『Stable Diffusion』
初版公開日8月22日。ディープラーニングによる画像生成AI。
この日から、人類はAIを敵視し始めた。
……なんて事は、きっとないだろう。
生粋の技術者やその手の分野に関心がある人種でなければ、きっとStable Diffusionという代物を知るのはもうちょっと先だ。
とはいえ、Stable Diffusionの登場以前から画像生成AIという代物は存在している。
7月に公開された「Midjourney」やAIのべりすとに配備されている「Trin Art(以下トリンと記す)」もその一つだった。
「うーん……」
私は、2022年より前に『AIが絵を描く』という概念は知っている。デジタルで絵を描いた事のあるなら、クリスタの自動着色機能くらいは知っているだろう。それもその一つだ。
だが、正直な事を言わせてもらえばその手の機能というのはあまり実用的な代物ではなかった。"味のある彩色"ではあるが、どれがどういう物体であるかなど認識出来ずに的外れな色塗りをする。
それ以外だと私が知っているのは二次元キャラクターのフェイスアップのアイコンに特化したAIか、"実に抽象的なイラスト"を描くAIだった。
だが、トリンは少し具合が違った。抽象的ではないイラストを描ける。2024年現在では少し貧相に見えてしまうが、2022年7月当時では中学生という子供の、「未知の好奇心」をくすぐるに値する代物だった。
「手指がぐちゃぐちゃな事以外は……かなり……上手、かも……」
まだプロンプトの概念も情報が充実しておらず、どんな絵が出るかは『運否天賦』によるところも大きかった。改変、i2iとして自前で描いた「ラフ画」を与えてもそれはあまり変わらない。
二次元のキャラクターイラストを描く事においても、トリンはそこまで得意とは言えない。Midjourneyほど写実的に描く事も得意ではなかったろう。
初期のトリンが得意とするものは『近代絵画』といった趣きだった。
馬を描かせれば、ダヴィットが描いた如く――あの馬に乗ったナポレオンの――勇ましい顔つきの馬を描いてくれる。
老人を描かせれば、原撫松が描いた如く。女性を描かせれば、民衆を扇動させたドラクロワの如く。
とにかく、トリンの近代絵画を得意とする側面は魅力的であり、私に新しい感動を与えてくれた。
既に、人間が数時間掛けて描くような代物が数十秒でポンと出てくる。その感動は、私を創作へ駆り立ててくれた。
「あー、ハルウララちゃん描いてって言ってもやっぱ版権キャラ描いちゃくれないねー」
この時期、版権キャラをAIで再現するというのは絶望的に難しかった。彼の『電子の歌姫』という例外を除き。
トリンで生成する時に掛かる金額は624:624の大きさ一枚0.22円ほどだったと記憶している。ほぼほぼマシンを動かす為の電気代とかなのだろう。
とはいえ、自分で描いたり他人に頼んだりするより格段に安くつく。トリンと向き合い、ガチャガチャとボタンを連打して、私は「自分の小説の挿絵に使える代物」が出ないか試行錯誤していた。
「……細かい指定がない背景絵とかは、TRPG遊びに十二分に使える……」
「ちょっと」
そんな事を楽しんでると、兄さんから制止された。
「ルミナ切れるからほどほどに」
ルミナ。AIのべりすとにおける課金通貨。家族共有で使っているから、あんまり自分だけで使うのも確かに躊躇われた。
「兄さんもAIに絵頼むの?」
「いや、小説用のMOD造る。そっちにも使うんだ」
「おぉー……よくわかんないけどすごいじゃん。何のジャンル?」
「淫夢」
私はそれを聞いて、変な笑いが出た。ニコニコ動画で流行っているらしいが、そこだけは趣味が合わない。
「なんだっけ、MOD造ると文体とかが特徴付けられるんだっけ」
AIのべりすとの小説AIは、『言語モデル』と『MOD』が出力に大きな影響をもたらす。前者がAIの本体となる「脳みそ」で、MODが文体といったところか。
「そんなのより夏目漱石先生とか造った方が有意義だよ」
「もう公式が用意してある」
私は驚いた。のべりすとと向き合って早一ヶ月、ずっと知らなかった。ちゃんと設定項目見ればよかったと後悔した。
「じゃあ中島のあっちゃん」
「敦先生のも当然ある」
「じゃあ久作先生」
「夢野先生のもある」
お互いの知識をひけらかし合うように、私達は次々と文豪の名前を出していった。……私が詳しいのは単に「文豪ストレイドッグス」という作品の影響だったが。兄は読書家だから、たぶん文豪自身の文体を熟知している。
「MODによる影響の精度はどのくらい?」
すかさず、私は質問した。
兄は腕組みをして少し考えた後、答えてくれた。
「個々のMODの出来によるとは思う。少なくとも生真面目っぽい文章は書いてくれるよ」
どうやら兄なりに触っていたらしい。私としては、せいぜいその精度で十分だ。夢野久作先生の文体を完コピされては、査読する時にキット私の気が狂う。
何にしても、私達兄妹はこの時期AIにお熱だったと思う。お互い、以前ならば小説やTPRGの為に背景絵やキャラクター絵をイラストレーターに発注、あるいは自分で描くなどという事をしていたが。
6月から7月にかけてはずうっと創作関係はAIのべりすとと向き合っていたと記憶している。
そのほとんどは試行錯誤の連続で、私はAIを使いこなす事への習熟に費やしていたと思う。
「あー、やっぱダメだねぇ……不作不作……」
前話で1000や2000といったブックマークを叩き出し、新人枠で一位を得たなどと豪語してみせたのだが。もっと正確に、赤裸々に明かしてしまえば、そこに至るまではAIの習熟度と私自身の文才の関係で『小っ恥ずかしい黒歴史』を量産していたと思う。今の自分で見返せば「稚拙と幼稚」という言葉に尽きる。
版権作品に対して、リスペクトが無かった。そこが顕著だった。
そこに対する意識が目覚め、そして切り替わったのは一つの出来事があったからかもしれない。
8月17日――公に報せが入ったのはたぶんこの次の日だったと思う。私はひどくショックを受けた。
『尾花栗毛』『金髪,茶色い馬,』『金髪の馬,茶色い馬,雪景色,』
当時、トリンに対してこのようなプロンプトを打ち込んでいる事が記録に残っている。
この日、偉大なるサラブレッド「タイキシャトル」が亡くなった。
ウマ娘という版権を通じて実馬まで見知って、親しみを抱いていた存在だった。
私にとって、そのニュースは衝撃的だった。友人から祖母祖父に至るまで皆健在の私にとって、親しみのある存在の『死』というのはこれが初めてだった。
兄との連盟で引退馬協会にお小遣いを募金するまでお熱になっていた私は、タイキシャトルの訃報を耳にしてひどく落ち込んだ。
この出来事が、私の創作活動にどのような影響を及ぼしたのかどうかといえば。自分の描いているジャンルが『ナマモノ(現実にモデルがいる事)』であると再認識した事だろう。
ただ、その事を踏まえて。その少し後の10月まで、私はタイキシャトルの追悼の意を込めた小説のプロットを書き続けていた。
『牧場暮らしのドットさん』
ウマ娘のメイショウドトウとタイキシャトルが卒業後、"実馬のタイキシャトル"と出会うお話。
この作品が、ハーメルン内において私の作品群の評価が一転した小説なのだと思う。
まだAIイラストの認知度が高くなかったハーメルン内においてはAIイラストを複数使用した作品の先駆であり、また創作者としては初めて完結させた連載小説。
実馬の死を題材に取り扱っただけに、正直なところ戦々恐々だったが……完結時には、感想欄で皆が、その追悼作品の出来を褒めてくれていた。
この作品にイラストを提供してくれたAIのトリンは、この追悼に十二分に貢献しているのだと思う。トリンが動物画が得意だった事も、ある意味では運命的だった。
この時の小説執筆で得られた経験は大きかった。この創作活動から得た大きな経験は、たぶん今に至るまでのAI全般に対する好印象に繋がっている。
さて、ここでこのエッセイの連載が終わっておけば中学生の「イイハナシに見せかけて自慢話」に終結するのだが。時代のうねりは進み続けるし、この8月から10月までの合間にも生成AIに関して激動があった。
『mimicの炎上』
『NovelAIの登場』
イラストレーターという人種が、AIという存在を脅威に感じ始めたのは『Stable Diffusion』の登場から一週間後、その更に一ヶ月後。おそらくはここから始まったのだ。……と私は思う。