オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
シーザーという青年は飄々としたもので、尋問の最中も「カツ丼」を要求するなど、平然としていた。少なくとも、此方を怖れていない事だけは、確かだった。
尋問に最初に当たった人物は、怒って出てきてしまった。元々忠誠心が強い半魚人の中年男性である。紳士的に接していたら、失礼な態度を取られたので、頭に来たらしい。具体的に、どのような失礼な態度を取ったのかは分からないが、スペランカーの顔を見て答えを伏せたので、大体見当はついた。苦笑いしか浮かんでこない。相手のためも考えると、スペランカーは口説かれても困るのである。性行為などしたら、それこそ相手の命が危ないからだ。
元々忠義心が強いアトランティスの民では、尋問には適さないだろう。二人目も怒って出てきてしまったのを見て、スペランカーはそう判断。
困っていた所に、代わりに尋問をかってでた者がいる。
鼠のお巡りさん、マッピーである。
マッピーは以前、Dr、ニャームコの島で巡り会った、直立歩行した鼠の姿をしたロボット警官である。居場所が無い所をアトランティスに、恋人(という設定で作られたロボット)と一緒に来てもらった経緯がある。
非常に優秀なAIを積んでいて、心に関しては普通の人間よりもよっぽど人間らしい上に、責任感優れた人物である。アトランティスでも紳士的なお巡りさんとして活躍してくれていて、民達からの評判も上々である。
いずれ警官隊を作るときには、リーダーに納まってもらおうと思っている人材だ。今も、実験的に自警組織のリーダーとして活動してもらっている。
マッピーが尋問をはじめて、半日ほど。
休憩も入れながら、不真面目なパイロットのシーザーと根気強く話を続けて、ようやくある程度の事は引き出せたようだった。
スペランカーを見た時に、とても困った顔をしたので、何を話されたのかは、大体見当がつくが。
とりあえず、一通りのことが分かったようなので、会議を開く。
まだ怒っている尋問に当たったメンバーも含めて、円卓に座った。多少心地が悪いが、スペランカーはこういうとき、最上座に座らされる。
資料を素早くまとめてくれたのは、流石にロボットであるからか。マッピーは自身のバージョンアップに余念が無く、そういった意味でも評判が良い様子だ。
「まず彼の名前は、シーザー、アララシオン。 木星のコロニー出身だと言っております」
「木星!?」
「恐らく彼は未来人だと思うよ」
スペランカーが付け加えたので、皆が不安そうに視線を交わし合う。
異星から邪神が攻めてきている世界だ。未来から人が来ても、おかしくは無いだろう。あの飛行機の異常な性能からも、それがうかがえる。
ただ問題が一つある。
「そうなると、スペランカー様が……」
「未来では、本当に悪人として、認識されているという事なのか」
「どういうことだ。 彼は一パイロットの筈だ。 そのような存在にまで名前が知れ渡るほどの悪党だと、未来ではスペランカー様が貶められているのか!?」
「みんな、落ち着いて」
スペランカーが眉を八の字にしてなだめると、流石に静かになる。だが、皆の顔には、隠しきれない怒りが浮かんでいた。
マッピーは、根気強く皆が落ち着くまで待ってくれた。
最初に出会ったときから、理知的な存在だった彼だが。此方に来て、「家庭」を持ってからは、更に落ち着きが増している。AIも進化するのだ。下手な人間の心よりも、ずっと。
「本官が見たところ、彼は本当に未来人のようであります。 ただし、肝心な部分は、直接は聞き取ることができませんでした。 恐らく、歴史が変わってしまう部分については、何かしらのブロックが掛かってしまうのでは無いかと思われます」
「そういえば……」
以前、スペランカーの親友である川背が、未来に行ったとき。同じ現象に直面したことがあるという。
恐らく特別な現象では無いのだろう。
マッピーがプロジェクターを動かし、映像を出す。映像作成ツールで、短時間で仕上げてくれたらしい。
順番に、情報を分かり易く図示してくれる。
それによると、シーザーという人物は、恐らく400年ほど未来の存在。その時代では、既に地球人類は太陽系全域にまで活動範囲を広げていて、惑星連合という政体を構成しているという。
彼はその宇宙軍に所属する、エースパイロットだそうだ。戦歴も豊富で、侵入してきた宇宙人との戦いや、反政府ゲリラとの交戦で、かなりの戦果を上げているそうだ。
そこからが、少し複雑になる。
彼は小惑星帯で、遭難事故が次々に起きる事件を調査するために、最新鋭の戦闘機で出向いたのだという。
以前、その調査には大型の宇宙戦艦が当たったのだが、何かしらの理由で破壊され、情報だけを納めたカプセルが届けられたのだという。
そのカプセルには。
宇宙空間に人工頭脳で稼働する大陸が浮遊しており、それによる攻撃で、無数の宇宙船が沈められている、とあったそうだ。
ぴんと来た。
それは、つまり。未来のアトランティス。
何かしらの理由で、あの人工頭脳を、稼働させる必要が生じたのだ。そして、ここからが問題なのだが。
恐らく未来世界では、もうスペランカーは存在していない。
どうやって、スペランカーが消滅したのかは分からない。だが、もし存在していたら、生け贄を使ってまで、この大陸を宇宙に打ち上げさせるはずが無いのだ。
コットンには聞かせられない話だと、スペランカーは思った。
シーザーはアトランティスの防空システムと激しい戦いを演じたが、その影響か、また別の時代に飛ばされてしまった。
「それが、おそらく20年ほど後の地球のようです。 彼が救助した何名かは、その時代の存在だとか」
「何だか、複雑だね」
アトランティスでの戦いで、彼の宇宙船は特殊な時間航行機能を有してしまったらしい。問題は、それが制御できない、という事だが。
問題として、もう一つ大きな事がある。
「どうやら、彼の世界。 いや、20年後の地球では、フィールド探索者が存在していない様子なのであります」
「まさか、私が、それに関係しているの?」
「それについては分からないのでありますが……。 未来世界では、非常に大きな戦争が発生していて、元フィールド探索者や魔術師が狩り立てられているようなのです。 彼らを殺すための、ハンターと呼ばれる特殊な人間までもが存在しているそうです。 元フィールド探索者達もそれに反発して、蓄えていた資金や元からの人脈を駆使して対抗はしているようなのですが、そもそも国連軍が狩る側の立場に廻ってしまっているので、既に戦況は劣勢なのだとか」
20年後で、その状況。シーザーの時代には、フィールド探索者は、完全に過去の存在と化しているという。
つまり、戦争の結末は、明らかだった。
「ちょっと待て、話を整理すると、どうなる」
「シーザーの話を総括すると、こうであります。 今から数年以内に、とんでもない異変が起きるのです。 それによって、地球の人口の三割ほどが消し飛び、更にどうしてかは分かりませんが、フィールド探索者や魔術師から、異能が全て消えるのです。 それから、地獄の大戦争が始まり、フィールド探索者と呼ばれた者達は、皆殺しの憂き目に遭うのであります」
そうか、それでか。
スペランカーが死ぬ理由も、見当がついた。
この海神の呪いが無くなれば、スペランカーも他の人間と同じように死ぬ。そして、アトランティスに逃げ込んできた者達を、凶行から守るために。誰かが決断し、行動したのだろう。
つまり、誰かが、生け贄になって。宇宙船アトランティスを、動かしたのだ。
誰かは分からない。
もしもそんな事態になれば、恐らく川背はここに来る。彼女かも知れない。或いは、Mやアーサーが抵抗の音頭を取れば、彼らかも知れない。
いや、恐らく違う。
シーザーの台詞が気になる。スペランカーを史上希に見る極悪人だと言っていた。もしかすると、抵抗の旗印として祭り上げられたのは、スペランカーかも知れない。その場合。犠牲になるのを、買って出たのは。
高確率で自分だろうと、スペランカーは思った。
そして400年後の未来、宇宙を漂っていたアトランティスが、シーザーの戦闘機との死闘を演じて。
その結果、シーザーはこの時代に来た。
大まかに言えば、こんな予想ができる。スペランカーが阿呆でも、だ。
別にこんなものは、論理的思考でも何でも無い。
「シーザーさんが連れてきたけが人達は?」
「まだ意識が戻りません。 治療の術に長けた戦士達が、つきっきりで回復術を掛け、医師達も最善を尽くしています」
医療担当の半魚人が、声を押し殺して応えた。動揺が、露骨に声に出ている。彼女は血の気が多い半魚人達の中では、数少ない理知的な存在なのだが。
半魚人達にとっても、既に人ごとでは無い、ということだ。
アトランティスの防衛力は、彼ら邪神に作られた奉仕種族が使える魔術に掛かっていると言っても良い。
それが根こそぎ失われれば、文字通りこの移動大陸の独立さえ怪しくなってくる。喧嘩を売っても勝てる見込みがあるかどうか分からないというのが、この大陸の大きな利点なのだ。
実際、Mをはじめとするフィールド探索者の猛者達と、互角の戦いを繰り広げたのである。生半可な軍勢など、軽く返り討ちにする実力がある。
しかし、魔術が無くなれば、どうなるか。
「マッピーさんは、シーザーさんに尋問を続けて、更に引き出せるだけ情報を引き出して欲しいの。 ただ、シーザーさんは悪い人じゃあ無いと思うから、休憩は適宜入れてあげてほしいな」
「了解であります。 ただ、本官が見たところ、シーザー氏は大変図太く、平然と休憩を自分で入れているようなのでありますが」
苦笑いがこぼれる。
それくらい図太くなければ、エースパイロットにはなれないのかも知れない。
それと、一旦非常事態宣言は解除させる。問題は、国連軍から来ている、領空侵犯した謎の戦闘機に対する説明申請だ。
「それは、儂の方からしておきましょう」
長老が立ち上がったので、頷いて彼に任せる。
勿論、草稿は作ってもらって、皆で目を通すことになるが。
「後の人達は、念のために警備を強化。 みんなが不安にならないようにしてあげて」
「はっ! スペランカー様の仰せのままに!」
戦士達の代表が、勇んで外に出て行く。以前は巫女様とか、場合によってはよりにもよって新神様と呼ぶ者もいたのだが、最近は控えてくれて嬉しい限りだ。
会議が一旦終わったので、疲れたスペランカーは、肩をもみもみ自室に戻る。携帯を調べると、川背から連絡が来ていた。
彼女と、それにアーサー、他に何名かには、今回のことを話しておきたい。
それと、能力の専門家にも、話を聞いておきたいところだ。世界中にいる能力者と魔術師から、一斉に異能が消えるという出来事の可能性と、原因について。
更に、致命的な破壊を防ぐことについても、行動を進めなければならない。
スペランカーは、死を知っている。嫌と言うほどに。誰よりも。死そのものが、能力の一部であるが故に。
このままだと、一体どれだけの死が、世界を覆うか分からない。
阻止できるのなら、必ずしなければならなかった。
マッピーがシーザーとの尋問を続けている間に、けが人の何名かが目覚めた。話が聞けそうな状態だったのは、非常に厳つい大男だけである。全身を分厚い筋肉で覆っているだけ有り、大変頑強な人物だった。
ハガーと名乗る彼は、20年後の世界で、市長をしていたという。
年齢からして、恐らく現在にも存在しているはずだ。ただし、本人とあわせるのは、避けた方が良いだろう。
ハガーはスペランカーが面会に来ると、目を見張った。
「あんたが、邪神の巫女って言われた……。 とても信じられん」
どうやら、20年後の時点で、既にスペランカーは悪評紛々であるらしい。
病院での面会についてのマナーは、国によって違っていると聞いている。果物を差し入れると、最初警戒していたハガーは、やがて口が軽くなっていった。
「俺も能力者だったんだが、十五年前のあの日、不意に力がなくなってな」
彼の能力は、老い知らずと呼ばれるもので、加齢によるパワーダウンを生じないという、地味なものだったそうだ。
ただし、元が極めて頑強だったため、年齢と共に凄まじいパワーを得ていたらしく、最強の市長として知られていたそうである。武闘派として、直接悪の組織の本部に乗り込み、壊滅させたことも一度や二度では無かったそうだ。しかしながら、フィールド探索者として活動はほぼしていなかったそうで、スペランカーとは面識が無かったそうである。
現在のハガー氏は髪も髭も真っ白で、どうみても六十を超えているが、それでも非常に頑強な肉体を誇っている。それは、無くなってしまったとは言え、元々の能力の影響が大きいのだろう。
何が起きたか聞いてみるが、やはり聞き取れない。
ただし、聞き取れる部分もあった。
「まだ、アトランティスは、地上にあったよ。 代表はあんたじゃなかったけどな」
「できるだけ、聞かせて欲しいな」
「ああ。 俺は市長職の傍らに能力者の逃走を手引きしていて、アトランティスに亡命したいって奴を、何人も送り届けたよ。 ただ俺の時代には、もう国連軍はアトランティスを本気で潰すつもりだったなあ。 核攻撃が、行われやがったんだ。 その後、アトランティスの情報は、ぷっつり途絶えた。 どうなったかもわからねえよ」
ヒステリックな世論は、もはや抑えきれないところまで来ていたという。
マスコミはそろって能力者叩きをしていた。権力に巣くう怪物、人外の化け物ども。彼らを人間と見なすのは間違っている。
スポンサーがことごとく能力者に対するアンチサイドの人間だった事もあって、マスコミは異常なまでに歩調を揃えていて、市民の意見もそれにおおむね同調していた。元能力者は基本的に戦い慣れしていたから、簡単に狩られる事も無かった。だが、数の暴力は圧倒的で、世界中で悲惨な殺戮劇が繰り広げられた。
元フィールド探索者を殺せば、英雄とさえ見なされた。相手がたとえ女子供であろうとも、だ。
「救いようが無い蛮行が、世界中で繰り広げられてやがってな。 反吐がでたぜ」
フィールド探索者は、所詮人間とは別の存在として、世間では見られている。
現在だって、そうなのだ。
スペランカーは、幼い頃から、世間との隔絶を経験してきている。
今、フィールド探索者が世界的にある程度の地位を持っているのは、長年の苦闘による成果と、何よりも軍でもどうにもできないフィールドを撃破できる唯一の存在だから、だ。それがなければ、どうなるか。
その答えが、ハガーの言う、未来世界の惨状なのだろう。
かって、スペランカーは、間引きのための処刑場として作られたフィールドに挑んだことがある。
現在でも、これくらいの事をしないと、フィールド探索者と普通の人間は、共存することが難しいのだ。
危ういバランスが崩されたとき。
氷山の下を流れていた溶岩は、一気に世界を焼き尽くす。
「俺が能力者の逃走を手引きしているらしいって噂はもう流れていたらしくてな、とうとうあの日、過激派に襲撃された。 丁度孤児院の視察にでたときだった。 素手の俺に対して、突撃銃で武装した数十人が殺しに掛かって来たよ。 孤児院の子供達は何とか逃がしたが、俺に味方したまだ若い警官数人が蜂の巣にされて、俺自身も散々鉛弾をぶち込まれてな」
そこに、シーザーが来たらしい。過激派は、孤児院の子供達も殺す気満々だったとかで、彼が来なかったら危なかったとハガーは言った。
どうやら助けた数人は、この時ハガーが庇った者達らしかった。
口惜しいと、ハガーは言葉を震わせた。
スペランカーには、掛けるべき言葉が見つからなかった。
本当に一体、何が起きてしまったのか。
「本当にあんたが極悪人なのか、見ていて分からなくなってきた。 あんたは俺の時代、邪神に魂を売り渡した、フィールド探索者と魔術師以外は人間扱いしない外道だって言われてやがった。 もう、何を信じて良いのか、わからねえよ」
涙が思わずこぼれていた。
スペランカーを見て、ハガーが複雑な表情で言う。
今は体を治して欲しいというと、差し入れの果物を渡して、一旦病室を後にする。そして、スペランカーは、話すべきだと思った全員に、招集を掛けることにした。
全員で話して、この事態を打開しなければならない。
最悪の未来は、絶対に来させてはならないのだ。
最初にアトランティスに来てくれたのは、川背だった。次の便でアーサーも来てくれる。アリスやダーナは、今は丁度仕事中で、来られないという事であった。
いずれも、スペランカーが信頼する戦友達である。特に川背は、スペランカーを先輩として慕ってくれている。アーサーは頼れる兄貴分でも父親分でもある。
二人には、既に大まかな話は伝えてある。
他にも、アドバイザーとして、アトラク=ナクアにも加わってもらう。あらゆる立場の存在から、破滅を回避するための意見が必要になると、スペランカーは思ったからである。
他にも、親交があるフィールド探索者が、何名か集まった。
大まかな状況を説明し終えると、会議室に移動する。会議室は、中央神殿のものを使用する事とした。
今回は、半魚人の長老の他には、現地の民達には外れてもらう。一旦会議で結論が出てから、皆にも話を展開する予定だ。
「アーサーさん。 司会をしてくれると、嬉しいな」
「否、それは貴殿がするべきだ、スペランカー殿」
最初、リーダーシップはアーサーに取ってもらおうと思っていたのだが。すげなく断られる。
今回は、スペランカーにとって本拠地とも言えるアトランティス。
其処に乗り込んできたも同じ形のアーサーが会議のリーダーシップを取っては、立場がおかしくなるというのが、彼の主張だ。
確かにそれもそうだ。
勿論、補佐はしてくれるという事で、安心はしたが。
既に空気は、相当に重苦しいものとなっている。此処にいる者達は、皆フィールド探索者で有り、絶望の未来は誰にとっても歓迎すべきものではないからだ。
会議を進めていくと、アーサーが最初に皆を代表して発言してくれる。
「現時点で我が輩が見るところ、最大の問題点は、その破滅の正体が分からない所であるな。 人類の三割というと、二十億人以上だ。 それほどの破壊となると、一体何が起きたというのか。 しかもその後、フィールド探索者の力が失われたというのも気になるところであるな」
「まず間違いなく、異星の邪神がらみじゃ無いのかい?」
さらりと言ったのは、グレート・マム。
以前共闘した、知能を持つ青い鳥だ。彼女はある島で繁栄している固有種の鳥たちにとって、遺伝子上共通祖先とも言える存在で有り。現在の技術で復活した、大変に知恵のある存在だ。
「この間僕たちが斃したハスターは、四元素神最強を名乗っていました。 それに間違いはありませんか?」
「単純な戦闘力で言えば、間違いないね」
川背の疑問に、スペランカーの頭に乗っているアトラク=ナクアが応えてくれる。
彼女は力を失ってはいるが、異星の邪神の一柱だ。言うことには信憑性が高い。
「現在の戦力で言えば、M氏を含め、ハスターも葬れるだけのものが揃っています。 一体何者が来れば、それだけの事態になると思いますか?」
「四元素神の最後の一柱、ニャルラトホテプは、快楽的で破滅的だけれど、理由も無くそんなに大量虐殺はしないだろうねえ。 問題はその上の存在。 たとえば、世界の門、ヨグ=ソトース」
アトラク=ナクアの話によると、その存在は文字通り世界の門。
現象としての時空間を司る神で、異星の邪神としてはナンバーツーの存在なのだという。宇宙そのものが、この邪神ではないかという説さえもあるほどの、強大な神格。
つまり、宇宙で二番目に強い邪神だそうだ。
四元素神は、ハスターの言葉とは裏腹に、強大な力を持っていても、決して邪神達の中で最高位に君臨する存在では無いという。
だが、ヨグ=ソトースをはじめとする「外の神々」は、違うという。Mでさえ勝てるかは分からないと、アトラク=ナクアは脅かした上で、続ける。
「ただ、此奴は、意思らしいものを持たず、勿論大量虐殺にも興味が無い。 振るわれた触手の一端が悲劇を招くことはあるようだけれどね。 文字通りの現象と言って良い存在で、悪意を持って人間を大量虐殺するような輩じゃあないよ。 もっと具体的に言うと、「やる気」がないのさ。 大体の邪神は愉悦のためだったり食事のためだったりで大量虐殺をするけど、そんなことをするのさえ面倒くさい、って考える奴だね」
「そうなると、残るは一番強い邪神ですか?」
「滅多なことを言うもんじゃ無いよ」
川背の言葉に、アトラク=ナクアが声を伏せる。
それだけ、強大な存在だと言うことか。
「全ての邪神の産みの親、宇宙の中心に座する邪悪なる白痴の塊。 その名前を持って、慈悲深くも隠されし存在、アザトース」
「慈悲深くも隠されし?」
「つまりは、邪神でさえない、もっとおぞましい存在だってことさ」
この存在は、文字通りヨグ=ソトースとさえ格が違うという。
四元素神など、アザトースに比べてしまえば、塵芥も同然。ただし、この存在に関しても、幸い怖れる必要は無いだろうと、アトラク=ナクアは言った。
理由についても、教えてくれる。
「此奴は常に眠っているんだよ。 周囲では取り巻きの邪神共が騒いで起こそうとしているけれどね。 数十億年以上、目を覚ましたって話は聞かないねえ。 眠りながらも余計な事を色々してくれるんだけれど、それも最近は、動いていないって聞いているよ」
「そうなると、当面はニャルラトホテプを警戒するべきか」
アーサーがまとめてくれる。
だが、スペランカーは。
どうも、妙な気がした。何かを見落としている気がするのだ。
挙手して、話を振ってみる。
「仮にMさんとニャルラトホテプさんが激突した場合、どっちが勝つと思う?」
「そりゃあ、決まってる。 Mだろうよ」
「え……」
「ニャルラトホテプはね、神の代行者であっても、戦闘力に関しては他の四元素神に比べてそれほど高い方じゃあ無い。 もしもMに捕捉されたら、それこそひとたまりも無いだろうさ」
やはり、それはおかしい。
川背がスペランカーの疑念に気付いたか、耳打ちしてくる。
「先輩、何か不安なことが」
「うん。 Mさんが今、異星の邪神を片っ端から斃してるでしょ? おそらく、そのままだと、ニャルラトホテプも同じ目に遭うと思う。 おかしいと思わない?」
「……確かに、現状の異星の邪神側の劣勢から考えると、人口の三割が失われるような事態にはなり得そうに無いですね。 可能性としては、上位の二柱が、何かしらの形でやる気を出す、という事ですが」
やはりそれしかないか。
気になることは、他にも幾つもある。
「ニャルラトホテプさんは、話を聞く限り、悪巧みが得意みたいなんだよね」
「おそらくは。 しかも、生半可な次元では無いでしょう」
「だったら余計に変だよ。 どうして、此処までMさんに好き放題にさせているの?」
自分のためだけに動いているという可能性も、最初には考えた。
邪神には仲間意識が無いのかも知れない。
しかし、どうも引っかかるのである。
いくら仲間意識が無いといっても、このままだとみんなMさんにやられてしまうだけではないのか。
そうなれば、自分勝手も何も無い。
何しろ、ハスターが倒れたことで、ニャルラトホテプの劣勢は決定的になった。四元素神の内、残るのは彼(かはわからないが)だけ。
どれだけ身勝手だとしても、生き残るためにはむしろ必死になるはずだ。地球に残っている異星の邪神を集めて戦力化したり、あるいは脱出を考えるのが自然なのでは無いだろうか。
まさかとは、思うが。
好き勝手をさせることが、ニャルラトホテプの目的につながるのではあるまいか。
会議はあまり進展しているとは言えない。
アーサーがいろいろな意見を出しているが、いずれも決定打にはならない。どうも、スペランカーには、敵対的な異星の邪神を全てやっつければ終わるというような、簡単な問題には思えないのだ。
「一度休憩を入れよう」
「分かった、それでは各自休憩に入る」
スペランカーの提案は受け入れられ、めいめいに会議室を後にする。川背だけは残ってくれた。本当はアーサーにもいて欲しいのだが、彼は他のメンバーと話があるらしく、その場を後にする。
皆がいなくなってから、川背とスペランカーの話を聞いていたらしく、アトラク=ナクアが言う。
「確かに、おかしな話だね。 ニャルラトホテプと言えば、人間の思考を蜘蛛の巣のように絡め取る、邪神らしい邪神なのにさ」
「何だか嫌な予感がする。 ひょっとして、このままニャルラトホテプさんをMさんが斃したら、とんでも無い事になるんじゃ無いの?」
「どうとんでも無い事になるのかが分からないのが問題ですね……」
かといっても、ニャルラトホテプを討伐するなと、Mには言えない。
人間に友好的では無い邪神を討伐することは、スペランカーとしても、反対では無いのだ。
アトラク=ナクアのいる此処で言うのもおかしな話だが。友好の糸口が探せる邪神とは、できるだけ仲良くできる路を探したい。だが、戦うしか無い邪神とは、戦うしか無いとも思っている。
それに、最大の問題は。
Mが、スペランカーの話なんて、聞くわけが無いと言うことだ。
理由はよく分からないが、Mはスペランカーのことを最大限に嫌っている。嫌みをたっぷり含んだ敬語をわざわざ使うほどなのである。
会議がまた始まる。
スペランカーは、隠す必要も無いだろうと思い、今の話をしてみる。アーサーが頷いた。
「なるほど、我が輩も違和感を覚えていた。 確かに、このままだと、何かの罠に踏み込みそうではあるな」
挙手したのは、ペンギンの姿をしたグリン。退魔の専門家だった人物で、紆余曲折の末、この姿になった。
今は妻のマロンと共に、アトランティスで慎ましく暮らしている。
「一つ、提案がある」
「なんですか?」
「ニャルラトホテプと接触を図ってみてはどうだろうか」
流石にそれは、考えてはいなかった。
ざわめきが広がる中、スペランカーは頷くと、立ち上がった。
「良い機会かも知れない」
「先輩!?」
「異星の邪神達は、人間の事をよく知っているんだと思う。 でも、逆に私達は、彼らを知らなさすぎるんだと思うよ。 勿論、理解ができるとは限らないし、和解はもっと難しいかも知れないけれど。 一度、話をする機会は、持つべきだったんだと思う。 昔だったら、対等に話をするなんて夢物語だったけれど。 人類がこれだけ押し込んだ状況だもんね。 必ず、話をできる機会は作れるはずだよ」
勿論、単独で会いに行くつもりは無い。
それなりの戦力を整えて、戦いになった場合に備える必要はあるだろう。だが、もしも、何かしらの手段で共存できるのならば。
「過度の期待は禁物だよ。 妾がいうのもなんだけれど、邪神は邪神だ」
「大丈夫。 分かってる」
一度、会議を閉じる。
難しい表情をしていたアーサーは、皆が散っていくのを見送りながら、ずっと会議室に残っていた。川背も、スペランカーも、残る。
この三人だけで、話しておきたいことも、幾つかあった。
「もしも話ができる目処がついたら、我が輩と川背殿を必ず同道させて欲しい」
「うん。 心強いよ」
「そうではない。 貴殿と同じように、我が輩も妙に嫌な予感がしてならんのだ。 未来での悪評、ひょっとして、貴殿が何かとんでも無い事に巻き込まれたことが、原因では無いかと思えてな」
確かに、それはありうることだ。
だが、川背とアーサーが側にいてくれれば。きっと、どんな困難でも、越えられる気がする。
アーサーに礼を言うと、スペランカーは半魚人達に、シーザーを解放するように指示。
川背とアーサーを交えて、一度話しておきたい。未来の技術で作られた戦闘機、もしもニャルラトホテプと戦うのであれば、大きな力になるはずだ。勿論戦うつもりは最初は無い。
抑止力として、強い力は必要なのだ。
つれられてきたシーザーは、鎧を着た大男がいるのを見て、面食らったようだった。アーサーの自己紹介を受けて、口笛を吹く。
「ひゅう、あんたが。 噂は未来でも聞いているぜ」
「伝わっているのは、我が輩の武勇かな」
「いや、知らん方が良いと思う」
困り果てた顔をアーサーがしたので、スペランカーもコメントできなかった。きっと未来には、アーサーの武勇以外が伝わっているのだろう。
無理も無い。
フィールド探索者は、未来では存在しないか、もしくは悪の枢軸としてとらえられているのだろうから。
だが、川背やジョーは、未来では勇名を讃えられていたと聞いている。
ひょっとすると、違う未来の話であったのかも知れない。とにかく今は、情報が必要になってくる。
「未来に、宇宙で戦ったアトランティスについて、何か聞かせて貰えないかな」
「じゃあ、カツ丼くれや。 この間差し入れして貰ったカツ丼が、すげえ美味くてなあ」
「川背ちゃん、お願いできる?」
「……あまり得意料理ではないですけれど」
シーザーの視線が、川背の立派な胸に釘付けになっているのには、その場の全員が気付いていたらしい。
特に川背は不快感を露骨に顔に出していたが。シーザーには、それくらいはむしろご褒美のようだった。
キッチンを使って、川背がカツ丼を作ってくれる。
「川背ちゃんはプロの料理人だよ。 期待して良いと思う」
「ひゃっほう! この時代のくいもん、俺の時代とは比較にならんほど美味いからなあ、期待させてもらうぜ!」
「それはそうと、シーザーとやら。 話をしてくれんか」
「まあ、カツ丼喰うまで待ってくれよ。 で、なんであんた、蜘蛛なんか頭に乗せてるんだ?」
不快そうにアトラク=ナクアが警戒音を出したが、シーザーはけらけら笑うだけである。ルックスと言動が全くかみあわない人物だ。同じエース級の戦士でも、ジョーとは随分雰囲気が違う。
ただ、以前ジョーが言っていた。
彼のように寡黙な戦士は、特殊部隊などではむしろ喜ばれないという。部隊のムードメーカーになるような人物の方が、むしろ喜ばれるそうだ。
そうなると、或いはシーザーの方こそ、軍人としては理想的なのかも知れない。
川背がカツ丼を持ってくる。
彼女は気を利かせて、スペランカーやアーサーの分まで作ってきてくれた。しっかり揚がった豚カツに、ふわふわの卵が掛かっており、白身にも火が通っている。それだけではなく、衣にも工夫がされていて、卵がしみていながらぱりぱりの感触を維持していた。
肉自体もとても柔らかくて、あまり高い肉では無いのに、料理人の腕と味付け次第でいくらでも美味しくなると、如実に示している。何より掛かっているたれが絶品で、これを短時間で仕上げた川背の力量がよく分かる。
しばらく、全員無言になる。
最初に食べ終えたシーザーが、実に幸せそうに言った。
「うっめー! こりゃあすげえなオイ! あんた、俺のヨメにならねえか?」
「お断りします」
「何だよ、残念。 それはそうと、こんなうめえもん喰わしてもらったんだ。 一通り、話はしねえと仁義にもとるな」
川背が静かに怒っているのを見て、陽気なシーザーも流石にこれ以上は失礼だと察したのか。
あっさり話を切り替えると、表情を変えた。
戦士の表情だ。
「あの鼠のお巡りさんに大体は話したんだがな、何が聞きたい」
「できるだけ詳細に、アトランティスで何があったのか、教えて」
良いぜと応えると、シーザーは姿勢も改めた。