オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
西洋的な(あくまで近代的なイメージの)人間を闇に引き込む悪魔。
そういう存在は、あくまで話術や誘惑によって人間を落としてその技量を見せて欲しいと思っています。
洗脳して相手を従えるとか、無理矢理契約させるなんてのは下の下です。
悪魔と言う概念は、西洋においてもかなり変遷してきているのですが。
だからこそ、最低限の美学は持って欲しいものですね。
(唐突な早口)
スペランカーから見て、ジョーは妙に焦っていた。
普段のジョーは、寡黙で重厚で、歴戦の男というに相応しい存在感を放っている。だが、今日のジョーは、どうもその重みが感じられない。
スペランカーとて知っている。
この地域で、ナチスという言葉が、どういう意味を持つか。それは、いうならば史上最悪の独裁政府の一つ。
歴史上最悪の独裁者の一人に率いられた、恐怖そのものの象徴だった。
だが、どうしてジョーは、こうも解決を焦っているのか。
それが分からない。
何より、奉仕種族の人達も、何故ナチスの扮装をさせられているのか。このフィールドに潜んでいるのがニャルラトホテプ、それもかなり中枢に近い存在である事は、よく分かったのだが。
尋問を終えると、縛り上げた奉仕種族の人達を、陣地の奥の方へ隠す。
「後で、迎えに来るから。 しばらくはこれで我慢して」
「俺たちは、殺されるのか」
人と違う姿をしていても。
その思考回路は、人にとても似通っている。アトランティスで、奉仕種族に常に接しているから、知っている。
彼らはむしろ純朴な民だ。
武器を持たされることもまた多い。それはおそらく、純朴だからが故なのだろうと、スペランカーは以前、アーサーに聞かされもした。
ジョーの質問していた事について、スペランカーはよく分からない。
だが、話を聞いているうちに、ジョーの眉が曇っているのは理解できた。想定していた答えと、違っていたから、だろうか。
「スペランカー殿。 行こうか」
「うん……」
アーサーに促され、先に進み始めたジョーに続く。
ジョーは時々磁石で方角を確認しながら、先へ行っている。歩みに殆ど迷いは無いが。しかし、やはり焦っているようにしか見えない。
「アーサーさん。 ジョーさんは、どうしてあんなに焦っているの?」
「今回の件はな、大変にデリケートな社会的問題を内包しておる。 場合によっては、政府の一つや二つ、転覆しかねないスキャンダルが発生しかねないほどのな」
「そんなに……」
「ああ。 ジョーは、物事を点では無く面で捉えることが出来る大人だ。 それが故に、我が輩にも、ジョーの焦りは理解できる。 腐敗があったり、闇を抱えているにしても、国家が転覆したら、路頭に迷い混乱に泣かされる人々の数は計り知れぬからな」
なるほど、焦りの理由は、何となく理解できた。
今までの戦いでもそうだが、ジョーは個人を一切戦場では出さない。必要に応じて、大人としての裁量で、全てを回していたように思える。
だが、其処に、はじめて焦りが生まれたことで。
或いは、個人としての部分が、戦場で出てきてしまっているのかも知れなかった。
アーサーが足を止める。
意味は、即座に理解できた。
ジョーが態勢を低くし、側の岩陰に身を移す。また、敵の防衛線という訳か。
こんもりとした土盛りが見える。
半円の中からは、大砲が覗いていた。アーサーが、トーチカだと説明してくれた。いわゆる簡易陣地だという。ただし、多くの場合は極めて堅固で、場合によっては戦車砲の直撃にも耐え抜くとか。
しかも、その土盛りが複数。
かなり厄介な状況だ。
「先までは無かったトーチカか」
「ああ、急造のものだろう。 こうも敵の動きが速いとはな」
「突破するの?」
「そのほかにはあるまい」
戦車砲は完全に埋まっている訳では無い。
此方を覗くための銃座もあるし、多少の柔軟性を持たせるためか、わずかに溝が掘られてもいる。
つまり、其処に手榴弾を投げ込めばいい。ジョーは手短に説明してくれた。本来は空爆や戦車砲での攻撃など、多くの戦術が確立されている。しかし、今回は手数があまりにも少ない。
アーサーの武具は、人ならぬ者には効果が大きいが、近代兵器を相手にするには不向きな点も多い。
ジョーが、手榴弾を用いて潰すのが、一番効率的だろう。
だが、針の穴を通すコントロールが必要となる。
轟音。
敵が、発砲してきた。これほど迅速に気付くとは。アーサーが無言で、盾を出現させる。最初の射撃は、荒野の遙か向こうを爆砕した。だが、二発目、三発目が、確実に此方に近づいてきている。
ジョーが、無言のまま手榴弾を投擲。
一投目は外した。トーチカの至近で爆発。トーチカに埋まっている大砲は、それで此方の位置を完璧に特定したらしい。
アーサーが出現させた盾が、一撃で粉砕される。
他のトーチカも、此方に狙いを定めはじめていた。ジョーが、二つ目の手榴弾を、投擲。
今度は、上手く行く。
吸い込まれるようにして、手榴弾がトーチカの前面に掘られている溝に入る。内側から、火を噴き、トーチカが崩れる。
無言のまま、ジョーが手招きする。
岩陰から移動。迂回するようにして、別のトーチカの前にまで出る。
不意に、後ろから銃撃。
ジョーの体を弾がかすめるのが分かった。トーチカで此方を引きつけておいて、後ろからも敵が回り込む、という事か。
振り向いたジョーが、荒野に銃弾を撃ち放つ。土煙が舞い上がる中、敵も応射してくる。
それだけではない。トーチカの大威力砲弾も、次々に此方に襲いかかってくる。ジョーが飛び退くと同時に、隠れていた岩が木っ端みじんに消し飛ぶ。
アーサーが出現させた盾が、周囲に展開。
ジョーを守るが、しかし。
ジョー自身は、崩れ伏している。今の爆発に、やられたらしい。駆け寄ろうとするスペランカーを、アーサーが制止。
倒れたままのジョーが、手榴弾を取り出すのが見えた。
アーサーはたいまつを虚空に出現させると、敵が来ていると思われる方向に、多数投擲する。
砂塵の中、爆炎が巻き起こり。
そして、複数の人影が浮かび上がった。
この様子からして、ジョーの進撃路は、完全に読まれていたとみて良いなと、アーサーがぼやく。
あの奉仕種族達の中に、よほど優れた指揮官がいるのか、或いは。
人間の特性を知り尽くした、ニャルラトホテプが直接指揮を執っているのかも知れない。どちらにしても、厄介だ。
ジョーが、倒れたまま、手榴弾を絶妙なモーションで投擲。
二つ目のトーチカが、内側から火を噴き、沈黙した。
残りのトーチカからもまだ砲撃があるが、かなり位置が悪いらしく、至近弾さえない。無数の盾を展開したアーサーが、周囲に短剣をばらまきはじめた。たいまつの炎で姿を照らされた挟撃部隊が、次々ナイフで撃ち抜かれていく。ただしこれは牽制だ。あくまで敵の浸透さえ阻めば良い。
立ち上がったジョーが、再び手榴弾のピンを引き抜く。
ジョーはスペランカーから見ても、かなり傷だらけになっている。それでも、ジョーは自身を、まだ動く生態兵器と見なして戦っているようだった。
三つ目のトーチカが爆破されると、残ったトーチカから、敵がばらばらと飛び出し、逃げ出しはじめた。
戦い利あらずと判断してくれたのだろう。
スペランカーが飛び出す。
ジョーの死角に一人、敵が飛び出してきたからだ。
手を広げて、行く手を塞ぐ。
奉仕種族の兵士は、かなり大柄だった。まるで熊のよう、という表現が、これほど似合う者は無いだろう。
手にしているのは、普通は持ち運べそうに無い、巨大な機関銃らしき武器だった。あんなもので不意打ちされたら、ジョーだって危ない。
彼はスペランカーを観ると、青い目を見張り、そして蹈鞴を踏んで逃げ出す。
後方の敵も撤退した事を確認したからか、アーサーがこっちに来る。兜を再出現させて被っているのは。おそらく、弾を喰らったからだろう。アーサーの鎧は、敵の攻撃を受けると、パージしてダメージを殺すような造りになっている。兜も同じだった、という事か。
アーサーは西洋人らしく、既に髪が薄くなり始めている。だが、そのくらいのことで、現代の騎士であるアーサーのすごみや強さが、いささかも損なわれることは無い。兜を被り直すと、アーサーがジョーに手を貸して、立たせた。
「貴殿らしくも無い。 普段ならば、この程度の背後からの奇襲くらい、察知できるだろう」
「結果論だ。 今は敵を撃退できた、それだけでよしとする」
「いかんな。 貴殿はその戦闘経験値と、冷静な頭脳あっての存在だ。 能力が貧弱であっても、幾多の戦場から生き延びてこられたのも、スーパージョーとまで言われるのも、それがゆえだろう。 そのような焦りに支配されたままだと、死ぬぞ」
アーサーの言葉は、騎士の格好をしたきのいいおじさんのものではなかった。
ジョーと同格の、歴戦の戦士としてのものだ。説教するのではなく、諭すような口調であったが。
スペランカーは、心配せず、その様子を見ていた。
アーサーに対する信頼も。何より、ジョーに対する信頼もあるから。
わずかに張り詰めた空気だが。ジョーの方が、先に引いてくれた。
「この少し先に密林がある。 そこで傷の手当てをして、善後策を協議する」
「それが良かろう。 我が輩としても、貴殿の戦闘経験はあてにしているのだ。 これからの戦いに、勝つためにな」
「ああ」
ぶっきらぼうに応えるジョーだが。きっと、アーサーの言葉は届いてくれていると、スペランカーは信じる。
敵は当然、密林でもゲリラ戦を仕掛けてくるだろう。ジョーが予想外の苦戦をしている様子から見て、一度撤退した判断は正しかったという事になる。今回の戦いでは、増援はない。スペランカーも、ジョーとアーサーのやりとりを聞いて、如何に政治的な爆弾がこのフィールドに内包されているか、理解はしているつもりだ。
歩いていると、不意にまたジョーが足を止める。
また奇襲かと思ったが、違う。
いきなり足下に、巨大なクレバスがあった。しかも、遙か向こうに、橋が架かっている。ジョーの様子からして、これは以前には無かったものだろう。
橋は長く、もしも力尽くで渡ろうとすれば、相当な敵の抵抗があるのは確実だ。四方八方から狙撃されてもおかしくない。
普通の怪物がいるフィールドと、今回は違う。
むしろ今回のようなフィールドこそ、軍隊の出番では無いかと、スペランカーは思う。だが、此処は政治的爆弾の塊だ。そう言う意味でも、軍は投入できないのだろう。もどかしい。
アーサーが、少し戻って、陣を作って策を練ろうと提案。
ジョーはしばし橋を見つめていたが、そうするほか無いだろうと、提案を飲んだ。
周囲にアーサーが盾を展開して、陣を作る。これで奇襲を受けても、即座に三人が捕まることはないだろう。
傷を受けていないアーサーが見張りをしている間、ジョーは自分の傷の手当てを、黙々としていた。
表情は、いつもと変わらない。
スペランカーは、ジョーが機械兵士とあだ名されているのを知っている。スペランカー自身は、ジョーには血肉が通っていて、時には後進を導く事もある男気のある人物だと理解しているが。周囲には、あくまで寡黙に戦い続けるジョーが、人間離れしているように見えてしまうのだろう。
ジョーは人間だ。
「ジョーさん」
「何だ」
「今回の戦いに勝つことができたら、此処の奉仕種族達を、アトランティスに迎えてあげたいの。 勿論、戦いに手心を加えろ、とは言わないよ。 あくまで、奉仕種族達を操っている黒幕をやっつけた後の話」
「……お前は、むしろまっとうな人間より、変わり者やはぐれ者に心が動くようだな」
「否定はしないけれど」
隣に腰を下ろす。
既にかなりの数、ジョーは傷を受けている。中にはぱっくり傷口が裂けていて、すぐには血が止まらなそうなものもあった。
痛くないのかと聞いたら、当然痛いと返された。
自分の中で、ダメージを自己完結できるほどに、精神を錬磨しているのだ。文字通り、戦士としての肉体。
この人が、貧弱な能力でも、数多のフィールドを突破することが出来てきた理由であろう。並の兵士では、百人いてもこうは行かないはずだ。
勿論、今回のフィールドも、普段だったら此処まで苦戦はしないはず。
手当が終わったようで、ジョーが上着を着込む。
防弾アーマーもつけているが、既に相当なダメージがある様子だ。
アーサーが戻ってくる。
「橋の向こうに、百三十前後おる。 どうやら、先の戦いで撤退した者達も含めて、総力戦を挑むつもりなのであろう」
「配置は」
「良くないな。 いわゆる水際殲滅の構えだ」
「……」
ジョーが、地図を広げて、クレバスの線を引く。
おそらく迂回している時間は無いだろう。しかし、クレバスの底におりて、向こう側に渡るのも、かなり難しい。
此処はフィールドだ。
クレバスの底が、溶岩まみれであったり。或いは、本当に底なしである可能性も、否定は出来ないのである。
しかし橋は鬼門だ。
「味方に高空戦力があればなあ。 我が輩でも、空軍がいれば圧勝できると、一目で分かる状況なのだが。 戦闘ヘリ一機でも充分であろうに」
「援軍を要求している暇は無い。 これ以上、此処に人を入れるわけにも行かない。 狙撃で敵を片付ける」
長距離狙撃用に、ジョーがアサルトライフルのモジュールを換えていた。当然、敵もそれに対応してくるだろう。
「アーサー。 橋に陣取り、突入してくる敵を防いで欲しい」
「ふむ、狙撃戦に持ち込むか」
「スペランカーは攪乱だ。 とにかく、敵の動きを止めてくれると助かる」
「うん、分かった」
少しずつ、ジョーの冷静さが戻ってきているようだ。
だが、スペランカーとしては、このメンバーだけで、突破できるかは不安だ。近代戦の専門家であるジョーは確かにいるが、敵にはニャルラトホテプという人間を知り尽くした邪神がついている可能性が高い。
いや、奉仕種族達は、基本命令に従うことしか許されない存在だ。
つまり、実質的には。
ニャルラトホテプに、命を使ったチェスを挑まれているに等しい、というわけだ。
それにしても分からない事が、一つある。
少し前に、スペランカーは宇宙の中心の邪悪という、邪神達のコアとなる存在の正体について知った。
ニャルラトホテプの目的についても。
今、どうしてニャルラトホテプは、こんなデリケートな問題に踏み込んできた。自分を倒させる目的なのだろうか。
以前取り込んだ、ニャルラトホテプの一部は、解析不能と返答してきている。
つまり、実際に会ってみないと、分からない、ということか。
ニャルラトホテプは複数の人格を持ち、それぞれが独立して行動しているというが、だからといって統一性が無い存在だとは思えない。
何か、企みがある筈だ。
クレバスの側にまで出る。
ジョーは地面に腹ばいに伏せると、早速一発射撃をする。敵陣の様子は見えないが、続けざまに撃っている様子を見る限り、有効打になっているのだろう。
アーサーは悠然と橋の辺りにまで歩いて行く。
橋を渡ってくる敵を、こちら側で迎え撃つ。
武器の性能は、ここ数十年で飛躍的にアップしている。だから、その性能差を活かせる戦術を駆使する。
そう、ジョーは最後に言っていた。
黙々と狙撃を続けるジョー。
敵陣からも応射があるようだが、明らかに届いていない。橋の方にいる敵が、大きな大砲を持ち出してくるのが見えたが、その周囲にいる兵士がばたばた倒れていく。ジョーが立て続けに狙撃しているのだ。
アーサーは今のところ、橋を塞いでいるだけでよい。敵の混乱はまだ収まっていないし、ジョーの狙撃は正確無比だ。敵陣は文字通り、一方的な殺戮の雨に晒されている。これでは、どれだけ屈強な奉仕種族でも、対抗できないだろう。
「アーサーさん」
「うむ」
「私が、橋の向こうにまで行くよ。 援護して」
「分かった。 ジョー、聞こえていたな。 我が輩は、スペランカーどのを援護して、橋を渡りきるまで周囲の敵を制圧する!」
ジョーは無言で、右手だけ挙げた。
GOという意味だ。そのまま、ジョーは狙撃を続ける。
スペランカーは、常人のように走れない。身体能力が、其処まで低いからだ。幼い頃、父が最高のプレゼントだと信じてくれた海神の呪いは、そうまでスペランカーの体をむしばんでいる。
不老不死。
その代償は、大きい。
普通の人なら、それこそ子供でも追い越せるような速度。ひょこひょこと、スペランカーは橋を渡っていく。
最近、被保護者のコットンも、スペランカーよりは走るのが速くなった。
その内、見かけの年でも追い越されるだろう。
途中、二度狙撃されて、その場に崩れ落ちる。
だが、蘇生しては、また立ち上がり、走る。敵に明らかな動揺が走っているのが、その度に分かった。
橋を渡りきる。
奉仕種族の兵士達が、立ちふさがる。
だが、横っ面から、ジョーの狙撃が彼らを襲った。側頭部を撃ち抜かれ、次々と人形のように倒れていく。
更に、遅れてアーサーも橋を渡り終えた。
露骨に怯む奉仕種族の戦士達に、アーサーが眼光を叩き付ける。
「もはや勝ち目は無い。 降伏せい!」
「だ、だまれっ!」
ひときわ大柄な兵士が吼えた。一杯勲章を付けている。それに、鍵十字のバッヂを、とても誇らしそうに、身につけていた。
アーサーを制止して、スペランカーが歩み寄ると。
兵士は、露骨に畏れを抱く。
翻訳機能がある電子手帳を操作して、ドイツ語で会話を開始。かなりゆっくりだが、最近はようやく操作をスムーズに行えるようになってきた。
「貴方が、指揮官?」
「そうだ。 な、何故人間が、神々の力を内部に宿している!」
「後で説明するから、武器を捨てて。 今、時間が無いの。 降参しないなら、みんな助けられない」
「ど、動揺するなっ!」
震えながら、指揮官らしい兵士が、銃を引き抜く。
いわゆるハンドガンだが、とても大きい。銃口は、正確にスペランカーの眉間に向けられていた。
おそらく、恐怖から動揺しているのでは無いだろう。
主君と違うタイプの邪神の力を観て、体の制御が上手く行かなくなっているのだ。
呼吸を整えると、敢えて丁寧口調に切り替える。
「私はスペランカー。 アトランティスの顔役をしています。 降伏するならば、このフィールドにいる奉仕種族の皆を、助ける準備があります」
「な……」
「アトランティスには、既に何種類かの奉仕種族を保護しています。 もはや、邪神の命令に振り回されずに、生きていけるようになります」
兵士達の目に、露骨な動揺が走る。
だが、司令官は、もはやどう表現して良いのか分からない感情を、目に讃えていた。恐怖、絶望、混乱、困惑。
その全てが一体となって、司令官を襲っているようだった。
ジョーは狙撃を止めてくれている。
おそらく、スペランカーが説得をしていることに、気付いてくれたのだろう。
突然、司令官が痙攣して、身をのけぞらせる。
強い力を感じる。
きっとこれは。
「困るなあ。 私の部下に、唾を付けるつもりかい?」
「這い寄る混沌、ニャルラトホテプさんの中枢だね」
「そうとも。 私の一部を喰らったり、好き勝手をしてくれたのは君か。 今回は、丁度良い。 そこにいる映画スターと騎士崩れと一緒に、私の所まで来るがいい。 降伏など、それまでは認めないさ」
破裂した。
今まで、司令官だった奉仕種族が。
その場で、木っ端みじんに吹き飛んだ。
悲鳴を上げながら、他の兵士達が逃げ惑う。中にはパニックを起こして、銃を乱射する者もいた。
側頭部が、次々撃ち抜かれる。
ジョーが攻撃を再開したのだろう。アーサーが即座に盾を展開し、スペランカーを背後に庇った。
「なるほど、人間の感情をかき乱す方法を熟知しておるわ。 スペランカー殿、此処からも戦えるか?」
「……っ」
大丈夫と言いたいが。
本当に、相手が奉仕種族を家畜以下にしか考えていないのを悟って、スペランカーもあまり気分は良くない。
だが、此処で怒っていたら、相手の思うつぼだ。
異星の邪神は、自身のルールを設定して、それに相応しい行動を取る者が多い。人間のルールとは外れていることが多いが、それでも一種の誇りを持っている者達が大半を占めている印象がある。
ニャルラトホテプは、人間に近い。つまり、手段を選ばないし、美学も無い。
その出自も、この間知った。だから、それは当然のことだと分かってはいる。だが、それでも。
目の前で、人間の詐欺師が拍手するような卑劣な行いをされると、流石に怒りがこみ上げてくる。
ジョーが最後に、橋を渡ってきた。
武装解除を、これからは促すことが出来ない。
かといって、敵を放置していては、後ろから撃たれる可能性がある。
アーサーが、手短に、今起きたことをジョーに説明する。ジョーは問題ないと、感情を動かす様子も無く、応えた。
「可能な限り速く、ニャルラトホテプ本体の元へ、スペランカー殿を届けよう。 そのほかに、このフィールドを潰す術は無いと、我が輩は思うが」
「ああ、そうだな」
ジョーが、来るように促してくる。
橋を越えてしまうと、不意に密林が見えてきた。
この中に要塞があるという。
嫌と言うほど、ニャルラトホテプの気配が、近づいてきている。しかも今までに交戦したニャルラトホテプとは、気配が根本的に違っている。
四元素神と呼ばれる他の高位邪神達も、恐ろしい力を持っていた。
だが、この力は、少し性質が違う。より強いというのではない。何というか、より嫌らしい印象だ。
きっと、これは死闘になる。
スペランカーも、無事にはすまないだろう。それに、倒してしまってはいけない。どうにかして、屈服させるか、体内に取り込むか。どちらかを満たせなければ、この星に邪神達の始祖であるアザトースが来てしまう。それでは駄目だ。アザトースの元に、スペランカーが出向く方法を採りたい。
そのためには、ニャルラトホテプを屈服させる必要がある。
ジョーはジョーで、この星のことを第一に考えてくれている。
利害は、一致するはずだ。
密林に入ると、不意に空気が変わった。周囲の湿気が増し、辺りには甲高い鳥の声が響きはじめる。
先ほどまでは荒野だったとは思えない。
別の場所に、舞い込んでしまったかのようだ。
「ジョーさん、もうニャルラトホテプさんの本拠は近くかな」
「この奥に要塞がある。 それにしてもニャルラトホテプとやらは、一体何が目的でこのようなことをしている」
「きっと私達を怒らせるため」
「何……」
ジョーが、見る間に顔を険しく歪める。
ニャルラトホテプは、アザトースをこの星に呼び、倒させるつもりだ。それが、他の邪神達とは決定的に違う所。
人間にも勝てると思える戦力。
それに、近代史の暗黒の中の暗黒であるナチスドイツを引っ張り出してきたこと。
そして何より、卑劣な行為を繰り返して、身近に戦力を集め、問答無用に倒させようとしていること。
頭が悪いスペランカーにも、それらが何を示しているかくらいは理解できる。
今までも、ニャルラトホテプは、様々な蠢動をしてきた。おそらくは、最強の存在であるMと、アザトースをぶつけるために、準備をしていたのだ。
だが、未来から来たシーザーによって、全てが暴露された今。Mはニャルラトホテプへの攻撃から、一時的に手を引いてくれている。
戦略を切り替えたのだろう。
自身を倒させるという点では変わらない。
だが、人類の暗部を直接えぐり出すことで、人間側に総力戦を挑ませようとしている。此処にいるニャルラトホテプは、おそらく本体。外にいる兵力は、釣りのための餌に過ぎない筈だ。
自分の言うことを盲目的に聞くしか無い奉仕種族に、そんな仕打ちをすることも許せないが。
「なるほど、社会の弱点を、正確に把握しているようだな」
「ジョーさん、一つ聞かせて。 どうして、ナチスドイツが今出現すると、そんなに大変なの?」
「お前はJ国の出身か。 ならば知らないのも無理は無いが、ナチスドイツは今でもヨーロッパ圏では生きている」
「え?」
組織として生きている、と言う意味では無いと言う。
元々、ヨーロッパは修羅の世界だった。
戦争が日常茶飯事に起こり、世界一気性が荒い白色人種が互いに殺し合って、結果世界最強の武力を得るに至った。
ヨーロッパの主要構成民族であるゲルマンは、間違いなく世界最強の戦闘種族だ。あらゆる動物の中で、攻撃性と知性と破壊力のバランスが最も高い次元でまとまっている。
ヨーロッパにおける政治制度の変遷は、その戦闘的性質に寄与する部分が大きい。そして世界に進出する手段を彼らが得たとき、白人系文化で世界が席巻されたのも、無理は無い事なのだろう。
現在でも、その影響は強い。
ナチスドイツは、そんな西欧文明が産んだ、最悪の徒花だと、ジョーは言った。そして、今でも。
その時に生まれた闇は、世界の裏側に満ちているという。
「そもそも、ナチスドイツが誕生したのは、第一次大戦でドイツが敗戦し、その余波で記録的な不況に襲われたためだ。 問題はその後。 どこからナチスが膨大な軍資金を準備したのか、あれだけの戦力を整えたのか、分かっていないことがあまりにも多すぎる」
「ジョーさんは、どう考えているの?」
ジョーが足を止めた。
密林の中に、トラップが張り巡らされているという。
回避しながら、進んでいく。
殿軍は、アーサーがしっかり固めてくれていた。
「おそらくは、世界的な戦争を起こすことを目的とした者達が、ナチスの裏側で動いていたのだろうな」
「死の商人、という奴?」
「いや、そんな単純な話では無い。 実際には武器の売買は、世間一般で思われているほど、儲からないそうだ」
そして、ナチスの役割は。
ヨーロッパ全土どころか、世界全体を巻き込んだ戦争の後も、終わることは無かった。
ドイツはそうそうに、全ての戦争犯罪の責任はナチスのせいと宣言し、全ての責任をその関係者に押しつける事で、回避を行った。
そうした結果、ナチスという存在は、完全に宙ぶらりんとなったのだ。
明確なる悪として。
実際、最悪の独裁政府の主要部分として、ナチスが行った戦争犯罪は計り知れないほどだ。
だが、戦争が行われている以上、どこの国家でも、同じように様々な暗部を抱えているのも事実。
それらの事実を無視した、極めて都合が良いナチスという「悪」が、此処に誕生したのだ。
まるで、そこにいた者達は、血の通った人間では無かったかのような風潮が、この世に出現した。
そして、その裏側で。
巨大な闇が、今でも動いているというのだ。
主に、膨大な金が、それには関与している。ナイーブな政治問題として、歴史の闇が作り上げられ。
それがビジネスとして活用されるのは、今も昔も同じ。
勿論、人間の歴史上、ナチスは最も「邪悪」に近い存在だっただろう事は疑いない。だが、それは人間が行ったという事を、この宙ぶらりんの環境が、全て隠してしまい。それは氷山となった。
氷山は蓋となり、その下に流れる真っ黒な金の動きを隠す働きをするようになったのだ。
未だに、ナイーブな問題としてナチスが上がるのは、その被害を受けた人があまりにも多いからと言う理由もある。
だが、それ以上に。
最も世界で邪悪な連中のビジネスにとって、これ以上も無いほど都合が良い存在だから、という理由もあるのだ。
「戦争を本気で嫌っているのは、戦う術なき弱き者達だ。 だが、ヨーロッパの富豪、アメリカのパワーエリートなど、桁違いの資金を保有している連中にとっては違う」
戦争そのものが儲かるのでは無い。
戦争によって起きる副次的な、様々なものが、彼らの儲けにつながるのだと、ジョーは断言した。
アーサーは何も口を挟んでこない。
つまり、ジョーの説明が、正しいという事なのだろう。
かっても今も、歴史上嫌われた存在は、決まって特色が共通していた。大寺院にしても門閥貴族にしても、そして財閥も。
桁違いの財力を持ち、世界を裏側から好き勝手にしてきた連中だと言うことだ。そしてそう言う者達が、世界でもっとも邪悪な存在に近い事は、疑いが無い。かってその牙城を崩そうとした男がいたが、しかし彼の理想はむしろ黒幕側に取り込まれ、好きなように利用されるという悪夢のような結果に終わった。その後、彼の思想は、むしろ過激思想の旗手となってしまった。
世界を裏側から動かしている連中は、今も昔も、それだけ桁外れに凶悪だという事だ。
勿論、世界のために、このような黒幕が必要なことも、ジョーは知っている。
しかし、彼らの論理はむしろ動物に近い。
極端な弱肉強食。
つまり、其処には人間社会と最も隔絶した、文字通り野獣の掟があるのみだ。
おかしな話である。
人間社会の最高部にある存在が、最も人間社会から離れた論理で動いているのだから。
だから、彼らは賢者であると同時に愚者。
人類の発展と自分たちの繁栄が天秤に懸かったら、躊躇無く自分たちを選ぶ。
そう言う者達だ。
倫理観念など、彼らには存在していない。
自分たちの利益に叶うと考えれば、核兵器でも平気で用いる。それが彼らの真実なのだ。
「もしも、このフィールドが長時間存在し、新生ナチスなどと喧伝でもされれば、世界の裏側で蠢くビジネスは、一気に凄まじい加速を見せるだろう。 国の一つや二つは簡単に消し飛び、仮にアザトースとやらをどうにか出来ても、世界大戦の発生は避けられない事態になる可能性さえある」
「つまり、どうあっても手段を選ばず、倒させるつもりというわけだな」
「酷い……」
スペランカーは、思わず目を伏せる。
歴史の闇というのも生やさしい、地獄のような出来事を。更に好き勝手に踏みにじって、己のために利用するなんて。
二次大戦を知らない世代として、スペランカーは生まれたが。
全世界を巻き込んだかの総力戦がどれだけ酷い出来事であったか位は、理解しているつもりだ。
「そのような外道であっても、コミュニケーションを試みるのか、スペランカー」
「ジョーさん」
「人間の社会には矛盾がたくさんある。 奴はそれを知り尽くした存在だ。 それでも、やるつもりか」
頷く。
コミュニケーションというのは、本来そういうものだ。
漫画などのキャラクターは幸せだ。自分と相性が良い存在とだけ、仲良くして、それで仲間が友達がと言っていれば良いのだから。
スペランカーだって、ニャルラトホテプが嘲笑いながらやった事は許しがたい。たとえ、その出自と、存在が抱えてきたものを知っているとしてもだ。それでも、これから、やらなければならないのだ。
コミュニケーションを取るというのは、そう言うことである。
「分かった。 ならば、俺が奴の所まで道を開く」
「ジョーさん」
「それでこそ、貴殿だ」
話をずっと黙って聞いていたアーサーが。ようやく安心したかのように、口を開いた。
やっと此処から、本番には入れそうだ。
密林を、後は無言で、ひたすら進む。
この先に、要塞がある。
その奥に、ニャルラトホテプが、潜んでいる。