オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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3、繰り返される逃走

Y市の港まで出ると、船が用意されていた。と言っても、小さなモーターボートだが。外洋を渡るほどのパワーは無い小舟だ。近海でも、嵐が来たら転覆しかねない程度の船である。

 

これを使って海岸線に沿って進み、海流に乗って東アジアに出て、適当な国で飛行機に乗る。それしか、影が生き残る路は無い。モーターボートで海を越えるのは至難の業だが、どうにかやるしかない。

 

小舟を用意してくれただけでも、長は健闘してくれた方だろう。

 

船に乗り込む。既に後方に追っ手の気配がある以上、もたついてはいられなかった。すぐにエンジンを掛け、海に出た。

 

夜の海は、恐ろしいほど静かで、そして真っ暗だ。

 

エンジン音を出来るだけ消して、隠密のまま行く。沖に出たら、軽く仮眠を取ろうと思っていた影は、ふと空を見上げて凍り付いた。

 

巨大な目が、見下ろしている。

 

あまりにも非常識すぎる光景だが、確かにそれは、充血して、見開いた何者かの目だった。

 

「見つけたぞ……!」

 

声が、脳裏に轟くようにして響く。

 

思わず全力でハンドルを切ったため、船が転覆しかけた。しかも、目はどの方向に船を向けても、変わらず空にある。

 

それほど大きいのか。否、これは幻術か何かの類か。

 

どちらにしても、あの目が此方を捕捉していることは間違いない。一瞬、追っ手の仕業かと思ったが、違う。

 

今追ってきているじゃじゃ丸は、あくまで堂々の勝負を好む忍者らしからぬ男である。勿論細かい戦術などでは忍者らしいえげつない策を用いもするが、こんな精神攻撃のようなまねはしないだろう。

 

速度を落とす。逃げられはしない。

 

それならば、相手の出方を見た方がいい。イヤホンを付けるが、声は全く関係なく、脳に届く。

 

或いは、テレパシーの類か。

 

「影ぇ……! 私にあのような仕打ちをした、邪悪なる、卑劣なる忍びぃいいい! 人さらい! 悪鬼! 姫殺し!」

 

「な、何者だ!」

 

「私から奪い去ったいのちを、返せ! この外道!」

 

意味が分からない。

 

影はKから書簡を受け取って此処まで逃げてきたが、女など連れ出した覚えは無い。もっと古くに恨みを買った関係だろうか。だが、影は人身売買関係の仕事に手を出したことは無いし、無惨な殺し方もしていない。敵として交戦した女を殺した事はあるが、それはそれだ。影働きをしている人間なら、あっても不思議では無い。まして相手は、姫と呼ばれるような存在では無かった。

 

目は、更に大きくなる。

 

充血してい様子や、それが恐らくむき出しになった人間の眼球なのだろうと、この距離からは判別できた。

 

「貴様を追い続けて、百年以上を掛けたが、ついに捕らえたぞ! 必ずや、殺してやる!」

 

声が途切れると、目玉も今まで存在していなかったかのように消えていた。

 

全身に寒気が走る。

 

一体今のはなんだ。数多のフィールドに挑んできた影だから、人ならぬ者や、闇そのものの存在も一度ならず見てきた。

 

だが、今見た者は、それらともまた、根本的に次元が違うように思えた。

 

あれは、怨念と、執念の塊。

 

それが、影一人に、全ての悪意を向けてきている。

 

逃げ切れるのだろうか。ただでさえ、背後に追っ手を抱えている状態なのである。それなのに、これ以上非常識な存在の追撃を受けていたら、命がいくつあっても足りやしない。

 

勿論、中堅どころのフィールド探索者である影は能力持ちで、切り札も持っている。だが、それでも。

 

先の巨大な目玉には、勝てる気がしなかった。

 

無言で、船を飛ばす。

 

仮眠どころでは無い。眠ったら最後、あの巨大な何者かに追いつかれ、頭から喰われてしまうような気がした。

 

こうなったら、当初の目的を、変えるしか無いかも知れない。

 

精神が、締め上げられるかのようである。影は何度も、我知らず爪を噛んでいた。

 

 

 

蠱毒の城は、成立を江戸時代にまでさかのぼれるフィールドである。

 

かって此処には、反政府組織とでも言うべきものが存在した。元は隠れキリシタンが中心となって組織されたものであったらしく、近隣では観音像に似せたマリア像が見つかったりもするそうだ。

 

しかしやがて隠れキリシタンは表向きのものとなっていく。そもそもキリシタン自体が禁止されてから時が経ったこともあり、信仰は仏教や神道と混じり合って独自のものとなり、閉鎖的なコミュニティ内で理想も歪んでいった。やがて不平を抱える者達が、過激派として組織を牛耳るようになっていった。組織員にも犯罪者や浪人が増え、各地で乱暴狼藉の限りを尽くし、その実体は盗賊団も同然になっていったという。

 

だが、こういった組織は、一部の例外を除けば長続きしない。やがて幕府による調査の手が伸び、一族郎党に至るまで殺し尽くされた。

 

江戸時代が終了するまで生き延びた隠れキリシタン達もいた。だが、こうやって内紛を起こして自滅したり、盗賊化したり、殺し尽くされた者達の方が、遙かに多かったのである。

 

これらは、地元の人間や、何よりフィールドに住んでいた妖怪達に聞いた話なのだと、サヤは言った。

 

「サヤちゃん、妖怪と会話が出来るの?」

 

「私は、未熟ですが、式神を使う専門家です。 そして元々この国の神々は、妖怪と区別が付かない場合も多いです。 妖怪と呼ばれる者の中にも、何々の神、という名を持つ存在がかなり多いことからも、それは察していただけるかと思います」

 

おとなしい性格のサヤは、皆の視線を浴びて恐縮しながらも、話を進めてくれた。

 

スノーモービルは、吹雪の中を粛々と進み続けている。サヤの話は、二台あるスノーモービルの両方に流れるように、回線を通じて届けられていた。

 

やがて、皆殺しにされた者達の憎悪。それに何より、人間の業に押しつぶされた隠れキリシタン達の怨念が中心となって、この地にフィールドが誕生した。

 

それが、蠱毒城である。

 

しかし、江戸幕府が差し向けたフィールド探索者の手によって、ひとたまりも無く潰されてしまった。

 

この規模のフィールドは、江戸時代にも既に攻略技術が確立されていたから、である。

 

問題は、此処からであった。

 

「このフィールドは、永遠の信仰を願った人達の怨念から出来ているからか、何度壊しても再生してしまうんです」

 

「ほう?」

 

Mが面白そうに呟いた。

 

というよりも、M位の男なら、この程度の事情は当然知っていそうである。スペランカーでさえ、新人用の訓練に使われるフィールドだと言うことは知っていたほどなのだ。

 

「元々フィールドの難易度がさほど高くなかったこともあって、此処は幕府の手によって意図的に残されました。 無理矢理攻略しようとすれば、出来たのでしょうが。 しかし、訓練用として最適だと言うことで、今も残されています」

 

「むごい話だな」

 

アーサーが、ハンドルを握りながら、静かな怒りを込めて言う。

 

彼がキリスト教徒だから、というだけではないだろう。アーサーは元々騎士と呼ぶに相応しい心の持ち主だ。

 

信仰を保とうとした人々が、邪悪な暴力的意思に組織を乗っ取られ、更には幕府に弾圧され。死した後もその意思を良いようにされている。

 

そんな事実を、残酷だと、アーサーは糾弾しているのだ。

 

その上、このフィールドは今や、異星の邪神に乗っ取られてしまっている。このフィールドの基礎になった隠れキリシタンの人達の無念は、如何ほどだろうか。

 

吹雪は強くなったり、弱くなったり、先ほどから安定しない。

 

城の方では、まだ激しい戦いが続いているようで、ちかちかと光が瞬いている。今の時点で、敵の主力はそちらに集まっている様子だ。

 

「空き巣狙いのようで面白くは無いが、一気にぶっ潰すか。 私がおとりになるから、他の連中で首魁をつぶせ。 騎士殿ォ、それくらいは余裕だよなあ」

 

「貴殿の狙いは、返す刀で消耗したKをつぶすことであろう」

 

「そう邪推しなくてもいいだろう。 事実その通りだがな」

 

Mが暴虐そのものの笑いを、吹雪の中に轟かせた。

 

アーサーがハンドルを乱暴に切る。

 

どうやら、敵の防衛線に、接触したらしい。全員が、スノーモービルからばらばらと降りる。

 

吹雪は止んでいる。

 

恐らく、このフィールドを乗っ取った邪神が、Mに気付いたからだろう。全力で戦うために、力を自分に集めているのだ。

 

巨大化したMが、拳を鳴らす。

 

スペランカーは見る。さっきとは違う者達が、森の中から、姿を見せるのを。

 

それは、忍者のように見えた。或いは虚無僧のようにも見えた。

 

派手な格好の、分かり易い忍者である。色とりどりの装束を着け、分かり易い刀を腰からぶら下げている。

 

海外の人間がイメージするような、和製ファンタジーの産物である「忍者」だ。NINJAと言うべきだろうか。

 

虚無僧についても、本来の者とは随分かけ離れているように感じる。全身から禍々しい妖気を放っていて、手には分かり易い尺八を持っていた。ぼろぼろの袈裟は、見ているだけで異臭が漂ってきそうである。

 

それらが数十人。いや、もっと多いかも知れない。

 

「おや? あんな連中が、此処のフィールドの雑魚だったか? 巫女殿ぉ?」

 

「いえ、違います。 此処は妖怪達が基本的には住んでいるはずなのですが……」

 

「そうなると、怨念が邪神の力と合わさって作り出した、力の象徴であろうな」

 

「アーサーさん?」

 

スペランカーの疑念に、アーサーは答えてくれる。

 

かってこの国で、フィールド探索者と言えば、忍者に侍、それに虚無僧などが中心だったという。希に無頼の盗賊などがなる事もあったようだが、基本的にこれらの存在が、フィールドに対処する力を持っていた。

 

つまり、あれは。

 

フィールドを蹂躙した存在を力の象徴として、歪んだ意識の元作り出した防衛装置。

 

「まずは彼らを突破しなければならんな」

 

この悲しい戦いは、一刻も早く終わらせなければならない。

 

スペランカーは、アーサーに頷いていた。

 

 

 

モーターボートを乗り捨てて、最短距離で空港に向かうことにした。

 

海上では、袋の鼠も同然だ。あの目玉の主が何者かはさっぱり分からないが、いくら何でもモーターボートに乗り込んでこられたら分が悪すぎる。あの大きさから言って、モーターボートを即座に転覆させるくらいの攻撃能力もありそうだ。

 

元々海上の乗り物は速度に問題がある。その上、身動きが取りづらい上に、居場所を見失ったら死亡確定の海上で、あのようなものに追い回されたら、命がいくつあってもたりないだろう。

 

逃げ場所が無いと言う点では飛行機も同じだが、かかる時間が短い分、まだマシである。

 

全身の冷や汗が止まらない。これほど危険な敵と相対したのは、一体いつぶりになのだろうか。

 

冷静になれ。

 

自分に言い聞かせる。だが、恐怖は中々消えなかった。

 

今でこそ皮肉屋の影だが、幼い頃は恐がりだった。怪談話などを聞かされると、夜中にトイレに一人で行けないことなどザラだった。

 

忍者の末裔として訓練を受け始めてからも、それは変わらなかった。

 

臆病は恥じるべき事では無いと、師匠達は口を揃えていった。恐怖をコントロールすることで、強い敵を見極めることが出来ると。そうすれば効率的に危険を避けることにもなると。

 

影は、師匠達の言うことを良く聞いて、恐怖と友達になるべく、努力した。

 

長年の血がにじむような努力の末に、ある程度は恐怖をコントロール出来るようにはなった。

 

だが、あるラインを超える相手を見てしまうと、恐怖が吹き出してしまうのだ。

 

不思議な事に、集団でいるとき、この悪癖は出ない。

 

影は孤独に弱い。

 

一人でいるときは、どうしても、恐怖に負けてしまうことがある。

 

タクシーを乗り継いで、空港に向かう。追っ手の気配をはっきり感じ取ったのは、首都圏に入った頃だ。

 

人が大勢いる場所では、仕掛けてこない。

 

相手もプロだ。都会にあるエアポケットのような、誰もいない場所で、初めて攻撃を試みてくる。

 

そしてその攻撃は、交戦を目的としたものではない。

 

仕留めるためだけのものだ。

 

エアポケットは、夜になればなるほど拡大する。昼間は、どうにかして身を潜めなければならない。

 

そして恐らく、相手は忍びとしては、影より格上だ。尋常な知恵比べては、多分勝てないとみて良いだろう。

 

後ろのタクシーに、恐らくじゃじゃ丸は乗っている。

 

タクシーを止めると、電車に。予想通り、この時間は満員だ。駅でもどっと人が降りてくる。

 

その人の荒波をすり抜けるようにして、影は行く。

 

後ろから、相手も追ってくる。

 

階段を上り終えた。駅のホームを進む。徐々に、降りてきた人が少なくなってきた。すし詰めになっている電車の様子に、乾いた笑いが漏れる。相手がじゃじゃ丸だから良いようなものの、手段を選ばないタイプだったら、即死確定の逃げ場所だ。

 

途中加速して、ギリギリで乗り込んだ。じゃじゃ丸は隣の車両に乗り込んだようだった。電車が動き出す。

 

凄まじい圧迫で、電車の外にはじき出されそうだ。この人間の密度だと、流石にじゃじゃ丸も追ってこられないだろう。

 

呼吸を整えようとした、その瞬間だった。

 

「逃がすものか」

 

あの、巨大な目玉の声。

 

息を呑むと、気配は消える。これだけの人数がいると、どうやら仕掛けることは出来ないらしい。

 

再びせり上がってくる恐怖を、落ち着ける。飲まれたら死ぬ。

 

携帯を弄って、情報を入手していく。

 

乗る飛行機は決めた。一端乗ってしまえば、ある程度は安全になる。ただし、同じ飛行機に、じゃじゃ丸が乗り込めないことが、最低条件になるが。

 

問題は、あの巨大な目だ。

 

目をシンボルにしている妖怪は、多数検索にヒットする。元々洋の東西を問わず、目には魔なる力が宿ると信じられていた。

 

隣の駅に到着。どちらかといえば通過地点となる駅で、複数の電車が乗り入れている。此処で降りる客は、大体が別の電車に向かう。

 

つまり、一度気配を断っておけば、相手をまける可能性が高いのだ。

 

どっと押し出される客に紛れて、影は気配を消す。この辺りで、再び相手をまいておきたかった。

 

だが、恐らく、じゃじゃ丸は動きを読んでいたのだろう。

 

改札を抜け、駅を出たときには、既に至近に迫られていた。

 

振り向きざまに、ハイキックを浴びせる。残像を抉っただけだった。わずかにかがんだだけで蹴りをかわしたじゃじゃ丸は、そのまま流れるように足払いを掛けてくる。バランスを崩して地面に倒れ込みつつも、廻って受け身をとり、飛び退く。

 

まずい。

 

近接戦をわずかにやっただけでも、分かる。力量差は歴然だ。反応速度などでは、相手に近いものがある。

 

だが技の切れが違いすぎる。くぐってきた修羅場の数と密度が別物なのだ。

 

格闘戦をやってもこれだ。能力を使っての勝負となると、全く相手にならないのは、目に見えていた。

 

間近で見ると、じゃじゃ丸は若干影よりも背が高い。顔立ちも精悍だが、さほど目立つような容姿でも無い。だが、退魔忍者としての頂点とも言える名を襲名しているだけあり、存在感は圧倒的だった。

 

「その程度で、良く俺から此処まで逃げ切ったな」

 

「ハ、この先も逃げ切って見せるぜ」

 

「無駄だ。 というよりも、状況が変わった」

 

じゃじゃ丸は、何かを投げてよこす。周囲の通行人は、驚くほど此方に目を向けてこない。元々移動中間点としての駅で、此処で降りる客は少ないと言っても、だ。何か特殊な技術を使っているのかも知れない。

 

警戒しながら、拾ってみる。

 

それは、手紙だった。勿論、紙に書いたものではない。携帯端末を、そのままよこされたのだ。

 

「雇い主からだ。 お前への攻撃を一端中止、だそうだ」

 

「何……!?」

 

「お前がKの情報屋をしていたことは分かっていた。 だから俺は阻止するべく動いていたのだが。 雇い主はどういう情報を掴んだのか、お前と共同して、任務を遂行させろと言ってきた」

 

まだ、警戒は解けない。

 

殺さないから逃げなくて良いと、大鷲に言われた鳩のように、自分が思えてきた。

 

「皮肉な話で、今、MとKが共同戦線を張っている。 俺はまだ見たことが無いが、異星の邪神とやらは、それほど強力で凶悪な敵であるらしいな」

 

まさか、あのMとKが。しかし、それならば、命がけで影が運んでいる書状は、意味をなさないのでは無いのか。いや、これには何か、大きな意味があるのか。

 

いずれにしても、確かめておかなければ危ない。

 

長老に、連絡を入れてみる。

 

どうやら、嘘では無いらしい。ある程度の協力について、打診があった。

 

影のコミュニティごと潰しに掛かっている可能性も否定は出来ない。だが、其処までする意味は、流石に無いだろう。

 

いずれにしても、もう八方ふさがりだった。

 

分かってはいたのだ。このようにふらふら逃げても、どうせいつかは捕捉されると。空港まで逃げ切ることさえ、諦めかけていた。

 

影は、自分の力不足に、唇を噛む。

 

その肩を、じゃじゃ丸が叩いた。

 

「行くぞ。 まずはお前に目をつけている、訳が分からん奴を、叩いておいた方が良さそうだな」

 

「気付いていたのか」

 

「俺は忍者である以上に、妖怪退治の専門家だ。 任せておけとは言えないが、多少の知識はある」

 

悔しいが、心強かった。

 

 

 

Mが先頭に立ち、豪腕をふるって敵を蹴散らし始める。

 

当然のように横投げで手裏剣を投げてくる忍者達。虚無僧は、あろう事か、それぞれが炎を吐いてきた。編み笠を被っているから、炎を吐けば引火しそうなものなのだが。その辺りは、特殊な術を使っているのかも知れない。

 

札を投げたサヤが、今まで吹雪いていたことをお返しするように、冷気の壁を作り出す。虚無僧達の炎が、吹き散らされた。

 

Mが拳を振るう度に、忍者や虚無僧が吹き飛ぶ。

 

確実に前進していくMだが、それを阻むように、後から後から忍者が沸いてくる。動きはどれも遅く、J国外の映画に出てくる何故か空手を使うやられ役の忍者のようだった。スペランカーは、それぞれ能力を乱射しながら森へ踏み込む皆の真ん中で、妙だなと思う。いくら何でも、弱すぎる。

 

「アーサーさん、おかしくありませんか?」

 

「我が輩もおかしいと感じていたところだ」

 

ここにいる邪神が、力を温存するために自分に力を集めている事は、既にはっきりしている。吹雪が極端に弱まっていることからも、それは明らかだ。

 

弱々しく飛んでくる手裏剣を、アーサーが盾ではじき返す。Sも軽く回避しながら、手元の銃から極太のエネルギービームを放ち、数体の忍者を薙ぎ払っていた。

 

森の中に入っても、抵抗はあまり変わらなかった。

 

忍者達は木々の間を飛び交って襲いかかってくるが、根本的な動きも遅い。何より、投げてくる手裏剣が致命的にまで勢いが無く、弱々しかった。刀の使い方も変で、それこそMが進む妨げにもなっていない。

 

やはり変だ。

 

スペランカーが、皆に叫ぼうとした、その瞬間だった。

 

ぐにゃりと、世界が歪んだ。

 

色彩が無くなり、平衡感覚が狂う。吐き気さえ感じる、異常な変化。世界が歪み、ゆっくり回転していき。

 

そして気がつくと、全員が森の外に立っていたのである。それだけではない。眼前には、全く戦っていないかのような、忍者と虚無僧達が、勢揃いしていた。

 

「ほう……」

 

Mが心底から楽しそうに声を出した。

 

アーサーが皆を見回して、叫ぶ。

 

「おそらくはまやかしの類だ! 各自温存しながら戦え!」

 

「どうやらその方がよさそうだね」

 

Sも銃の出力を絞ったようだ。

 

スペランカーは、やはり妙だと感じる。というよりも、その違和感が、ますます大きくなり始めていた。

 

「サヤちゃん」

 

「どうしましたか、スペランカーさん?」

 

「偵察って出来る? ええと、式神?で」

 

「出来ます。 でも、みんな恐がりなので、邪神にあってしまったらどんな悲しい事になるか……」

 

そういって、本当に悲しそうに、サヤは眉をひそめた。

 

前では、相変わらずMが大暴れしていて、忍者や虚無僧が吹き飛ばされていた。いい加減面倒になってきたらしく、Mは手から巨大な火球を作り出しては、投擲して辺りを薙ぎ払っていた。

 

消耗している様子は無いが、この様子ではいずれじり貧となる。本命の邪神が現れたとき、対抗できるのだろうか。

 

勿論、言うまでも無く、Mはスペランカーとは比較にもならないほどの戦歴の持ち主だ。その程度の事は、分かっているはず。だが、どうにも不安がぬぐえない。

 

不意に、後ろに殺気。

 

地面の中からわき出すようにして、二刀流の剣士が姿を見せていた。

 

髪の毛を乱暴に髷にまとめ、月代はぼうぼうで、目にはらんらんと狂気が宿っている。そして、忍者とは比較にもならないほど、動きが速かった。

 

サヤが振り返るより速く、剣士が動く。

 

右手の剣を、繰り出す。

 

スペランカーが飛び込み、串刺しにされるのと、アーサーが剣を振り下ろすのは同時。アーサーに斬り倒された剣士の姿がかき消える。

 

だが、スペランカーに突き刺さった剣は、消えなかった。

 

大量の血を吐く。肺を抜かれたらしい。

 

まだ薄く雪が積もっている地面に、倒れる。辺りには、同じような剣士がたくさん出現しているようだった。

 

酷い痛みの中、スペランカーは気付く。

 

周囲の戦況が、一変していることに。

 

それだけではない。どういうわけか、再生能力が働かない。否、働いていないのでは無く、非常に治癒が遅くなっている。

 

血だまりが、雪の中に広がっていくのが分かる。

 

痛みは、どうにかなる。だが、これは初めての事態だった。

 

 

 

先祖が攻略したフィールドなどには興味は無かったが、それでも今は命が掛かっている。影はじゃじゃ丸の話を聞きながら、空港に向かっていた。

 

今は、じゃじゃ丸の車の中である。足として、幾つか車を持っているらしい。4WDの特注車両で、当然のように防弾硝子で守りを固めている。内部には武器も多数搭載しているようだ。

 

じゃじゃ丸は、話を一つずつ進めて行く。

 

江戸時代の中期に、蠱毒城が出現したこと。

 

蠱毒城が成立した理由。

 

それらを聞いても、別に心は動かなかった。悲劇には慣れている。

 

社会の裏側で仕事をしてきたのだ。吐き気を催すような人間の本性は、嫌と言うほど見てきた。

 

人道を口にしながら、それを都合よく利用している人間が、どれだけ世の中にいる事か。特にJ国では、一見良いことをすると思考停止するという国民性から、その邪悪さは言語を絶するほどである。

 

「で、あの巨大な目玉が、どうそれに関係しているんだ?」

 

「天草四郎時貞を知っているか」

 

「何だ急に……知っているに決まっているだろう」

 

天草四郎。いわゆる島原の乱の首謀者とされる人物である。

 

九州で江戸時代初期に、圧政に耐えかねた民衆がキリスト教徒と結びついて発生した、大規模な一揆。それが島原の乱、とされている。

 

実際には、戦国時代の生き残り達ともいえる浪人が、乱世を求め、天草四郎という現地で人気があった人物を旗頭として担ぎ出したに過ぎない。幕府側も多少の被害を出したには出したが、結局は圧勝に終わり、首謀者以下乱の参加者は皆殺しにされた。内通者がただ一人だけ生き残ったが、それだけである。

 

まだ少年であったらしい事、隠れキリシタンであった事などから、信仰を求めての反乱などと美化される傾向が強いこの事件だが、実際には徳川の天下(と、武士には立身の妨げになる平和)に反発して、不平を持つ者達が起こした乱に過ぎない。ただし、この地方で圧政が敷かれていたことは事実であり、だがこの乱の収束をもって江戸時代が安定したこともまた事実だ。

 

「天草四郎は島原の乱で死んだが、その子孫が逃れたと言う説は、昔からあった。 妻帯していたという噂はあったのだが、どうもその子らしいな」

 

「それは、初耳だな」

 

「貴様は確か風魔系だったな。 俺の一族は幕府寄りの忍び一派だから、こういう情報も持っている」

 

風魔一族は、幕府によって滅ぼされた忍びの一族だ。

 

正確には、関八州に覇を唱えた北条家のお抱え忍軍だったのだ。北条家が滅びた後、風魔の一族は首領を中心に盗賊団になり、徳川家康に叩き潰された。ただし、その末裔達は各地に散り、一部は花街などで用心棒をしていたという伝説もある。

 

勿論、影のように、忍者としての形を残していた一族も存在したのだ。

 

「貴様を見つけるまでに情報収集をして分かったのだが、どうやら蠱毒城の件は、公式発表よりもずっと根が深いものであったそうだ」

 

「根が深い?」

 

「考えても見ろ。 現地で命脈を細々と保っていた風魔の一族に、どうして討伐依頼が来た? 幕府側の勢力が関与すると、面倒な事象でもあったと判断できないか?」

 

少し考えて、影もその可能性に思い当たる。

 

そうか。

 

まさかとは思ったが。

 

江戸時代、世界史的に見ても極めて平和な時代とは言え、幕府が抱えている火種はいくつかあった。

 

その一つが、後継問題である。

 

徳川家康はこの辺り抜かりが無く、主家がつぶれても替えが効くように、多くのスペアを用意していた。いわゆる御三家がそれである。

 

「幕府の内部の問題が噛んでいたのか」

 

「そうだ。 どうやら紀伊家の息女が、天草の子孫と通じて、密かにキリシタンになっていたようでな」

 

それは、まずい。

 

紀伊家は名君で知られる徳川吉宗を輩出した名門である。だからこそ余計に、このようなスキャンダルが発覚していたら、ただではすまなかっただろう。

 

空港に着いた。

 

あまりにも簡単に到着したので、拍子抜けしたほどである。

 

実のところ、先祖がしたことを、影はあまり詳しく知らない。ただ、フィールドから、姫を救い出した、という事だけは聞いている。

 

だが、それがもし、言葉通りの意味では無いとすると。

 

まさか。

 

救い出したというのは、実際は嘘で。全てを闇に葬ったのでは無いのか。そしてにっくき天草の一族を延々と苦しめるために、わざとフィールドを残し、それからも訓練用と称して、永遠に殺され続ける環境を作った。

 

身震いがする。

 

影は、色々と世界の闇を見てきたつもりだった。だが、これは本当に、人間が行ったことなのだろうか。

 

影が見てきたことなど、ほんの表面に過ぎないのでは無いのか。

 

本当は、人間を心の何処かで信じるという、愚行に走っていたのでは無いのか。

 

皮肉屋のつもりが、実際にはただの拗ね者に過ぎなかったのではないのか。

 

「お、俺は……」

 

「まだ貴様は若い。 ならば、忍びとして、これから腕を磨いていけばいい。 心を鍛えていけばいい」

 

「……」

 

情けない。ただ、それだけを影は思った。風魔の一族であった先祖の影は、一体どのように思って、何も分からず陰謀に巻き込まれた姫を殺したのだろう。救い出したはずもない。

 

自分が同じ命令をうけたら、出来るだろうか。

 

今までは、何も考えず、仕事をしてきた。勿論闇に触れる機会はあったが、これほど酷いものは初めてだ。

 

能力者の忍びは重宝されると聞いたことがある。こういうダーティワークを行えるから、なのか。

 

抑えていた感情が、せり上がってくる。なんと、自分は未熟であったのか。

 

強烈な殺気を感じる。

 

辺りが、異空間になってしまったかのようだった。当然、空港のロビーなどは周囲に無い。墨色を容赦なく辺りにぶちまけ、物理法則までねじ曲げたような、異常な空間だけがあった。

 

「おのれ、逃がさぬ……!」

 

妄執が凝り固まった声。

 

見上げると、巨大な目玉があった。だが、分かる。それは顔の一部であると言うことに。

 

手紙を取り出す。

 

そして、じゃじゃ丸に渡した。

 

「悪いが、持っていて貰えないだろうか」

 

「どういう風の吹き回しか」

 

「俺は、どうやら此奴からは逃げられそうに無い。 決着を付けなければ、どのみち国外には出られないだろう。 俺が敗れたときには、あんたが代わりに仕事を果たして欲しい」

 

「受け取れないな」

 

必ず生き残れという激励。

 

それは、忍びとしては、あまり正しいとは思えない行動だ。だが、それは短時間で、この男に感化されつつある自分も同じなのでは無いか。

 

「分かった。 ならば、此奴を必ずや倒そう」

 

「それでいいのか?」

 

「……ああ」

 

本当は、救いたい。

 

だが、今の技量では、出来そうにないことだった。

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