志半ばで、潰えたその夢。
あたしはそれを叶える…もう、大丈夫だって証明して見せる。
だからこそ……今を頑張るんだ…。
ミッド東部・海上……。
降りしきる大雨と強風。
船に乗った『ファイアフライ分隊』の3人は水中戦に特化した魔導兵器と交戦を繰り広げていた。
魔導士は水中戦なんて想定していない…その虚を突いた奇襲特化型だというわけだ。
もちろん、戦闘経験がそこまで積まれていない3人はこのモデルとの交戦に苦戦を強いられていた。
そして、空戦特化のフェイズはこの嵐のせいで持ち前の高機動戦闘に持ち込めず、船の上で後方支援に回っている。
「くっ…海の中に潜られては対処が難しいな……!。」
時折見せるボディに向かって魔力弾を放つも水中での機動力が高く、簡単に回避されてしまう。
…何か、手立てはないのか……船を直接攻撃されたらそれこそ海の藻屑だ。
そう考えていると、また仕掛けてくる。
「ちょこまかと逃げ回るだけで…鬱陶しいっ!。」
船体の損傷は命取りだ。伸びてきたアームを銃撃で弾くティアナ。
一度、奴らのナノマシンに侵された個体と戦っているから分かる……きっと、この戦法は自身の"成長"を促す行為であり、『速戦即決』を封じ込める手段だ。
事実、交戦開始から約1時間が経とうとしている。だから、無暗やたらに攻撃を仕掛けずに向こうの一手を防ぐ防衛戦に徹することとした。この駆け引きに失敗すれば、それこそ詰みになる。
好機は必ず来る…そう信じて。
「……向こうは船に直接攻撃を仕掛けてきません。これって、運がいいだけなのでしょうか…。」
「いや、違うな。これは"わざと"だ。俺達との戦闘によるデータをかき集めているのだろう。つまり、手の平の上で踊らされているんだ。だから、こっちも必要最低限の攻撃で迎撃するだけだ。」
幸い、この船は自動制御で陸地に向かって突き進んでいる。海域を突破すれば、打てる選択肢はいくつか増えるだろう。
「でも、このままじゃ埒が明かないわよ!?。エリオ、顔を見せてきたらその槍をぶっ刺してやりなさい!。」
「待て、それは早計だ。向こうがやる気ならとっくに追い詰められている……だからここは、好機を待つしかない。」
「っ……まどろっこしいわね…!。」
フェイズは冷静に見極める。
攻勢の"チャンス"を。
だがその時、吹き荒れる嵐がより一層激しくなる。
船体が激しく揺れる…3人は態勢を崩し、陣形が乱れた。
「!!!。」
それを好機と見たのか、魔導兵器はアームを伸ばす。
その先には、態勢を崩したティアナ…避けることが出来ない悪い態勢だ。
(…あ……。)
一瞬の出来事だった…気が付けばティアナは荒れた海に投げ出される形でバリアジャケットが解けてしまう。
手元からデバイスが離れた…それと同時に意識が混濁する。
目を閉じる瞬間、そこに映ったのは…。
手を伸ばして飛び込んできたフェイズだったーーー………。
……………………………。
…脳裏に"あの時"の後悔が浮かぶ。
兄の夢を追って、士官学校を受けた時の記憶…合否判定が書かれた書類を手に取る。心臓の鼓動が早くなる…恐る恐る、その結果を見るとそこには……。
「不合格」
その3文字は、これまで積み上げてきた努力が崩れるものだった。
頭の中が一気に真っ白になる…そして、そこに追い討ちをかけるようにもう一つ、最悪な文言が刻まれていた。
「空戦適正…「無」」
…………一体、自分は何が取り柄なのか…。
一生懸命、頑張ってきた。兄の夢である「執務官」を目指す為に。
しかし、突きつけられた現実はここまで残酷で、夢を否定するものだ。
……ごめんなさい。
その言葉しか出てこなかった…ーーー。
………………………………。
「ごめん…なさい……。」
両目から涙が一筋流れると同時に、ティアナは意識を取り戻した。
視界に映るのは、晴天の空…そして、眩い太陽の光。
…生きてる…?。確か、海に落ちたはず……ここは……?。
ゆっくりと身体を起こすティアナ。しかし、自分の姿に気付いたのか一気に顔が赤くなる。
「!?!?!?。」
下着姿。自分の服は木にかけられ、風で靡いている。
何でこんな姿に!?。そう思っていた矢先、誰かがここに来た。
「目が覚めたか、ずっとうなされていたようだが悪い夢でも見ていたか?。」
砂浜を歩いてきたのはフェイズ。薪になりそうな枝を抱えて歩いてくる。
自分の姿を見られまいと、ティアナは体を丸くして顔を埋める。しかし、フェイズは何も気にすることなく近くに座っては枝を無造作にばら撒いて。
寝ていた砂浜には煤(すす)が散らばっていた。恐らく、彼が夜通し火の番をしていたのだろう。
資材が少ないが故に、火を切らしたのだと思う。
「すまない。緊急だった故、服を乾かせてもらっている。制裁は後で受けよう。だが、風邪を引くよりはマシだ。そのままだと低体温症に……。」
「い…いいですッ!!。事情は分かりましたからッッ!。」
「??。そうか…む、俺の服はもう乾いているようだな。こんなので良ければ羽織っておけ。」
そう言って、フェイズは自分のジャケットをティアナに被せて枝をくべる。
「……もしかして、あたしを助けたんですか…?。」
「何をおかしな事を。まるで、助けるなと言わんばかりに。」
「だって、あたしは貴方に………。」
「俺は気にしていない。お前が俺を気に食わないのは何となくだが分かる。嫌なのだろう?まるで"自分"を見ているようで。」
「あ…………。」
「……分かるさ。今は…それだけを伝えておく。」
そう言って、フェイズは慣れた手付きで火起こしを行う。
昨晩、作ったのだろう、かき集めたものと自分のシャツを千切って紐のようにした簡易的な火起こし器を組み上げていた。
それからものの数分で簡単に火種を作り、小さな焚き火を完成させた。
メラメラと燃える炎を見ながら、ティアナは小さな声で話しかけた。
「………救援は来るんですかね…エリオは……。」
「さぁな。海の中にデバイスを落としては二度と回収出来んから咄嗟に解いて船上のエリオに向けて投げ渡したからな…もちろん、お前のデバイスも回収して同じように投げ渡した。後は、アイツが首尾よくやってくれればの話…だが。」
「でも、たった1人であの魔導兵器を……!!。」
「大丈夫だ、エリオなら問題無い。俺は奴を信じている。」
「…………情けないですね…ずっと歳下の子にあんな化け物を押し付けるなんて…。」
「…耳が痛い言葉だ。」
煌々と燃える炎を見ながら、2人は言葉を詰まらせる。
特に、ティアナは何を話せばいいか全く思い浮かばない。何せ、事あるごとに噛みついていた相手だ。きっと、よく思われていない…それに、何を考えているか全く分からない彼との会話なんて…そう思っていた矢先、意外にもフェイズから話しかける。
「絡み辛いだろう、俺は。」
「へっ?。あ…え…?。」
突然、こんなことを言うのだ。思考が全く追い付かない。だが、フェイズは何食わぬ顔で言葉を続ける。
「ユナからある程度の人との接し方を教わったつもりなのだが……すまん、どうにも上手く出来る気がしない。目上の人間なら問題は無いのだが……困ったな……お前の気分を変えようと考えるも、何も思いつかん。」
「えっと…む…無理しなくていいですよ…あたしは大丈夫ですから…。」
「そうか……日中だが、火起こしをしておかねば夜は冷える。長丁場になるかもしれん、体調が悪くなればすぐに言え。薬になりそうなものは一通り、揃えておいた。」
ポケットからたくさんの草花を取り出し、大きな葉の上に置くフェイズ。
「えっと…何でそんなに詳しいんですか?その…サバイバルというか…。」
「幼少期に培った生きる為の知恵だ。二度と使うことはないと思っていたが…こんな場面で役に立つとは思いもしなかった。おかげで、お前の体調管理に気を使えそうだ。」
「幼少期……その…何かあったんですか……あっ…話したくないなら結構です。」
「別に構やしない、苦い思い出でもないからな。俺は、捨て子だった。本当の名前は「フェイズ・スフィア」。「アイオン家」に引き取られた養子だ。」
「…アイオン家…有名な資産家………。」
「…恵まれた環境下に居ながらでも「落ちこぼれ」の烙印を押された人間……事情を知らない人間は、そういった環境に胡座をかいて腑抜けた結果だと思っているものが多い。だが、実際は違う…俺には"才能"が無い。「魔導ランク「B」」も、誰にも真似出来ない、したくない戦法を披露した結果だ。魔力だけで言えば良くて「C」だろう。当時、所属していた部隊が慢性的な人手不足を解消する為にこのランクを与えたにすぎない。自分の部隊に適正「C」以下の人間を置くわけにはいかないし、働く駒としては便利だった…いざとなれば切り捨てればいい。俺はその枠に入った側だった。」
「……そう…だったん…ですか……あたし、てっきり……。」
「お前が気に病む必要は無い。知らなかった事だ、そう思われても仕方無い。それに俺は、人の評価なんてどうでもいい。ただ、"空"を飛ぶことを止めたくないという、くだらない意地さえ張れればそれでいい。」
フェイズは揺れる火を見ながら、自分の手を見る。
「…だから、お前も突きつけられた現実に絶望するな。」
「…え…?。」
「兄の夢を追うためにお前は管理局員になったのだろう?。だが、それは"兄の夢"だ。」
「…何が言いたいんですか…?。」
「"お前自身"はどうなんだ?。お前自身の"夢"は……どうなんだ…?。」
それを問われたティアナは何も答えられなかった。
確かに、フェイズの言う通り「執務官」を目指すのは死んだ兄の夢だった。
だけど、それを目指したい気持ちに嘘はない。
兄の夢を継いで、自分は大丈夫なんだとちゃんと報告したい。
だが、それを成した後はどうする?。兄が目指していた理想までは分からない。叶えた後、自分が"成したい"事は一体なんなのか……突き動かしているのは、その夢を叶える為だ。だけど、自分自身の"目標"は描いていない……。
でも……"心"は決まっている。
「……それも、あたしの"夢"……「執務官」になって、兄のような立派な人になりたい……あたしは…あたしは……。」
感極まったのか、ポロポロと涙が無意識に落ちる…そんな彼女を見たフェイズは何も言わずに火の中に枝を放り投げる。
「…ごめんなさい……あたしは…焦るばかりに貴方の言うこともロクに聞かずに……。」
「気にしていないと言っただろう?。俺達は"似たもの同士"だ。気持ちは分かる…だが、焦りは自分の長所を曇らせる…皆も言っていたが、お前の"本当の強さ"は戦闘に長けた実力なんかじゃない。それに気付いて頑張ればいい…人並以上に努力を続けられる人間はいつか必ず報われる……周りがお前を応援しているさ。」
「…っ……はい……っ!。」
………それから、翌朝。
2人の行方不明の報告を聞いたのか、救援部隊がやってくるのが見えるそしてそこには、エリオも居て。
フェイズの目論見通り、彼が手配したのだろう…流石というべきだ。
「よかった!ご無事だったんですね…!?。」
船を降りて島に上陸し、2人の安否を喜ぶエリオ。
「なんとかな。エリオ、感謝する。やはりお前は優秀だ。」
「そんな……。」
「エリオ、あの魔導兵器はどうなったの…?。」
巻かれた包帯を見せるも、笑みを浮かべたエリオ。
「なんとか、撃破出来ました。フェイズさんが僕に攻撃を指示しなかった理由が分かったんです。射撃戦に対して"成長"させ、虚を突いた近接攻撃に対応できなくする…でも、勝負は1回のみ…一撃で仕留めなければきっと、対策されてました。」
「あの魔導兵器…いや、"センチネル"のナノマシンは凶悪だ。だが、決定的な"弱点"がある。」
「弱点…?。」
「このチームで一番、攻撃力が高い者はエリオ…一撃で極められる選択をしたのは彼の"センス"だ。」
(…あの状況でエリオの攻撃力に賭けた『速戦即決』を狙っていたと言うの…?。)
「任務完了だ、帰投する。」
先を歩き、船に乗り込むフェイズ。彼の後ろ姿を見ながらティアナは…。
(…誰が何と言おうと、自分の道を往く…か……あたしも……あの人みたいに……。)
胸に両手を当て、何かを決めた後に続いていく…―――
………………………end。
東部を担当した『ファイアフライ分隊』は見事に任務をクリアした。
その頃、はやて率いる『ロングアーチ』の目の前に信じ難い光景が広がる。
光学迷彩で巧妙に隠された移動基地……それこそまさに"センチネル"の前線基地だった…―――
次回
18話 戦火の予兆。