オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
その言葉は、このままでは辿ってしまうあまりにも悲しいアトランティスの末路を告げているのでした。
惑星連合のエースであるシーザーが、ある日上層部に呼び出された。
任務、しかも極秘と聞いて、嫌な予感しかしなかったが。案内された先で見せられたものを見て、多少機嫌も直った。
最新鋭宇宙戦闘機。自分に与えられたそれには、複雑な英字で名前が付けられていた。だが、まだプロトタイプであると聞いたシーザーは、躊躇無く自分の名をそれに付けた。幾多の戦いで敵を屠ってきたという自負もある。出撃のグリーンライトを与えられているトップエースだという誇りもある。
だがそれ以上に、そのずんぐりとした機体を見た時に、感じたのだ。
此奴は凄いが、同時に難しい機体だと。
宇宙時代であるから、大気圏内が主戦場だった頃とは違う。飛行機の形は必ずしもソニックブームを考慮しなくても良い形状で、それ自体は別に珍しくも無い。仮に大気圏内を飛ぶ場合でも、標準的に装備されているエネルギーシールドで、多少のソニックブームは中和できる。
問題はそこでは無い。多くの戦闘機に乗ってきたシーザーは、一目で感じたのだ。全体的に、この戦闘機は非常にとがった設計がされていて、危険性が高い。
だから、幸運に恵まれている自分の名前を付けることで、むしろ厄払いをしようと。
シーザーはエースパイロットで有り、実力に自信を持っていたが、同時に幸運に恵まれていることも知っていた。自分以上の実力者が、冗談のような死に方をした事が、一再では無い。
エースになれたのには、強い運が味方していたからだ。そう考えていたからこそ、名前に自分のものを選んだのである。
改めて、カタログスペックを確認する。
全長は二十メートル弱。両翼には主力となるエネルギービーム砲が装備されており、駆逐艦の主砲に匹敵する出力を実現している。このサイズの戦闘機としては、例外的な大威力だ。単純な威力も大きいが、らせん状にエネルギーを放出する新技術が使われていて、単に熱エネルギーをぶっ放す旧式の砲とは根本的に設計思想が異なっている兵器だ。また、前方の主砲の他に、360°をカバーする副砲も装備されている。対艦用の大型ミサイル六機。エネルギーを著しく消耗するが、ハイパワーレーザーも装備されていた。
また強力なバリア発生装置と、複雑な三次元的機動を実現する大出力のエンジンを搭載しており、その反面極めて大きな負担がパイロットに掛かる。
今だ調整中の部分が多い、文字通りピーキーな機体だ。非常に重武装で、シーザーの腕前なら、小型の戦艦くらいとであれば互角に戦える機体である。ただし、それはあくまでカタログスペック上の話。
最新鋭の技術を惜しみなく盛り込まれてはいるようだが、文字通りのプロトタイプで有り、実戦で力を試すには少々危険が大きすぎるように思える。
事前のミッション説明で、話も聞いた。
行方不明の艦を多数出している宙域がある。具体的には、冥王星の外側にある小惑星帯の一角。非常に小惑星が多く、電波も極めて悪い宙域であると言う。いわゆる彗星の巣、カイパーベルトの一角だ。
大型の戦艦が消息を絶った其処に、戦闘機一機を送り込んで、何になる。最初、シーザーはそう思った。
だが、ミッションの内容は、こうであった。七三の髪型で、いかにも神経質そうな眼鏡を掛けた上官が、説明してくる。サラリーマンと影で悪口を言われている男で、杓子定規な言動が目立つ。ただし、事務処理能力に関しては確かなものがあるそうで、シーザーも馬鹿にはしていなかった。そういう軍人も必要だと知っていたからだ。
「そもそも今ミッションは、敵の殲滅を目的とはしていない」
「ならば威力偵察ですか」
「威力偵察には違いない」
そもそも今回のミッションでは、指定された宙域からの生還者が存在しないことが、問題になっているという。
大型戦艦から最後に送られてきたデータによると、宇宙空間に巨大な大陸が存在しているらしい、という事は分かっている。
そのデータを、可能な限り持ち帰る。それがシーザーの任務、というわけだ。
「まどろっこしい。 大艦隊を組んで叩き潰せばいいんじゃないですか?」
「そうもいかん。 貴官だからこそ話すが、どうも以前の大戦で失われたと言われている、邪神の反応が微弱ながら計測されているらしいのだ」
「邪神……ね」
かっての地球には、外宇宙から来訪した文字通りの邪神が多数存在し、多くの被害を出していたという。
未だに語りぐさになっている事だ。軍でマニュアルを見たこともあるが、基本的に通常兵器はほぼ通用しない相手で、上位の存在になると一国の軍隊を単独で殲滅する実力を有していたという。
能力者が世界から消えた大戦の前後で、邪神もことごとくが撃滅されたと聞いているのだが。
逆に言えば、今では対処法も失われてしまっている、という事だ。
当時の通常兵器が通じなかった相手に、現在の科学力なら平気だろうと、という過信を抱くのは危険だ。根本的に、戦闘の概念が違う可能性が高い。大艦隊を投入したら、とんでもない事態を招く可能性も、確かにある。
「我々が貴官に期待するのは、歴戦の戦士である判断力と生還能力だ。 大規模攻撃が必ずしも効果を示すかも分からない相手であるし、可能な限りのデータを集めておきたい」
「分かりました。 必ず帰還します」
「期待しているぞ」
敬礼をかわすと、事前のミッション説明を他にもうけて、任務に取りかかる。
いわゆる、神風的な任務では無いと分かっただけで、一安心だ。ただし、全面的に信用しているわけではない。
エースパイロットになった事で、色々と余計なものもついて回るようになった。普段意図的に軽い言動を周囲に見せているのは、警戒心を煽らないためだ。英雄が処刑台と隣り合わせに存在していることくらい、シーザーだって知っている。
ただ、近年は、相手に警戒心を抱かせないためにはじめた言動が、少しずつ本気になりつつあって、自分でも困惑している部分が確かにあったが。
普段は、火星を根城にしているシーザーが、招集に応じて、航空母艦に乗り込んだのは、説明を受けてから地球時間で七日後の事。
此処からは、自分で出来る事は、殆ど無い。
数日間掛けて、宇宙航空用マスドライバー装置を経由して、木星へ。更に其処から大重力を利用したスイングバイと、宇宙航空用マスドライバー装置の併用で、冥王星まで移動する。此処までは母艦を使って運んでもらうが、冥王星基地からは、単独での行動だ。
その間に、シミュレーターを使って、戦闘機に少しでも馴染む。
整備も自分で一通りやってみる。最悪の場合は、自分でメンテナンスをしなければならないからだ。搭載しているAIや修復ロボットがある程度の事はしてくれるが、最悪の場合には、自分でやらなければならないのである。
供与された戦闘機は、内部に生存スペースがあり、それなりの物資と十名以上の人員を搭載することが可能だ。
これは宇宙時代の戦闘機としては普通の仕様だが。ただし逆に言うと、宇宙時代は戦闘機一機にも、それだけの金が掛かっている、という事だ。
小惑星帯を人類が掌握している現在、資源の枯渇については、今のところ気にする必要は無い。
ただし優秀な人材となると、どうしても限られてくる。
幾つかの戦役を経て、人類はまだ覇権と呼べるものを確立できていない。太陽系の外から侵略してくる宇宙人勢力もまだ存在しているし、太陽系の外の遙か遠くの宇宙では、途方も無い規模での大艦隊戦が行われているのを、観測しているともいう。
そう言う状態だから、如何に腹に一物も二物も抱えている軍でも、人材の無駄遣いをする気は無いのだろう。
冥王星基地から、物資を積み込んで、カイパーベルトに。
定時通信を送らなければならないのが、少々面倒くさい。
最初の数日は、AIに操縦も任せてしまい、後に備えて寝てばかりいた。宇宙船の中では、する事も限られている。
昔と違って重力は存在しているが、それでも外は基本的に真っ暗である。後方から来ている太陽の明かりも、決して強いとは言えない。
だが、三日目からは、自分で操縦をする事にした。
体が鈍るし、なによりこの辺りから、襲撃の報告があったからだ。カイパーベルトの外側での資源衛星探索は、人類の未来のためにも重要な作業だ。
実際に動かしてみると、シミュレーターとはやはりかなり違っている。
動きがなめらかな反面、射撃にはかなりの癖がある。
大出力のエネルギー砲だからか、特殊な区切り方をして、砲撃をしているようなのだ。計測してみたところ、一秒間に十六連射くらいしているらしい。
昔の機関銃などでは、もっと激しい間隔で射撃をしていたそうだが、これはエネルギー砲だ。
撃つのなら、長時間連続して撃った方がいいに決まっている。
どうしてこのように連射形式を取っているのか調べてみたが、どうやら新採用のエンジンにエネルギーがかなり喰われているらしく、それを補うためなのだとか。
多少納得は行かない所はあるが、小型の衛星を数個破壊してみたところ、確かに爽快な威力を有している。
今までの戦闘機とは、破壊力も速力も、確かに桁違いだ。
単独でのワープ飛行はできないようだが、それでもこの機動力なら、大体の相手となら渡り合えるだろう。
航行中に性能を試し遊びながらも、シーザーは冷静に状況を分析している。
どうもおかしい。
そんな大陸があるのなら、観測に必ず引っかかるはずなのだ。
たとえば、不安定軌道を描いている小惑星の中には、最大で直径二十キロに達するものがある。エロスと呼ばれるものが代表的だ。
これなどは恐竜を絶滅させたとも一説には言われる十キロクラスの隕石の、八倍近い質量を誇る存在で、もしも地球にぶつかった場合の惨禍は計り知れない。多分氷河期くらいは確実に訪れるだろう。
しかし、現在はそれも含めて。カイパーベルト地帯くらいまでなら、太陽系の把握はほぼ済んでいるのだ。勿論、事前に隕石の直撃を防ぐだけの科学力も、人類は充分に有している。
だが大陸クラスというと、最低でも直径数百キロはあると見て良いだろう。そんな程度の小型小惑星とは、比較にもならないサイズだ。
それなのに、今の時点では、レーダーどころか、光学分析装置にも引っかからないのである。
嫌な予感が、びりびりする。
しかも、今は話し相手もいない。AIは基本的に戦闘用だから、話しかけても決まった受け答えしかしない。勿論レクリエーション用の装備類もあるにはあるが、あまりにも熱中するのは危険だから、意図的に退屈なものしか積まれていない。
退屈は、心に負荷を掛ける。
持ってきた録画映像(勿論内容は決まっている)などを見るが、すぐに飽きた。
そして、交戦予定地点に到達。
何もいない。
確かに、戦艦の残骸らしきものが漂っていた。惑星連合で採用されている、最新鋭の戦艦だ。
見たところ、生存者はないし、脱出カプセルの類も見当たらない。凄まじい破壊の有様で、文字通りねじ切られたようになっていた。
しかし同時に、敵とやらもいない。
「敵の痕跡は」
「見当たりません。 戦艦が放出したミサイルや、エネルギービームの痕跡は存在しているのですが……」
「砕かれた岩石か何かはねーか?」
「周囲にあるありきたりの岩石衛星の残骸ばかりです。 後は、人間の死骸が少々」
コンソールに拳を叩き込むと、シーザーは周囲の探索を命じる。
しばらく探索を続けるが、勝ち誇ったエイリアンの艦隊に出会うことも無ければ、浮遊大陸とやらに遭遇することも無かった。
一度、サンプルを射出させる。
破壊された戦艦の残骸から、めぼしいものと。それに発見できた分の人間の死体を、戦艦の残骸から回収した輸送ポットに乗せて、後送した。
非常に電波が悪かったが、一応通信はできた。送り届けた物資は決して多くは無かったが、それだけで軍の上層部は喜んだ。
「まずは第一段階クリアだな。 続けて探索に当たって欲しい」
「アイサー。 もしも相手に勝てそうだったら、潰しても良いですか?」
「深追いはしないように」
それだけを告げられる。
言われなくても分かっている。深追いをするような性格だったら、今頃シーザーは宇宙の塵になっていただろう。
戦艦の残骸自体に、持ってきていた簡易推進装置を付けて、後方に動かす。
これで、数日くらいすれば、危険地域を脱出して冥王星の所属艦隊が勢力圏にしている場所まで辿り着くだろう。小惑星にぶつからないように、軌道計算もしっかりしたから、問題は無い。
仮に何かしらに汚染されていたとしても、いきなり冥王星の研究施設に持ち込むような馬鹿なことをしなければ、大丈夫。
それに冥王星は最悪の場合でも、軍の施設しかない星だ。被害は最小限にまで食い止めることができる。
戦艦のコンピュータに当たったが、綺麗に交戦記録は吹き飛んでいた。
ただ、AIに分析させたところ、戦艦を襲ったのは完全に未知の力で有り、レーザーでもミサイルでも無い事だけは、明らかだった。
何しろダメージ箇所に、痕跡が残っていないのである。
「まるで魔法です」
「魔法か……」
あの悲惨な大戦争の前までは、実際に存在していたらしい数々の異能力。
何故消滅したのかは、今でもよく分かっていないらしい。少なくとも、シーザーは聞かされていなかった。
ただ、分かっている事もある。
その言葉自体が、悪霊の存在のように、タブーとなっている、という事だ。魔法なんて口にしたら、敵意の視線を受けることは間違いない。
ネットなどでは、自分は魔術師だ能力者だと名乗る変わり者がいるようだが、人気を得ることはほぼなく、徒花としてしか扱われないという。
「光学ステルス能力を持っているとすると、近くまでいかないと発見はできないな」
「はい。 怪しいところを、手当たり次第に当たってみますか」
「……そうだな。 小惑星が変に少ない場所は無いか」
「カイパーベルトと言っても、そこら中に小惑星があるわけでもありません。 存在密度はそれほど高くないのが実情です」
カイパーベルトについての講義をAIがはじめそうになったので、シーザーは閉口した。すぐに機体を繰って、自分で目をつけた場所を、順番に廻っていく。
既に思考は実戦モードに切り替えている。
何が起きたかは分からないが。少なくとも最新鋭の大型戦艦を屠った相手が存在しているのは、事実なのだ。
しばらく、辺りを飛び回ってみる。
異変に襲われたのは、それから二日後の事だった。
気がつくと、シーザーは知らない空間を漂っていた。
自機を確認すると、かなりのダメージを受けている。何が起きたのか、思い出す事ができない。
頭自体も、酷く痛む。
AIに呼びかけるが、反応が無い。全天型のコックピッドも、半分以上が画像を映し出していなかった。
これは、ただ事では無い。
一つずつ、機能を確認していく。
推進装置は問題が無い。
武装は絶望的だ。半分程度しか生き残っていないし、エネルギーもかなり消耗してしまっている。ミサイルも使い切っていた。調べてみるが、武装自体にかなりのダメージが加わっていて、仮に撃つことができても、途中で爆発する可能性が高い。
AIをはじめとした電気機器類は、半分以上がいかれてしまっていた。
黙々と、宇宙服を着込む。
酸素残量だけは、それなりにある。生成装置も無事だ。
現在位置も、確認しなければならない。手元にある小型のハンドヘルドコンピュータを起動して、計測をさせる。
同時に自身は船外に出て、状況を調査。
計測機器は嘘をついていない。継戦は不可能だ。
無事な画像から確認する限り、幸い太陽系にはいるようだ。
記憶の奥底で、何かがフラッシュバックする。
そうだ、大勢の得体が知れない生き物に襲われたのだ。烏賊のような奴、オウムガイのような奴、巨大な顔、一対の目玉。
それらを必死に撃退していった。
戦いながら感じたのは、どうも意思があるようには思えなかった事だ。怪物達はどれもこれもが、特攻覚悟で攻撃を仕掛けてきた上、死ぬと蒸発してしまうのだった。
おそらくは、大型戦艦も、これにやられたのだろう。或いは、戦艦の残骸を分析すれば、怪物達の正体も分かるのかも知れないが。いずれにしても、今はそんな余裕が無い。
組織的な猛攻は文字通り怒濤のようだった。
シーザーで無ければ。
そして、最新鋭のこの機で無ければ、十回は撃沈されていただろう。
やがて、ステルスされていた、おぞましい大陸が姿を見せる。
逃げるべきだった。
だが、逃げられそうに無いと、本能は告げていた。
本部に敵と交戦開始したと連絡を入れてから、後は無我夢中で戦い続けた。
大陸からは、レーザー兵器らしきものの猛攻があった。ロックオンアラートはひっきりなしに鳴り続け、撃墜を避けるためにも、大陸の地面すれすれを高速で移動しつつ、バリアを展開しなければならなかった。勿論、上空からは怪物の群れの怒濤の攻めが有り、特に悲惨だったのは、岩場の下に潜り込んで、其処からでた瞬間などだった。
とんでも無い数の怪物が、凄まじい猛攻を仕掛けてきたことが、一度や二度では無かったからである。
それでも、シーザーは、歴戦の勘を駆使して進む。
時間にして、それほど掛かりはしなかったかも知れない。実際には、二分か、或いは五分か。いや、それは流石に無いだろう。だが、数日にも感じられた戦いが、実際には数時間だった事は、疑いが無かった。
上空に、不格好な岩の塊が出現して。無数のエネルギービームを放ってきた。凶悪と言うよりも、執拗で、何より必死な攻撃に思えた。
機体を激しく削られながらも、どうにか叩き落とす。
倒した時、悲鳴が聞こえた気がした。
大陸の中心部にまで、激しい戦いの末に辿り着く。巨大な移動型要塞なのだと、その時には理解できていた。
不時着。修復と炎上対策はAIに任せ、飛び降りる。要塞上には空気があったが、勿論宇宙服を着込んだ上で、だ。
手にしている正式銃で敵を薙ぎ払いながら、奥へ。
そして、朽ち果てた神殿のようなものをみつけた。そこで、不可思議な出来事が起きた。
不意に、埃まみれの石造りの神殿の中、妙な映像がわき上がったのである。熱源反応どころか、物体反応さえ無かった。
立体映像にしては、投影装置が存在しなかった。
女だ。
エキゾチックなローブを身につけたその女は、赤い髪色で、おかっぱに切りそろえていた。妖艶と言うには、少し幼い体型だった。
異様なのは、その体、おそらく背中から生えている触手である。
「我らの安息を妨げるな」
誰だと呼びかけるが、女のような怪物のような何者かは、名乗らない。
「此処は、母の墓標。 多くの散っていった迫害されし者達の墓場。 土足で踏みいろうとすること、まかり成らん」
「俺は、ただ調査に来ただけだ。 前の戦艦もな。 問答無用で襲撃しておいて、その言い様は無いだろう」
「「お前達」は信用ならぬ」
強烈な敵意の籠もった視線を受けて、シーザーは口笛をならそうとして、失敗した。
女好きを広言するシーザーだが、今受けているのは、殺気混じりの本気の怒りの視線だ。しかも、相手は未知の技術で、此方に対している。相手への反応次第では、致命的な攻撃を仕掛けて来かねない。
「じゃあ、せめて帰してくれないか。 攻撃してこないって言うなら、おとなしく帰るぜ、レディ」
「和平条約の調印式の日に裏切った貴様らがよく言うな」
女が、手をかざすのが見えた。
其処からのことを、覚えていない。
どうやら、その瞬間に何かされたらしい。ただ、殺される事は無かったということだけは、理解できる。
此方を信用はしていなかったが、ただし帰るといった相手を殺しもしなかった、ということなのか。
本部に通信を試みてみるが、反応は無し。
というよりも、機器類を修復していく内に、AIが回復。後の修繕は任せた矢先に、とんでも無い事が発覚した。
「現在の空間座標に異変」
「何だよ、それ」
「おそらく、我々が存在した時間軸とは違う状態にいます。 太陽の黒点などの位置が、記録された三百数十年前の状態と同じです」
呆然とするシーザーに、AIはとんでも無い事をほざいた。
「我々はタイムスリップした模様。 可能性は100%」
冥王星まで数日掛けて飛び、其処からスイングバイを使って加速。
コールドスリープを駆使しながら、海王星、木星と経由して、火星へ。燃料をできるだけ節約するために、バサードラムジェットを使用して、最低限のエネルギーのみで飛ぶことにした。
火星は、真っ赤のまま。
テラフォーミングは一切されていない。
それどころか、幾つも存在していた、惑星連合の要塞衛星も見当たらなかった。本当に過去へテレポートしたのだろうか。
コールドスリープの合間に、正確な年代を割り出そうと、四苦八苦してみる。それによって判明した事実は、想像を絶していた。
今、地球では能力者戦争と呼ばれた、地獄の大乱が発生している時期だったのだ。
謎のカタストロフにより、人口の三割が消滅。能力を喪失したフィールド探索者と、それ以外の人間が、激烈な殺し合いをしている時期。
非常に危険と言うよりも。おそらくWWⅡをやっていた頃の地球よりも、更に危険な最終戦争時代である。
だが、そんな時代であっても、地球以外に、立ち寄る場所が無い所がつらい。テラフォーミングも済んでいない惑星では、どのみち長生きはできないのだ。勿論、善後策どころでは無いだろう。
地球に向かった所で、どうにかなるとは思えなかったが。しかし、生きるためには、限りある酸素や食糧が尽きる前に、地球に到着しなければならなかった。
ステルスを駆使して、到着したのは、大戦争真っ最中の米国。
戦争は末期で、密かに降り立ったシーザーは、あまりにも悲惨な虐殺を、数多く見ることになった。
街灯には、吊された死体。それに向かって石を投げる人々。
吊されているのは、まだ年端もいかない子供だ。
それなのに、熱病に浮かされたような目で、人々は石を投げている。子供の首には、札が下げられていた。
元フィールド探索者。
黒焦げの死体が、道ばたに放置されている。生きたままガソリンを掛けられて、焼き殺されたらしかった。此方にも立て札がある。残虐なる魔術師の末路。そう書かれている。残虐なのは、一体どちらなのか。
サイレンがひっきりなしに鳴り響き、銃で武装した人々が、殺気だった目で走り回っている。
新聞を拾って、読んでみる。
シーザーでも知っている、彼の時代にも存在する大手新聞だ。だいぶ形式は違っているが、間違いない。
それには、シーザーの時代ではすっかり使われなくなった公共言語である英語で、様々な扇情的記事が書かれていた。読めなかったので、AIに翻訳してもらったのだが、途中で顎が外れそうになった。
大新聞の記事なのに、元能力者を殺し、迫害することを、正当化するような内容なのである。
子供だろうが、女だろうが、容赦するな。
奴らは人類の敵だ。
殺し、焼き尽くせ。
本当に、そう書かれていた。醜く歪められた怪物のような表情の能力者が、街に灯を付けたり、恐怖に逃げ惑う人々を撃ち殺すような漫画も、掲載されている。
唖然とした。これが、マスコミの。しかも、世界的に一流どころと認められているマスコミの記事だというのか。
しかも、加害者は、どちらかといえばこの現状、「普通の人間」ではないか。
ペンは剣よりも強いという信念の元に、真実を書こうという気骨ある記者はいないのか。新聞を片っ端から漁ってみたが、週刊誌に至るまで、そんな記事は存在しなかった。頭を抱えたくなる。
歴史の授業では、聞いてはいた。
だが、此処まで悲惨だったとは、実際に目にするまでは、信じられなかった。
とどめを刺すように、AIがいう。
「分析完了」
「何がだよ」
「この世界に、何故来る事になったのかを、です。 分析の結果、外的要因からではありません。 原因は、貴方です、シーザー」
「おいおい、巫山戯るな……!」
つまりそれは。
この世界でばれたら、即死確定という事では無いか。
シーザーも訓練を受けた軍人だ。生半可な事でやられることはない。ましてやトップエースなのだ。
だが、それが故に分かる。
数の暴力には勝てない。軍を相手にしたら、生き残るのは無理だ。
AIと相談する。
孤島に避難するのはどうか。
それでコールドスリープして、安全な年代まで耐える。もしくは能力を解析して、安全な時代、或いはもとの時代に戻る。
最初は、良い案だと思った。AIもそれは賛成した。
だが、AIがネットに接続して調べてみたところ、とんでも無い事が分かったのである。
この時代、孤島など存在しないのだ。
というのも、フィールド探索者や魔術師は、敗色濃厚になると、最初アトランティスに避難しようとした。
だが、そのアトランティスが、核攻撃を受けたのだ。水爆十発以上をつぎ込むという、異常なものだったという。
あの女の言葉が、脳裏によみがえる。
あの宇宙空間にあった大陸が、もしもアトランティスだったとしたら。
平和条約を必死に締結しようとしたところに、核攻撃を受けたとなれば。あの怒りも、無理は無い。
いずれにしても、アトランティスはどこぞへと消えてしまった。
既に継戦状態を維持できなくなっていた能力者達は、彼方此方に散って隠れようとした。だが、彼らの首には、凄まじい額の賞金が掛かっていた。
治安の悪い国では、その賞金目当てに、片っ端から隣人を殺して顔を潰し、国連軍に持ち込むケースまで存在したという。
孤島からギアナ高地、未知の鍾乳洞まで、誰もが徹底的に探した。
欲が、その行動を後押しした。
多くの人間にとっては、金は他の人間の命よりも、大事なものなのだと。この時、世界は思い知らされることになったのだ。
地下深くにあったシェルターまでもが、掘り返されて襲撃されたのだという。
「ステルスを維持するのも、難しいか」
「エネルギーが尽きるでしょうね。 宇宙空間でコールドスリープする手もありますが」
だが、大気圏外を抜けたとして、いつまで身を隠せるか。
シーザーの時代の技術力でも、大気圏外を行き来するには、それなりの燃料が必要になる。何よりこの戦闘機、そもそも宇宙空間での戦闘を、想定した造りになっているのだ。大気圏内では、いずれにしても消耗が限界に来る。
内部にある修復ナノマシンだけでは、いずれ追いつかなくなってくるだろう。物資だって、いつまで調達できるか。
このヒステリックな社会情勢では、国家などにアクセスして、保護してもらう事も期待は出来ないだろう。
話を進めようとした所で、シーザーの目の前に、映像が映し出される。
まだ年端もいかない女の子を、目を血走らせた男が、馬乗りになって殴り続けている。それだけではない。
周囲には、銃火器で武装した連中が、うようよいた。
すぐ近くの光景だ。
今は廃倉庫に潜んでいるのだが、その前の路地だ。警官も噛み煙草をしながら、見物している有様である。
殺せ、殺せ。
凄まじい怒号が響き渡っている。
「おい……」
「関わるのは止めた方が無難かと」
「ふざけんな! あいつらを適当に脅かして追い散らせ! みろよ! まだ子供じゃねーかっ!」
「どうなっても知りませんよ」
そういいつつも、律儀にAIは、ステルス状態を解除。
そして、威嚇射撃で、凶暴化した群衆を追い払った。
わっと逃げる群衆は、いかにも「正義の行いをしているのに、理不尽な攻撃を受けた」と顔に書いていた。
戦闘機を飛び出すと、シーザーは倒れている子供を抱え上げる。
血みどろだが、まだ息はある。
こんな事、絶対に許しちゃあいけない。
シーザーは、戦闘機に意識が無い子供と一緒に飛び込みながら、そう思った。
それからは悲惨だった。
追いかけ回されて、逃げ回って。彼方此方で襲われている元フィールド探索者や魔術師を救出して。
能力の制御が出来るようになったと気付いたときには、既に完全に指名手配犯として、追い回されるようになっていた。
軍とも交戦した。
正確には、攻撃から逃げ回った。
当然、この時代の兵器など、シーザーの戦闘機の敵では無い。だが、それが却ってまずかった。
このままだと、見つかり次第、核兵器を使われかねない。
そうAIが警告する。
シーザーも、そう思っていた。しかもこのヒステリックな社会状況、シーザーを殺すために核を使って、それで結果として普通の人を巻き込んでも、正当化されかねない状況だ。これが、戦争の狂気なのか。
シーザーも軍人だ。
実際に殺し合いも経験してきたし、戦場でおかしくなってしまった奴だって、散々見てきた。戦場で狂気を発する奴は珍しくも無く、カウンセリングは軍医の重要な仕事の一つなのだ。
だが、社会そのものまでもが発狂している状態は、はじめて見た。
これは、人間という種族そのものが、おかしくなったとしか思えなかった。本当に此処から、人類は立ち直れたのか。
十数人を救出して、戦闘機は満杯になった。
内部の医療機構をフル稼働させて、彼らの生命維持がやっとの状態になった。女子供から老人まで、本来なら守らなければならない人々ばかりだった。
それなのに、このイカレた社会は。
彼らを殺そうとしている。
女好きのいい加減な人間を演じてきたシーザーも、これだけは我慢できなかった。
何しろ、無差別攻撃から彼らを守ろうとしていた市長までもが殺されようとしていたのである。
逃げ回りながら、戦闘機を大気圏外に出すのが精一杯だった。
一応、地上の敵軍の追撃は断った。
それも、いつICBMが此方を狙って飛んでくるか、知れたものでは無かった。
乗っているのはけが人と女子供ばかりだと、何度も説明した。
だが、魔術師とフィールド探索者という時点で、「普通の人々」には、虐殺が正当化されるようだったのだ。
「俺の能力だってのか、時間転移が」
「その可能性が100%。 ただし、後天的に与えられた力かと思われます」
「だったら、どうやったら発動する」
「未来に戻るのですか?」
その逆だと、シーザーは吐き捨てた。
未来世界では、歴史は枝状に分岐すると言われている。これはタイムパラドックスに対する答えから導き出された理論で、歴史を変えても、シーザーはいなくならない。更に言えば、この時代の、この狂った歴史も、変わらない。
「こんな狂った事が、許せるのか」
「人類は歴史上、集団ヒステリーと残虐性で、多くの愚行蛮行を繰り返してきましたし、大量虐殺の類も枚挙に暇がありません。 この歴史も、人類の一つの歩みであると理解できますが」
「テメーはやっぱりコンピューターなんだな」
「それ以外の何者でもありません」
コンソールに拳を叩き付けると、シーザーはどうすれば能力を発動できるか、分析するようにAIに命じた。
生存スペースでは、うめき声がずっと続いている。
顔の半分を火傷で覆われてしまった女の子は、意識が戻らない中、親の名前をずっと呼び続けていた。此処では生命維持がやっとで、火傷の治療なんて無理だ。
片足を失ってしまった男は、ずっと訳が分からないことを呟き続けている。心が壊れてしまったのだろう。
比較的無事だったハガー市長も、立ち上がる事はできない。
頑強な肉体だが、散々銃弾を浴びたのだ。常人だったら生きている方がおかしいと、シーザーにも判断できた。
市長は苦しんでいる者達を横目に、心底悔しそうに言う。自分の痛みなど、どうでも良いと思っている様子だった。
「クソッタレなこったぜ。 俺としたことが、焼きが回った。 アトランティスがあんなことになるなんてなあ」
「なあ、一体どうしたらこんな世界を変えることが出来ると思う」
「さあなあ。 ただ、邪神が世界から消えた頃、同時に能力の消失現象が起きたのは事実だな」
AIが、以前戦った浮遊大陸は、残存物質などから、アトランティスに間違いないとか告げてきた。
今更遅い。
それに、シーザーにも、うすうす見当はついていた。あらゆる状況証拠が、そうだと告げていたからである。
「そうなると、これから二十年前……か」
きっとこの時代の人間共は、殺戮の限りを尽くして、全てのフィールド探索者と魔術師を殺し尽くした後、歴史の闇にそれを葬るのだ。
そんなくず共の子孫が自分だと思うと、シーザーは反吐がでそうだった。
何が偉大なるご先祖様か。
ICBMが飛んでくるまでに、どうにか能力を使えるように、解析をしなければならない。
もう、逃げ回る力は、残っていなかった。
それが、シーザーの語った全てだった。
シーザーはカツ丼のお替わりを注文してきたので、無言で川背が席を立つ。
確かに、話の筋は通っている。
カツ丼を出して話がスムーズに進むのなら、安いというのだろう。
アーサーが腕組みする。
「スペランカー殿は、どう思う」
「……」
ただ、酷いとだけ思う。
ハガーに話を聞いて、地獄については覚悟していた。だが、具体的にシーザーから話を聞くと、その惨禍が想像を絶していることが分かる。
スペランカーは、別にいい。
だが、フィールド探索者そのものが絶滅するまで徹底的に迫害されるというのは、どういうことなのか。
人類史上、フィールドはどうしても存在し続けた。様々な形で。
対処してきたのは、ずっとフィールド探索者だったのだ。誰も、感謝はしなかったのか。異星の邪神や怪物との戦いで、命を落としたフィールド探索者は、いくらでもいる。彼らの犠牲は、無駄だったというのか。
勿論、救助を受けた一般人だって、たくさんいたはずだ。
誰一人、味方はしなかったのか。
それとも。
脅威が去ったら、もう無用。だから死ねとでも言うのか。
「気持ちは分かるが、仕方が無い事なのだ」
「……」
「特殊な力を持たぬ一般人にとって、そうでは無い存在は、災厄でしか無い。 ましてや異星の邪神という分かり易い最大級の脅威が消えたとき、彼らがどう特殊能力者に接するかは、言うまでも無いことだ」
アーサーは現実的だ。
スペランカーだって、知っている。
この一見陽気で脳天気な騎士が、豪放なだけの愚か者では無い事を。むしろこの人は緻密で論理的な考え方をする所こそ、本質なのでは無いかと思えてくる。
知識も深いし、戦闘時の覚悟も一流の武人に相応しいものを備えている。文字通りの、数少ない、本物の尊敬できる立派な大人なのだ。
だから、時々。怖くもなる。
「いにしえのことわざに、こういうものがある。 狩が終わると弓はしまわれ、猟犬は煮られて料理されてしまう。 恥知らずも良いところだが、それが人間という生き物の本質だ」
そういえば、かって世界を何度も救ったフィールド探索者が、引退した途端、周囲の人間が手のひらを返したと、嘆いていた記録があったという。
怒る前に、悲しくなる。
アーサーはスペランカーから視線を外さずに、言う。戦うときの表情だった。
「ただし、我が輩も、このような事を知ったからには、事実に甘んじる気は無い。 我が輩にコネをつなげてこようとしてきているフィールド探索者がかなりいる。 彼らを利用して、対策を練るべく、情報を集めてくるとする」
お願いします、とだけしか言えなかった。
ショックを受けているらしい。自分の状態に、スペランカーは驚いていた。
我ながら、おかしな事だ。今まで、もっと過酷な現実に向き合ってきたのに。敵を倒すときは、いつも悲しかったのに。
それなのに、いつもの悲しみとは、比較にもならないようにさえ思えた。
巨大な、裏切り。
守ろうと、していた人達からの。分かってはいたのに、それがこれほどの悲しみを造り出すとは、思ってもいなかったのだろうか。
コットンが、川背と一緒にカツ丼を持ってくる。
その時。
コットンを見て、シーザーが小さくあっと呟くのを、スペランカーは聞き逃さなかった。間違いない。
アトランティスの頭脳に、生け贄として自分を差し出したのは。
あらゆる状況証拠から言っても、コットンに間違いなかった。