オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
しかし、暴力では相性が最悪の存在が……
スペランカーが、そこにはいたのです。
迷彩を解除して、降り立つ。
邪神が総力を挙げてこの場を離れたことは、既に分かっていた。流石の邪神であっても、歴戦の猛者の本気の迷彩までは、見抜けなかった。或いは、他の世界の人間であれば、見抜けたかも知れない。
だが此処は、多くの邪神が返り討ちにあっている世界。
スペランカーだけが、異星の邪神を倒しているわけでは無いのだ。
天井から床に降り立ったSは、迷彩を解除すると、確認する。
辺りの床は、生体組織も同然だ。肉の壁ができていて、未だに蠢き続けている。その中央にあるのは。
なるほど、これがジョーが言っていた、このフィールドのコアか。
宇宙で戦い続けてきたSは、生体実験のおぞましさをよく知っている。S自身が後天的なフィールド探索者。つまり、強化人間であるから、その非人道性と、実験の対象に与えられる屈辱と悲しみは、理解しているつもりだ。
「つらかっただろうね……」
「……」
巨大な培養槽。
触手に絡みつかれたそれの中には。無数の重なり合う子供の脳みそがあった。
恐らく超能力を強化するか、或いは生体コンピュータとして作られたのだろう。子供らしい純粋な知能で、怪物を作るための狂った方程式を立てさせられたのか、或いは怪物化するための遺伝子変異を調査するのに必要だったのか。
これをやった連中は、全て死んだ。
突入したマッドエックスが、皆殺しにしたという。そして全て焼き尽くし、自身は何も告げず、この場を去った。
これを見てしまえば、そうせざるを得なかったことも分かる。
Sも歴戦の猛者であるが、それでもこの光景を許せないと思う。しかも、眠っていたところを、墓石をどけて無理矢理に再生するなんて。鬼畜と言うべきくず共が作った歴史の闇。それを笑いながら利用した邪神。どちらも、Sは許さない。
硝子に触れる。
Sは強化の結果、ある程度の超能力を有している。サイコキネシスの類は無いが、精神をそのまま相手に送ることが可能だ。テレパシーと言うほどでは無いが。それをつかって、メトロイドと呼ばれる怪物と戦うとき、相手の動きなどを予想していた。強化人間に過ぎないSが凶悪な宇宙生物と戦えたのも、それがもたらす先読み効果の結果なのだ。
殺して。
子供達の脳が言う。
辺りを観察。
きっとハスターは、邪悪な奴に相応しい罠を仕掛けているはずだ。安易に壊すわけにはいかない。
「ごめんね。 少しだけ、我慢して」
辺りに小型の爆弾を仕掛けていく。
小型と言っても、火力は相当なものだ。というのも、魔術によって破壊力を強化している、フィールド探索用の特殊兵器だからだ。
レンズ爆縮で破壊力を更に増すように、考え抜いた配置にする。
弱体化しているとは言え、ハスターの配下には、下級に限れば、まだ異星の邪神もいるはずだ。あまりもたついてはいられない。
狙うは、ハスターがジョー率いる本隊と交戦に入った瞬間。
一度、要塞状の空間をでる。
この空間を破壊するのは、ハスターを倒すその時。
まだ、あの子達には苦しんでいてもらわなければならないと思うと、つらい。
飛来した式神を通じて、ジョーと連絡を取る。
「ジョー、戦況は」
「敵本隊と交戦中。 そちらは」
「これから支援に入る。 ハスターはいるかい」
「今、川背とスペランカーが対処中だが、戦況は良くないな。 俺が参戦しようと思っていた所だ。 そろそろ、そちらのB隊にも、異星の邪神が迫っているのでは無いのか」
おそらく、その通りだろう。
Sはホバースクータに跨がると、味方と合流すべく、急ぐ。
既に敵の中枢には、壊滅的な被害をもたらす火力の爆発物が、仕掛けられている。しかももたつくと、ハスターに気付かれるだろう。
怪物を見かけたので、撃ち落としておく。
無造作に死骸を踏みにじりながら、Sは味方の元へ急いだ。今回も、厳しい戦いになることは、避けられない。
既に、B隊には、怪物が無数に群がっていた。
味方は円陣を組んで、迎撃に当たっている。だが、何しろ数か数だ。それに一匹、もの凄いのが混じっている。
怪獣のような背丈の雪男だ。
あれは自分が倒す。
Sはそう決めると、迷彩をオンにして、音もなく敵の足下へ忍び寄っていった。
勝ちを確信しているのか、ハスターは大胆に迫ってくる。
奴が近づくほど、温度が下がっているのが分かった。既にスノーモービルに乗っている耐寒術式を展開している術者は、二人ともフル稼働のようだ。
マッドエックスは、エンジンを全開に、走る。
この車は、最初此処までの性能では無かった。
オフロードは走ることができたが、カンハルーの無人兵器には無力だったし、怪物に真正面から受け止められたことさえある。
後で分かったのだが、エンジンのパワーが露骨に足りなかったのだ。旧東側の技術で作られた、あまり質の良くないエンジンであったらしい。
だから、最初は自身のカスタマイズでは無く、車の強化を優先した。
最低限でも、カンハルーの怪物くらいは蹴散らせるように。
至近。
迫ってきた、クラゲのような怪物。アクセルを踏み込んで、一気に吹き飛ばす。フロントは強化硝子で、多少の衝撃どころか、ロケットランチャーでもびくともしない。
ドリフトしながら、犬のような怪物をひき殺す。
透明な怪物が、無数に群がってきたのが、何となく分かった。上空。サメのような生物が、無数の触手を伸ばしてきた。
だが、稲妻のようにかすめた影。
サメは体をくの字にへし折られ、文字通り吹き飛ぶ。
着地した川背が、ルアー付きゴム紐をふるって、また残像を残して消える。
速いなんてものじゃあ無い。以前見た時よりも、更に強くなっている。
「川背ちゃん、凄く強くなってるなあ」
「ンー、危なげが無いな。 それよりも、振り落とされるな」
「ねえ、マッドエックスさん」
急ブレーキをかける。
スペランカーは落ちない。急バックをして、後ろに回っていた大きなウミウシの様な怪物を引く。数十メートル引きずって、ガコンという音を聞いた。車の下に怪物が入って、轢殺されたのだ。
ジョーが至近で突撃銃をぶっ放しているのが見えた。この乱戦の中、突撃銃と手榴弾だけで渡り合っているのは、本当に凄まじい。辺りは身の丈大の怪物だらけで、動きも並の人間よりずっと早いのに、だ。
スペランカーは、落ちない。何度か死んでいるのかも知れないが、それでも落ちない。むしろ、止まった隙に、話しかけてくる。
見えた。三角形の車に見える敵。白い色をしたそれは、指揮戦闘車。中に人は乗っていないが、アレがいる限り、敵は組織的な行動を続ける。
戦慄するマッドエックスの目の前で、敵指揮戦闘車が消し飛ぶ。スノーモービルから放たれた小型ミサイルが、吹き飛ばしたのだ。
ほっとする暇も無く、スペランカーが話しかけてくる。
「生身に、戻りたいと思う?」
「ンー、そうだな。 できるなら、戻りたい」
人を止めたとき。
マッドエックスは、まだほんの子供だったのだ。お父さんとお母さんの事は、今でも思い出すと、胸が苦しくなる。
カンハルーに滅茶苦茶に蹂躙された子供達の恨みも分かるから、今はそれを心の糧にはしないと決めている。
「私には、何ができるか、分からないけれど」
前、敵が多数。
まるで盾を揃えたかのように、一斉に進撃してくる。巨大なダンゴムシのような怪物達だ。
ハスターはまだ遠く。
あれを突破しないと、少なくとも先には進めそうに無い。
射撃能力を持つフィールド探索者達が、大火力の術式で射すくめるが、多少隊列に穴が空いても、怪物達は気にもしない。
「力には、なりたい」
「そうか。 そう言ってくれるだけで、俺は嬉しいよ」
どうやら、使うときが来たようだ。
「ンー。 全力で、いく」
マッドエックスの能力。
全身からコードを延ばして、車と完全に一体化する。それだけではない。車の前に、特殊なシールドを展開する。
シールドというには、少し言葉がおかしいかも知れない。
「突破する。 穴を開けたら、俺に続いて欲しい!」
「先輩、こっちに」
川背が車の屋根に着地すると、スペランカーを抱えて離脱する。
それでいい。
まずは、穴を開けることだ。
敵の隊列に、突入する。空間ごと抉り去るこのシールドは、ある意味ドリルに近いかも知れない。
展開できる時間は、わずか十五秒。
だが。
時速百キロで突っ込んだマッドエックスが、その能力を発動し、一気に敵の陣列に突入した。
思い出す。
以前この能力を使ったのは、ステージ10での事。
重なり合う無数の脳みそを見て、全てを理解したマッドエックスは。咆哮を上げて、突入した。
全てを破壊し尽くして、その後。
空っぽになった。
結局復讐の連鎖は、破滅の炎を巻き起こしただけだった。断ち切らなければならなかったのだ。
無数の怪物が、空間ごとえぐり取られ、消えていく。
巨大な穴が、怪物共の陣列に空いた。突破。残り、三秒。ハスター。巨体が見える。真空を展開したらしい。だが、此方はサイボーグだ。そのまま、全速力で。
タイヤが、パンクして、スピンする。
けたけた笑うハスターが、触手を振り下ろしてきた。丸太のような太さ。巨木が、降って来たに等しい。
嗚呼、これで。
俺も、カンハルーの、悪夢の連鎖から、逃れることができる。
意識がかき消える中、マッドエックスは、思い出す。
自分の、昔の姿を。
花を持ってたたずむ、家族と一緒の姿を。
「総員突破ぁ!」
ジョーの声と共に、一斉に皆が攻勢に出た。
敵の動く盾のような隊列に巨大な穴が空いて、其処にスノーモービルを繰って突撃を開始する。
魔術が使える能力者は、手当たり次第に周囲に大威力の術式を撃ち込みはじめた。吹き飛ぶ怪物達。
ジョーは走りながら、式神と話している。
敵の隊列が、乱れるのが分かった。
ハスターが、怒りの雄叫びを上げた。無数の触手を唸らせ、部下までなぎ倒している。よほどのことがあったのだ。
「東西に派遣していた部下の邪神を倒されたな」
「あの役立たずどもが……!」
スペランカーの脳裏に、強烈な怒りの思念が叩き付けられる。
ハスターは恐らく、配下を東西から来ている部隊に叩き付けることで、壊滅させるつもりだったのだろう。
スペランカーとMしか、邪神が倒せる存在がいないと思っていたに違いない。だから、そうすることで全軍で一気にスペランカーのいる本隊をたたけると思っていたのだ。
違う。
この世界の人間達は、異星の邪神とさえ、渡り合ってきた。
西からも、東からも。勢いに乗った味方が迫っている。ジョーが叫ぶと、露骨にハスターの麾下の怪物達が、おびえの声を上げた。
触手が叩き付けられる。
だが、横から飛来したアリスが手をつくと、冗談のように拉げて、吹っ飛んだ。
アリスは手にも足にも包帯を巻いているが、闘志は衰えていない。至近、迫り来たエイのような怪物を紙一重でかわし、蹴りを叩き込む。
巨大なクレーター状の傷を作ったエイがバランスを崩し、地面に激突、土埃を巻き上げながらばらばらに引きちぎれた。
「重さは私の味方ですのよ……!」
「川背ちゃん、アリスちゃん!」
スペランカーが、ブラスターを構えた。
猛り狂うハスターは、全力でスペランカーを潰しに来る。それは恐らく、スペランカーのもつ海神の呪いを、真正面から叩き潰すという形で発揮してくるはずだ。
本当は、もっと姑息な手を使ってくるつもりだったのだろう。
だが、それが事前に潰されてしまった今。怒り狂ったハスターは、あまり多くの選択肢を持っていない。
此処からは。
壮絶な我慢比べだ。
「路を、作って。 ハスターさんは、私がどうにかする!」
「先輩、任せてください」
「全員、スペランカーを支援! 雑魚共を一匹たりとて近づけるな!」
「おおおーっ!」
ジョーの叫びに、皆が応えてくれる。
辺りは血みどろの阿鼻叫喚。
戦いを一刻でも早く終わらせるために。
「行くよ……! ハスターさん!」
「この貧弱で惰弱な生物が……! 四元神最強と謳われたこのハスターに、対等の勝負を挑むというか!」
無数の触手が、うなりを上げる。
それが魔術の詠唱だと気付いたときには、既に術式は発動していた。ダゴンでさえ、術式発動には数秒の時間を必要としたのに。
意識が、消し飛ぶ。
どうも打ち上げられて、地面に叩き付けられたらしいと、気付いた。全身を覆うあまりにも酷すぎる痛み。それを認識できるようになるまで、何百回、今の瞬間で死んで蘇生したのか。
辺りは巨大な氷のつららで覆われている。
血だらけの中、スペランカーは気付く。体が凍って動けないことに。
「貴様は、何十万という死を与えられても耐え抜いた。 アカシックレコードからの削除や、マイクロブラックホールへの投擲という、最大規模での暴力にも堪えた。 肉体では無く、精神が、だ」
記憶を覗かれたのだろうか。
少しずつ、体の機能が回復していく。だが、それがとても遅い。
恐らく、海神の呪い、そのものに干渉されている。実際ハスターの体の周囲に、カウンターで生じる黒い霧は見えていない。
「だが、億、兆、更にその万倍に達する死ならどうだ!」
周囲の時間が、ゆっくり流れていくのが分かった。
そうか、そういう手か。
スペランカーの周囲の空間、その時間そのものを操作し、徹底的なまでの蹂躙を加える。そして、心を破壊して、無力化する。
電撃、冷気、灼熱、切断、押し潰し、ねじ切り。
術式によるものだろう、あらゆる痛みが、間断なく襲ってくる。身動きさえできないスペランカーに。
視界さえ、完璧に封じられる。
爆発四散し、溶け、粉々にされ。
誰かが、ささやく。
お前の事は、昔から大嫌いだった。
父が言う。
どうだ、素晴らしいプレゼントだろう。お前がずっと苦しみ続けるのを見るのは、とても楽しいぞ。
母が言う。
お前は本当に楽でいい。
エサをやらなくていいんだから。
体が、大きく跳ねるのが分かった。
ハスターは、やはり他の神格とは違う。単純なダメージで勝負するのでは無く、此方の弱みを知った上で、精神を破壊しようとして来ている。
どうしてだろう。
激しい怒りがわいてきてもおかしいのに。
友だと思っていた人達が、皆嘲笑っている。けたけた。けたけた。醜く歪む、皆の顔。あらゆる侮辱が、体に加えられる。
全身を、無数の針で貫かれる。
焼かれる切られる皮を剥がれる。唾を吐きかけられ、肉を食いちぎられる。
心が、軋む。
だが、スペランカーは、目を開く。
見えてくる。視界が、ようやく定まりはじめる。さっきまでぐわんぐわん鳴っていた音が、外での戦闘音だと、わかりはじめる。
川背が見えた。
ハスターの触手の一本を、リュックをふるって勇敢に切断している。しかも、その後カウンターに叩き付けられた触手を、かわしてみせる。
それで、術式が、一瞬途切れたか。
「小生意気な蠅がっ!」
ハスターが、今度は川背に術式を定めたようだ。
だが。その頭上から、アリスが蹴りを叩き込む。彼女の能力は、重力子の操作だと聞いている。
通常で浴びる重力子の、どれだけの倍数が、今の瞬間に撃ち込まれたのだろう。
冗談のようなハスターの巨体が、一瞬、紙のようにへこんだ。
だが、瞬時に再生したハスターが、衝撃波を放つ。
アリスを抱えた川背が、地面に自分を叩き付けるようにして、それをかわした。ハスターは余裕綽々。
それに対して、今の機動だけで、川背は相当に消耗しているのが、一目で分かった。
「貴様……っ!」
ハスターが気付く。
後十メートル少しまで、近づいているスペランカーに。
ぱんと、体が破裂するのが分かった。空間を操作して、真空状態を造り出したのだろう。蘇生の度に、体が破裂する。ハスターは、体の周りに、真空の壁を造ったと見ていい。苦しい。
でも。
蘇生の、ほんの一瞬の度に。
ほんのわずかずつ、進む。
「何故だ……!」
ハスターの声に、わずかずつ、恐怖が混じりはじめる。
飛び退いたハスター。一気に巨体が、数十メートルの距離を稼ぐ。だが、その瞬間、川背がハスターの目玉に、全力でのドロップキックを叩き込んだ。以前ダゴンには手も足も出なかったと聞いている川背だが、わずかに怯んだハスターの目玉を、リュックをふるって抉り去る。
巨大な目玉が、冗談のように消え失せる。
だが、目玉があった位置に、巨大な口が今度は生じる。一瞬動きが止まった川背に、上下から牙が、プレス機のごとく迫る。
「拙い技だなァ! そんなとろくさい攻撃で、このハスターの体力を削り取れるものかよぉ!」
口調が、変わる。
つまり、ハスターはそれだけ動揺している、という事だ。
ハスターの体に、槍が真横から突き刺さる。
サヤの式神、大入道が投擲した槍だ。物理的な破壊で、口の動きを一瞬だけ止める。その瞬間、川背が食い合わされる歯から逃れる。
ハスターの周囲に、黒い霧が生じ始めた。
ダゴンや、アトラク=ナクアとの戦いの時に見た、海神の呪いの正体。ダメージのカウンター効果を現しているもの。
今までは、ハスターの絶大な力で押さえ込まれていたのだろう。だが、ついに闇が、見え始める。
「このくされアマがああああっ!」
地面をジグザグに走る川背に、四方八方から氷の刃が叩き付けられる。恐らく、真空による刃も、見えない中叩き付けられているはずだ。
だが、川背は、既に表情を無くしている。
文字通りの、無の境地。邪神の攻撃を、紙一重でかわし続けている。物理法則も、すでに川背の体を縛ってはいないようだった。
振るい上げられたリュックが、触手を両断。空間を抉って、触手ごと削り取ったのだ。
同時に、真横に回り込んでいたアリスが、全力でのドロップキックを、巨大なハスターの体に叩き込む。
ハスターの体が拉げる。
気付いただろうか。
ハスターは、自分が今、数メートル弾かれて。そして、スペランカーに近づいたことに。ブラスターを構えているスペランカーが、後十二メートルほどの距離にまで、近づいていることに。
動揺が、邪神に生じる。
だが、さすがは四元素神最強を自称するハスター。
「はあっ! てめーのそのおぞましい「鏡」以外で、俺を殺せると思うんじゃねーぞ、この腐れ雌犬がああああっ!」
既に蓄積ダメージが極限に達しているスペランカーは、全裸だ。
その体に、四方八方から、数十メートルはある氷塊が叩き付けられる。瞬時に、何十万回死んだか分からない。蘇生の度に、凄まじい痛みが走る。
心が、酷い軋みを挙げる。
見える。
どこか、遠くの光景のように。
ついに攻撃をかわしきれなくなった川背が、横殴りの一撃を浴びる。正確には掠る。それだけで、ついに芸術的な機動が狂い、吹っ飛ぶ。
アリスが衝撃を殺しながら、川背を受け止める。
だが、尻餅をついてしまう。
川背が肩を押さえて、苦痛の表情を浮かべている。滅多なことでは、悲鳴だって上げない子なのに。
アリスも、肩で息をついている。滝のように流れている汗は、彼女の優雅たらんとする信念を、嘲笑うかのようだ。
限界が、来たのだ。
笑いながら、ハスターが、とんでも無い破壊力の術式を準備しはじめる。瞬きの間に詠唱を完成させたハスターが、数十秒にも及ぶ詠唱をしているのだ。
「鬱陶しい蠅が! 無限の闇に幽閉されろ!」
心が、溶けかけているかのようだ。一体どれだけの痛みを感じさせられたのか。殺された回数は、ハスターが言うように、既に兆の位を越えているかも知れない。
触手が、高々と振るい上げられる。合計四本。その間に、胎動する光が生まれる。それは光で有りながら、漆黒の闇を孕んでいた。
ハスターの、恐らく切り札の術。川背とアリスが、危ない。
動け、体。
命じるが、精神の軋みが酷い。動こうとすると、全身が壊れるかのようだ。動こうとするだけで、何度も死ぬ。
ハスターは、スペランカーから注意をそらした。それは油断からでは、ない。スペランカーを、暴力的な死の嵐で、無効化したと判断したから、だろう。
その時。
ハスターの体に、大穴が空く。
地面に転がっていた、残骸。潰れた車から、上半身だけを出した、マッドエックス。
装甲服は壊れ、中身が覗いていた。皮膚さえ残っていない、むき出しの筋肉。飛び出した目。歯は金属製で、しかもダメージを受けたからか、血とも油ともつかないものが、滴っていた。
最後の力を、振り絞ってくれたのだ。
邪神の巨体が、揺らぐ。
更に、ハスターの顔面を、ジョーの放った銃弾が貫く。弾丸が抉った後は、直径二メートルもある大穴になっていた。恐らく、以前鳥の姿をした邪神との戦いで使ったものと、同じ弾。
ジョーは、式神に指示を出していた。遠くへの、通信だ。
「やってくれ、S」
地面が、揺れた。何処かで爆発が起きたのだ。
ハスターが、怒りの声を上げる。空間に、何かの致命的なダメージが入った、という事だろう。
もう言葉を聞き取ることさえできない。瞬時に体を再生したハスターが、触手を潰れかけたマッドエックスに振り下ろそうとする。
そして、気付いたのだろう。
歩み来る、全身から自分以上の怒りのオーラを放つ、巨体に。
「M……!」
全身の筋肉を隆々と盛り上がらせたその巨人は、満面の笑みを浮かべていた。目は煌々と光を放ち、全身からあふれ出ている強さの気配は、邪神さえ凌ぐと思わせるほどだ。
ジョーの事前の説明では、Mはまず囮になって、ハスターの力を封印に注がせる、という事だった。
それが出てきているという事は。
此処が、勝負所。
さっきの爆発が、多分このフィールドに致命打をあたえ、Mを解放したのだ。
即座に、ハスターが反撃に出る。無数の触手を蠢かせ、Mにとんでも無い威力の術式を放とうとする。
だが、音速以上だろうと思われる動きで間合いを詰めたMが、ハスターに拳を叩き込むと。
冗談のように、その体が四散する。
「びゅげああああっ!?」
「再生してみろ、そらあああっ!」
瞬時に再生したハスターに、拳のラッシュが叩き込まれる。拳の乱打は、それこそ数え切れないほどに。しかも一撃がそれぞれ凄まじい爆圧を伴っていて、地面が衝撃波のあおりを受けて削れていく。ハスターが、血みどろになりながら、咆哮した。再生しきれていない。
Mが、ハスターを蹴り挙げる。
マッハコーンを伴って高空に打ち上げられたハスターに中途で追いつくと、今度は蹴り下げる。
更に地面に先回りするM。
もはや、人間では無い次元の強さだ。妥協が無い怒りが、その力を燃え上がらせている。
両手を広げ、空に向けるM。その手の間に、太陽かと思えるほどの熱が、生まれる。
「アトミック……!」
「人間風情が、調子にのるなあああああああっ!」
ハスターが、無数の光の槍を降らせ来る。再生が追いつかないながらも、その辺りは最強を名乗るだけの意地と言うことか。
「ファイアーボール・キャノン!」
Mが、空に向けて、ちいさな太陽を放つ。太陽に向けて光の槍を降らせるハスターだが、その全てが効果を示さない。
直撃した。
ハスターの絶叫が轟き、凄まじい光が、辺りを覆い尽くした。
それでも死なず、炎を纏って隕石のように落ちてきたハスターは、気付いただろうか。
至近。
スペランカーが、自分にブラスターを向けていることを。
勿論、ブラスターの射程距離内。
しかも、外し得ない状態。
詰みだ。
「な、なな……! なぜ、貴様が、立っている! 立っていられる! 貴様の精神は、一体どうなっている!」
「私は、暴力には屈しないよ。 たとえそれが、どれだけ悲しい暴力でも」
恐らくハスターは、Mによる極限の暴力にさえ、耐え抜くだろう。
四元素神最強を名乗るほどの存在なのだ。単純な力でいえば、以前戦ったクトゥヴァより上に違いない。
それならば。
決め手となるのは、最初からスペランカーのブラスター。
そしてMは、嫌々を承知で、派手な陽動をすることを、受けたのだ。
絶叫するハスター。
Mの攻撃で受けたダメージに、今まで緩和していたスペランカーの海神の呪いが、一気に殺到したのだ。
後から後から沸いてくる黒い殺戮の霧が、最強を名乗る邪神を包み込み、体を溶かしていく。
「いてえーっ! いてええええええええっ!」
無様な悲鳴を上げる、巨体。触手が溶け、千切れ飛ぶ。
再生が追いついていない。スペランカーは全裸のまま、ブラスターの引き金に、指を掛ける。
「やっと、痛みを知ることが、できたんだね。 違う。 自覚、できたんだね」
「ふざけるなああっ! 俺は四元素神最強のハスター! 俺に勝ちうるものは、宇宙の中心に座する白痴か、その右腕たる門しかいない! 人間が、人間如きが、この俺に心を、感情を、語るかああああっ!」
触手を振り上げるハスター。
術式を使おうとしたのだろう。
だが、左右から。右から川背が全力でのドロップキックを叩き込み。左からはアリスがフルパワーでの重力子を、直接手から撃ち込んでいた。
一瞬、動きが止まる。
それで、充分だった。
「ごめんね、ハスターさん。 もっと早く、貴方の孤独に気付くべきだった」
「おのれおのれおのれ人間が! 調子にのるな! この俺が孤独だと! 完全に殺してやる! 兆回で駄目なら京回、京回でだめなら垓回殺してやる! 俺は屈しない! 俺だけが、俺だけが宇宙で……!」
「先輩!」
川背の声に頷くと、スペランカーは、ブラスターを撃つ。
意識が消える中、ハスターの断末魔が、空間を越えて届くのを感じた。
それは、孤独はもう嫌だと、いっているように聞こえた。