オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
上下が無い。
左右も無い。
ただ引き延ばされた、白い白い世界。
白い中に、つぶつぶが浮かんでいる。
それが惑星なのだと気付いて、スペランカーは愕然とした。周囲に満ちている力の、なんと強い事よ。
わずかな空間だけでも、邪神が数体は収まりそうな力。
それが、野放図なまでに広がっている。一体どれくらいの広さ、この白いものが広がっているのだろう。
何となく分かる。
これが、宇宙の中心に座する白痴、アザトース。
敵意は無い。
というよりも、敵意を抱く相手さえ存在しないというのが正しいのだろう。唯一にして最強絶対の存在。
そして、宇宙に群れなす異星の邪神達の産みの親。
以前、アトラク=ナクアの所で見た禍々しい姿は、おそらくは外から見たときの図なのだろう。
内部から見ると、存在は希薄だ。いや、むしろとんでも無く濃い、精神的な存在とでも言うべきなのか。
ふと、側を光のようなものが通り過ぎた。
酷い痛みを感じた。
これは、どういうことか。今のは、純粋な痛みだ。
辺りを光が飛び交っているのが分かる。アザトースの全身を、まるで神経細胞のようにつないでいる光の網。
まさか、この全てが、痛みだというのか。
「幸せ……」
声が聞こえる。
言葉では無い。精神の概念が、直接流れ込んできた。
「私がいたい思いをすれば、みんな幸せになれる……」
これは、きっとあの。
おかっぱの女の子の声だ。
声の出所を探すが、すぐに無意味だと悟った。その声は、ありとあらゆる場所から聞こえてきている。
意識が、文字通り拡散してしまっているのだ。
目を閉じて、集中。
きっと何が起きたのかは、漠然とみているだけでは分からない。中をしっかり覗いて、記憶の断片を見ていくしか無いだろう。
肌が少し違うだけで、人間にとてもよく似た存在だったのだ。出来ないはずが、ない。
目を閉じて、周囲を探る。
愕然とした。
此処は、そもそもスペランカーのいる宇宙では無い様子だ。そういえば、元は違う宇宙の住人だったと、アトラク=ナクアは言っていたか。それにしても、とんでも無い存在である。
宇宙が重なり合う場所に、それを完全に制圧するようにして、座しているのだから。
希薄に拡散した、白い世界を泳ぐ。
何となく、見えてきた光景がある。大きな円形の空間。そこで十字架のような装置に掛けられている姿が見えた。それが硝子のような透明なものに映った、おかっぱの女の子自身だと分かる。
声が、聞こえてきた。何故か意味は理解できる。
或いは、この空間にいるから、かも知れない。
「もう少し、出力を上げてみよう」
「アザトースさん、我慢できるかい?」
「はい、大丈夫です」
声には、苦々しい痛みがある。
このような非道をしなければならないことが、苦しくてならないという雰囲気だ。だが、声に、畏れや躊躇は無い。
痛み。
記憶が、はじける。
どういうことだ、今のは。出力を上げると言っていた方は、苦しそうにしていたが。むしろ、痛みを受ける側。
あのおかっぱの女の子の方は、むしろそれを悄然と受け入れていたように聞こえた。
もっと、知らなければならない。
そうスペランカーは思う。制限時間は、それほど長くは無いと聞いている。Mがしびれをきらすまで、さほど時間は無いだろう。
そして此処が重要なのだが。
アザトースは、スペランカーを異物とさえ認識していない。あまりにも巨体で、あまりにも強大だからだろう。
だからこそ、心を見ることが出来るかも知れない。
少しずつ、わかりはじめてきた。この空間が、どういったもので構成されているか。大量の痛み。膨大すぎるほどの。
そして、何よりも。
圧倒的なまでの、悪意だ。
その濃度は尋常では無い。蓄積された悪意は、一様に、濃厚な感情を有しているのが分かった。
あまりにも感情が濃すぎて、分からない。大量に砂糖やお塩を入れすぎると、味の感覚がおかしくなるのと同じだ。一体この悪意は、何の感情によって構成されているのだろう。それが、分からない。
見えてくる。
何処かのお店だろうか。棚のような構造物に、色とりどりのものが陳列されている。硝子か何かの容器。商品だろう事は間違いない。手を伸ばして、買おうとすると、落としてしまう。
手の力の入れ方がおかしいとか、つかみ方が弱かったとか。理由は、よく分からない。いずれにしても、取り返しがつかない。
がちゃんと、鋭い音と共に、容器が割れた。
「あ……」
「困るよ、君。 あれ? ああ、君か。 怪我もしている。 おおっ! ならば仕方が無いね! 嬉しいよ!」
「弁償します」
「いいんだよ。 君にとっての不幸が、我々の幸せなんだから」
小走りで来たお店の人が、どうしてだろう。
此方を見ると、許してくれた。そして満面の笑顔で、お店から送り出してくれる。
見ると、手を怪我していた。落として割ってしまった容器で、傷つけたからだ。
直後、どっとお客さんが、お店に入っていく。駐車場らしき場所が瞬く間に埋まる。偶然の、産物なのだろうか。
いや、違う。
お店の人は、こうなることを知っていた。だから、粗相をした相手を、許した。あれだけのお客が偶然来るとは思えない。あの子が、怪我をしたから、なのか。
違う記憶が見えてくる。
石に躓いて転んだのか、鋭い痛みが体に走る。
こっちを歩きながら見ていた子供が、それを見て立ち止まり。その眼前に、街灯か何か、大きな構造物が落下してきた。
もしも転ばなければ。子供は歩みを止めず、潰れていた。
子供は、死を免れた。
わんわんと泣き出す子供。その親は、此方を見ると、パッと顔を輝かせた。
有り難うございます。助かりました。
待て。この女の子は何もしてない。どうして、助かったと、あの親は言ったのか。鈍い痛みが体に残る。
スペランカーの、体にも。
この惑星規模どころか、恒星系規模、いやそれ以上のの空間に、痛みだけが満ちているのか。こんな密度で。
これは、異星の邪神達とは、規模が違う存在なのだと、よく分かる。小さな恒星という風情だったクトゥグアでさえ、この邪神に比べれば、芥子粒も同然。
文字通り桁違いだ。
吐き気がしてきた。まさか、記憶の全てが、痛みを伴っているのか。その痛みそのものが、この空間全てを構成している。
漠然とした痛みの記憶だけが満ちている中、時々形がある。
貧しそうな家庭の様子。
女の子には幼い弟や妹がいるようだった。
「私の分、食べて」
「いいの、お姉ちゃん」
「うん。 私がおなかすいて苦しい思いをすれば、二人ともきっと幸運が訪れるから」
まて。
それは。
弟と妹は、がつがつと食べ始める。
そして、ひもじいおなかを抱えて、女の子は一人、自室で眠る。苦しくて、眠れない。だが、思考は一点に向いていた。
我慢しよう。そうすれば、二人とも、きっと幸せになれるのだから。
翌朝。
親が戻ってきた。目を輝かせている。宝くじが当たったのだと言っていた。幼い弟と妹を抱きしめる様子を、少し離れたところから見つめる女の子。此処で幸せになると、きっと幸運が逃げていってしまうから。
それに、あの幼い弟と妹とは、血もつながっていないのだ。
割り込まない方が良いだろうと思う。そして、宝くじが当たったからと、買ってきたごちそうの少しだけをもらって、一人で食べた。
涙が流れる様子も無い。
孤独にも、痛みにも、慣れきっている。
ぶつりと、何かが突き刺される痛み。
心の痛みでは無い。物理的なものだ。
思わず肩を押さえてしまう。また、別の光景に入っていた。清潔な衣服を着た男性が、声を歪ませながら言う。
「おかしいなあ。 これだけの痛みを与えても、まだ駄目なのかい」
「ごめんなさい」
「あらゆる暴力は試したんだけどなあ」
鏡に映った姿を見て、戦慄する。
もう、体が、原形をとどめていない。服もはぎ取られ、考えたくも無いような暴力の痕跡が、全身に残されていた。
他にも清潔な白衣を着た人達が、大勢見下ろしている。
「食事を断ってみようか。 栄養は体内に投下して、それでいて満腹中枢は満たされないようにするの」
「ああ、それはいいかも」
さっきと違う。
もう、苦渋の声は無い。どうすれば如何に効率よく痛みを与えられるか、皆が真剣に考えている。
やめて。
スペランカーは、思わず叫んでいた。
だが、女の子は、たとえ何をされようとも。逃げようとさえせず、抵抗もしなかった。悄然と、何もかもを、受け入れている。
これは、一体何だ。
何の悲劇だ。
死なないように工夫しながら、ありとあらゆる拷問が加えられる。それに罪悪感を感じている者は、誰もいない。
いや、違う。
「戦争が、とまらないんだ。 君が頑張ってくれなければ、大勢の人が、死んでしまうんだ。 利権が複雑に絡み合っていて、政治的努力ではもはや埒があかない。 このままだと、仁義なき殲滅戦の末に、この星は滅んでしまう。 反物質爆弾さえ投入されるかもしれない状態なんだ。 既に戦死者は二千万を越えている。 君の能力しか、もう頼るすべが無いんだよ」
「君は何をされると苦しい? もっと苦しい方法を、教えてくれ。 全部試してみて、それで良い結果が出るか、試してみよう」
少しずつ、分かってくる。
何が起きていたのか。
もっと幼い女の子の手が見える。がりがりに痩せていた。非常に貧しそうで、親に連れられて歩いているのか、都会的な光景が、左右を流れていく。
「能力研究所の結果が出たよ。 やはりお前は……」
これが、本当のお父さんだろうか。
異星人だから、見かけと性別が一致しているかは分からない。とにかく、お父さんらしき人は、淡々と言った。
「幸運発生能力者だ」
「幸運……? なあに」
「お前が大人になれば分かる。 ただ覚えておきなさい。 お前が頑張れば頑張るほど、周りのみんなは幸せになるんだよ」
大好きなお父さん。
つないでいる手が、暖かい。でも、これは頑張っているという事にはならない。大好きなお父さんには、幸せになって欲しい。
それだけじゃない。
知っている限り、どんな人にも。
手を離す。
お父さんが、大企業の重役になった。とても綺麗な新しいお母さんを得ることが出来た。
捨てられたけれど、それでも良かった。新しい親に引き取られた。
弟と妹が、とてもいい学校に入ることが出来た。とても美味しいものばかり食べる事ができるようになった。
私の入ったお店が、とても繁盛した。
私自身は、その度に痛かった。
痛い事なんて、我慢できる。我慢すればするだけ、みんなが幸せになれるのだ。
みんな、幸せになりたがっている。
私が幸せじゃ無ければ、それだけみんなが幸せになれる。
スペランカーの中に、徐々に濃い思考が流れ込みはじめてきた。これは、完全に、狂気の域にまで達している。
漠然としていた理解が、形になろうとしている。
それは、宇宙で最も残酷な物語の。結末だった。
史上最悪の戦争だって終わらせることが出来たんだ。
それならば、恒久的な平和だって。
宇宙規模の幸せだって、実現できるはずだ。
そうだ。
いっそのこと、無限の苦痛を与えるために。
意識を破壊してみよう。
一人の意識を破壊し、虐待することで。全ての幸せが得られるのなら。多くの戦争で、無為に命が失われるのを止められるのなら。
冗談抜きに、吐き気がした。
そんな思考が流れてきたからだ。世の中は多くの犠牲で成り立っている。中には快楽のためだけに、地獄を送らされる生物もいる。
だが、最低限の倫理さえ投げ捨てたその思考法を、スペランカーは容認できない。
何となく、事情が掴めた。
この女の子、アザトースの元となった人間、宇宙人と呼ぶべきか。彼女がいた星では、特殊能力を持って生まれてくる人間がいた。
その中でも、アザトースは、自分の不幸を、周囲の幸福へと変換できる能力を持っていたのだろう。
そして、不幸なことに。
彼女自身は極めて欲が無く、献身的な性格だった。
だから自分を犠牲にした。する事を、一切ためらわなかった。普通、人間には欲がある。利己的な感情がある。
どの星に行ってもそうだろう。よほどの全体主義的な国家でも作っていない限り。特殊な訓練でも受けていない限り。
だがこの子は、どういう理由か分からないが、利己的感情が存在しなかった。
或いは、自分の痛みが、他人の幸福に直結することを、本能的に知っていたのだろうか。だから、自分が痛い思いをして、それを我慢すれば。他の人が笑顔になると、方程式を立てていたのだろう。
ひょっとすると。
他の人達が笑顔を浮かべているのを見るのが、好きだったのか。
膨大な情報が流れ込んでくる。
だんだんクリアになってきた。
痛み。あらゆる方法で、体に加えられる痛み。
茫洋としている情報は、きっと。意識を破壊された後に、加えられた痛み。きっと、どれだけでも体を破壊できるように、体そのものにも、様々な改造を加えられだろう事は、想像に難くない。
触手が無数に生えていて、肉の塊のようなあの姿は。
あらゆる苦痛を効率的に与え、なおかつ徹底的に体を破壊してもしなないように、作り上げられたもの。
そしてそうされた本人は。
何一つ、自分にされたことを、恨んではいなかった。
むしろ喜んでいたのだろう。自分の痛みで、周囲が幸せに、笑顔になれるのならばと。
スペランカーは今、宇宙でもっとも悲惨でおぞましい過去の出来事を、目にしたのかもしれない。
何も残虐非道なのは、地球の人間だけでは無い。
知的生物は、いくらでも利己的な感情で、弱者を踏みにじることが出来る。そして、踏みにじりながら、笑うことが出来る。そうして得た幸せを、享受することが出来る。
アザトースを生み出した文明は、最終的にどうなったのだろう。一人に対する徹底的な虐待の結果、戦争を終わらせ、或いは最高の文明を実現したのかも知れない。
今も最大級の不幸に陥れた存在に感謝しながら、平和で穏やかな日常を送っているのだろうか。
精神体だけで宇宙を漂っているから、涙は流れない。
嘔吐もしない。
はっきり分かっているのは。
この悲劇は、終わらせなければならない、という事だ。誰かが、この宇宙史上最悪の運命にもてあそばれた孤独な魂を、救わなければならない。しかし、その方法が、見当もつかない。
気付く。
無数の光が、一定の方向性を持って、流れはじめている。
何が起きているのだろう。流れている光の一つが、スペランカーを通過した。
衝撃が走った。
気がつくと、魔法陣の真ん中で、横になっていた。
よほど顔色が悪かったらしい。川背が本当に心配そうな顔で、覗き込んできていた。口を押さえたのは、まだ吐き気が止まらないからだ。
コップを差し出されたので、水を一息に飲み干す。
「何を、見たんですか?」
「……川背ちゃん、ごめん。 時間が、欲しいな」
背中をさすられる。
戻した方が良いかもしれないと思ったが、こらえる。
此処に戻される寸前に見た光景。あれはもう、もはやどう形容したら良いのか、分からなかった。
悪意の塊が、善意を踏みにじるというのは、どうしてこうも醜い行為なのだろう。
しかも自分が正しいと思いながらそれをやるのだから、あまりにもタチが悪すぎる。しばらく口を押さえて、目を閉じて。じっとしていた。
スペランカーがこれほどに精神的な打撃を受けているのを見たのは、おそらく初めてなのだろう。
アーサーさえ、心配そうな顔をしていた。
「余程の光景を見たようであるな」
「少し回復まで時間が掛かりそうです。 Mが騒ぎ出さなければ良いのですが」
「大丈夫……。 紙と、鉛筆、ある?」
用意よく、半魚人の護衛の一人が差し出してきたので、受け取る。
見たものを整理して、順番に書き記していった。
アザトースは、どうやら現在の地球に似た惑星にいた、自己犠牲心が強く、欲求がとても弱い献身的な人物であった。
彼女の持っていた能力は、自分の不幸と引き替えに、他人を幸福にする力。
その能力はとても強く、際限が無かった。
彼女は自分を犠牲にすることで、周囲の幸せを見たかった。おそらく始まりは、父子家庭だった際に、父の笑顔が見たかった、からだろう。
やがて、大きな戦争が起きた。
どうしようもない悲惨な戦争を解決できなかったその文明は、彼女に頼った。
凄まじい拷問と虐待が加えられたが、アザトースはむしろ自分が犠牲になることで平和が来るのならと、喜んでいた。
戦争は終わった。
だが、欲は際限が無い。
その星の幸福度を上げるためにという大義名分の元に、誰かが思いついたのだ。アザトースに際限の無い虐待と暴力を加え続ければ、理想社会が来るのでは無いかと。とっくの昔に、感性は麻痺しきっていた。
それには人間である事は不都合だった。
どれだけでも暴力を加えられるように、壊しても壊しても再生する肉体が必要だった。
余計な事を考えないように、人間的な思考が出来る精神は不要だった。
その結果、造り出された。
宇宙の中心に座する、白痴の主神が。
それは、アザトースという名にて、慈悲深くも隠されし存在。神ですらない、もっともおぞましき存在の一つ。
おぞましいのは、アザトース自身では無い。
それを作り上げた者達。
「きっと、彼女は、地球で言う聖者に一番近い存在だったと思うの。 だけれど、地球人と同じように駄目だったその星の人間達は、彼女に甘えきってしまったんだね」
もう一杯水を飲み干すと、スペランカーはまた口を押さえた。
最後に見た光景が、忘れられない。
もっと幸せを、周囲に与えたい。
みんなに、もっともっと幸せになって欲しい。
あれだけの事をされて、何もかもを文字通り滅茶苦茶にされてもなお、茫洋とした意識の中で、アザトースはそう願っていたのだ。
故に、宇宙には夢が満ちた。夢はいろいろな生物に、未来を切り開く力を与えた。
同時に、多くの異星の邪神が生み出された。
歪んだ狂気の幸福欲求から生まれた存在が、まともな精神を持っている筈も無い。本人の幸福論を歪めきったのは、その星にいた存在達だ。
今、アザトースの母星がどうなっているかは、よく分からない。
始末に困ってアザトースを放逐したのか、或いは邪神達によって滅ぼされてしまったのか。
それとも、際限ない肥大を開始したアザトースに、飲まれてしまったのだろうか。
ニャルラトホテプに問いかけてみるが、分からないと返された。
「異星の邪神と呼ばれる存在は、人間的だと以前から思っていました」
川背が、メモを見ながら言う。
彼女の表情は冷静だ。これくらいの事態は、想像していたのかもしれない。
「スケールが桁違いに巨大なだけで、あくまで彼らがしているのは、人間の想像の範囲内での凶行だったからです。 流石にこれほどの罪業が籠もった存在だったとは、僕も思ってはいませんでしたが」
「救われん話だ」
アーサーが、珍しく本気で怒っているのが分かった。アーサーは社会的な大人で、世界の闇もたくさん見てきている。そんな彼が怒るほどの罪業が此処にあるのだ。
どうにかしなければならないと、スペランカーは思う。これでは、あまりにも酷すぎる。
アザトースは言うならば、宇宙の中心にいる主神と言うよりも、夢を司る存在なのだろう。
その性質から言っても、夢こそがアザトースの本質だ。
そしてそれを有効に使えればと考えてしまった結果、最悪の方向へ暴走したのが、彼女の母星だった。
今、宇宙全土が、その付けを払わされている。
強い気配が近づいてくるのが分かった。
戦闘態勢に入っているMが、此方に来ている。もう待ったなしというわけだ。青ざめたまま、スペランカーは立ち上がる。
川背に肩を借りて、部屋を出た。
あまり大人数に、この事は知らせたくない。きっとアザトースを利用しようと考えるものが出てくるはずだ。
アザトースは幸福発生装置だ。
今は特殊能力という限定的な形で、「幸福」が発生している。それを利己的に用いようという奴が、真相を知れば必ず出てくる。
かといって、暴力でアザトースを斃す事は、ベストでは無い。絶対にやってはならない事の筈だ。
或いは可能なのかも知れない。未来世界の状態を見る限りは、きっと出来るのだろう。
だが、それはさらなる悲劇を招くだけだ。
それにしても、Pは一体何を考えているのだろう。真相を知ったあとも、Mはアザトースを葬る気満々のようだし、どこで利害が一致したのだろうか。Pの一派は、以前の川背の調査では、確かアザトースをこの星に呼ばせないことを第一に考えていた筈であったのだが。
先ほどの話を聞く限り、戦車乗りも同じ意見の筈だ。どうして、協力しているのか。
くらくらする頭のまま、どうにか部屋を出ると、Mが既に其処に立っていた。
「見せてもらいましょうかねえ、全てを」
「見て、どうするんですか」
「奴を殺す」
「どうなるか、分かっている筈なのに?」
Mはにやりと笑う。スペランカーが消耗しきっているのに気付いたからだろう。
異星の邪神と戦った後は、数日寝込むことがあった。その状態と今は違う。普段はいうならば、海神の呪いによる負荷が極限に達している状況だ。今は精神が、ずたずたに切り裂かれている状態である。
普段よりも、ダメージが大きいかも知れない。邪神に何万回も殺されることは戦いの際にはよくあった。精神にダメージも受けた。だが、そういったときよりも、今は心の負荷が大きい気がする。
ふと、気付く。
もしかすると、Mがいった殺すというのは、文字通りの意味では無いのか。
Mの後ろには、Pと、それに戦車乗りもいる。
そして、部屋に押し入られた。