界で目覚めた時の事をなんとなく思い返しながら、お腹の痛みと共に教室の床へと叩きつけられ意識を失ったのだった。