オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
ぼんやりと、スペランカーは自室で膝を抱えて過ごした。
別に悲しかった訳では無い。戦車乗りの拒絶には、何か大きな意味があるのでは無いかと感じたからである。
感情的な問題、ではないだろう。
そうなると、やはりコミュニケーションの困難さが原因か。しかし、一体どうして知性を失うなどと言うことになったのだろう。
異星の邪神は、いずれもが狂気じみた精神の持ち主で、暴虐的な力を持ち、宇宙で好き勝手をしてきた種族の筈だ。
それなのに、彼らのトップは知性を持たないときた。
一体何故、そのようなことが起きているのだろう。
携帯電話が鳴った。川背からの着信だ。
電話に出ると、アーサーが来たと言うことだった。出迎えに行きたかったのだが、もう来てしまった事は仕方が無い。
解析はと聞くと、97パーセントとこたえられる。
正確なアザトースの位置や、門の位置、どうやったら呼び出せるかなどの情報は、既に解析済みだとか。
それを逆用すれば、相手の所には行ける。
「まだ、情報は公開しないで」
「分かっています。 完全なスタンドアロンのシステムで解析していますから、ハッキングされる怖れもありません。 ただ問題は、Mが強引な手に出た場合、対応策が無い事ですが」
難しい用語はよく分からなかったが、最後の内容。それが最大の問題だ。
Mが先ほどの話。数百年先送りするためだけに、多大な被害を払うという提案を、是とするわけが無い。
「その場合は、みんなで抑えないと」
「僕が見たところ、Mの戦闘力は、先輩と僕、アーサーさんが総力で挑んでも及ばないと思います。 おそらくは先輩のカウンターに関しても、対応策を持っているでしょうね」
冷静な川背の分析に、背筋が凍る。
スペランカーの身を覆う海神の呪いには、死んだ場合に周囲から物質補填しての蘇生という機能がある。もしも明確な悪意によって死んだ場合、攻撃者から物質補填を行って蘇生するため、それがカウンターとして機能する。
このため、スペランカーは暴力に対しては、ほぼ無敵を誇る。
その代わり自身から攻撃する手段が乏しく、特に檻に閉じ込められたりすると、もはやなすすべが無い。早く動く事も出来ないし、力そのものも弱い。
スペランカーは、人間を相手にした場合、能力を解析されるとそれこそ子供にさえ制圧されかねない。非常に強力な能力である海神の呪いだが、弱点も大きいのだ。
Mが相手になると、極めて分が悪い。川背とアーサーの支援を元に戦うしか無いのだが。極めて緻密な頭脳を持つ川背にそう断言されると、なすすべがない事を思い知らされてしまう。
「その場合は、情報を破壊しますか」
「え……」
「少なくとも、それでMに好き勝手をさせずに済みます。 此処にいる人達は、絶対に今まで得た情報を漏らしたりはしないですし、僕だって同じです。 拷問に掛けられる前に、命を絶つくらいは出来ますから」
川背は、其処までしてくれるのか。
スペランカーは申し訳なく思う。何も言えず、青ざめていると、後ろから咳払いの声。
野太いその声の持ち主は。誰かは、すぐに分かった。
振り返ると、騎士アーサーがいた。既に全身鎧を身に纏っているが、これは彼にとっての普段着だ。
現在の騎士であり、現役のE国の貴族でもある戦士。アーサーの到着である。
「うぉほん。 我が輩も話に混ぜて貰えぬかな」
「アーサーさん」
「だいたい概要は知っているが、少しはM氏を信用しても良いのではあるまいか。 既にこのまま戦い続ければ、何が起きるかは、かの御仁も知っているのであろう?」
そう言うと、悲壮になりすぎだと言わんばかりに、アーサーは豪快に笑った。この場では、その豪放さと陽気さが、有り難かった。
解析が完了したのは、その晩のこと。
99パーセントを越えた辺りからは、スペランカーも泊まり込みで解析の様子を見ていた。念のためアーサーには入り口についてもらっていた。
実際問題、解析を行っている部屋を覗こうとする者が、時々出ていたのである。先に来ていた要人のエージェントであったり、Mとコネクションを作りたいと思う者であったりしたのだろう。
みな半魚人達が捕まえてくれた。場合によってはアーサーが捕らえて、半魚人達に引き渡してくれた。
スペランカーも、あまり無茶はしないように、彼らには告げてある。今回の一件が片付くまでは、牢屋に入れるくらいで良いだろう。
解析完了の声が上がったときには、ほっとしたくらいである。
この件は、文字通り世界が滅ぶかどうかの瀬戸際なのだ。いまだ健在なニャルラトホテプ本体と通じている可能性が高い人間が多くいる国連には任せられないし、N社やC社もしかり。
実際問題、よく考えていることが分からないPや戦車乗りが、N社とコネクションを持っているという話も、スペランカーは聞いている。
誰かを疑うのは、嫌な気分だ。
だがそれでも、今は川背やアーサーの話を聞きながら、取捨選択をしていくしかない。スペランカーは、此処では決断しなければならない立場なのだ。
長老が来た。
「どうやら、解析が済んだことをM様がかぎつけられた様子です。 暴れられたら抑えられません」
「僕が行きましょうか」
「ううん、私が行くよ。 川背ちゃんは、解析した情報の整理をよろしく。 公開できる部分と、そうで無い部分を分けて」
「分かりました」
Mはどうやってかぎつけたのだろう。
しかし、疑惑は、即座に氷解した。応接室に行くと、PとMが親しげに談笑していたのである。
側には、戦車乗りが、まるで護衛のように立っていた。
異星の邪神嫌いのMが戦車乗りの気配に気付かない筈も無い。利害が一致している、ということか。
勿論、「現時点では」、だろうが。
なるほど、戦車乗りから情報が漏れたのだろう。異星の邪神である戦車乗りは、不可思議な力を持っていても不思議では無い。
「お、これはこれは」
肉食恐竜の笑みを、Mが浮かべる。
思春期の女の子だったら、その場で回れ右して、部屋に逃げ帰って警察を呼ぶレベルの怖さだ。
歴戦の筈の半魚人の護衛達が、露骨に怯むのが分かる。とにかく、戦闘力の桁が、四つくらい違う。
「情報が解析できたとか。 すぐに公開していただけますかな」
「少し待ってください。 今ここに来ている人達も騒ぎ出して、収拾がつかなくなります」
「そんなものは、私が黙らせますが」
本気でやりかねない。
Pも大乗気の様子だ。
これは、冗談抜きに、血の雨が降る。
ひょっとして、此処ならば。邪魔な存在を根こそぎ処理できると、Mは判断しているのだろうか。
可能性はあり得る。
Mは純粋な戦士と言うにはきな臭い噂が多くあり、それをスペランカーも知っていた。だが、まさか此処で本領発揮をされるとは、思っていなかった。
部屋を出ようとするMは、完全に戦闘モードと化している。筋肉は盛り上がり、目からはらんらんと殺気を放っていた。本気で、外にいる「邪魔者」達を、皆殺しにするつもりだ。
出せば、外は地獄になる。
慌てて、ドアの前で手を広げて塞ぐ。一緒に来た半魚人達が、反射的に魔術で稲妻を放てる槍を構えていた。
「どいて貰えますか?」
「いやです!」
「そうですかあ。 じゃあ、力尽くで行きましょうかねえ……!」
Mが拳を鳴らす。
ひいっと、悲鳴を上げた半魚人達。スペランカーの海神の呪いがMに通じないとなると、彼らを守るすべが無い。元々スペランカーの身体能力は子供並みかそれ以下だ。Mに殴られようものなら、紙くずのように引きちぎられてしまう。蘇生はするが、その間に守るべき者達は、皆殺しになるだろう。
しかも、スペランカーが唯一持っている攻撃手段は、半径十メートル以内に敵がいないと当たらない上に、相手に隙が無ければ使えない。Mなら、スペランカーが引き金を引いた瞬間に、余裕を持って避ける事が可能だ。
結論は一つ。
戦わずに、Mを止めるしか無い。
それについては、準備をしてきてある。だが、一手でも間違えば、全てが終わる。
「情報は公開します。 だから少し待っていただけませんか」
「全面公開以外は認めませんよ」
「……っ」
「私もね、ずっと我慢していたんですよ。 勿論、アザトースをぶっ潰した場合、何が起きるかは把握しています。 ですが、それをしっかり自分の目で見て、奴をぶっ殺せる方法が無いか確認しておきたいんでねえ」
不意に、咳払いが響いた。
後ろに、アーサーがいる。打ち合わせ通りの展開だ。
Mが舌打ちするのが分かった。まだ、アーサーが来ている事は、知らなかったのだろう。アーサーはさっき、この展開を正確に予想していた。その場合は、Mにある程度喋らせて欲しいと、スペランカーに頼んだのだ。
そして、その結果である。
アーサーは、川背とは違う方向で切れ者だ。大人の駆け引きも知っている。あくまで柔らかくMの視線を受け止めながら、アーサーはスペランカーを守るように、ゆるりと前に出る。
「なるほど、そう言うことであったか」
「……ふむ、一杯食わされたようだな。 貴様がここに来ていたとは」
Mが気色悪い敬語をやめた。
伝説の騎士と、最強の戦士が火花を散らしはじめる。
「政府の専用機を乗り継いで、な。 C社としても、出遅れを気にしていたようで、コネを総動員して我が輩を此処まで送り届けてくれたよ。 各国政府に働きかけてまで、な」
「ふん……そうか」
露骨にMが舌打ちするのが分かった。
Mも、アーサーには一目置いている。Mの価値観であると、歴戦の武人は、自分よりも武力が劣った相手でも、敬意を払わなければならないらしい。これはアーサーに聞いたことだ。
スペランカーの事をMは毛嫌いしているが、その一方で歴戦の武人とも認めている。故に不快感がより増しているのだろうとも、聞かされた。
「貴殿がスペランカー殿に暴力を振るうつもりなら、見過ごせんな。 我が輩も全力で相手をさせてもらおう。 勝てぬとしてもだ。 勿論、その場合、貴殿がやろうとした事は、全国に流させてもらう」
「分かった分かった。 貴様が相手となれば、勝てるとしてもそれくらいの時間は作られてしまうだろう」
だが、とMが言葉を切る。
そして、大迫力の肺活量を披露しながら、ソファにどっかと腰掛け直した。
「情報は全て公開してもらうぞ。 待つことは待ってやるが、私がしたいと思うことに変わりは無い。 無差別に情報公開する事の危険性くらいは、私も知っているがなあ。 だからといって私自身が知らなくても良いとは想わん」
「スペランカー殿、戻ろう」
アーサーに促されるようにして、応接を出た。
半魚人の護衛戦士達は、皆固まっていた。アーサーが咳払いすると、ようやく身動きできるようになる。
無理もない。
あんな高密度の殺気がぶつかり合う場にいたのだ。スペランカーだって、心臓が止まるかと思った。
アーサーが言ったとおりだった。利害を指摘してやれば、Mは引き下がった。ただし、それにはアーサーの存在という手札が必要だったが。
「助かりました、アーサーさん」
「なあに、我が輩としても、Mの強引なやり口は正直気に入らぬ。 それに、時間が稼げただけだ。 奴が本気になった場合、我が輩と川背殿が一緒に戦っても勝てぬだろうから、それは覚悟をしておいてほしい」
川背もそう言っていたと告げると、アーサーは眉を下げて、そうかと呟いた。
時間は出来たが、それだけだ。
まだ、状況は予断を許さない。
すぐに解析チームの所に戻る。此処からは籠城戦だ。途中、何度か長老が来た。念のために、コットンには重点的に護衛を付けている。こういう事態だから、搦め手を使おうと考えるものは絶対にいる。だから、アトランティスの警備をまとめてくれているマッピーが、コットンに張り付いてくれていた。更に、定時ごとに、長老にはコットンの様子を、話してもらった。
「今日もコットン様は食欲旺盛でしてな。 大盛りのかれいらいすを綺麗に平らげられました。 早く大人になって、スペランカー様のお手伝いがしたいのでしょう」
「そうですか、良かった」
自分の孫の事のように目尻を下げて言う長老を見ていると、スペランカーまで心が和まされる。
川背はそれを横目にてきぱきと作業を続けていた。
ほぼ丸二日、そういう状態が続いた。
アトラク=ナクアが、データを見て間違いないと呟く。
門を一時的に呼び出す方法が書かれている。
宇宙の中心の白痴へと、直接つながる門だ。スペランカーが目をつけたデータは、向こうにつなげることが出来るのは、精神だけ、というものだった。
他にも、門を呼び出す方法については、記述がある。中には、Mが喜ぶであろうもの。宇宙の中心の白痴へ肉体を運ぶ方法、逆に奴を此方へ呼ぶ方法、もあるようだった。
「一方的にエネルギーを叩き込む方法は、私も知っていたんだがねえ。 ただ、門が二度目は遮断してしまうから、一度の可能性に賭けるしか無かった」
以前、その可能性に賭けて、地球を滅ぼそうとした邪神は、そう教えてくれる。
あのMでも、一撃でアザトースを葬り去るのは不可能だろう。
それにしても、このデータベースは一体何だろう。門の操作方法については、何となく分かる。
「門の操作方法が豊富なのは、この恒星間航行船が遭難した際に、本星に戻るための備えだったのでしょうね。 此処を支配していたクトゥルフやザヴィーラがアクセスして、門を操作するわけですか」
「おそらくはそうなろう」
川背とアーサーが、漠然としか分からなかったことを、的確にまとめてくれる。
流石だ。二人とも頼りになる。
更に解析が進む中、スペランカーは挙手した。
「精神を飛ばした場合、戻ってこられるの?」
「死ぬよ」
即答された。何をスペランカーが考えているのか、アトラク=ナクアは察したのだろう。
そうだ。スペランカーは、直接アザトースと接触してみたい。宇宙の中心の白痴と呼ばれるとおり、本当に精神が虚無なのか、確認しておきたいのだ。それがどれだけ危険を伴う事だとしても。
「戻ってくることは出来るだろうね。 ただし、あんたの精神は、その時には完全にぶっ壊れているだろうよ」
「そんなに危険なんですか」
「あんたがハスターとの精神戦に勝ったことは聞いてるよ。 名だたる多くの邪神に、精神戦で競り勝ってきたこともね。 私だって、あんたに敗れたクチだ。 その強靱さは認めるよ。 だがね、アザトースとハスターじゃ、存在の格も桁も違う。 狂気のレベルもね」
タチが悪いことに、気まぐれのまま、アザトースは動くという。
アトラク=ナクアも気まぐれで造り出され、この星へと放り出された。
極論だが、アザトースは自分が滅びることさえ、何とも想っていないという。奴の夢が、この宇宙に特異な能力をもたらしているが、それさえ力のほんの一端。
奴が生まれた宇宙に出向いたりすれば、一体どのようなことになるのか。見当もつかないと、アトラク=ナクアは言った。
「存在の次元が違うんだよ。 あんたが如何に強靱な精神の持ち主だったとしても、勝てる理由も、見て生きて帰れる可能性も無い」
「それでもやってみたい」
「あんたは……!」
あきれ果てたように、蜘蛛の邪神は呻いた。
川背は、反対していない様子だ。
アーサーは腕組みしたまま、やりとりを見守っていた。
「そろそろ、Mがしびれをきらす頃だろう。 我が輩が抑えるのにも限界がある。 やるなら、いそいだほうがよかろう」
「有り難うございます、アーサーさん」
「先輩、くれぐれも気をつけて」
半魚人達に、川背が指示。
アトラク=ナクアが、前の足二本を挙げて、もう言葉も無いという意思を動作で示して見せた。
「あんたたち、親友が死ぬのを見過ごすのかい?」
「貴殿も丸くなったな、蜘蛛の邪神」
「なに……」
「親友などと言う概念を口にする上に、スペランカー殿を心配するとは。 それだけスペランカー殿の影響力は大きいのだな」
恥ずかしくなるようなことを、アーサーが堂々と言ったので、スペランカーは顔から火が出そうだった。
川背が、てきぱきと準備を整えてくれた。
隣の部屋に、魔法陣が書かれる。事前に用意されていた輸血パックから、人血を流して。抽出されたデータの通りに円を描き、複雑な模様を書き込んでいく。生け贄には、家畜の鶏を用いる。
此処でいろいろな魔法の道具を必要とするのだが、それは得られた情報の中に、代替手段が書かれていた。
スペランカーは覚悟を決めると、頬を叩いた。
そして、魔法陣の真ん中に、言われるままに座り込んだ。
聞いたこともない言葉で、詠唱が開始される。
気付く。
とんでも無く、強い気配だ。これが、門の神だろうか。
しかも、物理的に接触してくるのでは無い。世界から、にじみ出してくるような雰囲気だ。
宇宙で二番目に強い邪神というだけの事はある。
戦おうにも、そもそも捕らえることさえ出来ない相手なのだろう。
「ヨグ=ソトース顕現!」
「先輩、転送できる時間はあまり長くありません。 出来るだけ、急いでください」
「うん。 川背ちゃんも、気をつけて!」
来た、と思った時には。
既に、スペランカーは、真っ白な世界にいた。