オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
今回の話では軍というか自衛隊が支援任務をしています。
フィールドの外までですが。
こういった支援任務は、災害対策の延長線として各国では処理されています。
既に夜だが、森は騒がしい。先ほどから延々と人ならぬものの叫び声がとどろき続けていた。
作業開始が遅れたと言うこともあり、自衛官達や、責任者はずっと起き通しである。特に責任者は目を血走らせ、TK-Xの側で怯えた目を森に向け続けていた。
闇の中から浮き上がるようにして、人影が現れる。それを察した川背は、仕込みの手を一度休めて、顔を上げた。スペランカーが戻ってきたのだ。彼女はその生還能力の高さを利用して、フィールドから忍者が討伐しそこねた残存勢力が逃げるのを阻止しつつ、内部の状況を伝達する役割を担っている。何しろ内部はもう電波も通じない状態なので、彼女くらいしか情報の伝達役が存在しないのである。
出に比べると、服装が随分ラフになっていた。服は右腕の片から先の袖が食いちぎられていたし、ズボンも左側が膝から先を失っていた。
「お疲れ様です」
「ただいまー」
鉄条網を閉じた自衛官達が、銃を向けていつ妖物が出てきても良いように備えるが、実際出てきたら川背かスペランカーでないと対処できない。もし近代兵器で対処しようとした場合、十人単位で死人を出し、それでも追い返すのが精一杯だろう。
また一つ、森から断末魔の悲鳴が上がった。流石に戦闘タイプのフィールド探索者。大したものである。
すぐに机が拡げられて、内部の状況が説明される。
「今、じゃじゃ丸君が、この辺で暴れてる」
「あ、忍者の人、そう言う名前なんですね」
「正確には襲名したものらしいよ。 当主に就任すると、その名前になるんだって。 何か意味がある名前らしいけど、其処までは教えてくれなかった」
すっと、スペランカーが指先を地図上で走らせる。
「この辺りにも、もう何騎か妖怪が逃げてきていたよ。 私を見つけて襲いかかってきて、見境無く腕とか足とか食いちぎったから、死んじゃったけど」
「痛く、無いですか?」
「痛いよ、凄く。 だから、止めておけばいいのに」
スペランカーの白い素肌が、自衛隊の焚いている夜間照明に照らされていて、奇妙にエロチックだ。ふわりと飛んでいた蚊が、いきなり爆発四散したので、びっくりした。
話は聞いている。彼女は身体能力が常人以下で頭脳も並み以下という風に、能力の代償として大きな呪いを受けている。その代わり、死なない。正確には、死んでも生き返る。その呪いによる周囲の侵食が強烈だとかいう話だ。
その恐るべき呪いは、死んだ時に、欠損分を周囲から強引に補うのだという。
もしも肉や何かを囓った場合は、それを行った生物が、体の一部をむしり取られることになる。腹やら口やらをえぐり取られて、生きている動物などいようか。妖怪でも、それは同じと言うことなのだろう。さっきの蚊の死に様は、それが故という訳だ。
自衛官に、いざというときに備える方法についてレクチャー。場合によっては此処に残っている川背が対応することになる。一通り打ち合わせが済むと、川背は仕込みに戻った。そろそろ泥鰌も泥を吐き終わった頃だ。
「スペランカー先輩、後、どれくらいで片がつきそうですか?」
「さっきは中間地点くらいだったから、相手の中枢に迫るまでもう少しかな。 じゃじゃ丸君に話を聞きにいくけど、何とかなるとは思うよ」
「それなら、僕はそろそろ料理の準備に入りますね」
「ん、頑張って」
ハイタッチをして、スペランカーがまた夜の闇に消えていくことを見届ける。技がないとか臆病だとか言っていたが、川背から言わせればとんでもない話だ。体が傷ついてもむしろ相手のことを心配している。何より能力がそうだとはいえ、口とは裏腹に本質的に死を恐れていないし、何より前向きだ。
身体能力は常人以下。頭脳も決して優れていない。
ただ、不死であるという事だけを武器に、この業界で長くフィールド探索者を続けている彼女は、決して脆弱なだけの存在ではない。
地味かも知れないが、この業界で長く名を売り続けているだけのことはある。敬うべき先輩の一人であることに間違いはない。
翻って、自分はどうだろう。
身体能力には恵まれているし、能力の扱いも徹底的に学んだ。たいていのフィールドには問題なく挑むことが出来るし、生還する自信もある。しかし、やはりどこかで、二足のわらじを履いている甘えがある。
料理の誇りは、誰にも譲れない。しかしながら、生きるためと称しながら、修行の時間を削ってフィールド探索を行っているのも事実。いずれこのまま行くと、探索の最中に手足を失うかも知れない。
事実、その危機は何度もあった。巨大な海産物のクリーチャーには、鋭い牙や鋏を持っている者も多い。フィールド探索者の同僚が、悲惨な死を遂げる所を目撃もした。無惨な亡骸は、とても二目と見られるものではなかった。
恐怖は、厳然としてある。体を動かすことに対しての恐怖は無いが、やはりそう言う意味で、川背は根本的に料理人なのかも知れない。
しかし、料理人としてだけでは、生きていけないのだ。
この年になると、結婚という事も考える。しかし、食に対するこだわりが此処まで進行していると、相手は余程限られてくる。父も、あれほど食に対するこだわりが強かった母とでさえ、上手く行かなかったのだ。
芸術と、家庭的な味。父の味と、母の味。
そのどちらの良さも知っている川背は、己の迷いを未だに断ちきることが出来ていない。
料理人としても半人前だと、川背が自嘲する所以は、其処にあった。
森の中で爆発音。自衛官達が銃を構えるが、川背は仕込みを続ける。気配が遠いし、何より同時に断末魔も聞こえていたからだ。ずっとびくびくしていた責任者は、ついに川背に大股に歩み寄ってきた。
「き、君!」
「川背です」
「川背君! ほ、本当に大丈夫なのかね!」
「この地域の郷土料理は、来る前にしっかり食べてきました。 資料としていただいた、古い時代の特産料理も全部食べてきています。 僕程度の板前でも味の再現は可能ですから、心配しないでください」
また一つ爆発音。じゃじゃ丸という人が、派手に暴れているのだろう。ひいっと悲鳴を上げて、蹲る責任者。元々この国は平和だし、フィールドと関係なく生きてきている人達には、こういう反応が出ても仕方がない。
「あ、あの恐ろしい音は、本当に大丈夫なのかね!」
「二人は、かなり腕が立つフィールド探索者です。 伝説になっているI国の元配管工ほどの腕前ではないですけれど、安心できます。 逆に言うと、彼らにどうにも出来ない相手が出てきたら、軍隊でも手に負えません」
「そ、そんな! その発言は、無責任ではないのかね!」
「すみません、仕込みがありますから。 仕込みが失敗したら、誰もが無事では済みませんよ」
見かねた若い自衛官が、責任者をなだめて連れて行った。敬礼をしていったので、一礼する。バケツに手を入れて、鮎の状態を確認。そろそろ捌いても良い頃だろうか。二人の実力を信頼するのなら、料理に移る時間なのかも知れない。
既に、料理の構成と、味の完成図は頭の中でできあがっている。後はタイミングを見計らって、調理を始めるだけだった。
すっと目を閉じたのは、魚への黙祷のためだ。
人間は、他の生き物を殺さなければ、生きていけない。だから、最低限の礼節を守らなければならない。そう川背は考えている。
目を開けると、もう既に、その顔は料理人のものとなっていた。
バケツから泥鰌を引き上げると、すっと包丁を走らせる。一瞬で命を落とした泥鰌だが、まだ体はぴくぴくと動いていた。鍋にするべく、さらさらと音を立てて捌く。そして作っておいた出汁につけ込み、鍋の火加減を確認。此処からは、全てが流れ作業で、しかも時間との勝負となる。
作業を次々にこなしていく。命を奪う場合は、出来るだけ苦しまないように、一瞬で。タニシも湯がいて、すぐに死ぬように配慮はしているが、素材によっては生かさず殺さずの状態を保たないと、美味しくならないものもある。
だから、敬意は忘れてはならないのだ。
素早く包丁を動かす。周囲の自衛官達が此方を見ているのが分かる。だが、集中は途切れない。料理は川背の全て。人生の形。
屋台には、あらゆる料理道具が揃っている。父が揃えたものを、母が保管してくれていたのだ。もちろん、時々は姉も使っていたという。
父にも、姉にも、もう会うことは出来ない。だが二人の足跡は、この料理道具に宿っている。
泥鰌と言えば柳川鍋が有名だが、この近辺には、さっと油であげたものが高級料理として伝わっている。今回の胆の一つになる料理だ。使う油には、この近辺で取れるごまから絞るものを厳選した。父ほどではないが、それでもあらゆる食材の特性を頭に入れ、また触れたことがある川背は、この油の適性温度もしっかり頭に入れている。
さて、そろそろあげる。
だが、揚げ物は、寿命が短い。あげた直後はさながら天上の美味だが、時間が経てば経つほど味が落ちる。高級なものほどその傾向が顕著であり、最初の何尾かは諦めなければならないかとも川背は覚悟していた。
衣を付けた泥鰌を、すっと軟らかく脂に潜らせる。細いからだが一気に揚げられて、柔らかさが失われないうちに引き上げた。一匹目は試食を兼ねる。付けるのは塩だけ。この近辺では、塩は高級品だった。だから、敢えて最上の塩で、相手をもてなすのだ。
からりと黄金色に揚がった泥鰌を、三つに分ける。
「すみません。 試食、お願いします」
様子を見ていた自衛官の中で、最初からいた三佐が最初に歩み出た。羨ましそうに見ている他の自衛官の中で、軽く一礼してから泥鰌の揚げ物を口に入れる。川背もそれに遅れて、口に運んだ。
厳選しきった脂で、泥鰌の味を極限まで引き出した自信はある。塩が魚の旨味を、魚の旨味が塩の上品さを引き立てあって、更に味を奥深いものに仕上げた。三佐はごくりと喉を鳴らすと、残った泥鰌をちょっと危険な目で見た。
「凄い! 魚の肉とは、泥鰌とは、こんなにうまいものだったのか! 何処の料亭の高級料理よりもうまいぞ!」
「有難うございます。 でも、僕の腕よりも、此処の自然がそれだけ素晴らしいと言うことです。 何処の泥鰌でも此処までの味を出せる訳ではありません」
「う、うまい」
少し恨めしそうに、残りの三分の一を食べた責任者が言った。
残りは仕込んだまま、様子を見る。次は、山菜を使った煮物だ。既にこれは火を入れ始めていて、くつくつといい音がしていた。魚料理以外は若干苦手な川背だが、これは母の店で食べて研究したことがあるから、専門分野に僅かに引っかかる。
此方も椀にとって、一口味見。少し味に深みが足りない。腕組みしたところで、さっき集めてきた山菜を慎重に足す。どの山菜も、東京の料亭で出せば目玉が飛び出すような値段に化けるものばかりだ。ただし、味は高級志向では無い。
続いて、タニシのうま煮だ。此方は、タニシをくつくつと煮て味を最大限まで引きずり出す。庶民的な料理だが、今回は使う素材が庶民的ではない。温度も念入りに調整して、丹念に長時間を掛けて仕上げる。そして最後に、今回のために熟成しておいた垂れを掛けて完成だ。
父は、芸術的な高級料理を好んだ。そして、何処の誰よりも、腕前は上だった。
川背も、究めるならこういう料理を究めたいと思ってもいる。ただし、やはり誰もが笑顔で食べられる家庭料理にも捨てがたい魅力を感じている。
悩みは、まだ捨てられない。
だから、味は、究極には到達できない。
極みは狂気に通じている。時々、料理をしている父を見て、川背は狂気を感じた。最近、客が料理中の川背に狂気を見ることがあると、食後にぼやくことがある。だが、それは必要な狂気だ。
もしも正気を失うことでしか料理を究められないのなら。川背は、そのようなもの、躊躇無く溝に捨てるだろう。
続いて、鮎を焼く。これは極めてシンプルに塩焼きだ。ただし、事前に入念に調味料を使って味付けはしてある。火が通ることも想定して付けた味で、かって父が作ったレシピを参考にしている。さっと鮎を仕留めてから、串をくねるようにしてその体に突き刺す。屋台の隅にある炭焼き炉を使って、まず一匹を焼く。仕入れてきた塩を、これにも大胆に使った。
鮎の全身を覆う見事な脂が、炭に照らされててらてらと輝く。落ちる脂がじゅっと炭に当たって音を立てる度に、香ばしい香りが辺りに広がった。香りが見えるかのように、あまりにも濃厚だ。これほど脂がのった見事な鮎、そうそう見られるものではない。大都市の高級料亭で出した時の値段は、それこそ目が飛び出すような代物になるだろう。
自衛官達の視線は既に川背の屋台に釘付けだ。中には涎を拭っている者までいる。狂気の果てに作られる料理は、魔性の魅力を湛えるという。凄まじい工夫の末に作られるものも多いし、それが鬼気迫る存在となるのも無理がない話だ。
この鮎も、焼き加減を間違えると、たちまち炭の塊と化してしまう。炭を何度も動かして、慎重に火の通りを見ながら、川背は額の汗を拭う。汗の臭いが移らないように、慎重に鮎の位置をずらす。一歩間違えると火傷をしてしまうし、他の料理にも気を配らなければならない。
焼き鮎を仕上げた。
串に刺さった鮎を皿に載せると、自衛官達は獣のような目で見た。試食をどうぞとかいったら、同士討ちを始めかねない。三佐はごくりと唾を飲み込むと、回りの自衛官達を見回した。
「此処は公平にじゃんけんといこう!」
「おおおっ!」
「全員でやっても勝負はつかん! 分隊単位で別れろ! それから勝ち残り戦だ!」
絶叫が迸る。彼らは自分たちが死地の側にいると言うことを、すっかり忘れてしまったらしい。
料理が魔性を湛えるようになったら、完成まで今一歩だ。
父はそんな事を言っていた。
だが、今回の魔性には、やはり素材の完成度が大きくものを言っている。それでは駄目だ。川背の腕前で、素材の味を十倍にも二十倍にも引き出せるようにならなければ、真の料理とは言えない。
「じゃああん、けええん! ぽいっ!」
「うおおおおおっ! 勝った奴集まれ! じゃああんけええん!」
後ろで気合いが入りまくったじゃんけんが繰り広げられている。川背は神経を集中し治すと、再び鍋に向かった。
まるで魔境だ。周囲の全てが、妖怪と化したかのようだと、じゃじゃ丸は思った。
あらゆる角度から現れる殺気。一瞬後には飛び出してくる、常識外に大きい獣や、人の姿をした妖怪達。繰り出される爪や牙。
それだけではない。妖怪は様々な特殊能力を備えている事が、珍しくもないのである。
炎を吹き散らす猪が、灼熱の蹄で地面を蹴散らしながら突進してくる。至近まで引きつけたじゃじゃ丸は、額を蹴るようにして跳躍、頭上から手裏剣の雨を降らせた。だが猪は、恐るべき機動力を持つ生物であり、妖怪化しても変わらない。驟雨のごとく降り注ぐ手裏剣をかいくぐり、牙を振り立てて、じゃじゃ丸の落下点に迫ってくる。
指を鳴らす。
炸裂する閃光。仕込んでおいた雷管が、時限炸裂したのだ。流石に竿立ちになる猪に、手裏剣を叩きつけた。三本が体に食い込み、風船のように破裂する猪。持ってきた手裏剣も、かなり少なくなってきている。
着地と同時に、足首を掴まれた。気味の悪い声を挙げながら、地面から這いだしてくるのは、老婆の妖怪だった。剥き出しになった歯茎には、数本しか歯が残っていない。目玉が飛び出していて、兎に角醜怪であった。腕も、まるで蟷螂か何かのように長い。
山姥だ。いわゆる、土着の地母神信仰が、極限まで落ちた結果産まれた妖怪である。西洋の魔女と誕生の経緯は似ていて、醜怪で残虐な所など、性質もよく似ている。金切り声を上げながら、鋭い爪を伸ばしてくる山姥の足を蹴る。まるで鉄のような固さだ。
しのび装束の上から、爪が掠った。ギリギリと足首を掴む力を強くしてくる。万力のような力とは、これのことだろう。呻くと、じゃじゃ丸は印を切り、繰り出してきた手を払うようにして、人差し指と中指を立て手首に打ち込んだ。
ぎゃっと呻いて、手を離す山姥。その眉間に手裏剣が突き立ち、煙のように消えてしまう。
ようやく、周囲から気配が消える。これで、迎撃の戦力はあらかた片付いたか。
装束をたくし上げると、足首には山姥の手の跡がくっきり残っていた。周囲を触って確認するが、折れてはいない。ただし、肉離れはしていたので、テーピングをした。しのびに伝わる秘薬を塗り込んで、ようやく一息つく。また気配を消して、闇を駆けた。
そろそろ七割と言う所か。外から確認できる範囲は、既に衛星写真なども駆使して調べ上げてある。問題は鬱蒼とした森が茂る山の中で、入り組んだ複雑な地形は実際に足を運ぶまで分からないカ所が多い。時々後続のスペランカー用にアンカーを打ち込みながら、じゃじゃ丸は闇を駆けた。倒木を飛び越え、大きな石に身を隠す。
一見派手なしのび装束だが、これは夜間には却って存在を隠す工夫が為されている。発光塗料と逆の技術で、まるで闇にとけ込むような機動が可能だ。ただし、妖怪相手には気休めにもならないが。
不意に、高い崖が現れる。まるで森がすっとそれを避けたかのようだった。剥き出しの地肌が、荒々しさと同時に恐ろしさを呼び起こす。夜の星明かりに照らされた崖は、無慈悲な暴君の拳を思わせた。
崖に沿って、しばし歩く。不意に自分の影が大きくなる。横っ飛びに逃れると、至近に凄まじい音を立てて着地する何者か。車輪だ。
直径は三メートルほどもあろうか。車輪の中央には、禿頭で髭を蓄え、巨大な牙を上下に向き出し目を飛び出した見るも恐ろしい顔が着いていて、車輪そのものが燃えさかっていた。これは、輪入道か。関西に広く伝わる強力な祟り神で、かなり恐れられている存在である。
こんな輩が出てくるという事は、報告にあるフィールドの主は相当に強力な輩だろう。足にはまだ痛みが残っているが、もたついてはいられない。切り札はまだ投入するには早いし、どうにか地力で仕留めなければならない。
輪入道が回転を速め始める。その車輪を覆う炎は恐ろしく激しいのに、不思議と周囲の森が燃えることもない。きっと、命を燃やすような、特殊な炎なのだろう。
鋭いホイール音とともに、輪入道が突進してきた。
既に残った装備は確認済みである。時速六十キロを超え、更に加速する輪入道を、さっと横っ飛びにかわす。かわしながら顔に手裏剣を投げつけるが、乾いた音とともに弾かれてしまった。
軌跡を闇夜に残しながら、炎の車が急カーブして迫ってくる。殆ど地面すれすれの態勢でも、倒れる気配もない。うなり声を上げているのは、車輪中央の顔。巨大な顔は、子供なら丸呑みにしそうな程に口が大きい。
「ぎゃ、ぎが、げげげ、ごぎゃあああああっ!」
喚き散らす輪入道。
至近を掠め、しのび装束が焼かれる。とんでもない火力だ。掠めただけで、肌が燃えるかと思った。再び掠めた。呻き声が漏れる。全身が内側から灼けるかのようである。
対応が遅れた一瞬の隙。ついに、輪入道が至近に迫っていた。
避けようとするが、間に合わない。しまったと、呻いた瞬間、輪入道の顔面に石が当たる。スペランカーだ。ヘルメットを目深に被った彼女は、唸りを上げた輪入道に流石にひるんだか、背中を向けて逃げ出す。だが、元々貧弱な身体能力である。その場ですっころんで、輪入道に轢かれた。
無惨な轢殺音が響き渡る。
「ごげ、ぎゃ、ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
歓喜の声をあげる輪入道に無言で突進したじゃじゃ丸は、車体に煙玉を投げつける。巻き起こる煙を蹴散らしながら反転、備えようとした輪入道が、急ブレーキを掛けた。じゃじゃ丸を見失ったからだ。
その時、じゃじゃ丸は直上にいた。
顔が横に着いている以上、どうしても車輪の直線上は死角になる。その上、である。
車体の一部が、突如吹っ飛ぶ。
悲鳴を上げて、スピンする輪入道。直接見たのは初めてだが、スペランカーを殺して、血やら肉やらを浴びていると、こうなる訳だ。下手な細菌兵器より厄介な女である。
もがいている輪入道に、落下しつつ、忍者刀を抜く。
そして、稲妻が落ちるように、一刀両断に斬り伏せていた。
かき消えていく輪入道。スペランカーの呪いは予想以上に強烈で、奴を守る妖気の障壁が打ち砕かれていた。さっと茂みに引っ込むと、怪我の手当をする。まだ敵の増援があるかも知れない。もしそうなら非常に厄介だ。
「あいたたた、酷い目にあったよー」
挽肉にされたはずのスペランカーが、暢気なことを言いながら立ち上がる。奴の血の臭いはしない。
「じゃじゃ丸君、どこー?」
じゃじゃ丸が伏せていた茂みの側に、スペランカーが来た。此方の気配が分かっていないようなので、口を押さえて引っ張り込む。見るとさっきの死の影響か、服の彼方此方が破れていて、目の毒だった。
「静かにしろ。 気付かれる」
「ぷはっ! 酷いなあ。 助けて上げたのに」
「……」
ついと顔を背けたのは、至近から女の顔を見た経験があまり無いからだ。高校を出ると同時に忍者の修行を本格的に行い、以降は仕事一筋に生きてきた。子孫は弟や妹たちがいるし、仮に結婚したり本格的に交際したりするとしたら引退後になるだろう。女とつきあった経験がない訳ではないが、結局一緒にいられる時間は捻出できず、交際は破綻した。そんな複雑な経緯があるから、下手に女に近付くと、意識が乱れる。闇夜といえども、それは同じ。今集中を乱すと、命に関わる。話によると、初代も女性関係で苦労したとかいう。同じ徹を踏んではならない。
崖を迂回したことが、却って幸いした。フィールドの中心地に、じゃじゃ丸は来ていた。其処には不可解な屋敷が出現していた。作りは室町時代のものだろう。姉小路家の紋が、屋敷には飾られている。
此処が、このフィールドの根幹。混沌の原因だ。
スペランカーはもぞもぞ動いて少しじゃじゃ丸から離れると、手帳を取り出す。バックパックは無事だったらしい。
「ええと、あねがこうじ、だったよね」
「そうだ。 あまり高名ではないが、この土地に覇を唱えた大名だ」
このフィールドが出来た時、調査専門の探索者が調べ上げた。敵の素性は、潜入前に目を通している。生き残るためには、当然必要なことだ。
かって、この地には、姉小路と呼ばれる戦国大名がいた。J国の戦国時代ではとてもマイナーな存在だが、確かに生きて、この土地の覇を競った存在であったのだ。ただし、その生活は、血で血を洗う争いの末に成り立っていた。
そもそも戦国大名姉小路は、元々三木という姓だった。これ自体が古くからの歴史を持つ名族なのだが、戦国時代を生きて行くにはさらなる高貴な血が必要だった。其処で彼らが目を付けたのが、この土地にあった公家、姉小路の血脈である。
時代が時代であったし、姉小路も内紛を起こし、混乱の極みにあった。三木家は姉小路家を内紛に乗じて乗っ取り、近隣に覇を唱えた。しかし、時代は既に、巨大な戦国大名達が、暴力的なまでの強さで覇を競い合う時代に突入していた。
東には武田、西には織田、北には上杉。いずれも歴史を代表する最強の大名達であり、田舎の小大名ではとても手に負える存在ではなかった。日本史でも五本の指に入る戦上手の武田信玄と上杉謙信、戦略的な革新性を持つ織田信長。どちらにしても、姉小路が単独で手に負える相手ではなく、彼方にも此方にもあたまを下げ、顔色をうかがうことでしか、生き残れなかった。
それでも、どうにか滅亡を免れていた姉小路だが、それも終わりの時がやってくる。
やがて時代は移り変わり、羽柴と徳川の争いの時代が来た。織田政権の生き残りである佐々家に荷担したことが、姉小路の滅亡を招いた。勝者を読み違えた代償は、あまりにも大きかった。羽柴政権の強大な軍事力によって、姉小路はひとたまりもなく踏みにじられ、瞬時に滅亡。その多くが滅び去り、子孫も征服者の軍門に下ることとなったのである。
見たところ、この屋敷は、予想通り姉小路家のものだろう。
つまり、権力闘争に巻き込まれ、家を乗っ取られた者達の怨念か、或いは権謀術数をつくしはしたが、報われず滅びた者達の無念が、忘れ去られた神々と結びつくことによって、邪悪なる姿を顕現したのだ。
一番厄介なタイプのフィールドである。この形式は、余程の実力がなければ力づくで払うことが出来ない。だから今回、調査の末に、川背が呼ばれたのだ。
「あの屋敷に、いるんだね」
「ああ。 報告ではそうなっている」
「問題は、川背ちゃんの所までどうやって引っ張っていくか、だけど」
此処で倒せるようならば、倒してしまえばいい。
だが、相手は古き神々と怨念の融合体。現在形になっている邪悪なるフィールドの主を屠り去った所で、何ら解決はしないことが予想されている。さっきの輪入道の戦闘能力から考えても、簡単に倒せるはずがない。
以外と知られていないことだが、怨念の類を調伏するには、相手を満足させることが一番効率的である。読経や儀式の類で封印することも出来るのだが、それらは力で押さえつけるに等しいため、いずれ時が経てば災害をまた呼び起こしやすい。だから、彼らの好物が調べられた。
結果判明したことなのだが、公家でもあった姉小路の歴代当主は、相当な食道楽だったという。途中で三木一族に乗っ取られてからも、その文化は残っていたそうだ。其処で、フィールド探索者としてもかなりの腕前を持ち、なおかつすぐれた板前である川背が呼ばれたのだ。
今回のメイン探索者は、そう言う意味では川背である。もしも予算が足りなかったら、彼女だけが呼ばれたことだろう。ただし、今回は予算があり、なおかつ突破にも人材が必要であったから、じゃじゃ丸とスペランカーが呼び出された。また調査にも金が掛かっていて、この地で好まれた料理の類についても、念入りに調べ上げられている。
ただ、実際にフィールドに入ってみて分かったが、この森の妖怪達は存在密度が異常だ。如何に熟練のフィールド探索者といえども、単独での突破は難しいだろう。そう言う意味で、今回は予算が余っていて幸運だったと言える。
さて、問題は、何時仕掛けるか、だ。
「ね、じゃじゃ丸君。 そろそろ夜中の二時半になるけど、大丈夫?」
「それがねらい目の時間だ」
「そうなの?」
「妖怪は、いわゆる丑三つ時、午前二時半にもっとも強い実体を持つ。 逆に言えば、その時間帯で調伏すれば、以降は復活することもなくなる。 まして今回は、妖怪の核として人間が存在している型の者だ。 確実に倒すには、この時間をおいて他にない」
ただし、これだけのフィールドを生成するほどの妖気だ。生半可な苦労では仕留めることが出来ないだろう。
スペランカーは、ちらりとリュックに視線をやった。
何かしらの使いたくない切り札を収めているのだろう。そうじゃじゃ丸は判断したが、敢えて指摘はしなかった。
「分かった。 川背ちゃんももう仕込み充分みたいだし、仕掛けよう」
「承知した」
リュックからスペランカーが取り出したのは閃光弾だった。雰囲気的に、これは切り札ではないだろう。妖怪は光に弱い。スペランカーがサングラスを掛けると同時に、屋敷に放り込む。
殆ど間をおかずに鋭い音が炸裂して、目映い光が周囲を覆った。
森の方で、爆音が巻き起こると、じゃんけんに勝利して鮎を貪り食っていた若い自衛官を始めとする、その場の全員が顔を上げた。
どうやら、始まったらしい。敵の中核に、二人が攻撃を仕掛けたのだ。
同時に、渡されていた無線がけたたましく鳴った。川背は機械が苦手だ。苦労しながら受信すると、酷いノイズに混じって、スペランカーの声がした。一応届いていると言うことは、中心部ではない所から、連絡しているのだろう。フィールドといえど、外側に行けば、無線もそれなりに通じるのだ。
「川背ちゃん、料理の方は大丈夫!?」
「はい。 僕の方は、いつでも行けます。 試食も終わりましたが、問題ない出来に仕上がりました」
「そう! こっちは、ちょっと苦戦中っ! そっちまで引っ張っていけるか、わか、ふぎゃっ!?」
鋭いノイズとともに通信が途切れる。この様子だと、無線機ごと潰されたか。スペランカーの特性を考えても、少し心配である。
手元にルアー着きのゴム紐を出現させる。川背は自分よりも大きい敵を屠るのを得意としていて、全長十メートルを超える敵を倒したこともある。だから臆することはないが、やはり緊張はする。
料理は一段落した。既に仕込みも充分である。煮物とうま煮は火力を維持するだけで良いし、泥鰌は揚げるだけ。塩焼きは直前に焼くことになる。だから、今は手が空いている。二人を信じるべきか、加勢に向かうべきか。
僅かな時間の躊躇。だが、劇的に事態は動く。
森の木が、数本吹っ飛んだ。サーチライトに照らされるそれは、あまりにも非常識な光景であった。
闇より浮き上がったのは、巨大なムカデであった。いや、ムカデでありながら、蜘蛛のようでもあり、無数の触手を生やした海棲生物のヒドラにも見える。中央に円形の体があり、其処には無数の眼球が浮き上がっていて、その前後にムカデの体が伸び、また八対の長大な毛だらけの足が生えているではないか。
ムカデの強固な装甲はサーチライトに照らされて、青黒い威圧感を周囲にばらまいている。TK-Xがキャタピラを動かして砲塔を向けたので、川背は叫んでいた。
「駄目です! 刺激しないで!」
此方に引きつけるにしても、戦車砲は刺激が強すぎる。破壊力はともかく、音が凄まじすぎる。あれの中核になっているのは、姉小路の殿様か、その一族だという。ならば、種子島の進化した先にある大砲の音を聞けば、どんな反応を示すか分からない。
「ひいいっ!」
情けない悲鳴を上げたのは責任者だった。TK-Xの隣で、完全に腰を抜かしている。自衛官達も、サーチライトに照らされるあまりにも圧倒的な、言うならば怪獣的な巨体を見て、腰が引けている者達が大多数だった。
もしあのまま此処に乱入されたら、文字通り彼らは全滅する。
サーチライトを鬱陶しがったか、ムカデがぐっと体を弓なりにした。ムカデの体がふくれあがり、何かが腹から頭に向けて通ってくる。その頭上に、小さな影。傷ついているが、今だ健在なじゃじゃ丸だった。
口から何かを吐き出そうとする瞬間に、こぶしを叩き込むのが見えた。閃光。飛び退くじゃじゃ丸。爆発するムカデの頭部。激しい異臭が、さながら津波のように吹き付けてくる。
完全に吹っ飛んだムカデの頭部だが、しかし。二つに切り分けられても再生するプラナリアがごとく、見る間に肉が盛り上がり、装甲が色づき、元の形に戻ってしまう。フィールドの主だけあり、とんでもない再生能力だ。この土地の怨念を全て味方にしているとすれば、無理もない事だが。
再び、無線が入る。先に語りかけたのは、川背だった。
「先輩、無事でしたか?」
「うん。 何とか。 でも、じゃじゃ丸くんがやばい」
「今、救援に向かいます」
しばしの沈黙。爆発音。
彼女の身体能力で無事だと言うことは。いやな予感がする。ひょっとしてムカデは、既に二人の特性を見抜いて、それに応じた戦略の元戦っているのではないか。
元が人間であるのなら、ありうる事だ。
「分かった。 もう少しそっちにひっぱるから、ちょっと待って」
「耐えられますか?」
「それは大丈夫。 私達を信じて」
無線が切れる。完全に腰が引けてしまっている自衛官達を見回して、出来るだけ一字一句を選びながら言った。
「見ての通り、敵の戦闘能力は、怪獣並です。 僕達三人がかりで、対処できるかさえも分かりません」
「……」
不安そうに顔を見合わせる自衛官達。責任者は失禁して、腰が抜けてしまっている様子だ。
ざっと見た所、敵の全長は40メートルをオーバーしている。縦に伸ばせば、あの光の国の巨人に匹敵するサイズである。しかも人間並みの知能を残している可能性が高く、そうなるととてもではないが戦車の一両や二両でどうにか出来る相手ではない。
まず、避難の準備を。刺激する可能性があるサーチライトも消す。しかし、屋台は生命線だと説明。不満そうな顔をする三佐に、説明した。
「事前に話しましたけれど、あの怪獣の中核になっているのは人間で、しかも元は食道楽です。 それを調伏しない限り、何度でも怨念は強大な妖怪を呼び寄せて、一体化するでしょう。 倒すには、怨念の中核を満足させる他ありません」
「し、しかしだな」
「戦車や輸送機は引き上げてください。 屋台も、近くの水場にでも隠して。 後は、私達で命に代えても対処しますから」
この言葉は本音だ。フィールド探索を生業にした時から、最悪の事態に備えて覚悟くらいはしている。
それに、そもそもほぼ天涯孤独と言って良い身だ。生きている親族は母しかいない。悲しむ者は殆どいないし、そうなっても悔いはない。
「……分かった。 専門家である君を信じる。 しかし我らにも意地がある。 如何に専門家とはいえ、未来ある若者だけに戦わせて、自分は安全な場所にいるなどと言うことを、軍人である以上看過は出来ん」
我らは、戦うために此処に来ている。そう三佐が吠えると、何かに気付かされたように、他の自衛官達がはっと顔を上げた。
この国の軍隊である自衛隊は、とても微妙な立場にある。絶対平和を謳う国であるが、国家を維持する以上軍隊はどうしても必要だ。世間からの風当たりは強く、かといって油断するとたちまち他国に侵攻されてしまう微妙な立場でもある。命を賭けてこの国を守ろうというのに報われないという彼らの辛い立場は、川背にも分からないでもない。
フィールド探索者である以上、余所の国にも川背は出向いたことがある。食材を探す楽しみもあったが、それらの国を見て回るのも仕事の一環だった。
このJ国は、世界でも屈指の平和な場所だ。余所の国では、賄賂次第で警察が捜査をしたりしなかったり、軍隊が一つの国家を為して民を虐げていたりと言うことが珍しくもなかった。絶望は悪を呼び、悪は破滅を連鎖させた。川背も、何度も危ない目に会ったことがある。フィールド探索者だと知ると、それ以上何かしようとする悪党はいなかったが。
此処は、とても平和な、安定した国。それでも、歪みや矛盾はある。特に、自衛官達に掛かる重圧は大きいだろう。皆が苦しんでいたのは間違いない。だが彼らは、三佐の咆吼で、矛盾や圧力に押しつぶされていた信念を取り戻したらしい。
心をどうこうというのではない。覚悟を決めて、対処する能力がある。そして対処したいと願っている。それならば、川背にも止める権利はなかった。
「分かりました。 一旦僕は、戦闘態勢に入って、先輩達と連携を取ります。 作戦が決まったら、みなさんにも手伝って貰います。 それでよろしいでしょうか」
「分かった。 前線はよろしく頼む」
頷くと、川背はルアー着きのゴム紐を振り回し、近くの木に引っかけた。引き寄せて、力を掛けながら、頷く。
「行ってきます。 武運を」
返ってきたのは敬礼。
出来るだけ死の無い形で、この戦いを終わらせる。川背はそう誓うと、闇の森に、身を躍らせた。