オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
遙か昔。江戸時代の初期。
鯰太夫という天才がいた。当時としては最高峰の頭脳を持ち、優れた科学技術の数々を身につけていた。
火薬の改良、焙烙の小型化、それに既存の忍術の改良。
幕府の安泰を願い、数々の貢献をした、最高の技術者であり、忍びでもあった。当時で言う、フィールド探索者としても、まず一流の存在だった。
彼の能力は、妖怪の創造と操作。ある程度知名度がある既存の妖怪でなければ作り出せず、しかもその能力はフィールド内に限られていたが。それでも、充分に強力なものであった。
万能の人材。
脂ぎった中年男性だった彼は、しかし俗物な外見と裏腹に、極めて真面目だった。真面目であったが故に、人道を大事にしていた。忍びとは、闇に生きる者であるが、それは世の中全ての安定のためと、本気で信じていた。闇だからこそ、いつも心に光を持たなければならないと、強い信念を抱いていた。
だから、生まれてはいけない出自の姫に出会ったとき。自分の任務に、疑念を抱いてしまったのである。
彼には、年の離れた盟友が二人いた。
一人は、後世で語り継がれる忍者という存在の、アーキタイプとなった天才。忍者と言えば、彼を指すと言われるほどの男。あまりにも凄腕であったため、かの者こそ忍者、と言われた男。
もう一人は、その弟。
破邪の力を持ち、妖怪を斃す事に特化した忍び。滅ぼした妖怪は数知れず、超人とさえ言われた男である。
二人に、鯰太夫は話した。
このようなことがあって良いのかと。彼は、生まれてはいけない姫を、密かに殺すように言われていたのだ。
花のように可憐な姫だ。
悪逆とは無縁の存在。見かけが気持ち悪いと周囲の誰からも嫌われた鯰太夫にも、変わらず接してくれた姫を、幕府は消せと言ってきた。病死に見せかけろと。そのためには、忍びが扱う毒の術が必要だった。
盟友の、兄の方は言う。
忍びは、常に主君の言うことに、従うべきだ。非道な任務であっても、それが天下太平の為であれば、心を鬼にせよ。
弟は、兄の話が終わってから、続いた。
そなたは、我々に、幕府の言うことに逆らえと言って欲しいのか。これは最大級の機密を要する任務だ。全てを知っているそなたに命じたという事は、それだけの信頼の証でもあるでは無いか。
むごい話だが、任務には従わざるを得ない。天下太平の為に、姫には犠牲になってもらうしかない。
鯰太夫は、二人の言葉が正しいと思った。
だが、姫に任務のことを告げ。姫が、了承した時。何かが、壊れるのを感じた。
私も妾腹とはいえ武家の娘。
陰謀謀略にて命を落とす覚悟は出来ています。
願うのならば。あの人と、結ばれたかった。
あの人とは、鯰太夫では無かった。二人の至高の忍者の、弟の方。奴が天下太平のために死んで欲しいと言ってさえ、なお。姫は、奴への節を曲げなかったのである。
発作的に、鯰太夫は行動した。
姫を浚って、逃げたのである。幕府と、鯰太夫の長い長い戦い。そして、知鯰の一族の、苦難の始まりだった。
中堅どころのフィールド探索者が、ひとかたまりになって、未制圧の空間に乗り込む。
数に物を言わせての制圧作戦だ。
じゃじゃ丸は、昨日と同じメンバーで、同じように制圧作戦を進める。
ニャルラトホテプは、もう此方の目的に気付いているはずだ。だが、奴は、人間の悪知恵が、どれだけ廻るか知らない。
そもそも、何故ニャルラトホテプは、己の体の一部を使って、このような訳の分からない空間を作ったのか。
其処から、外世子は解析を進めた。
結論は、既に出ている。スペランカーを、封じ込めるためだ。
スペランカーの能力は、海神の呪いと呼ばれている。十代半ばの肉体での年齢固定と、その代償としての全体的なスペック低下。身体能力は、常人以下。
もう一つの特徴として、この能力には、自動補填がある。死んだとき自動で復活するのだが、その時体に欠損があると周囲から補う。そして悪意ある攻撃で死んだ場合、攻撃者から、欠損を補填するのだ。
これが、スペランカーが持つ神殺しの武器と並ぶ、武器の一つだ。
だが逆に言えば、それしか武器がないことを意味している。
スペランカーは、神に対しての戦車に近い。周囲に随伴歩兵がいなければ、何も出来ないのである。
一つ目の子供が躍りかかってくる。
かっての、江戸での性風俗の乱れを揶揄する意味で誕生したとも言われる妖怪、一つ目小僧。或いは山の神の末路だとも言われている。身体能力はさほど高くないが、手裏剣を投げつけてもまるで効いていない。しかし、その眼球に剣を突き立てると、悲鳴と共に塵になっていく。
奥には、骨だけになった武士がいた。大鎧を着込んでいる所からして、かなり身分が高い武士なのだろう。
「僕が仕留めます」
川背が歩み寄る。手にはルアーつきのゴム紐がある。
武士は、川背を難敵と認めたか。剣を青眼に構え、迎撃の体勢に入った。川背は、独特の歩調で、ゆらりと武士の間合いに近づく。
武士が、踏み込む。
袈裟の一撃は、残像を抉る。
そのまま武士は体を半回転させ、横から後ろにすり足で回り込もうとしていた川背の、胴を払う。
刀が、伸びきったゴムを斬った。
ばちんと、鋭い音。
川背の姿はない。否、武士の正面。
バックステップして、地面にルアーを投擲。ゴムを敢えて斬らせたのだ。武士が態勢を整え直すより早く、川背の蹴りが、首を飛ばしていた。
「見事……」
頭蓋骨を失った武士の体が、その場で塵になる。
その時には既に、宗一郎とじゃじゃ丸も、一つ目小僧の群れを掃討し終えていた。
「制圧完了。 そちらは」
「こちらも問題ない」
数に物を言わせての制圧。だが、それでいい。
一見すると、領地を広げつつ、回転している泡状空間の中枢に迫っているように見える。だが、それは陽動だ。
川背が、目的のものを、床に仕掛ける。
そして、三つの泡状空間を追加で制圧してから、一度全員で外に出た。
「全員生還!」
「此方も終わった」
休憩のために、外に出た。それもある。
だが、既に、外世子はカウントをはじめていた。川背が、スタンバイに入る。今のうちの、他のメンバーは、栄養ドリンクを口に含んでいた。
「あと五分!」
「再突入準備!」
スペランカーが、ヘルメットを被り直す。
カウントが、徐々にゼロに近づいていく。時計は、作戦開始前に、全員が合わせ済みだ。
じゃじゃ丸は目を閉じると、九字を唱え、印を切る。
カウントが、ゼロになった。
外世子が、スイッチを入れる。
先ほど仕掛けていたのは、小型の無線スピーカー。流すのは、事前に録音しておいた、スペランカーの声。
同時に、川背が、フィールドに飛び込む。スペランカーも、宗一郎も、じゃじゃ丸も続く。
このフィールドは、スペランカーを捕獲する目的で、泡状の空間が無限につながる構成になっている。
パターンがあるように見せかけたのは、妖怪を全部潰せば制圧できたように思わせたのは。スペランカーが安心して入ってくるようにするためのフェイク。もしもスペランカーが入れば、泡を連結させて外部から閉じ、二度と出られないように再構築する。
だが、スペランカーの気配が、同時に各地でしたら、ニャルラトホテプはどうするか。
案の定、フィールド内に入ると、空間はぐにゃりと歪みはじめていた。
川背がリュックを、床にたたきつける。二度、三度。そして六度目で、致命的な結果が生じた。
混乱しているところに、本当のスペランカーの気配が来て、一気に泡状空間を、入り口に殺到させる。其処に、空間そのものに穴を開ける、川背の能力を叩き込めばどうなるか。
周囲の光景が、瞬時に切り替わっていた。
泡状空間が破裂し、本来のフィールドが姿を見せたのである。
其処は、大きな広間。
畳が敷き詰められていて、奥には胡座を掻いた影がいる。
目を閉じたその男は、脂ぎった俗物そのものの中年男性に見えた。着込んでいる陣羽織は地味な色合いで、かなり使い古した形跡があった。そして、その背後に、揺らめく影が見える。
「あの男の、子孫か」
男の声と同時に、スペランカーが、歩み出る。
自分と他者の命を等価に消し去るという、必殺の武器。オモチャの銃にしか見えない、ブラスターを抜き放ちながら。
辺りには、多数の妖怪の気配。
中年男性の全身に、真っ黒な力が絡みついていく。泡状空間の絶対防御に自信があっただろうニャルラトホテプが、体を再構成しようとしているのだと、じゃじゃ丸にも分かった。
男は目を開くと、聞いてくる。
「さくら姫は、どうなった」
「俺の先祖が娶ったあと、多くの子を産んで、平穏に過ごしたそうだ。 仲睦まじい夫婦であったと伝わっている」
「そうか……」
安堵の表情が、中年男性に宿る。
彼こそが、おそらくはニャルラトホテプの手で、無理矢理によみがえらされた伝説の抜け忍、鯰太夫。
じゃじゃ丸も、真相は聞かされている。
時の権力者が、産ませた子、さくら姫。
多情だったその男は、徳川将軍家の一族に連なっていた。ゆえに、非情に劣悪な性癖を、好き勝手に振るっていたのである。家臣の正室に手をつけ、外回りの際の妾としていた。不幸なことに、そのせいで彼女は生まれた。事態を隠蔽するためにさくら姫の母は召し上げられ、一生を身分が低い側室として過ごした。
それだけなら、不義妾腹の哀れな子、程度で済んでいただろう。支配者層の醜聞など、どの世の中にでもある。
だが、その手をつけた相手は。亡くなってから、政治的爆弾を炸裂させた。
当時の幕府にとっては、タブーとも言える存在の血を引いていたのである。発覚したのは、さくら姫が成人し、誰かの所に嫁がせる話が出始めてから、であった。
その存在とは、明石全登。
大坂の陣を逃げ延びた幕府の敵にて、しかもキリシタン大名であった。
当時としては、これ以上もないほどのスキャンダルとも言えた。さくら姫は、当然存在を闇に葬られるはずだった。
だが、長年の忍び働きの非情さに疑念を抱いていた鯰太夫は、姫を浚って逃げたのである。
そして、あの事件が起こった。
当時、J国最強の能力者が、正面からぶつかり合ったのだ。鯰太夫は逃げ切れず、江戸の街にて能力を展開し、初代じゃじゃ丸を迎え撃った。圧倒的な実力で迫るじゃじゃ丸に対し、手段を選ばず、鯰太夫は戦った。
その結果、江戸の街は炎に包まれた。
江戸時代、通算五十回近い大火が起きている。その中でも、この時の大火では数万に達する死者が出た。
皮肉なことで、鯰太夫はその力を、破滅的な災害の誘発で周囲に認めさせたのである。じゃじゃ丸による二度の討伐を逃げ切った鯰太夫が、伊達や前田といった強力な大名(この頃の島津は貧乏で国力が低下し、毛利も弱体化が著しかった)と組むことを怖れた幕府は、その提案を受け入れたのである。
数万の死者を出した大悪人。
今、J国が抱える精鋭科学者一族の先祖が、そのような桁外れの悪人だと知られたとき。知鯰の技術力に関する名声にまで、大きな傷がつく。
忍びに関しても、同様だ。
そのような災害を防ぎきれなかった時点で、その実力は知れていると、周囲の国々に知れ渡る。
今まで築いてきた国際的な信頼と実績は、瞬時に瓦解してしまう。
政府お抱えの集団である以上、国益にも大きなダメージが出るだろう。
知られるわけには、いかないのだ。
既に周囲では、凄まじい乱戦が始まっている。
川背が、近づいてくる妖怪を、片っ端から薙ぎ払っていた。宗一郎も及ばずながら、それに加勢している。
鯰太夫とじゃじゃ丸と、スペランカーの周囲だけが。
何も無いように、静寂に満ちていた。
立ち上がった鯰太夫は、穏やかな表情だった。
「さくら姫が「先祖を失」い、結局誰とも知らぬさくらとなって、お前の先祖の妻となったのは、いわば至上の幸せであったのだろう」
「貴様は、それで良かったのか」
「無論未練はあった。 俺自身は、信念に従って生きて、何一つとして報われなかったのだからな。 だが、今はそれでもいい。 俺の子孫は、奴の子孫の手を焼かせ続け、更にはこの国の柱石となっているようだから、な」
徐々に、鯰太夫の全身を包む闇が濃くなっていく。もう、時間が無い。
鯰太夫は、最後に言う。
「俺も落ちたものだ。 こんな輩に喰われ掛けて、自らの手でけりも付けられぬのだから、な。 お前の手で、とどめを頼む。 結局俺は、最後までお前の先祖に殺されてはやれなかった。 今、長年の因果を断ち切りたい」
頷くと、じゃじゃ丸は。スペランカーが見守る中、渾身の力を込めた破邪の印を、なまず太夫に叩き込んでいた。
その瞬間。
全てをかき消すようにして、闇が爆発した。
闇の中、見える。
消滅した鯰太夫から、引きはがされたニャルラトホテプが。
スペランカーは、ブラスターを下ろす。此処は、おそらくニャルラトホテプの体内。時間は、恐ろしくゆっくり流れていた。
「おのれ……貴様をようやくとらえることが出来ると思うたに……!」
「教えて。 どうして貴方は、宇宙の中心に座する邪悪を、滅ぼそうとしているの?」
「飽きたからだ」
意外にも、即答だ。
飽きたとは、どういうこと。
聞き返すと、既に観念しているからか、邪神は言う。
「俺は奴の夢を守る、最後の鍵。 他の四元素神と違い、俺は直接奴とつながり、その闇を満足させる役割を持っている。 その役割には、もう飽きたのだ」
「夢を、守る?」
「お前達フィールド探索者や魔術師の能力の正体は、何だと思っている」
そして、ニャルラトホテプは、暴露した。
そうか、そうだったのか。
宇宙の中心にいる邪悪の正体も、ニャルラトホテプの思念と一緒に、流れ込んでくる。
ずっと、この闇そのものと一緒に、ニャルラトホテプは過ごしてきた。管理をして来た。いや、違う。
管理をするためだけに、造り出された。
夢に、飽きが来ないようにするために。
だが、もう疲れたと、ニャルラトホテプは言うのだ。
「俺がしている事は、究極の道化だ。 最初は楽しかった。 邪悪にも酔っていた。 だがな、人間の、知的生物の邪悪には、流石に俺も及ばぬ部分がある。 ますますの闇に染まるうちに、俺はだんだん疲れてきた。 そして、いつしか嫌になった。 俺の中にも、俺と同じ意見を持つ者が、多数いる」
「意見は、統合できないの?」
「そうするには、俺は人間的な意識のまま、あまりにも長生きしすぎた。 もはや俺の人格の数など、俺自身にさえ把握は出来ん。 お前と戦って逃げたような雑魚もいれば、Mとも戦えるような強者もいる。 何もかも壊れてしまえば良い。 そう思っている奴も、大勢いる」
殺して欲しいと、ニャルラトホテプの一部は言う。
だが、スペランカーは、手をさしのべた。
「眠って、忘れよう?」
「……!」
「私の体の中を、貸してあげる。 いいよ、気が済むまで、心が安らぐまで、ずっと眠っていて」
「貴様は……」
どのような影響が出るか分かっているのかと、ニャルラトホテプは叫ぶ。
だが、覚悟の上だと、スペランカーは応える。
わずかの逡巡。
だが、ニャルラトホテプは、悲鳴に近い声を上げた。
「お、俺は、苦しいのは、もう嫌だ……!」
「大丈夫。 良いんだよ、眠っていて」
「俺は……休み……たかったのか……」
闇が、解けていく。
闇が凝縮していき、最後にスペランカーが落ちてきた。
川背が助け起こす。眠ってしまっているようだった。
「また無茶をしたんですね、先輩。 でも、大丈夫。 僕が、側にいます」
まるで恋人のように大事そうに抱え上げると、運んでいく。ベットに寝かせるのだろう。川背はスペランカーを抱え上げるとき、とても優しい目をしていた。普段の険しい表情とは、まるで別人のようだった。
じゃじゃ丸は大きく嘆息する。鯰太夫は、本当は。いや、何でも無い。少なくとも、外世子には聞かせられない事だった。
既に、周囲の空間は正常に戻っている。
ニャルラトホテプのおそらくは一部だろう存在は、消え失せたのだ。
「フィールド完全消滅! 死者無し!」
「おおっ! やったぜっ!」
フィールド探索者達が歓喜を爆発させている。
宗一郎が、ボールをリュックにしまいながら、言う。
「少しだけ、話は聞こえた」
「そうか」
「闇の中にも、人の心はあるんだな」
そうなのだろうか。
分からない部分は、まだ多い。
だが、伝説の抜け忍と呼ばれた男が、あれほど人間的だったとは、じゃじゃ丸も思っていなかった。
これから、報告書をまとめなければならない。
幸い、スペランカー以外に、他言無用という必要は無いだろう。喧噪から外れて、自分のプレハブに歩き出す。
外世子が、此方を悲しそうに見た。
なんでそんな目をする。
「行ってあげたらどうだ?」
いつの間にか、隣に医師がいた。
「お前が嫌いだったら、あんなに構ったりはせんよ」
「俺には分からん」
「そうだろうな」
「だが、まあ良いか」
報告書の処理は、後だ。
外世子の方に歩いて行く。外世子が、はっと表情を緩め、不器用に笑顔を作るのが見えた。
(続)
如何だったでしょうか。
現在の忍び。忍び働きの先にあるもの。しかし失わない人間性。失ってはいけないもの。そういう話です。
ついにこのシリーズの首魁、クトゥルフ神話最高神格も出番が近付いて来ています。