オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
Mは頭も良いことを知ってはいたのだが、まさかざっと見るだけで、だいたいのデータを把握してしまうとは。其処までとは、流石にスペランカーも思ってはいなかった。
スペランカーは素早く川背とアーサーに目配せ。もしも、無茶なことをするようならば、勝ち目が無い事を承知で、止めなければならない。
「なるほどな……」
「Mよ、どうじゃ。 やれそうか」
「問題なかろう。 提供を受けたデータに、これで補完が可能だ」
「何をするつもりですか」
謎の会話をするMとPに、スペランカーはたまらず問いかける。
Mは此方を一瞥だけすると、後は用も無いと言わんばかりに、部屋を出て行った。代わりに、Pがこたえてくれる。
「宇宙の中心に座する邪悪には、このまま永遠に目を覚まさずにいて貰う」
「! それは、どういう」
「文字通りの意味だ。 夢だけ見ていてもらうと言うことだ。 それには、奴の人間の部分を、完全に消去する必要がある。 いうならば、完全な意味で、夢を見るだけの装置になったもらうということだな。 それは殺す事と、何ら差異があるまい」
思わず、絶句した。
知っていたのか。
「酷い話だと思うかも知れんが、人間の世界には、これさえ凌ぐ悪徳の歴史が山積しておる。 全ての尊厳を否定されて闇に葬られた存在など、それこそ数限りなく存在しておるわ。 その全てを救えると思うほど、儂は手が大きくはないのでな。 必要に応じて、必要な行動を取るだけよ」
「救える存在を、救おうとも考えないんですか」
「この方が手っ取り早い。 何よりも、犠牲が出ないことが、最大の魅力だ。 Mの実力なら、出来るだろう。 だから手を組んだ」
戦車乗りは、ずっと黙っている。
まさか、同じ考えなのか。
Pは、最古参のフィールド探索者で、今でも歴史の上層にいる重要な存在だ。その影響力はとてつもなく大きく、一声掛ければ複数のフィールド探索社が動く。
どこで、アザトースの真相を知ったのかは分からない。
「戦車乗りさんは……」
「はっきり言うが、我らお前達が言う異星の神は、宇宙の中心に座するアザトースに敬意など払ってはいない。 ずっと眠っていてくれるのであれば、それこそが最上だと言い切れる」
即答である。
生み出された経緯を考えれば無理も無い事だが、それにしても。これは、残酷すぎるのではないのか。
アーサーが咳払いする。
「P殿。 少し話をする余地があるのではと、我が輩は思うのだが。 如何かな」
「既に我ら有識の者達が、何十度と会議を行い、出した結論だ。 此処まで詳細なデータが表に出たのははじめてだがな」
「さては貴殿ら」
「そうだ。 今までMが捕らえ、捕獲したニャルラトホテプの分身を解析し、情報を得た」
危うく騙されるところであったがと、Pは笑った。
シーザーが来た未来世界では、おそらくMもPも、結局はニャルラトホテプに騙されて、アザトースを倒してしまった。
皮肉な話だ。
ニャルラトホテプに騙されなかった歴史でも、結局アザトースを「殺す」選択肢に、変わりは無いというのか。
川背を見ると、まんざらでも無い雰囲気である。
「感情論で語ることでは無いと、僕は思いますよ」
「川背ちゃん!」
「少し落ち着いてください、先輩。 具体的な策がないならば、P氏の言うことが正しいと、僕は言っているんです」
「それは我が輩も同意見だ」
血が凍るかと思った。
二人とも、正論を言っているのは分かる。だがどうしても、体の方が受け付けてくれないのである。
あの現実を、見てしまったからだろうか。
「Pどの、このデータを元に、何か策を練り出すことが出来ないか、川背殿と我が輩が考えてみるとする。 少しばかり、待っては貰えぬか」
「あまり長くは待てぬが」
「良い、それも一興では無いか」
此処で、はじめて戦車乗りが会話に介入してくる。
驚いたようにゆっくり振り返ったPに、戦車乗りはなおも付け足した。
「それでより現実的な案が出てくる可能性もある。 何も最初から悲観論だけで話を進めることもあるまい」
感情論は有害だと、誰よりもスペランカーは知っていたはずだった。それなのに。あれだけ強烈な負の現実を見せられて、まだ頭の方が、理解に追いついていないようだった。冷静なのはアーサーと川背の方だと、分かってはいる。
しかし、どうしても、耐えられない。
自室に一度戻ると告げて、スペランカーはその場を後にする。
そして心配そうに此方を見ているコットンに殆ど構いもせず、寝室に閉じこもると、ベットに転がった。
分かっている。
正しいのは、周囲の方だ。
歴史的に見て、人間は愚行を際限なく積み重ねてきた。国家も文化圏も関係無い。どこでも同じだ。そしてどれだけの愚行を積み重ねても、反省などする事は無く、そればかりか正当化さえしてきた。スペランカーでさえ知っている事だ。
人類史の常識と言っても良い。
知的生物というお題目は、どこに放り捨てたのか。
天井を、ぼんやりと見つめる。
今は、頭が働かない。大人がこれではいけないと分かっているのに。どうしても、心の整理が出来ない。
ため息がこぼれる。
何か、策はあるのだろうか。
薄ぼんやりと覚えている。アーサーと川背は、何か考えてくれるはずだ。自分もそれに加わらなければならない。
だが、体が動かない。
情けないと思う。自分の欲望を優先して、スペランカーをネグレクトしたあの女と同じでは無いか。
ましてや、あの女より、今のスペランカーはずっと責任のある立場にいる。
最悪の場合は、切り捨てることだって、考えなければならないのに。
頭が動かない。
実際に見てしまうと、どうしても感情的な拒否感が、論理性を押しのけてしまう。ベッドの上で寝返りを打つ。いつも、半魚人の人達が、丁寧に洗濯までしてくれている。コットンも家事を覚えたいと最近は言っていて、スペランカーは是非教えてあげて欲しいと言っていた。
最低限のことしか出来ないスペランカーには、養子とは言え子供が家事の達人になれば、鼻が高い。
何を考えていたのだろうと、ぼんやり天井の明かりを見つめる。
そろそろ動かないとと考えているのに、思考が働いてくれない。体が、自分のものではないようだ。
いつの間にか、涙が流れていた。
本当に、欲の無い女の子だったのだ。
みんなの笑顔を見るのが、好きで。それで、自分をいくらでも犠牲に出来る、尊い魂の持ち主だったのに。
それを、よってたかって、我欲のために滅茶苦茶にした。ヒトとしての姿形どころか、心までもを徹底的に蹂躙し尽くした。
文明単位での暴虐を、一人の弱者に加えたのだ。
許されるはずが無い。どうにかして、この暴虐から、救わなければならない。だが、どうやったら出来る。
Mはおそらく言うだろう。
そのようなことを言っていて、アザトースがこの星に来たらどうなるでしょうねえ。
あの嫌みたっぷりの敬語で、そう言う姿が容易に想像できた。
Mだったら、被害を構わずに戦うのであれば、或いはアザトースを倒せてしまうかも知れない。
さっき言っていた通りに、永遠に眠らせる、という方法も可能だろう。
だがそれは、どうなのだろう。
洗面所に行くと、かろうじて吐き戻すのをこらえた。水を流したまま、ぼんやりと鏡を見つめる。
今まで、スペランカーは。
どんな暴力にも耐えてきた。
異星の邪神と戦うときには、あらゆる暴虐を身に受けて、それでもなお耐えきった。それがスペランカーの戦い方だからだ。
今回のは、それとは根本的に違う。
死ぬのは今だっていやだ。
しかし、我慢は出来る。してきた。
目を乱暴にこする。コットンには絶対に見せたくない、情けない姿だ。顔を洗ったが、さっぱりしない。
それで、ようやく気付く。
今は昼少し過ぎで、コットンはこの時間、学校に行っている。まだ出来たばかりの学校で、殆どシステムも整備されていないが、楽しそうに毎日過ごしているのだ。
子供のスケジュールも把握できていないなんて。
タオルで、顔を拭く。
何をしていたのか、忘れていて。本気で愕然とした。
チャイムがなった。
鉛のように重い足を引きずって、玄関に出る。川背だった。川背は、スペランカーが本調子どころか、疲弊から立ち直っていないことを、一目で見抜いた様子だ。だが、それでも、敢えて言う。
「先輩、心の整理はつきましたか」
首を横に振る。
信頼出来る後輩の川背に、嘘をつきたくない。
「先輩が其処までダメージを受けているのを、はじめて見ました。 概要を聞いただけでは、やはり現実を完璧には把握できないものなんですね」
「川背ちゃん、ごめん。 時間は、もうないの?」
「まだ少しあります。 ただし、Mはいつまでも待ちはしないでしょう」
「何か名案は浮かんだ?」
「名案かは分かりませんが、具体策は順番に考えています」
川背の表情は変わらない。
今、話を進めているところだという。仮にアザトースという巨大な神格の精神が完全に破壊されていたとして、それを再生するにはどうするのか。まず惑星系全体と言って良いほどまでに拡散してしまっている精神を、どう圧縮するのか。
圧縮したところで、元に戻るのか。
人間としての人格は、まず間違いなく崩壊している。それを抽出する、具体的な方法は存在するのか。
「それらの技術的問題については、今調査中です」
「あてがあるの?」
「現在の時点で、幾つか、利用できそうな技術を、アトラク=ナクアさんがピックアップしてくれています。 この世界よりもかなり高度で大規模な魔術を駆使すれば、或いはという話だそうです」
雲を掴むような話だったが、現実的な方法があるとすれば、嬉しい。
だが、川背は、なおも言う。
「もう一つ、大きな問題があります」
「ええと、まさか目覚めると世界が滅びるという奴?」
「はい。 アザトースはおそらく、既に半覚醒しているということです。 門を使って先輩がアザトースの精神をのぞき見するのに簡単に成功したのも、もう目覚め掛けているから、というのが理由として大きいから、だとか」
それは、まずい。
今目覚めようとしている「アザトース」は、巨大な幼児も同じ存在だ。ただ原始的な欲求に従って行動し、ためらいもなければ自己制御もしないだろう。
もしも本当に目覚められた場合、悔しいがMのやり方に従うしか無い。
「順番としては、二つです」
「うん。 説明して」
「一つは、アザトースの覚醒状態を抑えます」
これは、四元素神を滅ぼしたことが、覚醒の大きな原因となっている。だから、それに代わるものを用意すれば良いという。
そんなものが用意できるとは思えないのだが、もしも宛てがあるとすれば。
スペランカーに、心当たりがある。
ただし、これは話を付けるにしても、かなり難しいだろう。今体内にいる分身体が、言っているのだ。本体は筋金入りのアザトース嫌いだと。
そもそも、自分が死んでも構わないから、アザトースを覚醒させてこの星に呼び込もうとしていた存在だ。
対話は、極めて難しいだろう。
「……二つ目は」
「アザトースの肉体と、精神を分離します。 人間だった状態の精神を分離するには、さきに説明した二段階を踏みます」
その後は、空っぽの概念的な存在だけが、宇宙に残るという。
もはや目覚める可能性も無い。ただし、人間としての命を救い出すことは無理だろうとも、川背は言った。
「これが、ぎりぎりの妥協点だと思います」
「とても大きな技術的な壁があるみたいだけど、クリアは出来るの?」
「どうにかして見せます。 後は……」
「大丈夫。 私がしっかりしないと、みんなが……」
不意に意識が飛びかけて、川背に支えられる。
「具体的な手は、ひょっとしてニャルラトホテプと話を付ける、ですか?」
「うん。 四元素神の存在が三つ消えたことで、覚醒が始まっているなら。 ニャルラトホテプさんなら、何か知っているかも知れないから」
「無謀です。 特に、そんな状態で、何が出来ますか」
「それでも、やらないと」
此処からは、スペランカーの戦いだ。
コンディションは最悪。
このような状態で戦って、どうにかなるとはとても思えない。それでも、やらなければならない。
具体的な目的が分かったのだから、どうすれば良いのかも見えてきている。
此処で、立ち止まってはいられない。
「肩を貸して、川背ちゃん」
まずは、神殿に行って、詳しい話を聞いて。それからだ。
おそらく、しばらく此処には戻ってこられないだろう。下手をすると、生きて帰ることだって、出来ない。
迷いは、まだ晴れない。
だが、それでも、足を動かす。
まずは、ニャルラトホテプの本体を見つけ出す。全ては、それからだった。
Mは腕組みしたまま、応接室のソファに腰掛けていた。
時々、Pが話しかけてくる。
「もしもスペランカーが、具体的な策を出してきたら、どうするね」
「現実的であったら乗るさ」
Mにしてみれば、異星の邪神共を皆殺しに出来ればそれでいい。もしも人間だった頃のアザトースとやらを助け出そうというなら、別に止めない。それで全てが解決するなら、利害は一致する。
戦車乗りが、Mを一瞥した。
「そなたの圧倒的な能力、それは何に起因しているか、知っているのか」
「さあな。 私もどうして此処まで強くなれたのかは、よく分からん」
「仮説があるが、聞いてみるか」
「好きにしろ」
傲然と構えていたMだが。戦車乗りが次に発した言葉を聞き、思わず眉を跳ね上げていた。
アポトーシス。
それは、自死機構の事だ。
「つまり私は、というよりも私の能力は、本来はアザトースの自死機構だというのか」
「それならば、その圧倒的な戦闘力にも納得がいく。 素手で邪神を倒せるのは貴様くらいだという事を考えれば、なおさらだ」
そうなると、弟のLは、その力の一部を受け継いだスペアと言うことか。
不快だが、確かに納得できる仮説ではあった。
「……話は変えるが、どうしてスペランカーにニャルラトホテプ本体の居場所を教えた」
「試してみたいからだ」
「ふん……」
相変わらず、あの女は不快きわまりない。
だがMとしても、見てみたくはある。あの貧弱な、子供以下の身体能力しか無いくせに、その驚くべき精神力と特殊能力だけで、Mをも越える邪神の撃墜数を稼いできたスペランカーが、どこまでやれるかを。
「一つ気になることがある。 私が自死機構だとすれば、彼奴は一体何だ?」
「これも仮説の段階だが……」
戦車乗りの言葉を聞いて、Mはなるほどと頷いていた。
確かに、それはあるかも知れない。
世界は何とも皮肉に満ちている。
残虐で冷酷で、非情で暴力的。
Mには、実に過ごしやすい。
手を叩くと、Mは連れてきていたN社のエージェントを呼び出した。黒服サングラスのエージェントは、すぐに姿を見せる。
「如何なさいましたか」
「アーサーに、しばらくは様子見をすると告げろ。 N社は様子見の間、不介入を貫くとな」
「良いのですか。 本社の社長達には」
「かまわん。 文句を言ってくるようなら、私が潰すと告げておけ」
無言のまま、エージェントが下がる。
からからと笑うと、Mはグラスに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
これで、他の勢力も動きづらくなる。ただし、待ってやる時間は、そう多くは無い。此方には、アザトースを永遠に眠らせる手札も揃っているのだから。
「一つ聞かせてもらいたいな、M」
「何だ、長老」
長老と呼ばれたPは、大きな大きな口を開けて、笑う。
「仮にお前さんと「姫」の間の子がアザトースだったとしても、同じ判断をしたのか、知りたい」
「愚問よ。 同じ判断をしただろうな」
「それが致命的な事態を招いても?」
「聞くまでもないことだ」
短いやりとりが終わる。それだけで、充分だった。
Mは再びソファに深く腰掛けると、しばし寝ると言い残し、本当に眠りはじめた。
訓練しているから、いつでも眠りたいときに、好きなだけ眠ることが出来る。
夢はいい。
だが、いつかは覚まさなければならない。
そう、Mは思った。
(幕間。 続)
アザトースという存在がこの作品世界では如何にして出現したのか。
それがどれだけの歪みとともにあったのか。
そういう話です。
決着の時は、近付こうとしています。