オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
マッドエックスも、その犠牲者の一人です。
自分の名前を付けた車を駆りながら、マッドエックスは思う。
また、ここに来てしまったと。
この湖は、因縁の土地。
彼が家族を失った場所だ。KGB崩れの犯罪組織、通称カンハルー。旧ソが崩壊したとき、多数できた組織の一つだったが、一つ他と違っていたことがある。
多数の生体兵器と、恐ろしい無人兵器の数々を有していたのである。
生半可な戦力で対抗できる組織では無かった。カンハルーは残虐を極め、多くの国で多数の金品を略奪し、本拠であったこの近辺では、意に沿わぬ存在を殺戮して廻っていた。
マッドエックスの父は善良だったのに、警官と言うだけで殺された。
母も弟も妹も、警官の家族だという理由だけで、見るも無惨な殺戮の餌食になった。軍でさえ手をこまねいている中、地獄の炎の中から復讐者が生まれた。
マッドエックスである。
地獄の中、マッドエックスは最強のマシンを造り出し、フィールド認定されたカンハルーの基地を、他のフィールド探索者達と潰して廻った。
そして十カ所目。
カンハルーの基地は公式には九つとされていたのだが、実は十個目があったのである。その存在を、たまたまマッドエックスは知ることが出来た。
奴らの本拠地である此処に殴り込み、連中の真実と対面して。その背景事情を知ったとき。何もかも、むなしくなったのである。
連中が蓄えていた金品など、むなしいものでしかなかった。
後は、生きるために、フィールド探索者になった。
今では、日銭を食いつなぐため、この仕事を続けている。
噂は、知っている。
マッドエックスの愛車に乗ったものが、墓穴に入ったようだと感想を述べている。事実なのだから、仕方が無い。
この車は、走る棺桶だと、マッドエックスは思っている。
カンハルーを滅ぼしたとき、マッドエックスは死んだのだ。今いるのは、動いているだけの死体。
そして、マッドエックスの愛車は、死者を乗せたまま。未だに走り続けているのである。
棺桶に乗れば、陰気な印象を受けるのも無理は無い。
「マッドエックスさん」
「ンー、何だ?」
不意に、助手席のスペランカーが話しかけてきた。
そろそろフィールドに入る。会話するにしても、長くは続かない。あまり他人とは話したくないのだが、少しなら良いだろう。
「車の中に、マスコットとか、お守りとか、そういうのはおかないの?」
「ンー、面白い事を言うな。 俺のマシンは、いつ壊れてもおかしくないから、そういうものは置いていない」
正確には、少し違う。
マッドエックスには、大事なものが一つも無いのである。だから今更、身近に置いておこうとは思わない。
スペランカーが、眉を八の字に下げる。
或いは、見抜いたのかも知れない。マッドエックスが、空っぽに過ぎないことを。だが、スペランカーは、余計な同情を口にすることは無かった。
フィールドの中に、突入。
湖を覆う巨大な闇の中に入り込むと、一瞬の虚脱の後、荒野に出た。
生き物がいるとは思えない、広大な土地。枯れ木さえ生えておらず、赤茶けた錆だらけの大地。
そして、奥の方に見えるのは、巨大な蠢く影。
間違いない。ハスターだ。
あれだけ堂々と姿を見せているという事は、身を隠す必要も無い、という事だ。来るなら何時でも来い、と言うのだろう。
ドアを開けると、スペランカーが降りる。
川背は、此方が車だというのに、まるで遅れることも無くついてきていた。スペランカーの側に、柔らかく着地する川背。
「ハスターは余裕の様子ですね、先輩」
「部下の神様達は、もう残っていないって聞いているのに」
「自分の絶対的な強さに自信があるんでしょう。 その足下を掬うことができれば良いんですが」
ハスターがいるのは、およそ十キロ先。
観測される範囲より著しく大きいが、此処は空間が歪んでいる重異形化フィールドだ。内部空間が、現実と著しく乖離した広さであっても、驚くには値しない。
ハスターはとんでも無い巨大さで存在感を、この距離からも見せつけている。その禍々しい触手の塊のような存在は、その気になれば現時点でも、此処まで攻撃の手を伸ばせるようにさえ思えた。
近代兵器でさえ、とてもかなわない怪物。
あらがえるのは、フィールド探索者の中でも、ごくごく一握りの存在のみ。
「どうします? 一度引き返しますか?」
「ううん、近づいてみよう。 確か偵察機の情報だと、ハスターさんの姿は見えてなかった筈だよね。 何かあるのかも知れない」
川背に手を借りながら、もたもたスペランカーがマッドエックスの愛車の上に。まあ、乗せるのは初めてでは無い。意外に落ちないので、多少は運転を荒くしても大丈夫だろう。登ったのを確認してから、車を出す。
しばらくは、フィールド内を、無心に走り回ってみる。
荒野はどこまでも続いていて、たまに小石を跳ねる。タイヤはどれだけの難所でも平気なように作っているが、その度に小さく車が揺れる。スプリングで衝撃は緩和するようにしてあるが、それでも揺れは決して無視できない。
所々に、構造物が見え始めた。
単なるオブジェに過ぎないものもあるようだが、中には建物らしきものも散見される。その度に調査をするが、中には当然誰もいない。
何となく、嫌な予感がする。
一通り、フィールドの外縁を走り回る。ハスターにも近づいてみるが、五キロまで近づいた地点では、相手に動きは無かった。
車に搭載したカメラで、フィールド内は一通り撮影する。
今の時点では、怪物の姿は無し。
ハスターは今まで出現する度に、雲霞のような数の怪物をつれていたはずだ。気候も無茶苦茶な状態にしていたはず。
ひょっとすると、今の時点では手の内を見せないつもりなのだろうか。
もしそうだとすると、随分舐められたものだ。
「おかしいね」
「ンー、どういうことだ」
「漠然と、何だけれど。 ハスターって神様が喋っているところを、前に何度か見た事があって、それでおかしいと思うの」
「……」
そういえば、だ。
マッドエックスもハスターが喋るところは見た事がある。
部下に対してとんでも無い暴言を吐き、苦しむところを見て楽しんでいた。まるで鬼畜という言葉が神になったような輩だった。
何かを楽しむわけでも無く。
此方を殺そうとするわけでも無い。
ただ、拡大するフィールドの中枢に鎮座して、ぼんやりと此方を眺めている。本当にそれが、ハスターとやらのやることなのだろうか。
「何かを待っているのかな」
「外部からの援軍については、期待出来ないでしょうね」
川背が言うのももっともだ。
外では、アーサーをはじめとする猛者達が、対処のため手ぐすね引いて待ち構えている。たとえ異星の邪神でも、その網を簡単には突破できないだろう。
勿論ハスターも、それを知っている筈だ。
少し前にMと交戦したことで、ハスターは手傷を受けていると聞いている。だが、それならば。
何故、このフィールドの中央に、姿を見せたのだろう。
「ンー、異星の邪神が得意な、邪悪な術という事は無いのか」
「考えにくいです」
車の外から声。
紙がヒラヒラと飛んでいる。確か、式神とか言う奴だ。
サヤという東洋式の術者が、今回はバックアップに当たっているはず。そいつが飛ばしている偵察要員だという。紙を通して、此方と会話もできるというから、便利だ。フィールド内外での通信には、常に苦労する。
もっとも、まだ安定しない技だというが。
「異星の邪神が念入りに準備するほどの術だったら、外でさえ波動を感知できると思います」
「ンー、そういえば……」
以前、蜘蛛の邪神と戦ったとき。
フィールドの外で、既に何かしらのおぞましい力が働いていると、感知していたようなしないような気がした。
マッドエックスは記憶力が良い方では無い。
というよりも、この姿になったとき、脳の過半を損傷した。喋るときのゆっくりした声も、それによる障害の結果だ。
機械によって思考は補っているのだが、それでも時々思考が鈍る。
脳のリソースの大半を、運転に割り振っているのも、大きい。
この車は、マッドエックスの棺桶であると同時に、ゆりかごでもある。
「まだ、此方の増援は揃わないの?」
「少し時間が掛かります」
「ンー、いっそ、仕掛けてみるか」
此方には、神殺しと名高いスペランカーに、近接戦闘系としては近年めきめきと名を上げている川背がいる。
更に機動力は、マッドエックスで補える。
勝てる、とまでは言わない。
だが、その気になれば、機動戦を挑んで、撤退する事くらいはできるのでは無いのか。
しかしながら、スペランカーは首を縦には振らなかった。
「それは止めた方が良いと思うよ」
「ンー、どうしてだ」
「ハスターさんは、酷い神様だけど。 異星の邪神の中でも特に強いみたいなの。 前に同格だって言うクトゥグアさんと戦ったとき、側にはアーサーさんがいたんだよ。 でも、とにかく、酷い戦いになったの。 思い出したくないくらいね」
ましてや、ハスターはどうも風どころか、空気を操作する力まで持っているらしい。川背が付け加えた。
「僕も先輩の意見に賛成です。 今回は幸いM氏がいますし、全員での総力戦を挑むのが定石だと思います」
「ンー、そんな大げさな話をしているつもりは無いんだが」
「恐らく、攻撃を仕掛けたら、倒すか倒されるかの戦いになると思う」
スペランカーはいつも優しい笑顔を浮かべていることが多いが。先ほどからは、ずっと厳しい表情をしていた。
どうもマッドエックスも、認識を改めないとならないかも知れない。
少なくとも異星の邪神との交戦経験は、スペランカーの方がずっと多いのだ。相手をよく知っているという意味でもある。
「ンー、分かった分かった。 もう少し偵察したら戻ろう」
「それもあるけれど、早めに少し距離を取ったほうがいいと思う」
「ンー? 不死の筈の貴様が、随分と弱腰だな」
「嫌な予感がびりびりするの」
そういえばスペランカーは、体内に邪神ダゴンを取り込んでいるはず。その話を聞いたとき、最初はまさかと思ったが。
しかしアトランティスの事実上の代表となっていて、かの人外の地で半魚人や不死者達に慕われているという話を聞いたとき、笑い飛ばすことはできなくなった。スペランカーには、確かに不思議な力がある。
それは少年漫画で言われるような、曖昧なメンタルパワーでは無い筈だ。第六感と言われるような、未知の力でも無い筈。それにしては、時々言い当てることが、あまりにも正解を引き当てているからだ。
もっと確実で、しっかりしたもの。
川背は判断力についてスペランカーを評価しているようだが、何だかマッドエックスは、そうではないような気がするのだ。
ブレーキを掛け、停止。
「サヤちゃん、もう少し式神を使って偵察をしてみて」
「分かりました」
「無理をしちゃ駄目だよ。 倒れたばかりなんだから」
「大丈夫です。 足手まといにだけはなりません」
サヤとやらは、かわいげの無い川背と比べると、随分愛らしい様子だが。それでも、急速に戦士として育っている様子だ。発言には強い意志の力を感じ取ることができる。
マッドエックスは思う。
機械の体を手に入れて、身体能力は確かに上がった。メンテナンスも、以前に比べて簡単になった。
だが、成長という点では、厳しくなった。
機械のメンテナンスやバージョンアップで、性能を上げることはできる。だが、頭の方の性能は、そうはいかないのだ。
Uターンして、一度帰路に入る。
時間稼ぎをしているのでも無く、此方の出方をうかがっているのでも無いとすると、確かに様子を見た方が良いだろう。
残虐で享楽的だという噂の、ハスターだ。
どんなことを仕掛けてくるか、知れたものでは無い。確かに、此処で仕掛けるのは、軽率かも知れなかった。
一旦外に出る。
ガソリンを補給した後、愛車から降りて、マッドエックスは会議に出た。
走り回っていたのは一時間三十分ほどだったはずだが、その間に撮っただけの映像にしては、随分と詳細な地図が作られている。
おそらくは、式神とやらの活動も、大きい意味を持っていたのだろう。
地図の中央部には、大きな目玉のモニュメントがある。
ハスターだ。
「ふん、来るなら来い、と言う話なら……楽なんだがな」
「間違ってもそれは無いだろう」
Mの言葉に、ジョーが応じた。
ジョーは歴戦の勇士であり、映画に出てくるような特殊部隊隊員でさえ敬意を払うような凄腕だ。
通常火器だけでも、怪物と渡り合える数少ない例外。
フィールド探索者が多数跋扈するこの世界でも、彼らに混じって戦っているだけのことはある。ただし、その強さは銃火器を使いこなすことよりも、むしろ経験から創出されている。
まず罠があるだろうと、ジョーは断言。
問題はその罠の性質だと言って、サヤに声を掛けた。
「魔術的な罠として、考えられるものは?」
「ええと……私は、あまり詳しくないですけれど。 突然環境を切り替えるとか、異界から多数の援軍を呼び出すとか……」
「ふむ、なるほどな」
他にも何名かの魔術師がいて、彼らからの幾つかのアドバイスがあった。戦術用語を、ジョーが地図に書き込んでいく。マッドエックスには理解できない部分も多いので、ネットで並列検索しながら、解読に努めた。機械化している部分が多いので、こういう芸当もできる。
ジョーの話によると、一カ所に部隊を集めるのはまずいという。罠がある場合、一度で全滅の危険が出てくるからだ。
かといって戦力を分散しすぎると、各個撃破の可能性が出てくる。
ましてや相手は、桁違いな強者揃いの異星の邪神の中でも、トップクラスの実力者だ。
スペランカーから、異星の邪神について、話を聞くジョー。スペランカーはアトランティスで、敵対的では無い異星の邪神やその眷属と直に接している珍しい人間だ。その話の内容は信頼性が高い。
話を聞き終えると、Mが不敵に唸る。
「つまり、ハスターは決して邪神達の中で最強というわけでは無いが、それでもこの星に来ている異星の邪神の中では、最強の一柱という事は間違いない、ということか」
「単独で余裕を持って大陸を制圧できる程度の力はある様子です。 並のフィールド探索者では、ぶつけるだけ時間の無駄でしょうな。 通常兵器など、何ら役には立たないでしょう」
そう言ったのは、かなり年老いた魔術師だ。
勿論彼は、ジョーをおちょくるつもりでそう言うことを言っているのだが。ジョーも、邪神との戦いにおける切り札を幾つか持っていると、マッドエックスはいつだか聞かされたことがある。
ジョーは挑発には乗らない。というよりも、ジョーが取り乱しているところを、マッドエックスは見たことが無い。
一方で浮いた話も無いらしく、サイボーグでは無いかと言う噂もあるそうだ。ただ、マッドエックスは以前、ジョーが負傷して傷の手当てをしているところを見た事があるから、その噂が違うことは知っている。
「まず、M。 貴方が先陣を切るべきだ」
「ほう? その心は」
「ハスターとの交戦経験があるから。 それに貴方であれば、多少の罠などものともしないのではないのか」
その通りだろうとマッドエックスは思ったが、何が気に入らないのか、Mは鼻を鳴らす。
「何をされても死なないのなら、私よりもうってつけがいると思うが」
「彼女は切り札だ。 分かってはいると思うが」
「ふん……」
Mが凄い目で、ジョーからの視線をそらした。
スペランカーが苦笑いしている。その横で、川背はいざというときは、どう考えても超格上のMと戦う事さえ辞さないような表情だった。
マッドエックスも見た事があるが、スペランカーの必殺武器は、地味だが確かに凶悪である。等価に相手と自分の命を消し去る、という呪われた道具。スペランカー以外には使いこなせない、文字通りの諸刃の刃。
あれを上手に使えば、確かにハスターにも届くはずだ。
だが、どうしてもMは納得しない。
急に感情的になったMのため、会議はこじれて、三十分以上続いた。やがて挙手したのは、スペランカーだった。
「それなら、私が最前線に出ます。 それでいいですか?」
「先輩!」
「川背ちゃんが支えてくれるでしょ? Mさんが言うことももっともだし、今は時間が惜しいはずだよ」
ジョーはしばらく無表情でやりとりを見つめていたが、Mが腕組みして大きく息を吐き出すのを横目に、咳払いする。
「分かった。 それならば、合流予定のメンバーが揃い次第、作戦行動を開始する」
人員が割り振られる。
スペランカーとマッドエックスは同じチームに入る。他にも、マッドエックスが会ったことが無い奴が何人か、同じチームに入った。サヤは相変わらず後方支援。他にも二人、戦闘向きでは無い魔術師が、後方で支援をするという。
Mは単独で一チーム扱いとなった。まあ、戦闘力から言って、無理も無いだろう。合計して四つのチームが、相互連携しながら、ハスターを叩くことになった。フィールドは今のところ環境が安定しているが、各部隊には雪上車が配備される。以前、ハスターの眷属と戦ったとき、強烈な冷気内での戦闘を余儀なくされたため、その対策だ。
スペランカーのチームの指揮は、ジョーが取る事になった。マッドエックスとしては有り難い。指揮官として、これ以上頼りになる存在はいないからだ。
「作戦開始は、二時間後だ。 各自身を休めておくように」
ジョーから通達が出た。
マッドエックスは、せっかくの休みを、有効活用することにした。
無言でベースから出る。
誰も、マッドエックスの後を追ってくることは無かった。
マッドエックスはサイボーグだ。
現在の定義では、何らかの機械的なもので体を補っている存在を、サイボーグと呼ぶ。広義では眼鏡を掛けたり銀歯を付けたりしているだけでも、サイボーグなのである。マッドエックスの場合は、体の四割以上が機械化している時点で、重度のサイボーグだと言えた。
車から降りる。
既に廃墟になった村。湖より少し離れていて、街ともわずかに距離がある。
カンハルーによって恐怖の支配が行われていた場所だ。既に誰も住んでいない。そればかりか、マッドエックスの生家に至っては、焼き尽くされて跡形も無かった。警官と、その家族が住んでいたという理由が、殺戮を正当化したのだ。
他にも焼かれた家は多い。
旧ソで役人をしていた。軍にいた。
そんな理由でも、カンハルーにとっては攻撃の対象になった。生きたまま皮を剥がれたり、野犬の餌にされた人もいた。
復讐は、徹底的にした。
この近辺のチンピラで、カンハルーの構成員になって暴利を貪っていた連中は、マッドエックスが皆殺しにした。その頃には、既にカンハルーは「要注意指定団体」として国際指名手配されていたから、他の賞金稼ぎも動いていた。特に幾つかのカンハルー拠点はフィールドになっていたこともあり、マッドエックス以外のフィールド探索者によって殺されたカンハルー構成員も多かっただろう。
やがて、カンハルーは世界各地で叩き潰され、追い詰められていった。
マッドエックスの行き場が無い怒りは、今でも燻っている。ただし、それは闇の中で、だ。
怒りは、消し去れなかった。
カンハルーの中枢を追い詰めて、その姿を見たとき。怒りはどこへ向けて良いのか、分からなくなった。
この世そのものを恨んだこともあった。
既に死んだ村を、無心に歩いて廻る。
ハスターのフィールドが広がっている今、もたついていればやがて此処も飲み込まれる。飲み込まれた後、どうなるかは分からない。
消滅してしまうとすれば、それはそれで良いかもしれない。
カンハルーの末期、此処は国連軍とカンハルーの戦いの舞台ともなった。廃屋の中には、露骨に銃撃戦の跡が残っているものもある。
この村で育ったのに。
機械の体を得て、脳までも幾らか人工物に置き換えたからか。感慨は殆ど無い。年に何度か訪れる場所だというのに。その度に、思うのだ。自分はカンハルーを殺すためにマシンになり、そのまま心まで機械になってしまったのでは無いかと。
いや、機械でも、近年は心を持つ者がいる。
友人の一人、王などは、随分苦悩する姿を、マッドエックスに見せていた。それに比べて、マッドエックスはどうなのだろう。
苦悩しても、まるで心が苦しくない。
涙も、もう流れない。
墓場に着く。
今は、何名かの老人が申し訳程度に管理している、ちいさな墓地。
花を供えた。
右手は全て機械になっている。左手も、肘から先は全て機械だ。花を供えるときに、指先には感触が全く無い。
隅の方には、カンハルーの構成員達を葬った無縁墓地もある。誰の死体かさえも分からないようなものも多く、そうする他なかったのだ。
カンハルーとの戦いの末期、二流くらいのフィールド探索者が参戦した。それからは、戦闘は一方的なものになった。文字通り雑草を刈るようになぎ倒されたカンハルーの構成員の中には、降伏を申し出たのにそのまま焼き殺された奴もいると聞いている。
今までの行動が行動だから、誰も同情はしなかった。
マッドエックスは、ぼんやりと空を見上げる。
まだ、時間はある。
愛車に乗って、墓地を離れる。遠くに見えるハスターの住処は、確実に広がり続けている。
このままだと、一日もしないうちに、此処は飲み込まれてしまうだろう。
もう一カ所、立ち寄る。
小高い岡。
村を見下ろすことができる場所。
此処で、マッドエックスは死んだ。車を停めて、降りる。そして、周囲を見回す。
死んだときのままだ。
十人以上のカンハルー構成員に追い詰められた。敵の全員が、銃器で武装していた。目を暴力に酔わせ、よだれを垂れ流している者もいた。
必死に逃げるマッドエックスの足を、一人の放った銃弾が貫いた。
転んだところを頭を踏まれた。
そして近くの木に吊されて。
的にされた。
十発以上の弾丸を受けても、まだマッドエックスは生きていた。ただし、意識は虚ろで、大小を垂れ流しにしていたかもしれない。げらげら笑うクズ共の声は、未だに耳に残っている。
だが、もう恨みは感じていない。
その場にいた連中は全員が死んだ。誰がやったかは知らない。賞金首を狙って活動していたフィールド探索者だという噂もあるが、調べてもついに誰だかは分からなかった。当時、カンハルーは国際的な問題の隙間に潜り込むようにして行動しており、フィールド探索者として彼らを殺したことを公表されるのを避けたのかも知れない。そのため、礼を言うこともできなかった。
気がついたときには病院にいた。
そして告げられたのだ。
貴方の体の半分以上は、もう使い物にならないと。
その時は、まだ溶岩のような憎悪が、体に滾っていた。だから、奴らを皆殺しにする力が欲しかった。
サイボーグ化してほしい。借金は、カンハルーを狩って返す。
そう言うのに、ためらいは無かった。
そのこと自体は、今でも後悔していない。カンハルーはどのみち放置はしていられなかったのだ。
どのような事情が、裏にあったとしても。
マッドエックスの怒りに興味を示したのが、あるロボット工学者だった。奴が、マッドエックスの愛車をくれたのだ。
戦うための、剣として。
自分がつり下げられた木を見上げる。幹には生々しい弾痕が、無数に残っていた。笑いながら自分をなぶり殺しにした連中は、既にこの世にいない事を思うと、それもまた複雑な気分だ。
脳の一部が機械になっていても、それだけは変わらない。
辺りを歩いて廻る。
骨の一つでも、落ちていないかと思ったのだ。
凄まじい火力で、薙ぎ払った後を見つけた。数本の木が、そのままの姿で丸焼きになっていた。
戦闘の痕だろう。
前にもこの痕跡は残っていたが、今見ると、違う分析もできる。以前は能力によるものだと思っていたのだが、或いは、ガソリンの延焼跡や、火炎放射器の痕跡かも知れない。どちらにしても、此処にいた連中が、薙ぎ払われるように殺され、マッドエックスが助けられた(といえるかは微妙だが)のは事実だ。
里帰りの度に、マッドエックスは自分がもう人間では無いことを思い知らされる。
機械になったのは、体だけでは無い。心もだ。
あてもなく、誰もいない街を車でうろつく。
既に、廃墟となっている街に。人間の居場所は無い。寒冷な気候に包まれた此処では、鳥や猫も殆ど見かけない。たまに野犬が、廃墟の中から、恨めしそうに此方を見ているだけだ。
基地に戻る。
さっきよりも、だいぶ人数が増えていた。チームの分だけ、既にスノーモービルも配備が終わっている。
不機嫌そうな顔をして風船を持った子供が、スペランカーと何か話しているのが見えた。確かアリスとか言うフィールド探索者だ。
さっきいなかった顔だから、今到着したのかも知れない。彼女は、スペランカーにくってかかっている様子である。
「私は反対ですわ!」
「僕だってそれは同じです。 先輩、やはり此処はもう一度話し合うべきです。 このままだと、捨て駒にされてしまいます」
川背も、しらけた様子で応じている。ただし、熱を秘めた休火山だ。冷めた表情の舌には、怒りのマグマがたゆたっているのが一目で分かった。
しかし、怒って良いはずのスペランカーは。眉を八の字にして、二人をなだめていた。
「いざというときは、私がみんなの盾になるから」
盾になる、か。
あの時、マッドエックスは、盾になることさえできなかった。
今は、どうなるのだろう。
狂気の剣になっていた時期はあるような気がする。それ以上の存在に、なれるのだろうか。
日銭を稼ぐためにこの仕事に就いた。人を殺す頻度が極めて少ないというのも、特殊能力持ちというのも、理由だった。
だが、本当の理由は。
作戦行動が開始される。
何だか、もう生きては戻れないような気がした。